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赤い封筒

作者: 水底

 Nさんに聞いた話です。

 Nさんは職場に派遣社員として来られた男性です。職場で飲み会があったときに、たまたま隣に座られたため、少し話をしていました。私が『なにか怖い話はありませんか』と尋ねると、Nさんはしばらく考えた後、「怖いというか、ちょっと不気味だなぐらいのことなんですけど…」とこの話をしてくれました。


 Nさんが小学生のころの話です。Nさんのクラスに転校生が来ました。転校生は女の子で、父親の転勤の都合か何かで引っ越してきたといいます。その女の子を仮にAちゃん呼びます。Aちゃんは、とてもかわいかったようで、Nさんはその子を見た瞬間から『仲良くなりたい!』と思っていたそうです。実際に、NさんはAちゃんと家が近かったのもあって、1か月もたたないうちに、家を行き来するぐらいの仲良しになったそうです。Aちゃんはおとなしい感じの子だったようですが、外見の可愛さや、いつものクラスメイトとは違う都会っぽい雰囲気(Nさんの地元はそこそこの田舎だそうです。)のせいか、すぐにクラスメイトからも好かれるようになりました。

 しかし、それは長くは続きませんでした。

 Aちゃんが転校してきてから、1か月ほどたったころ、クラスの中であるうわさが流れてきました。それは、『Aちゃんはチュウゴクジンらしい』というものです。今の時代では、もうあまりないのかもしれませんが、昔は中国の方に対して偏見を持ち、忌み嫌うような人も多かったのです。その風潮は田舎になるほど強くなります。おそらく当時のクラスメイトの親や祖父母が、Aちゃんの家について噂をして、それを子供たちが聞いてしまったのだと思います。Nさんによると、Aちゃんの名字は、日本の名字だったため、もしかしたら中国と日本のハーフだったのかもしれないそうです。しかし、当時の小学生にとって、それは些細なことでした。そもそも『チュウゴクジン』であることが、なぜ大人たちにとって『わるいこと』になるのかもわかっていなかったと思います。ただ、大人たちの間で流れる雰囲気を飲み込んで、『Aちゃんはさげすんでもいい存在なんだ』と学んでしまったのでしょう。噂が流れ始めてすぐに、Aちゃんはいじめの標的となりました。最初は無視したり、悪口を言ったり…それは徐々にエスカレートして、物を隠したり、机に落書きをしたり…。Aちゃんはしばらくは頑張って学校に来ていたようですが、徐々に休むようになり、いつの間にか登校しない日の方が多いくらいになって行ったそうです。Nさんはいじめに加担することはありませんでした。Nさんの親は都会で働いていたことがあるのもあり、あまり海外の方に対する偏見がなかったのも理由のひとつであるそうですが、一番の理由はやはり一番の仲良しと言えるほどにまでなった子を急に嫌いになることができなかったそうです。かといって、NさんはAちゃんの見味方にもなることができませんでした。Aちゃんをかばうことで自分がいじめられるのが怖かったそうです。無理もないのかもしれません。ただクラスの中での孤立でも小学生にとっては恐ろしい出来事なのに、Aちゃんとその家族をいじめる空気はクラスメイトの間だけではなく、大人も含めてその町全体に漂っていたのです。小さな子供にはどうしようもなかったのかもしれません。NさんがAちゃんと関わる事は無くなってしまいました。

 Aちゃんが学校に来なくなって、ひと月くらいたったころです。朝の会の時間に、担任の先生がAちゃんの訃報を知らせました。道路を歩いているところを車にひかれてしまって亡くなったそうで、事故なのか、自殺なのかは明言されなかったそうです。あんなにAちゃんをいじめていたクラスメイトも、さすがにその知らせで喜ぶことは無く、いつもは騒がしい教室がシンと静まり返りました。クラスメイトの誰もが、『自分たちのせいなのかもしれない』と考えたのかもしれません。朝の会が終わっても、誰もAちゃんの話はしませんでした。Nさんもショックで一日中頭がぼーっとしていたそうです。Aちゃんの通夜も葬式も、ひっそり行われたようで、Nさんも行くことはありませんでした。Nさんは自分がAちゃんをかばわなかったことを後悔して、自己嫌悪の気持ちでいっぱいだったそうです。

 しかし、残酷なことですが人間は忘れていく生き物です。ひと月もすれば生活も感情も元通りになります。しばらく落ち込んでいたNさんですが、普通にクラスメイトと談笑し、学校生活を行うことができるようになったそうです。Aちゃんも両親は知らないうちに引っ越していて、家はいつの間にか空き家になっていました。

 そうやって、Aちゃんの死がだんだんと過去のこととして薄くなっていったある日のことでした。

 Nさんはいつものように小学校に登校して靴を上履きに履き替えようと、靴箱に手を突っ込みました。いつもなら靴をつかむ指が、いつもとは違うものに触れました。なんだろう、と思って、Aさんは靴箱をのぞきこみました。そこには封筒がありました。Nさんの上履きの上に、そっと赤い色の封筒がおいてありました。Nさんはその封筒を手に取りました。その時代の小学生にとって赤色は『女の子の色』でしたし、靴箱に手紙という状況から、Nさんはラブレターだと思い、どきどきしていたそうです。封筒の裏にも表にも、誰からの手紙なのかは書いてありませんでした。Nさんはその封筒を急いでポケットにしまい、走ってトイレまで行って個室に入りました。ラブレターをもらったことが、誰かにばれたらからかわれると思ったからです。トイレの個室でNさんは心臓を高鳴らせながら、そっと封筒を開きました。しかし、その中に入っていたのは手紙ではありませんでした。

 その封筒の中には写真が入っていました。いや、写真、と呼んでいいのかもわかりません。そこに入っていたのは、Aちゃんの写真でした。生前のAちゃんが、こちらを向いて笑顔で写っている写真。うつっているのは上半身のみですが、AちゃんはどうやらNさんと会うときにもよく着ていたお気に入りのワンピースを着ているようでした。『どうやら』とつけたのは、その色や柄は判別することができず、服の形状からそのワンピースだろうと推測したからです。Aちゃんのワンピースは、何かのインクで真っ白に塗りつぶされていました。一部の隙間もなく、丁寧になぞって、丁寧に塗りつぶした痕跡があったそうです。そして写真のAちゃんの頭以外の部分には、白いレースのような画像がコラージュのように張り付けられていました。これも、丁寧に切り抜かれて貼られていて、まるでAちゃんの後ろにレースが広がっているようにみえました。写真の中で、手が加えられていない部分は、Aちゃんの顔と手の部分のみでした。白色のワンピースと白色のレースに囲まれたAちゃんの顔。Nさんは何か不気味な物を感じて、思わず写真を取り落としてしまったそうです。写真はトイレの床に、ひらひらと落ちていきました。写真が裏を向いて落ちたため、写真の裏側の白い部分が見えました。

 そこには『どうかしあわせに』と小学生のNさんから見てもへたくそなひらがなで書かれていました。

 Nさんはその不気味な写真と封筒を、放課後まで待って、焼却炉に放り込んだそうです。クラスメイトがいたずらをしたにしてはあまりにも悪趣味だったため、今でも誰がその封筒をNさんの靴箱に置いたのかはわかっていないといいます。


 話し終わったNさんは、笑って、「まあ、その一回っきりだったから、やっぱりクラスの誰かが思い付きでやったのかもしれませんけどね。子供心にも、相当不気味でした。」と話しました。



 さて、この話を聞いた時に思い出したことがありました。その時Nさんに言うことははばかられたのですが。

赤い封筒に写真。これは、一時期話題になっていた、台湾の冥婚の風習に類似しています。この俗習は、若くして亡くなった娘を哀れんだ親が、赤い封筒に娘の写真や遺髪を入れて道端に置き、それを拾った男性はその亡くなった娘と結婚しなければいけない、というものです。

 Aちゃんの親は『チュウゴクジン』だったと言います。もしかしたら、本当は、台湾の方だったのかもしれません。これは推測になりますが、Aちゃんが亡くなったとき、『冥婚』の風習を思い出したのかもしれません。Aちゃんの親は幼くして命を失くしたAちゃんのことをかわいそうに思い、一番の仲良しで、Aちゃんへのいじめにも加担していなかったNさんのもとに嫁がせてあげたいと思って、赤い封筒にAちゃんの写真を…ウエディングドレスを着たAちゃんの写真を入れたのかもしれません。小学生の、Aちゃんにも、Nさんにもわかるようにひらがなでメッセージを添えて…。

 しかし、実際に話題になった赤い封筒の習慣は、実際の正式な冥婚の儀式とは異なり、単なるうわさや都市伝説の類であるという風説もあります。実際に儀式として行ったというよりかは、Aちゃんの両親のやりきれない思いを形にしたようなものだったのかもしれません。


 その日の飲み会がお開きになり、まだ話し足りない幾人かが、二次会の計画を立てはじめました。私は、Nさんにも二次会に参加しませんかと声をかけました。Nさんは笑って「妻が待っているので帰ります」と断って、会釈をして駅の方へと帰って行きました。後ろで上司が「あいつ確か一人暮らしのはずだろ」と笑っていました。上司はきっとNさんの言葉を聞いて、二次会を円滑に断るための嘘だと思ったのでしょう。Nさんの言葉が嘘だったのか、本当だったのか、私には判別がつきませんでした。


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