第五十一話
この話は途中で視点が詩乃から葵衣に切り替わります
誰かの腕の中で、目が覚めた。暖かくて、懐かしくて……。まるで母親のように、優しく笑って、俺の方を見ていた。
広がっていく血溜まりの真ん中で。
「ごめんね」
そう言って体からあたたかさがなくなっていくその人を、俺は見ていることしか出来なかった。
──────────
「──の! ──たの! 詩乃!!」
「ッ!! ……こ、こは?」
「私達のおうち、ベッドの上、私、千代ケ崎葵衣の腕の中です。大丈夫ですか?」
珍しく、うなされてたみたいでしたけど、と葵衣が頭を撫でる。
「あ、嫌だったらやめますよ!?」
「いや、このままでいい……というか、こうしてて欲しい」
「は、はい……それでは……ひぁっ」
急に抱きついたから驚いたかな。まぁ、いっか。別に誰かいる訳でもないし。
……こんなに弱ったところを見せたのは初めてかもしれない。俺から葵衣に抱きつくなんてそんなことしたこともないし、そもそも夢ひとつでこんなになるなんて俺自身思わなかった。
「どんな夢を見たんですか?」
「多分俺の事を凄く大切にしてくれていた人が、目の前で死んだ夢」
きっとあの人が、俺の知らない母親なんだろう。顔にはモヤがかかっていて、笑っていることしかわからなかったけど、きっとそうだと思う。
「そう、ですか」
どう返したらいいか分からないよな。ごめん葵衣。
でも多分、あんな夢を見たってことは、きっとなにかあるんだと思う。それに、あれが俺の母親との記憶がないことの理由だとしたら、辻褄があうし、この漠然とした「近づきすぎてはいけない」という危機感にも、納得出来る。
「葵衣達は、俺の前から居なくならないでくれよ?」
「分かってます。それに、将来は詩乃のお嫁さんになりたいので、死ぬ気でいきます」
「そうか」
軽くプロポーズされてるな……。今ここでもっと優しく声をかけられたらほんとに葵衣を生涯のパートナーにしそうだな。まぁきっと喉元でつっかえてそんなことは言えないだろうけど。
「はい、なので今はゆっくり休んでください。まだ日も昇っていないので」
「そう、だな……」
そして、俺は葵衣の「おやすみなさい」という言葉を最後まで聞かずに、もう一度意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ほ、ほんとに寝ちゃいました……。いつも一回起きたら寝ない詩乃が、寝ちゃいました……!
まぁそうですよね。体育祭二日目の夜ですからね、今日。
それに──
「お母さんのこと、思い出し始めてるみたいですし」
と言っても、私も思い出したのは最近なんですけどね。そうです、詩乃に浜名楓さんから助けてもらった時です。……我ながら助けてもらってばかりですね。お恥ずかしい。
「それにしても、こんなになるなら思い出させない方がいいんでしょうか……」
最近お気に入りの詩乃の白のTシャツは、詩乃が流していた涙でぐっしょり。胸の辺りがすごく冷たいです。まぁこれがなかったら詩乃の異変にも気づけなかったのでよしとして、私個人としては、思い出して辛い思いをするぐらいなら思い出さなくていい、と思っています。
「でもきっと、ちゃんと思い出して受け入れないと、私達と付き合うこともないんでしょうね……」
チラッと下を向くと、さっきと逆に幸せそうに寝る詩乃の顔。ほっぺた引っ張っても起きないんですかこの人……。まぁゆっくり休んで欲しいのでわざわざ起きるまでやるとかしませんが!
知っている側はこんなに悩んでるのに、呑気な寝顔ですね、全く!
「はぁ……ほんとに、どうしてくれるんですか、全く」
私がこんなに頑張ってしまうのも、甘えてしまうのも、悲しくなるのも、嫉妬しちゃうのも、全部全部、詩乃のせいなんですよ? わかってますか?
……まぁきっと、わかってても知らないフリをされてしまうでしょうけど。
「大好きです。詩乃」
唇に軽くキスをして……どうしましょうか? お母さんから教えてもらった『キスマーク』というのでもつけてみますか?
確か、首筋に唇を当てて……思いっきり吸う……!
「んっ! ……ちゅる、ちゅぷ……じゅる……こ、これ、意外とえっちな……!」
でもなんか中途半端は嫌だし、こ、こここれはマーキングであってえっちなことじゃないですし!
…………何ヶ所か付けても怒られないよね?
〈おまけ〉
「なんか首が生暖かい……」
葵衣の頭あるけど、まさかね……?
とりあえずスマホの内カメつけて……
「ッスゥー……」
※カメラに映っていたもの
・大量のキスマーク
・首筋を咥えたまま寝る葵衣
「何やってんだバカ!!」
この日初めて詩乃はチョーカーというものをつけた。




