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第弐話 龍の指輪

「僕の名前は弟切道人。行き先も帰り道も分からず、これからの人生どうしようか悩んでいる無一文の19歳の時空(とき)の旅人です。この世界に親や兄弟、頼れる人はおらず、この世界に存在する意味を見出だすところから始めようと思っています」


 ここが異世界なのか、並行世界なのか、過去なのか、未来なのか、道人には分からなかったが、寝覚める前までいた場所と違う世界に来てしまった事は何となく理解出来た。足に残っている疲労感や頬を撫でる風を夢の中の出来事で終わらせる事は難しい。これは現実なんだと、心の中で呟く。


「君の状況は良く分からないけれど、そんな天涯孤独の旅人のドージンにこれを差し上げよう。今後君がどのような道を進むのか、君の旅路の向こうでオニが出るかジャが出るか、それは私には分からないが、これは災難や不幸からドージンを護ってくれる由緒正しい古い歴史を持つ厄除けの指輪だよ。この指輪をはめている限り、君の旅路に多少の苦難はあっても、最悪の悲劇からは逃れられる。明けの明星の名に懸けてそれは私が保障しよう」


 波旬は自分がはめていた指輪を外して、道人の右手の中指に指輪をはめた。それは、龍の姿がそのままデザイン化されていて、まるで、小さな龍が道人の中指に絡まっているようにも見える。また、龍の目や表情は動き出しそうな力強さと雰囲気を纏っており、大きな咆哮を上げながら今にも空へ舞い上がりそうな気さえする。何とも不思議な魅力のある指輪だった。


「目覚めている時も、眠っている時も、常にその指輪をはめておくと良いよ。君が君である為に、それは必要な御守りだからね」


「僕が僕である為に?」


 笑顔の波旬は、「さて」と呟くと、少し離れたところにいる仲間を呼んだ。4人は馬に乗ったまま駆け寄ってきた。赤の甲冑、青の甲冑、白の甲冑、黒の甲冑、4人はそれぞれ違う色の甲冑を着ている。波旬の黄色の甲冑も含めると、まるで戦隊もののヒーローが並んでいるように見える。


「大将、平気ですか」赤い甲冑を着ている人物が心配そうな声で波旬に声を掛けた。しかしその声とは裏腹に、少しの心配していない余裕のある笑みを口元に浮かべていた。


「ああ、心配ないさ、陽炎(かげろう)。ご覧の通り、私は先程までの私と同じさ。何も変わっていないよ」


 おどけた表情をしたまま波旬は両手を広げて天を仰いでみせた。


「そいつは良かった。ところで、彼は何者ですか」


「ああ、ドージンはね、そう、旅人なのさ。自分の可能性を見つける旅に出ている素敵な若人だよ。何も問題ない、警戒する必要もない、大丈夫、大丈夫だよ。変わった身なりをしているけど動きやすそうで良いじゃないか。私もそんな着物を羽織ってみたいよ。似合うかな、陽炎」


「大将は都じゃあ人気者ですからね。何を着ようが女性たちが放っておきませんよ。帰ったら仕立てさせますか」


「ハハハ、ありがとう陽炎。お世辞でも嬉しいねえ。それはそうと、縁があってドージンとこうして出会えたわけだから、自分の名前くらいは名乗っておきなよ。これも一つの縁の形なのだから」波旬は陽炎に自己紹介を促した。


「あー…、俺の名前は陽炎」彼はそう言いながら(あご)の下の短く整えられた(ひげ)を触った。燃え盛る炎のような幾重もの赤がグラデーションになって甲冑の彩りになっている。日焼けした肌と甲冑の隙間から見える戦う為に鍛え上げられた筋肉に残る傷痕が、彼の長年の鍛練の結果と戦闘経験を物語っていた。「よろしく」


 波旬は「彼も武士さ。この通り、初めて会った人に対して無愛想な奴でね。いかつい顔をしているのに人見知りだから、初対面で会った人は大抵良い印象を持ってくれない。それが欠点」と補足しながら、次に青い甲冑を来た女性に目配せをした。


「やあ、ボクは蒼龍(そうりゅう)。いつもは安房国の都で白拍子をしているんだ。自分で言うのも何だけど、結構、実力派なんだぜ。毎回お客さんも沢山来てくれるしね」


 爽やかな夏の晴天の空の色、どこまでも広がる紺碧(こんぺき)の海の色、丸々のような壮大な雲の色、その3色で構成された色合いの甲冑と、腰に巻かれた5層の漆黒のベルトは、戦い為だけの防具ではなく、アニメに登場するキャラクターのような、どことなく現実離れした戦い向きではない衣装に見えた。年齢は15歳くらいだろうか。蒼龍の幼い雰囲気と可愛い顔付き、特徴的な声色が、道人にそう思わせたのかもしれない。


「シラビョウシ?」見知らぬ単語だったので道人は思わず聞き返した。


「君は白拍子を知らないの?」蒼龍は目をまん丸にしながら驚いていた。「その格好は山伏じゃないみたいだけど、山岳専門の旅人?」


「蒼龍はね、普段は水干(すいかん)を身につけ、立烏帽子(えぼし)をかぶり、白鞘巻の刀を差して歌や舞を披露しているのさ。昔は神事として執り行ったり、貴族の屋敷に招かれて舞う事も多かったようだけど、今は寺社や劇場で舞うのが主流になっているね」


 優しい笑みを浮かべながら波旬が白拍子の説明をした。


「旅人ならさ、たまには都に行ってみなよ。山奥や田舎じゃ経験出来ない素敵な出会いがドージンを待ってるよ。ちゃんとお金を払ってくれたら、ボクの華麗な舞を観る事も出来るしね」


 イシシと声を上げて蒼龍は笑顔を振りまいた。


「ドージンも白拍子をやってみる? ボクほどじゃないけど可愛い顔をしてるから、歌と舞を覚えたらお客さんが付くかもね」


「可愛い顔…?」高校の3年間、そんな事は一度も言われた事のなかった道人は眉をひそめて蒼龍を見つめた。


「山奥や田舎じゃ鏡を見る機会もないか」そう言いながら蒼龍は懐から小さな手鏡を取り出して道人に渡した。「はい、ドージン」


 手鏡を受け取った道人は鏡で自分の顔を覗き込んだ。


「は…?」


 声にならない言葉が口から洩れた。髪の色や長さが変わっていただけでなく、目や鼻や口、顔の輪郭までも変わっている。男性なのか女性なのか分からない中性的な顔つきで、美少年というべきか美少女というべきか、どちらとも言えない可愛らしさがある。鏡の中の人物は道人が初めて見る顔、勿論知らない顔だった。


「いやいやいやいや…」


 道人は両手で自分の顔を何度も触って確認する。そして再度鏡を見たが先程見た顔と何一つ変わっていない。可愛い顔をした人物が困惑した表情で鏡を覗き込んでいる。道人は何度か表情を変えてみたが、鏡の中の人物も道人と同じ表情を繰り返すのみであった。これにより、ようやく鏡に映っているのは自分だと道人は認識できた。


「いやいやいやいや…、マジか…」


「ね、可愛い顔だろ」


「いや…」


 いつの間にか道人の隣りに波旬が立ち、困惑しながら鏡を見る彼の顔をニヤニヤ笑みを浮かべて眺めていた。何故顔つき変わってしまったのか分からないが、これ程可愛らしい顔なのなら、これはこれでアリだなと、道人は心の中で思った。


「こうなったらポジティブシンキングで生きていくしかないか」


「ポジブ?」


「ポジティブシンキング。前向きな姿勢や積極的な考え方で楽しく人生を生きていきましょうっていう僕が生まれた国の言葉です。よし、頑張るぞ~…みたいな」


「うん、前向きは良い事だね」


「ボクも応援するよ、頑張れドージン」イシシと声を出して再び蒼龍が笑みを振りまいた。


 前向きになった道人の心に蒼龍の眩しい笑顔は温かく響いた。この笑顔は見るものを惹きつけるし、確かに人気が出るだろうな。参った参った。

執筆レベルが上がるよう、道人たちと一緒に頑張ります。この話の続きが読みたいと思って頂いた方は、ブックマークや広告の下にある評価をして頂けると大変嬉しいです。これからもコツコツ書き続けます。モチベーションに繋がるので宜しくお願いします。

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