代替肉の料理
美しい夜景を望む道路を、一台の高級車が駆け抜けていく。
車に乗っているのは、美男美女の恋人同士。
運転席に座るその男は起業家で、助手席に座るその女とは、
知人のパーティーを通じて知り合い、先ごろから交際を始めた。
今日はその男の車でドライブをして、
二人で夕食を食べるためにレストランへ行くところだった。
「あれが、今日予約しておいたレストランだね。」
「楽しみだわ。」
そうして二人が乗る車はレストランの駐車場に入っていった。
二人が夕食を取るために来たのは、代替食品が売りのレストランだった。
代替食品というのは、外見や味を他の食べ物に似せて作られた加工食品のこと。
体質や信条などの理由で特定の食べ物を食べられない人のために、主に使われる。
今日、この代替食品レストランに来ることを選んだのは、その女の方。
その女は肉食を避けていて、
できるだけ野菜や穀物の食べ物を食べるようにしているという。
というのも、その女は、
代替肉、大豆などで作られた肉に似せた加工食品の、
その生産販売を推進しているからだった。
「食肉を生産する過程は環境に良くないの。
代替肉があるのだから、人は皆それを食べるべきだと、私は思う。
それに考えてみて。
もしも、今ある食肉の何割かでも代替肉に置き換えることになれば、
莫大なお金が動くことになる。
あなたにとってもチャンスだと思うわ。」
レストランの店内、テーブル席に座っているその女は、
向かい合って反対側に座るその男に熱心に語っていた。
一方、その男の方はというと、反応は今ひとつ。
「うーん、そうだね。
環境のことはよくわからないけど、商売には興味があるよ。」
そんな様子で、代替肉についてはともかく、
金儲けにだけは興味があるようだった。
やがて、二人のテーブルに料理が配膳された。
スープ料理に始まり、メインディッシュである肉料理がやってきて、
その二人は料理に口をつけると思い思いの反応をしていた。
「美味しい!
代替肉でも、こんなに美味しい料理が作れるのよ。
やっぱり人は食肉を食べるのを辞めて代替肉に切り替えるべきよ。
ねえ、あなたもそう思うでしょう?」
「あ、ああ・・・。
君が喜んでくれて良かったよ。」
代替食品を使った料理に舌鼓を打つその女に比べ、
その男の反応はやはり今ひとつ。
代替肉を使った肉料理よりもむしろ野菜料理の方を楽しんでいるようだった。
「すまない。ちょっと失礼。
手が汚れてしまってね、洗面所に行ってくるよ。」
その男はそう言うと、その女を残して席を立った。
客席から見えない通路に向かうと、
そこで出くわした店員にこっそり話しかけた。
「ああ、君。
料理だけど、事前に注文しておいた通りにしてくれたか?」
「あちらのテーブル席のお客様ですね。
御予約をされた時に承った通りにしてあります。
お二人とも代替肉を使ったフルコースを御注文で、
男のかたは、代替野菜も御希望ということでしたよね。
確かに、そのように御用意させていただきました。
何かございましたでしょうか?」
「いや、注文通りなら良いんだ。
ただ、代替肉が僕の口に合わなくてね。
代替野菜も本物の野菜よりはマシなんだが、やはりまともな肉が食べたくて。」
「左様ですか。
当店の代替肉は上質な大豆をベースに作られていますが、
やはりどうしても本物の食肉とは味も風味も異なりまして、
御期待に添えず申し訳ありません。」
申し訳なさそうに頭を下げる店員。
実はその男は大の野菜嫌いで、野菜はほとんど食べない生活をしていた。
「野菜なんてただの青臭い葉っぱだ。
虫じゃあるまいし、人が食べるものじゃない。」
などと言って、食事はもっぱら肉や魚ばかり。
不足している栄養は、栄養補助食品などで補う食生活を送っていた。
つまり、大豆などで作られた代替肉の料理は、
その男にとっては嫌いな食べ物だけで作られた料理だった。
それがどうにも耐えられなくなって、
こうしてこっそり店員のところにやってきたのだった。
その男が店員に向かって耳打ちする。
「追加注文したいんだけど、良いかな?
肉料理を頼む。
ただし、僕の分は本物の食肉を使ってくれ。
代替肉を使うのは、彼女の分だけでいい。」
「かしこまりました。肉料理を追加ですね。」
店員はてきぱきと受け答えをして、奥に引っ込んでいった。
一人残されたその男が、腕組みをして言葉を零す。
「やっぱり僕には代替肉の食事は無理だな。
とはいえ、あの女が持ってくる儲け話には興味がある。
あの女の人脈は商売に有利だ。
ここは話だけでも合わせておかないとな。
偽物の代替肉、つまりはただの肉料理だが、
それを彼女の前で美味しそうに食べて見せておこう。」
そうしてその男は何食わぬ顔で席に戻って、その女に言った。
「食事中に席を立って失礼したね。
お詫びと言ってはなんだが、肉料理を追加注文しておいたよ。
代替肉を使った料理が気に入ったから、もう一皿食べようと思って。
君も食べるだろう?」
「まあ、そうなの。
もちろん、私もありがたく頂くわ。
その分、デザートは軽めでお願いするわね。
あなたが代替肉を気に入ってくれて嬉しいわ。」
そうしてその男とその女は食事の続きを楽しんだ。
追加注文でやって来た肉料理。
見かけは似ているが中身は違う別々の料理に、
その男とその女はそれぞれ舌鼓を打ったのだった。
食事が終わって次はデザート、そうして楽しい食事は終わった。
その男とその女は、今は食後のコーヒーを味わいながら歓談していた。
話題と話題の合間にしばしの沈黙の時間。
すると、その女がソワソワと立ち上がった。
「ごめんなさい。
ちょっとお化粧を直して来るわね。
時間がかかるかもしれないから、あなたは先に車に戻っていて。」
「ああ、そうなのか。わかったよ。
じゃあ、会計を済ませて車に戻っているから。
車の場所はわかるよね?気をつけてくるんだよ。」
「ええ、わかったわ。」
そうしてその女は席を立ち、その男は会計を済ませることにした。
その男が会計を済ませて車に戻って、それから短くない時間を待つと、
やがて女が小走りに車に駆け寄ってきた。
扉を開けて車内に入ると、済まなそうに手を合わせて口を開いた。
「お待たせしちゃったわね、ごめんなさい。」
「いや、良いんだよ。
女の人はいろいろあるだろうからね。」
「やさしいのね。
わたし、あなたのそういうところ好きよ。」
その女は嬉しそうにそう言うと、その男の腕にすがり付いた。
豊かな胸の感触がその男の腕をくすぐる。
その男は内心こう思う。
「この女、美人だし身体もグラマーなんだよな。
野菜しか食べてないとは思えないくらいに。
もしかして、家では肉も食べてるんだろうか。
・・・まあいい。
夜はまだ長いし、楽しませてもらおう。」
そうして、二人を乗せた車は、
ネオンサイン煌めく夜の街へと消えていった。
それから数時間後の深夜。
二人を乗せた車が、その女の自宅のマンションの前に止まっていた。
「送ってくれて、ありがとう。今日はすごく楽しかったわ。」
「僕もだよ。君が喜んでくれてよかった。」
車の窓の隙間越しに軽く口付けをして、その男が乗った車は走り去っていった。
その女は小さく手を振って車を見送って、それからマンションの中へ入った。
エレベーターに乗って上へあがり、自室の玄関の扉を開けて中に入る。
すると、家の中では、その女そっくりな顔の女が待ち構えていた。
「おかえり。
あれから私はタクシーで帰ったけど、そっちは大丈夫だった?」
「わたしは大丈夫よ。
姉さんと違って、わたしはこういうの慣れてるから。」
帰宅したその女を待っていたのは、実の姉で、二人は一緒に暮らす姉妹。
実は、レストランでその女が席を立ったのは、妹と入れ替わるため。
姉であるその女は、その男と一緒に食事以上のことはしたくなくて、
こうして度々、顔がそっくりな妹と入れ替わって貰っているのだった。
妹は着替えをしながら、姉であるその女に言う。
「でも、わざわざ替え玉を用意するなんて、
そんな手の込んだ事をする必要がある?」
「あるわよ。
あの男が持っている金と人脈は、私の商売には必要なもの。
それに、代替肉を世間にアピールするには、ただ売り込むだけじゃ駄目。
あの男のように、地位も金もある人を抱き込むのが有効なの。
それだけが目的で、私はあんないけ好かない男と付き合ってるんだから。」
「そう。だったら良いけど。
わたしはあの男、まんざら嫌いでもないし。
こうして分け前も貰えるんだから役得ね。」
顔だけは似た者同士の姉妹が、その顔を見合わせて笑い合う。
その男もその女も、お互いに欺き合っている。
真相を知っているのは自分だけ、利用しているのは自分の方。
そう思い込んでいるのだった。
時と場所は変わって、営業時間が終わった後の代替食品レストランの店内。
閉店作業をしている店員がシェフに話をしていた。
「しまった。
あの二人連れの御客様、
代替肉と本物の食肉と別々の料理を同時に注文されてたんですが、
うっかり入れ違えて配膳してしまったようです。」
「何だって?
まったく、しようがないな。
後で私の方から謝っておくから、次からは気をつけてくれよ。
もっとも、お二人とも、
身体に問題があっての代替食品の利用ではないから、大丈夫だろう。
現にお二人とも、料理をペロリと平らげていたのだからな。」
そんな真相も知らず、その男とその女は言うのだった。
「今夜の夕食に食べたあの肉料理、美味しかったなぁ。」
終わり。
代替食品を使った話でした。
代替肉は、近頃ではスーパーなどでも見かけるようになりました。
たいていは加工食品に混ぜて原材料費を下げるために使われていて、
現状はあまり印象は良くないように感じます。
そのため作中では騙し合う男女の道具として登場させました。
最後のシーンでレストランの店員曰く、
追加注文した料理は取り違えて配膳されたようです。
それなのに、二人とも食事が美味しかったと感じたということは、
食べ物の良し悪しを決めるのは材料ではないのかもしれません。
お読み頂きありがとうございました。