??? とある日の記憶(葵衣視点)
ひーちゃんとかなちゃんはもう折れてしまいましたかね……。私も、肉親まで買われたなんて言ったら、きっと心が折れてしまいますね……。
一人だけ前で縛られているので、二人の姿は見えません。それにしても、案外人間、極限状態の方が頭が冴えるものです。
天井から吊るされたロープで腕を縛られ、足はつくかつかないかのギリギリ。背伸びをしたら腕にかかっている体重を和らげることができるぐらい。
「……あ、あぁ、いやぁ……」
服の破られる音、ひーちゃんの小さな悲鳴。声が聞こえても、抵抗する気力すら湧かないのは、もう私も心が折れてしまったということなんですかね……?
──俺が、お前ら三人を絶対守ってみせる!
ぼんやりと、勝気そうな男の子が頭の中に浮かんできました。昔からたまに夢に出てきた。名前も分からない男の子。
貴方みたいな小さな男の子が、私達を助けてくれるんですか?
──任せてくれよ! なんて言ったって、俺はヒーローだからな!!
でも君、誰かを助けたことがあるの? 人を助けることができて初めて、人はヒーローになれるんですよ?
──何言ってんだよ? 俺はもう、葵衣を助けてるぞ?
え? は? どういうことですか……?
──思い出してくれよ。つらい思い出だけじゃないだろ?
男の子の姿が揺らぐ。その輪郭が形を変えて、よく知る人物へと変わっていく。
……詩、乃?
──────────
ぷかぷかと空に浮かぶように、私は三人の人を眺めています。小さい男の子と女の子、そしてその真ん中にいる女の人の三人です。
「葵衣ちゃん、今日は楽しかった?」
「うん! とっても!」
「ふふふ、そう……よかった」
綺麗な女の人が、幼い私に向かって笑いかけてくれます。この日は確か、私や詩乃の小学校の入学のお祝いに、詩乃のお母さんに、遊園地に連れていってもらった日。てことはこの綺麗な人は、詩乃のお母さんってことですね。
「詩乃は?」
「俺は、もうお化け屋敷入りたくないからいかない」
詩乃のお母さんが大声で笑います。お化け屋敷でびっくりした息子に対して、他人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、大爆笑しています。
「アレ!? 全然怖くなかったじゃない! 全部作り物だったし、何よりクオリティも低いし!!」
「クオリティとかなんとか知らないけど怖いもんは怖いんだよ!」
思い出して少し涙目になっている詩乃の頭にお母さんは手を置きながら、さっきとは真逆の優しい声音で語りかけます。
「じゃあ、それ以外は?」
「……楽しかった」
「じゃあまた行こっか」
「ん」
詩乃の返事に納得したのか、お母さんはにこにこしながら詩乃の頭を撫でる。
「お母さん!!」
道路の向こう側にいる両親を見つけた幼い私は、走って交差点に入っていく。赤く光る信号機も見ずに。
それとほぼ同時に、車のクラクションが鳴った。大人が遅れてしか動けない中、幼い私を助けるために一番最初に動いていたのは、詩乃でした。
クラクションを鳴らした暴走車に驚いて立ち止まった私を突き飛ばして、入れ替わるように車の前に。もう私のように突き飛ばしてどうこうなる距離ではありません。
でもここで詩乃が死ぬなら、今の詩乃はいない。という事は、詩乃は助かるはずです。でも、ここから助かる可能性なんて──
「詩乃!!」
叫び声と共に、詩乃のお母さんが詩乃に覆い被さるようにして、二人は車に撥ねられた。ドンッと鈍い音が鳴って、ゴロゴロと二人は転がっていきます。
「母さん! 嫌だ! なんで母さんが!」
お母さんに守られていた詩乃は、擦り傷ばかりでほぼ無傷と言ってもいい状態です。でも、お母さんは違います。そしてそれは、抱き抱えられている詩乃自身が一番よくわかっていた。
「ねぇ……詩乃、よく……聞いて」
「嫌だ! 喋らないで、喋ったら血が!!」
泣き喚く詩乃の言葉を無視して、お母さんは続けます。
「守るには、それ相応の……覚悟と、犠牲が必要なのよ……? それなしで、なんでもできる、なんて……思ったらだめよ?」
今回は私がその犠牲だった、と言わんばかりに詩乃を抱く力がなくなっていく。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」
「愛してるわよ……詩乃」
全部、思い出してしまいました。
この日から、母親の死に耐えられなかった詩乃は一週間に渡り昏睡状態に陥り、目が覚めた時には私達と母親に関しての記憶は失われていて、詩乃とお父さんはこの件をなかったことにするために、引っ越して行ったんです。




