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第零話 異端の救国者

 私の世界は漆黒の闇に包まれた。

 まるで混沌の荒波の中を航海しているような感覚。

 一針の光さえ見えない、道はどこにも見えない。


 息苦しい…。

 何も見えない…。


 冷たい布が、顔を、頭を、覆っていた。

 紐の感触を首に感じる。この感触が、呼吸する事を更に困難にした。

 手や足は柱に縛り付けられ、首の紐を緩める事も、ここから逃げ出す事も、私には出来なかった。


「神の教えに背く者を、世界から浄化する」


 誰かが大きな声で叫んだ。


「汝の罪は全部で五つ。一つ目は、建国の聖霊である討魔の聖霊と天啓の聖霊の声に導かれた救国の聖女と自らを名乗った事。二つ目は、偽典である久遠の獣の口伝の出版に加担した事。三つ目は、神への信仰と祈りではなく、汝と共に戦う事が国を救う唯一の選択であると偽りの言葉を流布し、多くの善良な神徒を煽動した事。四つ目は、異なる世界の住人である東方より来たりし葦原のアクマを、神の導きと偽って我らの土地に招き入れた事。五つ目は、法と秩序の守護者たる冥府の聖霊の役目を引き継ぐ総司教の教えを軽んじ、聖徒に禁じられている口に出すのも憚られる数多くの振る舞いを行った事。これらを勘考し、異端裁判を行った結果、我々司祭は汝を異端者と認定した。汝は神に仇なすものなり。汝は邪悪なり。よって、火刑に処し、汝の肉体を燃やし尽くす事で、神の作りしこの世界から、邪悪なる異端者の存在を浄化するものとす。異端者よ、最期に言い残す事はあるか」


 首に食い込んだ紐が、私に言葉を発する事を許さなかった。言いたい事は沢山ある。だけど声が出ない。


「おい、勝手な事をするな」


 周囲がざわめき出す。激しくぶつかり合う金属音が数回聞こえてきた。そして、誰かがすぐ近くにいる気配を私は感じた。


「助けに来た」


 首の紐が緩み、顔や頭を覆っていた布から私は解放された。思わず目を閉じ、深く呼吸する。私の体が生命力で満たされていく。私はまだ生きている。

 顔を右側に向けると、右手に布を持った漆黒の鎧を着た騎士が、数人の屈強な兵士を相手に交戦していた。少しの間、抵抗を見せていたが、多勢に無勢、孤軍奮闘むなしく取り押さえられ、連行されていく姿が見えた。時折、腰まで伸びた黒い髪を振り乱しながら、何度も何度も私の方を見て叫んでいた。


 ありがとう、我が戦友(とも)、善良なる幽冥(ゆうめい)の騎士。


 私は改めて正面を向いた。男性、女性、若い人も年輩の人も、数えきれない多くの人々が、少し遠巻きに私を囲っている。中には、十字架を手に取り、私に祈りを捧げてくれている人もいた。あちらこちらから悲痛な泣き声や叫び声も聞こえてくる。


「浄化を始めよ。異端者を現世から完全に消滅させるのだ」


 司祭の衣装を身に纏った小太りな男が、火の灯った松明を持つ兵士に命令した。私の足元に藁や薪が並べられている。私の肉体を燃やせば、最後の審判を迎えた時に私はこの世界に戻ってくる事は出来ない。神の愛も祝福も私に届く事はない。

 私は深い闇の中、混沌の世界の中で、神のいない苦痛を永遠の孤独と共に過ごす事になる。


「神よ、神よ、神よ!」


 私の叫び声に驚き兵士は歩みを止めた。


「解放の聖霊である討魔の聖霊と天啓の聖霊は確かに私の前に現れて、剣を持ち立ち上がれ、国を救え、王の帰還を導けと仰った。また、芦原の民はアクマに非ず。我らと同じく国を奪われ、国を追われた悲劇の一族であり、この世界が生み出した歪みの象徴。久遠の獣の口伝は偽典ではない。彼は聖霊の鏡にして世界の理を知る者。彼の言葉にこそ世界の真の姿が映し出されている。そして、私の信仰は神にのみ捧げる。貴方達司祭は神ではない、神の代弁者でもない、信仰されるべき存在ではない、ただの人間だ」


 立ち止まっていた兵士が再び歩き出し、私の足元に松明を放り投げた。藁は勢いよく燃え出し、煙りが私を包み始める。


 私はもう一度叫んだ。


「神よ、神よ、神よ! 絶対にして唯一の存在である八幡(やはた)の神よ、マガミ様よ。私の肉体は炎に焼かれ今ここで滅びるが、私の魂は常に貴方と共にある。私の信仰は貴方にこそ捧げられるものであり、私は神の恩寵を受けて今ここに眠る。私は誰も罰さない、私は誰も恨まない、神が人に与える愛と同じく、私もここにいる全ての人に愛を与えよう」


 煙りに巻かれ、意識が朦朧としていく中、圧倒的な存在感を不意に私は感じた。その存在感の方へ目を向けると、巨大な2つの赤い瞳が、真っ直ぐ私を見ているような気がした。それは幻覚だったのかもしれない。そこに巨大な瞳なんてあるハズがないからだ。だけど、圧倒的な存在をすごく身近に感じるし、誰かに見つめられているように思えてならない。


 そうか、私は現世での自分の役割を終えたのか。あれが東洋の賢者の赤い瞳…。


 私は祖国を解放する事が出来なかったけど、きっと、私の意思を引き継いでくれる人が現れる。でも、神の奇跡があるのなら、もう一度自分の足で戦場に立って、自分の手で勝利の為に戦いたい。

 今度こそ、私は祖国を解放する。この偽りの世界から、真実の未来を取り戻す。例え、この肉体が滅んでも、例え、それが呪われた苦難に満ちた道だったとしても…。私は…。

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