第八話
店を出て時計を見ると、時刻は十二時を指していた。
「どうする? まだ服見るか?」
「いや、流石にもう詩乃さんのお財布にダメージを与える訳にはいきません。……何よりご飯は美味しいものを沢山食べたいです」
お会計の時は試着室の中だったしバレてないと思ったが、さすがにバレてたか……。でもちょっとご飯のためなのは個人的には悲しいかな。うん。
「試着室の中で流石に確認してますよ。生活能力はなくても勉強は出来ますからね?」
そんな褒めてほしそうな顔でこっち見ても褒めないからね?生活能力なかったら計算できても家計は回せないんだよ、まぁ千代ケ崎さんが自分でそこを考えることはなさそうだけども。
「それじゃあコインロッカーにこの服一旦置いてくるか」
「……はい」
こらそこ、そんなにあからさまにしょんぼりしない。俺が罪悪感に苛まれるでしょうが。
コインロッカーに買った服と先程まで着ていた千代ケ崎さんの制服を置いて鍵を閉める。
「それじゃあ昼飯食べ行くか」
「はい!それじゃあ──」
「葵衣さんから離れろクソ男!!」
コインロッカーから出るところで、聞き覚えのある声と共に走り込んでくる人影。そしてそいつは俺めがけて綺麗なフォームの回し蹴りを仕掛けてくる。
……コレ避けたら千代ケ崎さんにあたるな。どうやら千代ケ崎さんの知り合いらしいけど、それなら考えて動けってね。
「うっ……くぁ」
結果、回し蹴りは俺の胸元にクリーンヒット。肺の空気全部を持ってかれた。
「大丈夫ですか詩乃さ──」
「離れて葵衣さん!そいつは葵衣さんを誑かそうとしたクソ男よ!!」
よろめく俺を支えようとした千代ケ崎さんを女が無理矢理引っ張って抱き寄せる。
怨敵を見るようにこっちを見る女──あぁ、浜名楓か 、それなら声に聞き覚えがあるのも納得だし怨敵だわ。強気につり上がった目と長い髪をポニーテールにして纏めた姿。権力に縋る高飛車クソ女、浜名楓。そういえばこいつも千代ケ崎さんと同じで中等部からのエスカレーター組か。千代ケ崎さんは初等部からだけど。
「こんなことしておいてクソ男呼ばわりですか!? いい加減にしてください!!」
珍しく声を荒らげて千代ケ崎さんが手を払い除ける。
「大丈夫ですか! 詩乃さん、お怪我は!?」
「ちょっと、腹に蹴り食らっただけだから大丈夫、そんなに心配する程でもない」
本当はすげー痛いけど。今度から筋トレでもしますかね。ぺたぺた俺の体触って確認してる千代ケ崎さんをここで泣かせる訳にもいかないしね。
視線を千代ケ崎さんから外すと、浜名楓がワナワナと体を震わせていた。
「何よ、急にいなくなって見つけたら男に唆されてんの!? 訳わかんない! しかもこんな貧乏人に!」
「別に唆されてなんて……」
千代ケ崎さんが困ったように反論する。だが、浜名楓は聞く耳を持たず喚き続ける。
「じゃあなんでそんな貧乏人といっしょにいるのよ! こんな男といるぐらいなら私の方が!」
「……そこまで」
「いくらなんでも今回のは見過ごせないかなー?」
「緋彩、叶恵私の邪魔するの? それは私と葵衣さんに対する裏切りよ?」
今度は遅れてきた二人の女子を睨み威圧する。
「……浜名楓、気づいてない」
「一番葵衣を傷つけてるのは浜名楓だよー? 今日だけじゃなくて今までも。それに気づいてないのは貴女だけ、分かるー?」
浜名楓の威圧をスルーして、二人は畳み掛けるように言葉を並べる。
助かるけど、え?どういう状況?だって二人とも、“浜名楓と一緒に談笑してたヤツら”だろ?
「ぐ……だっておかしいでしょ?私の方が──」
「……また同じ」
「葵衣は貴女のものじゃないでしょー? 葵衣の後ろにしか目がいってない貴女は目障りだよ?」
段々と声が二人の声が冷えきっていくのを見てわかった。こいつら、マジでこっちの味方だわ。
「で、でも葵衣さんがどう思うかじゃない! あ、葵衣さんは──」
「ごめんなさい。私はここまで恩人を貶されて貴女を許すほど優しくはありません。お帰り下さい」
最後の希望だった千代ケ崎さんに否定され、伸ばしていた手が落ちる。そして、絶望したように項垂れる。
「ふふっ……そう、そう……覚えてなさい。お父様にお願いして、貴方達全員嫌と言うほど痛めつけてあげる……!」
そして浜名楓はぶつぶつと呪詛のように捨て台詞を吐いて、フラフラとどこかへ歩いていった。
「最後まで自分の力ではやらないのな」
「……それが浜名楓」
「今までだって私達がいたから学校に居場所があったのに、これからどうするんだろうねー?」
なんか満足げですけど、中々怖いこと言ってんなこの二人。
「ありがとう、助かった」
「私からもです。ありがとう、ひーちゃん、かなちゃん」
「……ぐっ」
「いえいえこちらこそー詩乃くんがいなかったら葵衣も見つからなかったし、浜名楓をどうにかすることも出来なかったし」
それだと浜名楓ずっとこうされる機会狙われてたってことか。女子って怖。
「てか俺もなんか助太刀すればよかったな。ごめん」
後半大分回復してたし、俺もあいつ嫌いだし。
「いやいやいいよ、ただそれ大丈夫?すごいモロに食らってたけど。あいつあれでも空手有段者だし」
なるほど、それでさっきからずっと千代ケ崎さんがぺたぺた触ってたのね。
何してんだろうと思ってたけどそういうことか。
「大丈夫、大分痛みも引いてきたし。てかこんな所で話続けんのも悪いし、移動するか」
千代ケ崎さんも頷いていたので、話の全容はショッピングモール内のカフェでという事になった。