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第陸話 ワシの名はウンガン

 三郎太の分かりやすい説明もあり、道中一度も迷う事なく、久遠寺のある山の麓に着いた。老齢の杉木立(すぎこだち)の中を苔生(こけむ)す石段が天高く続いており、静寂のせいか空気は張り詰め荘厳(しょうごん)の雰囲気を漂わせている。

 肝心の久遠寺は全然見えないな…と思いながら、長い長い石段を道人は一歩ずつ登り始めた。


 時折風に揺れる木の葉の音を聞きつつ石段を進むと、しばらくして寺の山門が見えた。どれ、もう少しと踏ん張り石段を登りきると、ようやく久遠寺の全貌が道人の目の前に現れる。


「疲れたー。さすがに疲労困憊(ひろうこんぱい)」道人は腰に手を当て肩で呼吸をした。「これはキッツイわ…」


 愚痴を言いながら境内の方を眺めると、竹ぼうきを持ったまま突っ立っている年端もいかない子供が不審そうに道人を見ている事に気付いた。


「こんにちは」手を振りながら道人は歩み寄った。「お寺にいる和尚様とお会いしたいのだけど…」


「止まれ! お前は村の者じゃないな。どこから来た。何者だ」子供は竹ぼうきの筆状の穂先を道人に向けて威嚇してくる。「兄ちゃんを呼ぶぞ!」


「いや、ちょっと待って怪しいものじゃないよ」道人は立ち止まった。「和尚様に用事があるだけだから…」


「和尚様はお役人様とお話ししているから無理」子供は竹刀を持つように竹ぼうきを構え、道人と間合いを図るかのように後退(あとずさ)りする。「お前は何者だ」


 道人は三郎太から久遠寺の和尚のところへ行くよう助言を受けた事を説明した。


「ハルの父ちゃんか」そう言うと子供は竹ぼうきの穂先を地面に下ろす。


「そう、ハルの父ちゃんから紹介されて和尚様に会いに来たんだよ」


「ショーコを出せ、ショーコ」


「証拠か。証拠ねえ…」手に団子の入った包みを持っている事を道人は思い出した。「これはハルの母ちゃんから貰った団子。これを君にあげよう」


 子供は近付いてきて、道人の差し出した包みを受け取った。そして竹ぼうきを地面に置いて、包みの中から団子を一つ取り出す。「あー、吉備団子だー」と言い、勢い良く口に放り込んだ。


「美味しいかい?」


「うん、旨い。これはハルの母ちゃんが作ったやつに間違いない」


「それは良かった」


 嬉しそうに食べる子供の笑顔を見て道人の心が和んだ。男の子の年齢は5歳か6歳くらいだろうか。先程までの雰囲気と違い、無邪気に団子を食べるその表情は、年相応の幼さを感じさせた。

 団子を3個食べ終えたところで、子供は我に返った顔つきになり、包みごと団子を道人の返してくる。


「兄ちゃんに怒られる…」バツが悪そうに呟いた。「知らない人から食べ物を貰っちゃダメだって言われてたのに…」


「ハハハ、そりゃ大変だ」


「お前のせいだからな」子供はむくれて答えた。「早くお寺から出てけ」


「ちゃんと証拠を出したろ。ハルの母ちゃんが作った団子を食べたんだから和尚様のところに連れて行ってほしいな」


「出てけ、出てけ」子供は竹ぼうきを拾って振り上げた。「早く出てけ」


 振り下ろされた竹ぼうきを避けるのは容易だった。幼児相手に後れを取るほど、道人の運動神経は鈍くない。「困った事になった…」振り回される竹ぼうきをひょいひょいと(かわ)し、落ち着くよう子供に話し掛けるが、一向に手を休める様子はなかった。埒が明かないと思った道人は子供と距離をあけて敵意がない事を示す為にぎこちない笑顔を向ける。そしたら今度は半泣きになり、子供は竹ぼうきを持ったまま道人を追い掛け始めた。

 そんな鬼ごっこの状況が続くこと数分、ようやく事態は進展を見せる。


信次郎(しんじろう)、信次郎」


 寺の玄関から大きな声が聞こえた。すると子供は道人を追うのを止め、声の主へ向かって駆けだした。

 玄関から出てきたのは二人の男性。一人は紺の格子の着流しに黒の紋付羽織で雪駄を履いている。もう一人は藍色の作務衣(さむえ)に同じく雪駄、髪は剃られて坊主頭。彼らは子供の話にあった役人と和尚だろうか。子供は坊主頭の陰に隠れてしまった。

 どうして良いのか分からず道人がボーっと突っ立っている中、紋付羽織の男性は坊主頭と二言三言挨拶をして別れた。途中、道人を一瞥したが、何か言葉を掛けるでもなく山門をくぐって石段を下りていく。


「さて、信次郎」坊主頭の男性は信次郎の頭を撫でながら優しい口調で言った。「何があったか教えてもらえるかな」


 目を赤く腫らした信次郎は「和尚様ー、アイツにいじめられたー」と竹ぼうきを片手に道人を指差して声高に訴える。「和尚様ー、アイツは悪いヤツだー」


「ふむ」と一言だけ呟き、和尚は観察するように道人を眺めた。


 悪人扱いされた道人は狼狽し困惑の表情を見せ、しどろもどろの言い訳を始める。「~というわけで、僕は三郎太さんに言われた通り、和尚様の助言を頂きに久遠寺へ来ただけなんです。子供をいじめようとか、そういうつもりは一切ないです。信じてください」


「信次郎、どうなんだい」和尚は落ち着きのある声で聞いた。「この方の仰っている事は本当の事なのかい」


 最初は口を(つぐ)んでいた信次郎だったが、徐々に口を開き始める。「うん、ごめんなさい。知らない人から貰った団子を食べちゃった。だから、兄ちゃんに怒られると思って」そう言うと再び泣き出した。「ごめんなさい、和尚様」


 誰も怒ってないよと和尚は優しく語り掛け、信次郎に寺の中へ入るよう促すと、それに従うように信次郎はトボトボ歩いて玄関へ向かった。


「さて、旅の方。お主は私に聞きたい事があるようだが、こういうご時世なので、申し訳ないが()ずはこちらから何点か質問させて頂こう」


 道人は改めて和尚を見た。年齢は40歳前後で口元に笑みを浮かべた温和な顔つきでありながら、眼光は鋭くどんな小さな嘘も看破しそうな相貌を呈している。


「儂の名前は雲巌(うんがん)という。空に浮かぶ雲と大きな石を意味する(いわお)の二文字を並べて雲巌。ここで住職をしながら犬塚村の子供たちに学問を教えている。筆学所、まあ、寺小屋だな。取り敢えずお主の名前を教えてもらって良いかな」


「僕の名前は弟切道人です」


「ふむ。ではドージン、先程お主は己の事を旅人と言っていたが、ここ久遠寺を根城にしようと考えている盗賊の斥候(せっこう)である可能性は…」


「ないです。僕は野盗や山賊ではありません」即答で道人は返した。


「ふむ。ではドージン、お主は(いくさ)(こころ)みようと考えている隣国の斥候で、ここ犬塚村で兵糧を確保しようとしている可能性は…」


「ないです。僕はどこかの国の兵士ではありませんし、ご覧の通り武器もありません」アキ作成の団子の入った包みを右手に携えたまま、道人は両腕を大きく広げて害意のない事を主張する。「普段から身体(からだ)を鍛えているわけもないので、どの国であれ戦力にならないと思います」


 雲巌は口でふふっと笑い、目尻を少し下げた。「うん、ではドージン」すぐに眼差しを元に戻すと真面目な表情で言葉を続ける。「お主は人心を惑わし(わざわい)をもたらす物の怪の類である可能性は…」


「ないです。僕は普通の人間です」そう答えたものの、自分の知っている姿とかけ離れた外見になってしまった道人は、ちょっと躊躇(ためら)いながら言葉を足した。「多分、普通の人間です」


「多分?」言い回しが気になった雲巌はそのまま聞き返した。「多分とはどういう事かな。お主は人間ではないのか」


「いや、人間です。物の怪ではないです。ただ…」


 信じてもらえないかもしれません、と道人は前置きした上で、犬塚村へ来る前の事を語った。始めは穏やかな雰囲気で耳を傾けていた雲巌だったが、話が進むにつれ徐々に眉間に皺が寄りだし考え込むような姿勢で聞き入った。

 途中一度も相槌を打つ事なく、雲巌は黙って最後まで話を聞いた。道人が話し終えても何も言葉を発さず、目を閉じたまま微動だにする事はなかった。

 道人はどうして良いか分からず、雲巌が何か言うのをただ待っていた。

 地面に落ちた花びらが風に舞い緩やかに広がっていく。暖かな日差しは木々の葉を照らし、キラキラと輝く新緑の美しさを道人に魅せてくれた。

 1分ほど経過したところで、雲巌は突如カッと目を開き、道人の顔をじっと凝視する。


「付いてこい」そう言うと雲巌は寺に向かって歩き出した。「お主に見せたいものがある」






この話の続きが読みたいと思って頂いた方は、ブックマークや広告の下にある評価をして頂けると大変嬉しいです。今後のモチベーションアップに繋がりますので宜しくお願いします。


≪空猫日記≫

うちの愛猫の「空」についてちょこちょこ書いていこうと思います。

オス3歳雑種。貰われてきた猫。とにかくミャアミャア鳴いて、とにかく甘えたがり。ミャアミャアミャア。

名前と呼ぶと犬のように近付いてきて、撫でろと言わんばかりに見つめてくる。

そして撫でられる事に飽きると、尻尾を立てたままフラリといなくなる困ったヤツです。

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