類友
私の名前はノイン・ジャック=ブラウン。国でも有数の貴族の長子で、故あって実家から離れたところで暮らしている。
先日、闇の奴隷商というところで買った奴隷の女の子、藍花がかわいくて概ね幸せだ。
だから早く家と縁を切りたい。
「はあ。あの親子の姿を生きているうちに二度と拝まなくて済むのはいいけれど、ちょっと手続きが面倒だな」
藍花がメモに何かさらさら書く。
『私の家族が迷惑をかけてしまい、申し訳ございません』
「何言ってるの。あなたは被害者なんだから。自分から売り飛ばしておいて、貴族から拐うとか脳ミソ詰まってるのかね、あの頭。知能を疑うよ」
貴族のものを盗むのは通常の窃盗より圧倒的な重罪である。それがアクセサリーでも金でも人でも同じだ。
藍花は先日、藍花を売り飛ばした家族に拐われかけた。奴隷を買うのは相場が貴族だと決まっているのに、頭の悪いやつらだ。しかも、国に影響力を持つジャック=ブラウンのものに手を出したのだ。ただで済むわけがないし、藍花に手を出されて、私がただで済ませるわけがない。
が、罪に問うにも、経緯説明などをしなくてはならず、書類作成、証拠提出もしなければならず、事情聴取も受けねばならず、藍花は喋れないのでその分の説明もせねばならず。藍花のためとはいえ、こんなに手順踏まないとならないのか、と思った。
私は普段、仕事の書類を作成したり、判を押したり、訂正したり、と書類と結婚しているんじゃないかというくらい書類と共に自宅に箱詰めになっている。出不精だ。
だから、長時間外にいるのは、わりと苦痛だったりする。
というか、慢性睡眠不足もあるので滅茶苦茶怠い。
でもまあ、お出かけするときは藍花をめかしこむことができるので、私はそのために頑張っている。今日の藍花は緑色のワンピース。ワンピースにリボンがついていない分、髪に赤いリボンをつけている。髪は三つ編みだが、ここで三つ編みの根元にリボンを結ぶことで、髪がきゅっと締まった印象になって非常に良い。
ワンピースにあしらわれた白のレースが清楚さを出していて小綺麗にまとまっている。ばあやはいいものを選んでくれるよ。
さて、一通り終わった。藍花も何度か貴族の生活を経験しているから、対処がすらすらいったし、スムーズに済んだ。
「じゃあ、帰ろっか。あ、夕飯どこかで食べてく?」
『ご主人様に庶民食はつまらないのではありませんか?』
「つまらないなんてことはない。というか自炊して作っているのは庶民食だよ。晩餐会で出る変に高級なのより美味しいね」
『そういえば、奴隷商を離れたときも、闇市の屋台で色々食べていましたっけ』
「そ。私はいつ一文無しになってもいいように生活してるんだ」
「なんと。ジャック=ブラウンに喧嘩を売った阿呆がいると聞いてきたが、君相手だったか」
「へ?」
男の声が聞こえて立ち止まる。体がぎぎぎ、と後ろを向いた。向いた先には金髪オールバックの優男。
「久しいな、ノイン」
「クラーク……」
「会いたかったよ愛しのきぼえっ」
野郎は私の手を取り、紳士が淑女にする挨拶をしようとしたので、爪先で蹴り上げた。
「私は会いたくなかったぞ」
「ごあいさつだな。そんなところが好きなんだが」
「っ」
「藍花?」
私は藍花が私の前に出て、咄嗟にばっと両手を広げるのを見、目を丸くした。もしかして、庇ってくれているのだろうか。
藍花は喋れないから行動するしかない。が、この男、そこそこの貴族にして、かなりの変態……
……………………
ん?
私が藍花を下がらせようとしたところで達した仮説。それを裏付けるように、藍花とクラークは互いを見て固まっていた。
誰に対しても低姿勢、滅多なことでは感情がぶれない藍花が震えている。対してクラークは……
「紫の君……!」
藍花に飛びついてこようとしたので、全てを察した私が足蹴にしておいた。すまんな、足癖が悪くて。
「藍花、大丈夫? こんな変態放っておいてさっさと帰ろう?」
「おいこら、ノイン! 二度に渡る足蹴の上にこの俺を変態呼ばわりとは……最高だ!」
「……」
「黙って逃げるな!」
「屯所はそこだ。自首を勧めよう」
関わりたくない。
といっても、この男が屯所に自首したところですぐ解放されるに決まっている。
この男……クラーク=ゼオ・ゼルビアは由緒正しい貴族の家の嫡男である。ジャック=ブラウン家との交流も深く、クラークは私を女だと正確に知っている数少ない人物のうちの一人。
地位も名誉もあり、オフゴールドの髪にサファイアの瞳を持つ容姿端麗な青年。だが、彼には致命的な欠点があった。
ずばり、性格である。性癖といった方がより正確だろうか。彼は人間に対してではなく、文字に発情する異常者。惚れ込んだ文字を書いた人物を好きと思い込んで囲う、もしかしたら私の亜人愛好よりもマイノリティな嗜好の持ち主なのである。
藍花が過去を語ってくれたことがあった。藍花の過去の主人たちの中に、「貴族」で「文字で致す」「男」がいた。何故そのときに気づかなかったんだろうというくらいクラークの特徴と一致する。というかクラーク以外で一致するやつがいないだろう。
頭が痛い。こればっかりは勉学に励むんじゃなかった、と後悔した。
要するにやつの性癖ドストライクというわけである。私の字も、藍花の字も。で、それを恋愛的な好意に置き換えているのだ。じゃないと、人を好きになれないから。
だが、やつの変態性は被害に遭わないとわからない。本当に、私はやつに関わったときほど鳥肌が立ったことがない。
そしてこの藍花が「ぞくり」と表現するくらい気持ち悪いのである。粘着質だし。
「釣れないなあ、愛し君たち」
「!」
藍花がリボンを引っ張られ、転びそうになる。
危ない、と私は藍花を抱き止め、そのまま回し蹴り。こめかみに私の爪先が刺さる。
「痛いじゃないか」
「藍花に害なすやつは許さない」
私が低く唸ると、クラークはきょとーんとする。
それから。
「ノイン、君、同性あ」
拳を叩き落とした。地面にクラークのご尊顔が激突する。ふう、一仕事終えたぜ……
「あ、あ……愛し君の手で……殴られた……最高だ……」
「いい加減にしろ」
私はかがんでクラークの額を弾く。
「藍花、怖くないか?」
『ご主人様のお知り合いですか?』
あ、話逸らした。
「そうだ。こいつの名誉のために家に連れていって手当てする。同じ空間にいるのがつらいなら、ゼルビア家に突っ返すが」
藍花はものすごーく微妙な顔をした。だが、大丈夫だと書き込んだ。
「はーあ。面倒な荷物拾っちまったぜ」
『やはり不審者として屯所に引き渡した方がよろしいのでは?』
「こいつを牢にはぶちこめないよ。残念ながらね。それができるならとっくの昔にしてるし」
『ゼルビア様……』
藍花が憐憫の目を向けている。捨てて帰りたいが、貴族の御曹司をたこ殴りして捨てて帰るのは非常によろしくないからな。
クラークを担ぐために手が塞がっていて、藍花と手を繋げない。そのことが少し寂しい。