第二十九話
「遅くなって悪かったな、葵衣」
「いえいえ! 二人との時間も大切だと思いますので、全然大丈夫です!」
やっぱり葵衣はいい子だなぁ……。百点満点の返しだ。
だけど、流石に今日は取り繕ってるのがバレてるぞ?
「じゃあ、おいで? 今は俺しかいないから」
一番トラウマになっているのが、その体を誰とも分からない男に触れられた緋彩だとしたら、一番責任を感じるのは誰か、それは、一番周りを巻き込んでしまったと思っている葵衣だろう。
腕を広げて抱きとめる準備をする俺に驚いたように固まる葵衣。これは、図星ってことか? それとも何やってんの? ってことか? 後者だったらやだなぁ。
「今、俺の目の前にいるのは、千代ケ崎の家を背負ってる葵衣じゃなくて、一人の人としての葵衣だ。だから、もし俺なんかでよかったら、葵衣が思ってること、俺にぶつけてくれ」
できるだけ優しく声をかけてやると、俺の方に倒れ込むように抱きついてきたから、抱きしめ返してやる。
「……私、あのとき、みんなを巻き込んでしまいました」
「おう」
「みんなに迷惑をかけないように、と思って浜名さんとの関係だって切りました。なのに……!」
服がぎゅうっと強く握られ、嗚咽が聞こえ始める。
「……葵衣はよくやったよ。みんなの事をすごい考えててくれたのも、知ってるよ」
「でも、でも……! かなちゃんにも、ひーちゃんにも、詩乃にも、最後は迷惑をかけてしまいました!」
「……そうだな」
ゆっくり頭を撫でてやると、段々と呼吸が落ち着いてくる。
「しかも、問題を解決したのは私じゃなく詩乃です……」
私は、何もしてません、とは言わせない……!
「俺は、葵衣が二人を守るために頑張ってたのも、知ってるぞ」
「……っ!」
「実はあのとき、外で少しだけど、聞いてたんだよ。葵衣が頑張ってるの」
証拠をしっかり作るためという目的だったから動かなかったけど、葵衣の言葉にその決意がゆるぎかけた。
「あそこで葵衣が頑張ってなかったら、緋彩と叶恵がもっと酷い目にあってたかもしれない」
「……それは、とても嫌です」
「おう、そうだな。だからこれからは、一人で抱え込まず、ちゃんと周りを頼れ」
自分の事は棚に上げて、周りを頼れ、かぁ……。自分で気づいてたら、陽斗に協力を、なんて絶対やらなかっただろうに。嫌な奴だな、俺は。
少し強めに抱き締めると、ごめんなさい、と言いながら、葵衣はまた嗚咽を漏らしながら泣き始める。俺はその葵衣の頭を撫でていた。
──────────
「……落ち着いたか?」
十分ほど泣き続け、やっと嗚咽が止まった。それだけ、辛い思いをしてたってことか。
「はい……お恥ずかしいところをお見せしました」
と言いつつまだ離れないんですね……ちょっと服濡れすぎて冷たいんですけど……。
「顔がぐちゃぐちゃで見せられないので、今日はこのままでいいですか……?」
「お、おう……」
さっき似たような状況になったときやばかったから今回はやらんぞ! いや、めっちゃ可愛かったから、葵衣もなのかとか考えちゃうけどね?
「……今、他の女の子の事考えませんでした?」
「はっ!? いや別に何も考えてなかったけど!?」
「声裏返ってます。図星ですか、私というかわいい女の子が近くにいながら……」
背中に回されている手でペシペシ叩かれる。あんまり痛くないけど、なんで怒ってんの……?
「……ごめん」
「別に怒ってないですよ。かなちゃんもひーちゃんもとっても可愛いですからね」
の割にまだ背中叩いてるし言葉にもトゲある気がするんだけど?
「てかなんで二人に絞られてんだよ」
「逆に私達以外の女子と喋るんですか?」
「………………いや、喋らないけど」
「間が開きましたけど」
いたたたたたた!? 今度は抓るの!? さっきより全然痛いし、贅肉ついてんのバレるんだけど!!
「間が開きましたけど!!」
ちょっと考えたけど葵衣達が囲んでるせいで出会いがないとかいえるかぁ!!
喉までっていうか、口に出る直前までいったけど飲み込んだんだよ!!
「こ、これだけは言えない……! 誓って他の女子のこと考えてたわけじゃないから許してくれ!」
まじで脇腹痛てぇ! しかも両方! 最後に思いっきり抓られたし……。
「……分かりました、じゃあもういいです」
よかった……。わかってもらえなかったらどうしようかと思った。ちょっと不満げだったけど、理解はしてくれたって解釈でいいのか?
「もう大丈夫なので、離してもらってもいいですか?」
えーと、別に俺としては問題ないんだけど、顔ぐちゃぐちゃって多分目が腫れてたりとか、鼻が赤くなったりして、涙とかで大変なことになってるってことだと思ってたんだけど?
「顔ぐちゃぐちゃだから今日は見せないんじゃなかったのか?」
「詩乃の服で拭ってたのでちょっと目と鼻が赤いだけです」
「あー……」
そうだったわ……めっちゃぐりぐりされた。涙だけだといいんだけどなぁ……。
葵衣を解放してやるとすぐに離れて、自分が顔を擦り付けていたところをぺたぺた触る。
「鼻水は……多分ついてないと思います」
結構ずびずび言ってたけどね……まぁ触った本人が言うなら間違いないか……間違いないと思っとこ……。
水飲んで考えないようにしよ──。
「あと、かなちゃんの匂いがしました」
「ごふっ……!」
あっぶねぇ! 吹き出すとこだった……突然爆弾投下してくるなぁ!?
んで今度は何? 髪の毛? 膝の上に座って首に腕回されたら逃げれないんだけど……?
「あと、髪の毛からひーちゃんの匂いもしますね」
え、何? 葵衣って犬だったの? そんな匂いわかるものなのか? いや、多分普通は分からないはず……緋彩は叶恵とくっついた後だったのに気づかなかったし。
「まぁすぐに私の匂いにするので問題ないですが……」
「……へ?」
今、なんと? 小さい声で言ったつもりだろうけど、耳元で言われたからばっちり聞こえてるんだが!?
「詩乃」
「は、はい」
目元と鼻を真っ赤にした葵衣に至近距離で見つめられて、声が裏返る。
「いっ!」
ほっぺたを思いっきり叩かれて目を瞑った瞬間、ふわりと、葵衣の甘い匂いがして────。




