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第参話 獄炎の魔術

「和んでいるところを申し訳ないのですが…」白の甲冑を着た金髪の女性が近付いてきた。よく見ると、日本の甲冑よりも西洋の騎士の鎧に近いデザインになっている。だが驚くべきは、その身に纏っている甲冑よりも尚白く透明感のある綺麗な肌と、紫の大きな瞳、そして金色に輝いている長く美しい髪を持つ、彼女自身だった。見る者の目を引く彼女の容姿は、出自のルーツをその身で語っていた。まるで映画の中のスターを思わせる凛とした美しさと優雅なオーラがある。おそらく彼女は日本人ではない。小説や漫画でみた森の妖精エルフが実際に存在するのだとしたら、もしかしたら彼女のような姿をしているのだろうか。「波旬様、そろそろ…」


「ウルドは本当に真面目だ。ただ、今回の征伐は特殊で、六曜28宿で定められた日以外は攻略が難しいからね。それで言えば、まだ時間に余裕はあるよ」


「以前波旬様は予定の日付に遅れた事があります。あの時は結構大変な事になりました」


「あれは修羅場だったね。本当に申し訳なかった」波旬は言った。「まったく、ウルドは本当に過去の出来事を忘れないね、記憶力が良いというか…」


「波旬様が同じ失敗を繰り返さないように監視するのも私の仕事です」


「ウルドは手厳しいねえ」


 苦笑いをしながら波旬は肩をすくめた。そして道人の方を見ながら白の甲冑の女性を紹介し始めた。


「彼女の名は三島(みしま)ウルド。ドージンは気付いたかもしれないけど、彼女には異人の血が混じっていてね。金色の髪と紫の瞳は生まれながらにしてこのような色なのさ。私は美しいと思うけどね。まあ、彼女は気にしているようだけど」


「他人から好奇の目で見られる事が多いので…」


 ウルドは半ば諦めたような、迷惑そうな表情でそう言ったが、それは髪や瞳の色だけが原因じゃないだろうなと道人は思った。ただの好奇の目というより、高嶺の花を見るような熱烈視線の好意の目の方が多いだろう。本人は気付いていないようだが…。


「いや、そんな事はないです。僕も綺麗だと思います」


 道人はウルドの言葉に被せるように話し出した。


「僕の名前は弟切道人です。ウルドさんのような美しい方と今まで会った事はありません。僕は横山菓子店舗のフルーツが入ったプリンが好きです。ウルドさんはどんなプリンが好きですか。是非一緒にそのプリンを食べに行きたいです」


 うわー、しまったー、コミュ障全開だー、色んな意味でやっちまったーと、赤面の道人は心の中で焦った。


「兄ちゃん、言ってる事はよく分からないけど、とんでもなく恥ずかしいのはボクにも伝わったよー。頑張ってなー」


 道人を兄ちゃん呼びしながら蒼龍はケラケラ笑っている。


 そんな中でウルドは凛とした表情をしながら「無理です」とサラッと言葉を返した。


「あっ、ですよねー」


「まあ、落ち込むな、若人よ」黒の甲冑を着た背の高い男性が、恥ずかしさと落胆した気持ちが混ざりあっている道人の肩を軽く叩いて慰めてくれた。「世界は広い。お主の愛を受け止めてくれる女性は、いずれ現れるだろう。それまで魂を鍛えて己を磨くのだ、ガハハ」


 年齢は40歳前後。身長は190cm程だろうか。5人の中では最も背が高く、甲冑の隙間から見える筋骨隆々な肩や腕、褐色の肌は、彼の強靭な肉体美を物語っていた。そして、漆黒の闇のような彩りの甲冑は、幾重にも鉄の薄い板札が重ねられ、動きやすさよりも防御力を重視しているようだった。


「儂の名は雑賀山彦(さいがやまひこ)。二つ名である晦冥(かいめい)の山法師と呼ぶ者もいるがな。ちなみにそこのちっこいのはな」そう言って蒼龍を指差した。「藍青(らんせい)の剣鬼と呼ばれておる。これでいてなかなかの手練れでな」


「チビって言ったー」


 蒼龍は頬を膨らませて怒る仕草を見せた。


「チビとは言っとらん。ちっこいと言った」


「同じだよー」


「ああ、スマンスマン。謝る」山彦は蒼龍の頭をポンポンと優しく叩きながら「ちっこいのに剣を振るうと凶暴になるからな、怒らせるような真似はしない方が良いぞ」と、道人に向かってウインクした。


「またチビって言ったー」


「ああ、スマンスマン」ガハハと山彦は笑う。


「法師の旦那に悪気はないさ。こういう性分だから仕方ないだろ、蒼龍」


 一歩引いたところにいる陽炎が毎度の事と言わんばかりに蒼龍に話し掛けた。


「むうー…」


 全身で不満を表した蒼龍は山彦の手を払って波旬の後ろに隠れた。そんな蒼龍を波旬は笑顔であやしている。


「それはそうと」道人の頭から足元まで何度も山彦は眺めた。「お主の着物は初めて見るものだが、それは千年王国のものか。いや、彼の国のものではないな。変わった格好だが、何処で手に入れたものだ?」


「どこの国か忘れましたが、これは旅の途中で…」


 正直に話をしても理解してもらえないだろうと考えた道人は、波旬が先程曖昧な言い方で伝えたのを思い出して、同じように旅という言葉を使って説明した。


「ここよりも遠くの国、海の向こうの異なる生活様式の国で購入したものです」


「そうか、お主は細い体型をしているが見た目以上に体力があるのだな。結構な長旅だったろう。やはり世界は広い。千年王国の先にも、その先の海の向こうにも国は山ほどあって、様々な文化や風習があるわけかー。儂の知見の狭さと神に感謝だ。得られる知識と経験はまだまだある。本当に有り難い事だ。人の成長は生きている間、限りなく続くものだな」


 山彦はうんうんと頷きながら満面の笑みを浮かべる。


 ハハハと相槌を打ちながらも「センネンオウコク…?」その言葉の響きに道人は違和感を覚えた。国の名前なのは間違いないだろうが、まるで小説や漫画に出てきそうなネーミングだ。


「千年王国を知らんのか」どれどれと言って山彦はしゃがんだ。そして砂埃のある地面に指で国名を漢字で書き始めた。


「西方に巨大な領土を持っている、儂らと異なる神を(まつ)る国だ。行商人の行き来が盛んで、至るところで大きな(いち)を開く事も多く、いろいろな品が出回っていると聞く。そこで暮らす民の多くは日々を懸命に生きているだけなのだろうが、八幡神教が絡むと良い事はないな。あれは異教徒に対して驚くほど攻撃的だ。小競り合いは毎年のように起きている。同じ人間同士、仲良く出来ないものか。人というのは悲しい生き物だ」


「こんな風采(ふうさい)をしているが、旦那は法師なんだよ」陽炎が言った。


「ただの僧侶。いや、僧兵か。まあ、どちらにしても、八幡神教から見たら、滅すべき異教の存在だろうな、ガハハ」立ち上がった山彦は豪快に笑った。そしてマジマジと道人を見て「お主はどこかで儂と会った事があるか? その顔、どこかで見た気がするのだが…。さて、どこだったか」と言った。


「会った事はないです」昨日までここにいなかった道人はハッキリ否定する。


「どこかで会った事があるような…」


 眉間に皺を寄せ考え込んでいる山彦のところへ波旬が歩み寄った。「そろそろ目的地に向かおうか。先程からウルドが私を睨んでいてね。早く行かないと怒りますよと言わんばかりで、怖くて怖くて仕方ないのさ」


 山彦は考え込むように腕組をしたまま道人から離れる。


「ドージン、そういうわけだから、我々は出発するよ。この道の先に犬塚村の集落があるからそこの村人を頼ると良い。縁があったらまた会う事もあるだろう」


 爽やかな笑顔を残し、波旬は4人を引き連れ、道人が進む道と逆の方向へ馬を走らせた。こうして残された道人は再び一人きりになった。まずは言われた通り、犬塚村の集落を目指し歩き始める。


「もしここが異世界なら…」道人は舗装されていない田舎道を歩きながら自分の右手を見た。そして右手を体の前に突き出す。


「永遠の闇の中に(うごめ)く業火の炎、全てを燃やし尽くす焦熱(しょうねつ)の炎、2つの地獄の炎が交わりし時、世界あまたの神々の魂さえも打ち砕く、奈落の底から舞い上がる煉獄の柱になれ。我らの前に立ち塞がりに愚かなる存在(もの)に、今、ここに冥府の裁きを与えよう。獄炎昇龍波(ヘル・ドラゴン)!」


 道人は立ち止まって大声で呪文を叫び、右手を天へ突き上げた。


 しかし、何も起こらなかった。


「まあ、そうだよな…」周りに誰もいない事を確かめ、安堵した道人は大きく深呼吸をして、犬塚村を目指して再び歩き始めた。

次話以降もキャラクター続々登場します。楽しんで頂けると嬉しいです。この話の続きが読みたいと思って頂いた方は、ブックマークや広告の下にある評価をして頂けると大変有り難いです。これからもコツコツ書き続けます。モチベーションアップに繋がるので宜しくお願いします。

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