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無自覚で猟奇的で我儘な妹の遡 今日子さん〜相合傘編〜

作者: 祭囃子

 雨か雪。

 どちらかと言えば雨が好き。

 しとしと降る雨。

 ざぁざぁと降る雨。

 それならどちらも好きだ。

 彼女と初めて出会った日は――ざぁざぁと降る雨の日だった。


 ※


「おかえり――お兄ちゃん」

「? だれです?」

「お兄ちゃんの嫁ですよ?」


 この雨の日の薄暗い玄関前でびちょ濡れの女の子。

 しかも自分の事をお兄ちゃんと。

 いや、嫁? は?

 新手の詐欺か宗教勧誘か何かだろうか。

 さすがに怖いだろ。

 警察って、110だったか。


「ちょっとひどいよ。妹が牢屋で凌辱に晒されても良いのね」


 と、謎の雨女。

 いや、制服を見るからには同じ学校というのはわかるが。

 この雨女は、僕のスマホを奪い取り一歩後ずさり「えへへ」と笑っている。


「返して」


 僕が奪われたスマホに手を伸ばすが届かない。

 クラスメイトか?

 いや見覚えが無い。

 じゃあ別クラス――でもない。

 学年違いはさすがにわからないけれど。


 雨女は更に、僕が傘を持つ手の逆の肩にかけている学校指定の鞄をひったくり、「さむぅ」等呟きながら、ガサゴソと何かを探している様子。

 力ずくでもよいけど、さすがに女の子相手には……。


 と僕が迷っているうちに雨女は、


「雨女じゃなくて妹ね。お兄ちゃん。それとびちょ濡れで風邪ひくから早くうち入ろ」


 家の鍵を回しびちょ濡れのまま家へと姿を消していった。


 あぁ。スマホも持ってかれている。

 これでは警察にも親にも連絡がつかない。

 交番近くにあっただろうか。

 普段特に非行に走ることも人助け等もした事がない。

 咄嗟のこの妖怪雨女の襲撃にどうして良いかわからず僕は、玄関前で唖然と立ち尽くしてしまっていた。


 五分かそれくらい。

 再び玄関扉から妖怪雨女が現れ、


「お兄ちゃんも風邪ひいちゃうよ」


 と、先程先に家に入っていった正体不明。

 通称妖怪雨女に腕を引かれ家へと強引連れられる。

 僕は焦りと困惑でされるがままとなってしまった。


 もしかして、本当に妖怪や怪異の類なのでは。


「しつこいよ? お母さんに言いつけるからね」

「いや――そもそもあなたのこと知らないけれど」

「は? 何言ってるの、頭打った?」


 自分の事をお兄ちゃんと呼ぶその子は、どうやら母も知っている様子だ。

 なんというのか馴れ馴れしいというのだろうか。

 人の頭をガシガシ触りながら『本当大丈夫?』 と。

 失礼にも程があると思うのだけれど。

 僕は少しイラつきを覚えてしまう。


「とりあえずお風呂入ってくるから。なんだったらお兄ちゃんも濡れてるし一緒入る?」

「で、その前にあなたの名前は?」

「折角美味しい思いが出来るチャンスなのに、もったいないね」


 質問に答えず何を言ってるんだ。

 名前を名乗らないこの子は踵を翻していく。


 いよいよ本当に自分がおかしくなったのだろうか。

 というのも、当たり前にうちの風呂場に向かって行くその後ろ姿に迷いはなく、当然でしょと家の作りを把握しているように見えたからだ。


 彼女に声をかけれず呆然とする。


 ん……? そういえば。

 仮に本当に自分がおかしくなってるなら。


 可能性があるなら二階の僕の隣の部屋だ。

 僕の家は一部屋客間と一部屋空き部屋がある。


 はずだ……。


 僕は迷うことなく二階の空き部屋へと向かった。

 少し緊張しているのか、固唾を飲み扉を開けた。

 僕は驚きで声が出なかった。出せなかった。


 その部屋は確かに空き部屋だったと思う。

 いや、数ヶ月かはたまた。

 もしかしたら数年開けてはいなかったけれど。


 実際に女の子の部屋や家に入ったことは無いけれど。

 全く無いけれど。

 その空間は普通に女の子の部屋だった。

 誰が見ても見間違うはずなかろう。

 女性特有な小物や家具。

 けれど、どこか大人な雰囲気を醸し出している。


 どれくらい部屋の前で立ち尽くしていたのか。

 僕に近づく足音に気が付けなかった。


「お兄ちゃん私の部屋になんかよう? あれあれ――お兄ちゃんもなんだかんだ女子に興味が湧いてきたのかな? 思春期かなぁ? えへへ」

「っ!? 君は怪異なのか! 無音で後ろに立つなんて」

「はいはい。私終わったからお風呂行っといで」


 妖怪雨女に肩を押され、階段を下ろされていく。

 頭の中は、自分の記憶が無くなったのか。

 それとも、彼女が何か異質なのか。

 ぐるぐる堂々巡りを引き起こしている。


 僕はやはり気になって仕方がなかった。


「すみませんがどうしても思い出せません。本当に僕の妹なのか?」


 僕は階段の途中で振り返ってしまい、


「ひゃぁっ!」


 妹と名乗る彼女は階段に尻餅をついてしまった。


「あ、急に振り返って――」

「もぅ。せっかちなんだから。わかった。私は洗面所で話聞くから、お兄ちゃんは湯船で聞きたいこと聞いてよ。別に一緒でもいいよ? ふふ」


 僕は彼女の手を取り身体を引き起こす。

 それにしても、先程からやけに挑発的な気がするけど。

 まぁ、それはいいとして聞かせてもらわなければいけない。

 色々とツッコミどころ満載の状況ではあるけれど。

 僕は先に風呂場へと入り湯船から声をかけた。


「もう大丈夫です」

「はいはーい」


 風呂場の扉が半透明な曇りガラスのせいで、そこに彼女がいることが分かり、知らない人のせいもあって複雑な心境だ。

 まして――まだ泥棒や詐欺師、宗教勧誘の可能性が残ってるからなのだけれど。


「それはないから安心して。それで、お兄ちゃんは記憶喪失なのか? それとも私が誰なのか?」


 真っ先に僕が聞きたいことを言ってもらえたおかげで少しほっとしてしまう。


「ええと――そう。先ずはあなたの名前は?」

遡 今日子(さかのぼり きょうこ) 十六歳 お兄ちゃんとは年子の同学年。あっ、双子ではないよ。私が一年遅れの早生まれなだけ」

「そ、そう。つまり――」


 つまり、そうなると残す可能性は。

 僕の記憶が、頭がおかしくなったということだろうか。


「んー。正直なところ私にもわからない。けど、こういう事もありえるのかな? とは前々から思ってたから安心していいよ。昨日までずっとこれからもずっと一緒だよ」


 どこか曖昧な物言いで。

 だけれどどこか自信ありげで彼女は言う。


「ありえるのかな。と言うのはいったい」

「お兄ちゃん。晩御飯食べたら私の部屋にきてよ。私髪乾かしたいしスキンケアもするんだよ? 一応女の子だからね」


 僕の妹。

 『相変わらず質問に答えない。』

 彼女は遡 今日子(さかのぼり きょうこ)さんらしい。

 彼女はそう言い残し洗面所を後にした。

 全くどうなっているんだろう。

 僕は湯船に浸かりながら、段々と心がざわついて苦しくなっていった。


 その後母が帰宅し、3人で晩御飯をとっている際も、普通に笑顔でなんの違和感もなく、母と取り留めもなく話す今日子さんだった。


「今日子さん。入っても?」


 その後少し自室で考えを寄せていたけれど、母との和やかな雰囲気を見て僕も少し警戒を解いているようだ。

 やはりというのが何も答えなど出ず、彼女の部屋へと足を運んだ。


「どーぞー。それと今日子さんはやめて。家族なんだから」


 彼女は少しむくれながら、僕をソファーへと案内してくれた。

 どうにも居心地が悪い。


「さってと、話の続きだね。私お母さんとも普通だったでしょ?」

「ええと、そうだね」

「ねぇ。お兄ちゃん。環奇(たまき)お兄ちゃん」

「はい。な、なんでしょう」


 環奇(たまき)お兄ちゃんか――緊張してしまう。既に自分が何者なのかすら分からなくなってきた。僕だけがこの世界から取り残されているような感覚になる。


「だから他人行儀はやめてよ」


 僕は苦笑いで頷くことしか出来ず、彼女は続ける。


「えーとね……」


 急に僕の妹らしいその今日子さんは俯き、少し紅潮してるように見えた。


「お兄ちゃん。私お兄ちゃんが好きだよ」

「…………」


 な、何か言われたけど気のせいか?

 ティーン限定の病気か。

 唐突なんて次元を通り越しているレベルじゃない。

 さっきまで君は誰なのか、僕に何が起こってるのか。

 そんな話をしてたんじゃなかったのか?

 それともやはり僕の頭がおかしくなったのかっ!


「すみません今日子さん。聞こえなかっか事にしますので、僕の不可解な状況と言うやつを……」


 このぶっ飛んだ今日子さん(妹)に主導権は渡せない。

 僕はそう考え、僕の要求を再度提示した。


 ――あれ、怒らしたのだろうか。

 口を尖らせ軽く睨まれてる気がするけれど。


 やはり僕の質問には答えてもらえないらいらしく、彼女は、


「むう。この人手なしっ。だーかーら、お兄ちゃんの『お嫁さんにして欲しい』と思ってるの」

「…………」

「キーコーエーマースーカー?」

「ええと、今日子さん」

「今日子」

「今日子さん。初対面でいきなりそんな事言われても。それに僕高校生です。無理です。お断りします。まして兄妹なんですよね?」


 断固拒否するに限る。

 それでなくても自分の状況が全く分からないのだ。

 確かに今日子さんは可愛らしいとは思う。

 いや、そんな話をしたい訳じゃない。

 良い香りもする。

 だから、そうじゃないっ。

 それに――


「慌てすぎだよお兄ちゃん。とりあえずわかったから。明日もしかしたら、もっと混乱させちゃうかもだし、今日は休みなよ」


 僕は今日子さんに「早く行って」と追い出されるような格好で部屋を後にした。

 にしても、人の話を聞かない人だ。

 素直にそう感じてしまう。


 何一つ解決せず、その日はあまり眠れず朝を迎えた。


 次の日の学校は何一つとして頭に入らなかった。

 元々学校に友人と呼べる友人もいないのだから。

 気兼ねなく自堕落を貪るのだ。


 雨は好き。

 この地域は雪も多いけど。

 雪は処理が大変。

 降りつもる雪の音も捨てがたいけど。

 それでもやはり雨が好きだ。

 傘にあたる雫の音が好きだ。


 あれ。

 既視感?

 昨日もこんな事考えてたような気がする。


「おかえり――お兄ちゃん」


 妖怪雨女……。


「だから雨女言うな」

「いや、今日子さん。昨日もびちょ濡れ――」

「今日は覚えてるんだね」


 今日は? 何を言っているんだ。

 というより二日連続で鍵を忘れたのかこの人。

 案外、人は見かけに寄らないようだ。

 遡 今日子(さかのぼり きょうこ)さん。

 結局、朝は僕が意識朦朧だったせいもあり、朝はろくに会話もなく。

 どこのクラスかも分からずじまいだった。

 というか、本当に同じ学校なんだろうか。

 

 色々考えてはいるけれど、昨日からの不可解な出来事と、不可解な生き物にも少し慣れてしまった自分がいる――ことにも気がついてしまう。


「お兄ちゃん? その答えは中に入ってから答えるから、早く鍵開けて」

「あ、すみません」

「敬語禁止ねっ」


 玄関扉の鍵を開けながら――チラッと今日子さんを視界に入れると「なんで他人扱いするかなぁ」とブツブツと不機嫌――な御様子。


 今日子さんは昨日に続き、お風呂へ直行した。

 答えてくれるんじゃなかったのだろうか。


 いきなりではあるけれど、僕はあまり人との関わりが得意ではない。

 だからといって虐めにあうわけでもない。

 勿論、その逆も然り。

 コミュ障と言えばその通りで、大体の人には敬語になる。

 それが自分を馴れ馴れしい人間から防衛する手段の一つなのだ。

 ははは。


――お兄ちゃーん


 風呂場から今日子さんが呼んでいる。

 何事だろうか。

 昨日みたいにからかうような言動は慎んで欲しいのだけれど。


 僕は洗面台には入らず、廊下の扉を閉めた状態で返事をした。


「どうしましたか?」

「はぁ。クラスの話聞きたいんじゃないの?」


 あぁ、そんな事言ったっけ?


「で、私は隣のクラス。成績はお兄ちゃんより少し上。彼氏無し。好きな人お兄ちゃん。好きな食べ物も――お兄ちゃん。他に聞きたいことは?」

「失礼しました……」


 僕は逃げるように自室へとかけていった。

 少し頭の弱い子なのだろうか。

 階段に差し掛かる辺りで「お兄ちゃん?」と呼ばれた気がしたけど、聞こえないふりをした。


 昨日よりも今日の方が冷静でいられている。

 けれど、やはり落ち着かないというか、他人の家にいる感覚になる。

 僕は流行りの音楽が何か知らないけれど、適当な動画をYouTubeで流し、イヤホンで耳を塞ぐことにした。


 友達のいない僕は滅多にスマホを触らないのだけれど。

 だからだった。

 そのせいだった。

 なんとも間抜けな現代人だ。


 昨日と日付が同じだった……。


「うわぁっ!」


 イヤホンを咄嗟に外し、後ろに仰け反ってしまった。

 勿論なのだけれど、椅子から転げ落ちた。


「ふふふ――お兄ちゃんドジだね」


 部屋の扉へ振り向くと、お風呂上がりで濡れたままの。

 とは言ってもスウェットは着ているけれど。

 茹で上がったタコの様な今日子さんが笑っていた。

 妖怪蛸女。

 蟹女でも良いかも。


「こらー。昨日から妖怪妖怪って。こんな可愛らしい妹に向かってひどくない?」


 自分で言うのもどうなのだろう。

 まぁ、確かに頷けるのだけれど。

 人間付き合いが得意ではない僕でもわかるくらいには――彼女の容姿は整っているのだと思う。


 栗色をもう少し明るくした長い髪とその毛色。

 サラサラだけど、ほんのり少しだけくせがある天然パーマ。

 目鼻立ちもくっきりスッキリ。

 ボディラインは知らないけれど。

 きっと学校の三学年中でも10人の中には入るのでは?


「そんなに褒めなくても……。まぁ、お兄ちゃんだけ分かっててくれれば、他の人にどう思われても関係ないんだけどね」

「…………」

「黙らないで。恥ずかしくなる」


 だから、初対面で尚且つ人との関わりが苦手なんだって。


「一つお聞きしても?」

「はい。というか中入ってもいい?」


 椅子から転げ落ちた為、ふんぞり返った状態で会話をし始めてしまったことに少しだけ羞恥心を覚えながら、今日子さんをベッドへ……。

 いや、机の椅子へと案内した。


「昨日、明日はもっと混乱するかもって。日付?」

「うーん。確実とは言えなかったんだけど、もしかしたら。程度にはそうなるかもって思ってた」


 ふむふむ。

 なんで今日子さんは曖昧なのだろうか。

 そもそも、未だにこの人を信用してはいないけれど。

 謎多き高校二年生の遡 今日子(さかのぼり きょうこ)さん。

 本当に何者なのだろうが。

 話している時は普通の女子高校生ぽくはあるけど。

 少し大人びている気もする。

 いや――気の所為か。

 不貞腐れてる風な姿はやはり高校二年生だろう。


 そんな今日子さんは少し考えながら話を続ける。


「日付の事ね。うーん。何から話していけばいいのかわからない。というのが本音」

「というと?」

「昨日の事。えーと、つまりお兄ちゃんの記憶の欠如。もしくは逆?」

「逆?」


 逆? この記憶がない事が正しいということ?

 いやいやいや――そんなまさか。

 今日子さんは『いや、そうじゃなくて』と言い続けて、


「私の存在自体が偽りだとしたら――てこと」

「? でも昨日はずっと一緒に居たって」

「なんだけど、そう書き換えられてたりとか?」


 どうやら本人も正確な答えは持ち合わせていないようで、首を傾げたり、視線を明後日に向けたり。


「書き換える……」


 何を何に?


「例えば記憶とか。えーと未来とか?」

「? そんな事出来るんです?」

「むぅ。言わなきゃダメだよねぇ。やっぱり」


 何を隠しているのやら。

 高校二年生の女子高校生が記憶を書き換えるって。

 ゲームや漫画じゃあるまいし。


「ちょっと待っててね」


 そう言った今日子さんは、そそくさと部屋から出ていき。

 瞬く間に戻って一つの本を見せてきた。


「これは?」

「私の日記帳。というか。先の事が書かれるとでも言えば良いのか」

「先の事。未来の事とでも?」


 とでも言うつもりですか?


「そのつもりなの。というより書くのは私じゃなくて。書かれそうな事を予測する。とでも言うのかなぁ。勝手にいつの間にか書かれてるの」

「わけがわからないですね……」


 どゆこと?

 今日子さんが本を見せながら説明してくれた。

 つまり、例えば明日、給食でパンを食べた。

 と、書かれるであろうと、今日子さんが予測する。

 それが正しいことならそのまま空白にパンを食べた。

 と、記載されるようだ。

 うん。何言ってるのかさっぱり。

 

「むう。わからないよね」

「はい。それと日付がどう関係するんですか?」

「えーと、予測というか願い事になるのかな。それが大きければ大きいほど、書かれるであろう内容と乖離(かいり)するほど代償が大きくなるぽいの」

「ぽい?」


 なんだなんだ。

 雲行きが怪しくなってきたではありませんか。

 つまり、日付が変わらないのも僕の記憶も今日子さんの願い事がでかすぎた――ということ?


「多分……。でもでもね、こんな事は確かに初めてだけど、希望が叶えば解決するはずなの」

「つまり――記憶が戻ると?」

「多分」


 今日子さんは俯いてしまい、やはり確定ではないけどという。


 ということは、今日子さんの願い事を叶えてあげれば良いのかな?

 なんだ、簡単に考えれば簡単そうじゃないか。

 確かに言ってることは曖昧だし、間違ってるかもしれないけれど――記憶が戻るなら。

 希望が湧いてきたかも。


 なので、僕は今日子さんの願いを聞いてみた。


「で、何を願ったんですか?」

「…………」

「今日子さん?」

「えーとね。答えれないというか、わからないの」

「はい?」

「無意識で考えてるようなことだと、思う。ごめんね」


 それはまた難儀なことで。

 あれ? でも、何か気がついた様な……。


「今日子さん。僕と今日子さん以外は日付が繰り返していること気が付いては?」

「多分無い」

「なるほど」


 一旦整理しないといけないけど、大分遅くなって来てしまった、母からの晩御飯の呼び出しも無視してしまってるし。


「先に晩御飯と、僕はお風呂行ってきますね」

「うん。わかった」

「らしくないですよ? 昨日はもっとキチガイみたいな言動してたじゃないです」

 

 僕は、俯いている彼女に少しだけ責任のような感情を持ったのかもしれない。

 彼女に「俯くなんてらしくない」と少しだけ励ましたのだが、


「お兄ちゃんっ! 結婚してっ!」


 と、頬を紅潮させながら。

 兎角全く会話が成り立たない困った人であった。


 一先ず彼女から逃げ出し晩御飯を済ませた。

 が、やはり母は昨日とほぼ同じ会話の流れだった。


 願い事ねえ。

 今まで無かった。

 という事は、今日の出来事かな。

 はてさて。

 昨日今日知り合った人の考えてる事なんてわからないけど。

 とは言っても、毎日繰り返す訳にもいかないわけで。


 僕はお風呂をあがったその足で、一度今日子さんに確認をしに部屋へと向かった。


「今日子さん。入っても?」

「どーぞー」

「お邪魔します」


 なんだか、これも既視感だよなあ。

 とりあえず気になる事を聞いておかないと。


「さっき、お風呂で考えたんです」

「うんうん。それで? あと私妹なんだから話し方っ」


 先程よりかは元気そうになった今日子さんは、ベッドで足をパタパタしてこちらを見ている。

 当然口調については聞き流す。


 その姿を横目に、僕はソファーに座りながらこう尋ねた。


「多分ですけど、今日の出来事の中に今日子さんの願い事があると思うんですよ」

「出来事かあ。なんだろ」

「朝、昼、夜、今。何かしたい事とか、嫌な出来事とかも当てはまるかも」

「うーん。ならお兄ちゃんと抱き合いたいとかは?」

「それは御遠慮願います」

「むう。じゃあ――」


 今日子さんは仰向けになり、枕を抱きしめ「うーん」と唸る。

 実際、先程の願い事が本当ならどうしようか。

 色々試してダメなら仕方ないことなのか?

 見ず知らずの他人の『兄妹』で?

 もうそれは――ただの犯罪者で親からも勘当される出来事になるんじゃ……。


「それは大丈夫。お母さんは私の事応援してくれるよ」

「? まあ。それはいいとして心当たりは?」

「むぅ。んー、雨でびちょ濡れになったのが嫌だったとかかな?」

「ん? 昨日も雨だったのになんでびちょ濡れになってたんです?」

「あっ」

「えっ?」


 急でびっくりしたけれど、今日子さんは仰向けになっていたベッドから転がり降り、何か閃いたようだ。


「多分それかもっ!」

「といいますと?」

「お兄ちゃんの傘に入れて欲しいなぁって思ってた」

「えぇ」


 どうやら自信ありげに言う今日子さんは「間違いないっ」と胸を張っている。


「試しに。ね? それくらい良いでしょ?」

「んー、わかりました。ただ、学校の近くでは離れてくださいね」

「はいはーい。帰りも待ってるから一緒ね?」

「わーかーりましたー」

「何その言い方。感じ悪っ」


 とは言っても、何一つ他にめぼしい宛もないわけだし、やるだけやってみるしかないのだけれど。

 僕と言えば友達と呼べる人もいないし。

 今日子さんは問題ないのだろうか。

 まあ――他人の交友関係の心配はいいとして。

 明日は朝から傘を分けて登校することになった。


「ほんっと、性格悪いっ」


 と、部屋を追い出された僕は朝を待つことになり、昨日寝れなかった分、かなりすんなりと寝付くことが出来たのだった。


「行きましょか」

「うん! 嬉しい!」


 何がどうなってこうなったのやら。

 朝から未だに兄妹と思えない――ほぼ他人と言える人と傘を分けて登校するなんて。

 しかし、フォローのつもりはないけれど、今日子さんに言いよる男もいてもおかしくないのでは。

 と思うんだけど、いやはやなんでだろ?

 と考えてたら腕を抓られたわけで。

 世の中とは理不尽に溢れ。

 満ち溢れ。

 満ち満ちているのだよ。


 案の定言うまでもなく、学校の授業は連日同じ内容で、不真面目な僕でもさすがに覚えてしまうほどだった。


 そういえば、今日子さんの本ってどうやって手に入れたんだろうか。それさえ無ければこんな事には――聞いてみるか。


「あれは絶対に破棄できないのっ」

「うわっ」


 校門前で待ち合わせていた僕達だったけれど、先に到着していた僕の後ろから今日子さんが本の件について否定してきたところだ。


 僕が「なんでです?」と尋ね彼女は、


「それはまだ言えないけど、絶対の絶対に完全にダメっ」

「――よく分かりませんが。まぁ、とりあえず帰りましょうか」

「わあい」


 本のことは、とりあえず今日を乗り越えてからでも良いのか?

 校門から歩きだす時に今日子さんには、学校から少し離れてからと伝えたけれど、お構い無しで傘に割り込んでくる。

 その状況に、なんだかなぁと僕は呟いていた。


「良いじゃーん。私の願い事叶うかもだよ? 明日来るかもなんだよ?」

「まぁ、それはそうですけど――」

「お兄ちゃん私の事そんなにイヤなの?」


 どうやら少しだけ怒りのスイッチを踏んでしまったようだ。

 消化スイッチはどこにあるのやら。

 それにしても、思い出してみれば二日も連続で傘を持たずに登校かあ。

 無防備というのか無謀というのか。

 いや、案外策略だったのかっ?

 中々の軍師なのかもしれない……。


「じーっ。あまり私のイメージを悪くするのはやめてね」

「ほら。今日子さんだって周りの目が気になるじゃない」

「周りのモブはどうでも良いの」

「? 意味がわからないよ」

「お兄ちゃん。お兄様」


 なんだなんだ急に。


「もし、明日もダメなら……。お願いがあるの」

「な、なんでございましょ」

「ダメだったら話すね」


 怖いわぁ。基本的に女子高校生なんて獣というのか、男子もそうだけど、感情ブレーキが緩いから暴走するんだよ。怖いわぁ。


 そんなこんなに話している間に家へと帰宅した僕達。

 今日は玄関前に妖怪雨女がいない事が前と違う。

 あとは、傘を分け合った。

 となると、お風呂も直行無し。

 よし、これは決まりかもしれないぞっ。

 明日に期待だ。


「とりあえず、明日の結果待ちということで、今日は自由行動にしましょう!」


 少しガッツポーズを決めながら言ったのが間違いだったようで、それを見ていた今日子さんは、


「はー。なんで分かってくれないかな? まぁ、分かりましたよ! せいぜい明日を楽しみにしててくださいませっ」


 と、大きな音を立て階段をどんどんっと昇って行くのであった。


 楽しみにする。

 当たり前のことだ。

 毎日同じ日を繰り返すなんて地獄そのものだ。

 期待しないなんて嘘になる。

 早く明日にならないかなぁ。

 と、ささくさと晩御飯とお風呂を済ませた僕は、すぐさまベッドに潜り込み明日を夢見て眠ることにしたのだ。


 翌朝、見事に日付けが変わっており、朝一番でスマホを確認した僕は、


「やっほぉっーーい!」


 と、大喜びで起き上がったのだった。

 そして、それを聞いたのか同じ気持ちだったのか、今日子さんが部屋を尋ねてきて、


――愛の子作り毎日計画が


「良かったぁ! さすがお兄ちゃんだねっ!」


 と、こちらも喜びでニヤけてる。

 ん? 表現がおかしいかもしれないけれど。

 とにかく笑顔であった。

 ただ……気のせいかもだけど嫌な言葉が聞こえたような。


「でも、折角だから今日も明日も明後日も、一緒に登校しようよ。ていうかお願いしますっ」


 え……。

 それはまぁ、大袈裟に断る理由も無いのだけれど。

 僕は無意識で頷いていたのだろうか。


「良かったっ! お兄ちゃん本当大好き!」


 とりあえず。それはどうもご丁寧に……。

 それより、僕の記憶がですね。

 と言うと『何とかなるよ』で済まされてしまったわけで。


 遡 今日子(さかのぼり きょうこ)さん。

 他人のような妹。毎度何かある度にこの繰り返す現象に付き合うことになるのか。と。


 なんだかなぁ。と思うわけです。


初短編です。

連作も可能ですが、ひとまずということで応援の程よろしくお願いいたします。

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