編入生はヤンキー聖女
「あたいの名前はルイズ! バンカーラ村では腕っぷしを認められて女番長やらせてもらってたけど、ひと月前に聖女の力に目覚めたらしくて、この学園に編入させられることになった! 地方出身だからってナメられるのは大っ嫌いなんで、そこんとこ夜露死苦!!」
彼女の自己紹介を聞いたクラスの全員が僕と同様に(……この編入生が聖女? ……絶対何かの間違いだろ……)と思ったに違いありません。ちなみに「番長」というのは「門番警備長」のことだそうです。
強烈な第一印象のせいか、休み時間になっても遠巻きにして様子を伺うだけで誰も話しかけようとしなかったのですが、あろうことか彼女の方から隣の席に座っている僕に声を掛けてきました。
「なあ、あんた、名前は?」
「……アラン……です」
「敬語なんかいらねえだろ、タメなんだから。さっきは偉そうに啖呵切ったけど、実際分かんない事ばっかりだしさあ、これから同じ学園の友達としていろいろ教えてくれよ、アラン!」
屈託のない笑みを浮かべて手を差し伸べる彼女に(……あれ、なんだ、普通に良い人じゃないか……)と一瞬油断しましたが、すぐに首を振って正気を取り戻しました。これは悪人が捨て猫を可愛がるようなちょっとしたいいことをするだけで素晴らしい善人のように見えてしまうという心理的錯覚に違いありません。
十分に警戒しつつ僕は彼女と握手をしました。情けないことに拒否すると何をされるか分からないと思うと、小心者の僕には断ることが出来なかったのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
意外なほどすんなりとルイズは学園に馴染んでいきました。確かに言葉使いや態度は少々荒っぽいところがありますが、根が素直で裏表がないということは彼女と相対してみれば誰の目にも明らかだったからでしょう。
当初こそ内心ビクビクしながら接していた僕も、次第に彼女の真っ直ぐな性格に惹かれていきました。とても口に出す勇気なんてありませんでしたが。
ルイズが楽しそうに語る武勇伝にはいつも驚かされましたが、ひときわ仰天したのは彼女が聖女と認定された時の話でした。
「あのときは、あたいも流石にびびったね。レッドウルフが7,8匹の群れをなして、村の入り口にやってきたんだ。1対1なら負ける気がしないんだけど、あいつら集団戦が大の得意なんだよ。でも、そこで退いたら今度は村のガキ共が襲われることになる。だから、両腕と両脚を食いちぎられようが、絶対この門だけは守り抜いてやるって覚悟を決めたんだ! その時だよ、こんな風に手が光り出して、神具が現れたのは……」
僕なんかよりもよっぽど男らしいルイズの生き様に感動しながら話に聞き入っていたのですが、見れば彼女の両手は目も眩んでしまうような神々しい光に包まれていました。目が慣れてくると、彼女の両手に物々しい何かが装着されていることに気付きました……えっ……これが神具?
「イカすだろ? 聖拳鍔って名付けたんだ!」
「……うん、なんだか……凄そうだね……」
「あの犬っころなんかコイツでワンパンしただけで尻尾撒いて逃げ出したよ! ははははっ!」
シュッ、シュッと素振りをしながら大笑いしている彼女に半ば呆れながらも、その雲一つない晴れた空のような魅力的な笑顔と声は、僕の心を見事に鷲掴みにしていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ただ、そんな平和な学園生活にも、しだいに暗雲が立ち込めて来ました。ルイズの持ち物が隠されたり、机に心無い中傷の落書きをされたりするようになったのです。
「一体誰がこんな酷いことを……許せない……」
「そんな怖い顔するなよ、アラン。確かにあたいはこういう陰湿なやり方が一番気に喰わないけど、今回ばかりは気持ちが分からないでもないからね。まあ、犯人には見当がついてるし、呼び出してじっくり語り合うだけさ……当然あんたにも付き合ってもらうよ!」
「……えっ? うん、いいけど……?」
ルイズの言葉の意味も、僕が付き添う理由も分かりませんでしたが承知しました。彼女の決意には及ばなくても、もし彼女を傷つけようとする人間が襲い掛かってくるなら、骨の一本や二本折れても守ってみせる覚悟はありましたから。しかし、待ち合わせ場所である講堂裏に現れた生徒を見て、僕は自分の目を疑いました。
「イザベラさん……? ……なんで君が……?」
「こんな人気のない場所に呼び出したかと思えば、アランさんを連れて来るなんて……どこまでも卑怯な人ね!」
「勘違いするなよ。別にアランには何も伝えてないし、鈍感だから今の状況を飲み込んですらいないさ。ただ、決着をつけるならこいつの前じゃないと意味ないだろ? ……嫌がらせをしてきたのは、あんただよな?」
戸惑っている僕を置いて二人は睨み合いながら言葉を交わします。
「さあ、一体何の事かしら?」
「……理由は分かってる。本人は鈍いから気付いてないだろうが、女同士なら仕草を見てるだけで大体ピンとくるよ。……あんた、アランのことが好きなんだろ?」
「さっ……ささ、さあ? なな、何を言ってるのか分からないですわ?」
先程までとは異なり明らかに狼狽しているイザベラさん。僕も同じくらい動揺していました。本当に彼女が僕の事を……?
「おい、嫌がらせの件は別にしらばっくれてもいいが、アランへの気持ちを誤魔化すならあんたは敵ですらなくなるぞ! こいつへの想いはそんなもんなのかよ!」
「…………何よ! ぽっと出の編入生風情が偉そうに!! ああ、そうよ、そうですよ!! 私は、ずっとアランさんをこっそり慕っていたわ! それなのにいきなり現れたかと思ったら、聖女の力で彼を誘惑したのか、弱みを握って脅したのか知らないけど、毎日べたべたと彼に近づいて……そんなこと許せるわけがないじゃない!!」
「ちゃんと言葉にできるじゃないか。あたいは誘惑も脅迫もした覚えなんてないけど、だからって引き下がるつもりはないよ。正々堂々とタイマンで勝負しようぜ!」
パシッ、パシッと片手の拳を反対の掌に打ち付け、ルイズはやる気を露わにしています。
「そんな野蛮で恥知らずなこと、貴族の私にできる訳がないでしょう!」
「あたいは惚れた男のために体張ることすらできないことのほうが、1億倍カッコ悪くて恥ずかしいと思うけどな。とはいっても、怪我をする心配はないよ。この神具は魔物から人間を守るためのもの。人に全力で振りかぶっても掠り傷一つ負わせることはできない」
ルイズはイザベラさんに右手用の聖拳鍔を投げ渡します。
「ルールは簡単。聖拳鍔をつけて、アランの好きな所を一つ叫びながらお互いの肩を殴る、いわゆる肩パン勝負さ。勝った方がコイツを手に入れて、負けた方は潔く諦める。分かりやすくていいだろ?」
「……ええ、望むところよ!! 私の長年心に秘めて、積み重ねてきた想いが負けるはずがないもの!」
本人の意志を完全に無視して、僕を賭けた一大勝負が始まりました。ルイズの説明が真実であれば、この戦いで最も(精神的)ダメージを受けるのは僕なのではないかという予感が胸を過りました。
「……さあ、来なよ」
「……ぁああああ! 心細いときにさりげなく傍にいて、助けてくれるところが好きぃ!!」
手招きをするルイズに向かって、雄叫びをあげながらイザベラさんは右手を思いっきり振りかぶりました。……あれは、そんな正義感とかじゃなくて、ただ偶然そこにいただけで……
「……へえ、お嬢様のくせになかなかいい拳持ってるじゃないか! こっちもいくよ! ……ビビりのくせに差し出された手を握り返す勇気を持ってるところが好きだぁあ!!」
あの時は、ただ怖がってただけで……それに、君の手がほんの僅かに震えてたから……
「ぼーっとしてるようで、本当に困ったときに出すサインは見逃さないところが好きっ!!」
「自分は何されてもヘラヘラ笑ってるくせに、人のことには本気で怒るところが好きだっ!!」
「辛かったことを話すと、私より先に泣き出す、情けないけど優しいところが大好き!!!」
「ガサツでも口が悪くても、ちゃんとあたいを女扱いしてくれるところに惚れた!!!」
「……ぃ!!!」「……ぁ!!!」
彼女達は声が枯れ果て、一歩も動けなくなるまで殴り合いを続けました。同時に僕の羞恥心も数えきれないほど爆発して、勝負がつく頃にはすっかり抜け殻のようになっていたことも付け加えておきます。
「……はぁ……負けたわ……そもそも、あなたが現れる前に気持ちを告げられなかったうえ、卑怯な手段であなたを傷つけ、アランさんを取り返そうとした私に勝てるわけがなかったのでしょうけど……あなたのおかげで気持ちを整理することができたわ……本当は、そのためにこんな勝負を挑んでくれたんでしょう?」
「……買い被りすぎだよ。欲しいものは拳で手に入れる性分なだけさ。それに、こうやって正面からぶつかり合ったら、あんたとも親友になれるだろ?」
「親友ねえ……じゃあ、失恋した私の恋人探し、手伝ってくれるかしら?」
「たりめえだろ? ほら、あいつなんかいいんじゃないか? 近衛兵長の息子の……ダニエルとか言ったっけ? ガタイも顔も結構そそるだろ?」
「……確かに……悪くないわね……」
世の中の美男子には女性に取り合いをされた経験を持つ者も少なくないかと思いますが、その直後に別の男性がいかに魅力的かを語り合っている現場を見せられた男は僕ぐらいだと確信しています。何はともあれ、二人がこれからも友人でいてくれることは何物にも代えがたい喜びでした。
イザベラさんと僕は、互いに直接言葉をかけることなく、そのまま彼女は去っていきました。まだ地面に座り込んだままのルイズの隣にこしかけ、尋ねます。
「肩大丈夫? 手を貸そうか?」
「……気付いてたんだな。イザベラに黙っていてくれて、ありがとう」
神具を使いこなせるのは聖女だけ。イザベラさんは、あの状況に動転していただけでなく、ルイズのはったりと顔色一つ変えない根性に騙され、すっかりそのことを失念していたのでしょう。
「今ならまだ医務室の先生がいるから、治癒魔法をかけてもらえるよ」
「いや、いいんだ。この痛みはちゃんと背負っておきたいから」
微笑むルイズの横顔は、まさに聖女そのものだと僕は感じました。
「あっ、そうそう、忘れるとこだった!」
彼女は、左手で僕を指差し、いつもの晴れやかな笑顔でこう言いました。
「愛羅武勇!!」