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第二話

「あ、あの! 聞こえてますよね!?」


「あ、あぁ」


 なんとか返事は返したが、理解が追いついてない。


 目の前にいるのは正真正銘誰が見ても美少女と言えるような少女。暗めの茶色の大きな目、同色のボブカットの髪、小さな鼻と口。可愛さをぎゅっとまとめたと言っても過言ではなさそうだ。


 だがしかし、


 だいぶ泥やら蜘蛛の巣やらがついているし、しばらく風呂に入れていないのか鼻を突くような匂いもする。


 パッと見ただけではただのホームレスにしか見えないが、制服を着ているので、ウチの学校の生徒だということだけは分かる。


「あ! お金ですか!? お金ならここに──」


 彼女の言葉で、ふと朝の陽斗との会話を思い出した。


『ホテル街の方でな! うちの学校の──』


『千代ケ崎さんだと思ってて!』


 それなら全部、辻褄が合う。そして、彼女がここにいる理由も、なんとなく。


 ……大丈夫だ。めちゃくちゃ周りの視線が痛いが俺がこれからするのは人助け。全く悪いことはしてない。ちょっと、いや大分バイト先に居づらくなるだけだ。ウチの学校の奴らにはバレない。……多分。


「あの……ダメなら大丈夫ですよ? お金はあるのでご飯は食べれますし……」


 彼女の瞳が不安げに揺れた。……何を迷ってるんだ。さっさと声出せ俺。


「あぁ、じゃあ行こう。そこら辺でいいか?」


「やった! ありがとうございます!」


 喜ぶ彼女の隣を歩きながら思う。


 俺は何もしてない! だからそんな白い目で見るのはやめてくれ!!



 ──────────



 元々行く予定だったスーパーでいつもより多めに食材を買い、その後薬局により男性用の物では悪いと思い高めのシャンプーやら色々と、……その、もう換えの下着がないとの事でそれを選んでもらい購入。店員さんは二重の意味でめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。ごめんなさい、臭いがきついのは俺も同じだから許して欲しい。もう一個は弁明のしようがないわ。


 そして現在。浴槽を洗ってお湯を張る間に晩飯を、という事で俺はキッチンに立っている。千代ケ崎さんには汚れていた服を脱いで俺が普段着ていないTシャツを貸した。


「自己紹介まだだったし、確認も兼ねて。俺は小野寺詩乃だ。アンタは千代ケ崎コーポレーションの令嬢の千代ケちよがさき葵衣あおいさんであってるか?」


 九割千代ケ崎さんだろうと思うが、一応確認は大事だ。


「はい、合ってますよ。お父さんとお母さんから家は追い出されてしまいましたが」


 リビングで待っている千代ケ崎さんの声は元気がない。


「分かってますよ? ニュースも見ましたし。きっと、逃がしてくれたのだと思います。でも、少し、悲しいです」


「そう、だな」


 気が利いた言葉をかけれないことが悔しい。うまく言葉に表せない。こんな時に限って、頭に浮かんでくるのは安っぽい言葉ばかりだ。


「でも、大丈夫です! こうやって拾って貰えましたし、このとっても美味しそうな料理を食べれたらきっと満足できます!」


 ヨダレを垂らしながら千代ケ崎さんがこっちを見てくる。なんかもう、さっきのしんみりした雰囲気を返せ、か弱い女の子かと思ったらめっちゃしたたかじゃん。その切り替えの早さは憧れるわ。


 まぁ俺も今ご飯盛りながら話してるけどさ。


「はい、どーぞ」


 今日のメニューは豚肉の生姜焼きとほうれん草と豆腐の味噌汁。コスパとボリュームのバランスが取れたメニューだ。


「「いただきます」」


 二人同時に合掌し、食べ始める。我が家では大皿に盛ったおかずを家族でつっつくスタイルが普通だったが、今日はちゃんと一人一人分かれている。唯一の不安は千代ケ崎さんがどれぐらい食べるかだが、まぁ大丈夫だろう。おかわりもあるし。


「ん〜、おいしぃ!」


 千代ケ崎さんの言葉にほっとした。いわば上流階級出身の彼女の口に、男が作った大雑把な料理が通用するのか、実を言うと不安だった。


「これって、なんて料理ですか!? おじい様や両親はフレンチとか料亭とかにしか行かなかったので、こういうガツンと味が来る料理は珍しくて!」


「今日は生姜焼きだな。お口にあって良かったよ」


 美味しそうに作った料理を食べて貰えるのは嬉しい。ずっと作っても一人で食べてたから尚のことかもしれない。


「こっちのお味噌汁も美味しいです〜!」


 えへへ、と頬を緩ませながら生姜焼きを頬張る彼女に、思わず俺は声をかける。


「まだ食うか? それなら俺の分もやるよ」


「いいんですか!? ……あ、いや、でもそれだと詩乃さんの分が」


「いいよ、久しぶりに手料理食べて貰えて、美味しいって言って貰えて嬉しいんだよ」


 少し頬を紅く染めながら、おずおずと箸で俺の分の生姜焼きを取っていく。


「味噌汁はどうする?」


「貰います!」


 笑顔で突き出されたお椀に、また俺は幸せな気持ちになれた。



 ──────────



 そして、これから風呂に入ってもらおうという時に、またも事件は起きた。


「ここが脱衣場で、千代ケ崎さんの家と比べたら狭いと思うけどこっちが風呂だ」


 扉を開けて、中の設備の説明をする。


「っと、こんな感じかな、じゃああとはゆっくり入ってくれ」


 お嬢様だし家事スキルがないのはしょうがないけど、さすがに風呂は一人で入れるよな……。


「……あの」


 だから頼む、そんな申し訳なさそうな声で呼ばないでくれ……!


「ごめんなさい。一人でお風呂入れないんです……次から迷惑はかけません! ……もちろん、恥ずかしいですし……。なので今回だけ……お風呂の入り方を教えてください……!」


 潤んだ瞳で上目遣い。文字通り腐っても美少女な千代ケ崎さんのお願いを断れるほど俺は鬼になれなかった。

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