第七話
「千代ケ崎さん、今から着て欲しい服いくつか渡すから着てみてくれー!」
「分かりました!」
返事と共に試着室の中から手が出てきて服が吸い込まれていく。
「着方はわかるよな?」
「流石に服の着方ぐらい分かりますよ! 普段もっと着にくいやつ着てるんですから! もう!」
中で頬を膨らませて拗ねる千代ケ崎さんの姿が簡単に想像出来る。我慢できず笑い出すと、「なんですか!」とお咎めの言葉が飛んできた。
少しすると、着れました、と千代ケ崎さんから声がかかり、試着室のカーテンが開く。
「ど、どうでしょうか」
「…………」
「な、何か言ってくださいよぅ……」
「……あぁいや、悪い……その、すげぇ似合ってる」
最初に渡したのは白の大きめのスウェットとオーバーオール。それを完璧に着こなした千代ケ崎さんが立っていた。
「えへへ、ありがとうございます」
……やばい、めっちゃかわいい。その照れながら笑うのとかもうやばい。やばいしか出てこない。やばい。
「どうかしましたか?」
「いや、すげぇかわいいなって」
「んにゃ!?」
千代ケ崎さんが顔を真っ赤にしてプルプル震える。
「か、かわ、かわいいって……」
頬に手を当てて体をくねくね。ちょっと気持ち悪い。
「千代ケ崎さんってもっと褒められ慣れてると思ってたけど違うんだな。……それじゃ次、頼むわ」
「褒められるのに慣れるも何もないです……! それに人にだってよりますから!」
全くもう、と言いながら試着室の中に戻っていく。それはそうだけど……そんなに怒らなくても良くないか……?
─────────
「次でラストだ。これ、よろしくな」
「分かりましたぁ……あと、次はもうかわいい禁止でお願いします……パンクしちゃいますぅ」
いやもうパンクしかけてるけどな。頭から煙出てるし目もぐるぐるしてるしな。
まぁ俺が原因なんですが。最初のオーバーオールに続き六着目まで、どれも似合っていたので素直な感想を言っていただけだ。
「パンクしかけてふにゃふにゃなのもかわいいぞ」
「はうぅっ!」
試着室の中から声が聞こえてくる。違う俺は悪くない。感想がポロッと出るぐらい着こなしている千代ケ崎さんが悪い。店員さんも隣で感想言ってたし。
「てか他のお客さんのとこ行かなくていいんですか?」
「問題ないですよ? 私の他にもスタッフは沢山いますし、何より一人で服を見に来る人ってあんまりいないんで全員がお客様につくことは可能です。それに全てのお客様が店員からのアドバイスを求めるわけじゃないですしね」
それにしても、と店員さんは言葉を続ける。
「あなた、その褒めるの狙ってやってます?」
どういう事だ? 別に狙うとかじゃなく、素直な感想だが……?
「狙うってなんです? ただ素直な感想を言ってるだけですよ? だってめちゃくちゃかわいいじゃないですか」
「にへへへ……」
試着室から聞こえてはいけない声が聞こえた気がするがスルーで。夢は壊れちゃいけない。
「あ、着替え終わりました。……でもこれ、すごい恥ずかしいんですけど……!」
そう言いながらも、ちゃんとカーテンを開けて千代ケ崎さんが見せてくれたのは、いわゆる履いてないように見えるコーディネート。
胸元にプリントのある黒のパーカーに、同色のキャップ、そして黒のニーソ。全身真っ黒だが、逆に統一感もあり、エロかっこいい雰囲気だ。
「……下は?」
「ホ、ホットパンツ、です……!」
恥ずかしがりながら、ペロッとパーカーをめくる。
「……なんかエロいな」
「そういう事言わないでください! ちゃんと履いてますから! うぅ……やっぱりこんな格好……」
いや、違うんだよ。格好じゃなくて、その仕草なんだよ。それにめっちゃそそられるんだよ!
「いや、でも今日の中だったら一、二を争うぐらいで似合ってるんだよ」
個人的にはオーバーオールといい勝負だと思ってる。
緩くウェーブのかかった千代ケ崎さんのボブカットに、ボーイッシュなイメージの格好が良く似合う……気がする。俺もオシャレな訳じゃないから分からないが。
「そ、そうですか……?」
ぎゅっと裾を抑えながら千代ケ崎さんがこちらを見る。
そしてこのギャップである。マジでかわいい。
「おう、めっちゃかわいいしかっこいい!」
「ぐっ……、あ、ありがとうございます!」
顔を赤くして一瞬たじろいだが、すぐに笑顔に戻って、えへへ、と照れたように頬をかく。
あー、かわいい。
かわいいしか言えなくなりそう。
「……あの、結局お買い上げはどれにしますか?」
千代ケ崎さんが着た服を畳みながら店員さんが聞いてくる。若干口元がピクピクしていて、笑いそうなのをこらえているのがわかる。よく見たら周りの別のお客さんもこっちを見てニヤニヤしていた。
マジか……めっちゃ恥ずかしい。見ると千代ケ崎さんも真っ赤になっていた。
「あー、上下三着ずつって言いましたけど、やっぱり全部下さい」
ここに長居するのも恥ずかしいし、どれも似合っていたので全部買うことにする。
「では、このまま着て行かれますか? それとも、元の服装の方がよろしいでしょうか?」
店員さんが千代ケ崎さんにそう聞くと、悩んだ末に口を開く。
「こ、このままでお願いします!」
よっしゃ! よく言ったぞ千代ケ崎さん!
「それでは、このままお会計とさせていただきます。お値段はこちらになります」
「……マジすか」
バイト代の半分ぐらいが飛んだ。