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ホラー

鞄の中に見覚えのないエコバッグが入っていた

作者: 鞠目

「レジ袋はどうされますか?」

「大丈夫です」

 月初の月曜日。仕事帰りに夕飯を買いに来たコンビニ。レジでバイトのメガネ男子に聞かれた。いつも必ず一つは三角に折り畳んだ白いレジ袋を鞄に入れているから大丈夫。そう思って鞄の中を漁る。

 うーわ、やっちまった。昨日使った後に補充するのを忘れていた。今更袋を頼むのはなんだかだるいし恥ずかしい。

 弁当に1リットルのお茶のペットボトル、缶ビールとレモン酎ハイ一本ずつに明日の朝飯用のパン一つ。割と買っているから袋なしで持って帰るのは無理そうだ。あーだるい、やっぱり袋をもらおう。


 鞄の中を漁るのをやめて袋を頼もうとした時、右手の人差し指に何かが触れた。気になって見てみると、雑に畳まれた厚みのある生地のエコバッグのようなものが見えた。気になって取り出して広げると、使用感のある少し汚れた白無地のエコバッグだった。

 自分で鞄に入れた記憶はないし、こんなエコバッグは持っていない。でも、助かった、これに入れて帰ろう。


「うわっ……」


 前を見るとメガネの店員がまるでなにか嫌なものを見るような顔をしていた。

 客に向かって「うわっ」とか言うか普通? 失礼だろ。なんだ? この袋が変なのか?

 おれの後ろにレジ待ちの列ができていて、無言の圧を感じた。仕方がないので店員の反応を無視して会計を済ませると、エコバッグに商品を詰め込んでコンビニを出た。店員のくせに失礼な態度をとりやがって。腹が立ったので舌打ちをした。小さな音が誰もいないコンビニ前の駐車場に少し響いた。

 それにしてもこのエコバッグ、かなり使いやすい。使いにくいエコバッグを知っているわけではないが、なんというか軽いし手に馴染んで持ちやすい。これはいいものを手に入れた。珍しいこともあるもんだ、そう思いながらおれは家に帰った。


 おかしいと思ったのはその三日後だった。またいつも通り仕事帰りにコンビニに寄った。今日の晩飯は何にしようかと弁当を物色している時に鞄にレジ袋を入れるのを忘れていたことを思い出した。

 一週間で二回目かよ……弁当コーナーの前でため息をついているとスーツを着た女性に変な目で見られた。なんだよ、こっち見んなよ、うざいな。

 まあ、レジに並ぶ前に気がつけてよかった。袋代を払うのは癪だがこないだみたいに慌てなくて済む。そう思いながら財布を出そうと鞄を開けて驚いた。またあの白いエコバックが入っていた。

 どっから湧いて出た? こないだこの袋で買い物をして帰った後、気がつけば無くなっていた。もともと整理整頓が苦手なおれだ。部屋の中は常に汚いし物で溢れかえっている。物がなくなってもいつも気にしていないから、エコバッグのこともなんとも思っていなかった。しかし、鞄に入れた記憶はない。どうなっている?

 でも、これでまた袋を買わなくて済む。こないだすごく使いやすかったし今日もこれで帰ろう。おれは鞄から財布とエコバッグを取り出しながらレジに並んだ。


「レジ袋はどうされますか?」

「……大丈夫です」

 こないだと同じメガネの店員。おれがエコバックを手に持っているのは見えているだろう。何も考えずにマニュアル通りの低レベルな接客をしやがって。舌打ちしたい気持ちになる。

 ただ、おれの後ろに並んでいた女性が割とタイプだったから、なんとか舌打ちしたい気持ちをやり過ごして会計を済ませてコンビニを出た。別に声をかけるつもりはない。でも『嫌な男』と思われるのが避けたかったのだ。

 家に帰り、買ってきた弁当を食べてから風呂に入る。風呂上がりに冷蔵庫で冷やしていたビールを飲みながらスマホを見る。ふと気になってテーブルを見るとそこには中身が空になりぺたんこになったエコバッグがあった。なんの変哲もないエコバッグ。明日になったら消えていたりして、そんな事を思いながらビールを飲み干してベッドに横になった。


 金曜日の朝、スマホのアラームで目が覚める。明日はやっと土曜日だ。今日を乗り切れば休めると思うと少しほっとする。

 洗面所で髭を剃り、髪を整えてから冷蔵庫で冷やしていた缶コーヒーを取り出す。ストックがなくなってきているからまた通販で補充しとかないといけない。自動で補充されたらいいのに。そんなくだらないことが頭に浮かぶ。

「あ、そういえば……」

 ふと昨日のことを思い出し、独り言をこぼしながらテーブルの上を見る。すると、あのエコバッグはなくなっていた。


 二度あることは三度ある。

 テーブルからエコバッグが消えた金曜日、おれは試しにわざとレジ袋を鞄に入れずに出社してみた。

 会社に着いてすぐ鞄の中を確認してみる。鞄の中にはスマホと手帳、ペンケースに財布、定期入れしか入っていなかった。家を出る前と同じ中身だ。

 昼休みに社員食堂で昼飯を食べてデスクに戻り鞄の中を確認した。中身は朝と同じだった。

 仕事が終わり帰り支度をしながら鞄の中を漁ってみた。やはり中身に変化はなかった。

 しかし、帰りに近所のコンビニに入り鞄の中を見てみると再びあのエコバッグが鞄の中に入っていた。おれは確信した。チープな言い方だが、これは魔法のエコバッグだと。この日からおれは鞄にレジ袋を入れなくなった。


 魔法のエコバッグを手に入れて一ヶ月が経った。

 何もしなくても勝手に鞄の中に入っててくれるエコバッグをおれは使いまくっていた。もう使うことに対して何の違和感も抵抗もない。大した魔法ではないが便利なことには違わなかった。

 レジ袋なんて安いものだ。だがお金はなるべく払いたくない。だってそうだろう? たった一回買ったものを持って帰るためだけに金を払うなんて無駄な出費にしか思えない。

 今まで、鞄の中に袋があると思っていたのになかった時、心がささくれるというかストレスを感じていた。でも、おれはこのエコバッグのおかげでそのストレスから解放された。かなりありがたいことだ。


 いつも通り今日も仕事帰りにコンビニに行く。いつも通り弁当とつまみと酎ハイを選んでレジ待ちの列に並ぶ。いつも通り財布とエコバッグを取り出そうとし……たがない。エコバッグがない。

 何故ない? いつもなら何もしなくても鞄に入っているのに見つからない。刻々とレジ待ちの列は進み、おれの番が迫ってくる。エコバッグがなかなか見つからず焦りが募る。

 おれの番になりとりあえず買い物カゴを店員に渡す。

「レジ袋はどうされますか?」

 いつものメガネの店員のセリフが今日はいつも以上にイライラする。くそが、舌打ちしたくなる。

「……あります。あるはずなんです」

 おれはそう言いながら店員を一瞥してから再び鞄の中を漁り出した。でもない、やはりエコバッグがない。

「お弁当温めますか?」

 店員に声をかけられる。うっせえな探す邪魔すんなよ。

「結構です」

 そう言いながら前を見た時、何故か視線が外に吸い寄せられた。コンビニのガラス壁の向こうにおれが探しているあの白いエコバッグを持った人間が立っているのが見えた。

 顔はよく見えない。雨でもないのに白いレインコートのようなもの着ていてフードを目深に被っている。そしておれに向かって笑いかけながら何か中身の入った白いエコバッグを掲げている。なんだあいつ? そう思って見ていると、聞こえないがそいつは何かを口にしてから急に駆け出した。

「お客様?」

 店員の声で我に帰った。

「後で戻ってくるから商品置いといてください!」

「えっちょっと、何言って、あ、お客様!」

 おれは店員を無視してコンビニを出てさっき見たレインコートを着たやつを追いかけた。






□□□□□□□□□□






 まただ。会計の途中に外に走っていくお客さん。たぶんこれで十人は越したと思う。

「次お待ちの方どうぞー」

 外に走っていった男の商品を脇に寄せて次のお客さんに声をかける。前で会計中だった男が突然外に走っていって驚いたんだろう。声をかけた女性客は少しどぎまぎしていた。


 一年ぐらい前だ、あの白くて薄汚いエコバッグを初めて見たのは。

「あ、レジ袋やっぱりいいです」

 いつもレジ袋を買っている男性客が会計中に声をかけてきた。男性を見ると白くてシンプルなデザインのエコバッグを手に持っていた。少し汚れが目立っていて、使用感がすごいな……そんなことを思いながら会計を済ませた。

 その日以降、その男性客が毎回同じエコバッグを使うようになった。男性客がエコバッグを出すたびに、薄汚いエコバッグだなあと思っていた。どこにでもありそうなありきたりなデザインなのに、汚れ具合のせいかすごく印象的だった。

 その男性客はほぼ毎日うちのコンビニに来てくれる常連客でおれを含めて大半のバイトがその人のことを認識していた。いつ見ても作業服を着ている感じのいい人だった。


 作業服の男性客がレジ袋を買わなくなって一ヶ月ほどした頃だ。念のためにレジ袋がいるか聞いて、いつも通り断られた後、ふと男性客を見ると少し慌てた様子で何かを探していた。

「すみません、持ってきたはずなのにエコバッグが見当たらなくて……」

 おれの視線に気づいた男性客は申し訳なさそうにそう言いながらポケットに手を突っ込んだり鞄を漁ったりしていた。

「すみません、やっぱりレジ袋もらえ……あ! あれだ!」

 突然大きな声を出されて驚いて前を見ると男性客がコンビニの外を見ていた。

「すみません、必ず戻るんで商品置いといてもらえますか?」

「え? ああ、はい、いいですよ」

「ありがとうございます!」

 そう言うと男性客はすごい勢いでコンビニの外へ走っていった。外には誰もいないのに誰かを追いかけているように見えた。

 その後その男性客は戻ってこなかった。戻ってこないどころかその日以降コンビニにすら来なくなった。


 作業服の男性客が来なくなってすぐ、別の常連客が突然あの薄汚いエコバッグを使うようになった。

 男子大学生で、作業服の男性客とはコンビニに来る時間帯が異なるお客さんだった。似ているエコバッグなんだろうと最初は思っていたが、汚れ具合が全く同じだった。異なるのは少し何かが腐ったような変な臭いがすることぐらいだった。

 どこでそのエコバッグを手に入れたのか聞きたいと思ったが、接客時に必要最低限の会話しかしたことがなかったので聞くのに抵抗感があった。

 男子大学生が買い物の度に薄汚いエコバッグを使うようになりしばらく経ったある日、男子大学生は会計中に突然コンビニから外に出ていった。作業服の男性客の時と全く同じ流れで。

「すぐに戻るんで!」

 男子大学生はそう言って外に走っていったが、やはりその日以降コンビニに来ることはなかった。


 男子大学生が来なくなってすぐ、また別の常連客があの薄汚いエコバッグを使い始めた。そしてその常連客も同じように外に駆けて行き二度とコンビニに来なくなった。そんなことが何度も続いた。

 使うお客さんが変わる度にエコバッグの汚れ具合は変わらないのに臭いだけは悪化していった。使う人は気づいていないようだが肉が腐ったような臭いがきつくなっていった。もしおれならあんなに臭いエコバッグなんて使いたくない。

 薄汚いエコバッグ。これに関して気になることが多すぎる。なぜ同じ袋を別の人が持っているのか、なぜ使った人が毎回同じようにコンビニに来なくなるのか、来なくなった人はどうなったのか、臭いの原因は何なのか。

 気になる。でも、本能的にこの件にはあまり関わらない方がいい気がした。他のバイトたちも同じように考えているのだろう。この件について皆あまり口にしないようにしていた。

 過去に一度だけ、バックヤードで新入りにべらべらと話していたやつがいた。偉そうに話しているなあと思って見ていると、店長がぴしゃりと注意した。

「その件をあまり口にするな。おれもわからないが何となくこちらから関わりを持っちゃいけない気がするんだ。やめておけ」

 普段はにこにこした優しいおじさんでしかない店長がいつになく真剣な顔をしていたのでよく覚えている。初めて見る店長の雰囲気にその場にいた全員が驚いた顔をしていた。


 今走っていった男性もきっと二度と来ないだろう。脇に避けた商品を棚に戻さないといけない……ああ、面倒くさいな……そんなことを考えながらレジ対応をする。

 店長にだけは報告しておいた方がいいか。なんとなくそんな気がする。話したところで店長も何もできないだろうけど、一応念のために。

 あれ? そういや今日はまだ店長を見ていない。今日のこの時間帯は出てくると昨日言っていたのに……

「次お待ちの方どうぞー」

 考え事をしながらお客さんの買い物かごを受け取る。だめだだめだ集中しないと。考え事をしている時に限って会計金額を間違えたり、お釣りを落としたりするんだから。

 頭の中を切り替えようと思って前を見るとお客さんの姿に目がいった。所々赤い何かがこびりついたような汚れのある白いレインコートを着た女性がフードを目深に被って立っていた。買い物カゴの中身はサンドイッチと缶コーヒーの二つだけ。


「レジ袋はどうされますか?」

「大丈夫です」

 そう言って彼女は右手に持ったエコバッグを見せてきた。何気なく見た後、おれは思わず二度見してしまった。女性が見せてきたのはあの薄汚い白いマイバッグだった。

 中には何かが入っているみたいでうっすらと赤い物が透けて見えた。何が入っているのだろう……そう思い気になった瞬間、生ゴミが腐ったようなきつい臭いがおれを襲ってきた。

「おえっ…………」

 あまりの臭さについ吐きそうになった。吐き気をなんとか我慢して前を見ると、レインコートを着た女性がそれはもう嬉しそうに笑いながらこちらを見ていた。どうなっているのかはわからないが女性の口の中は真紅に見えた。




「あなたたち、もう少し興味を持ってくれてもいいと思うんだけど……ダメかしら?」




 そう言いながら突き出された女性の左手には、血のような赤い汚れが付着した店長の名札が握られていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ながら……あ恥ずかしいですが読ませていただきました。 日常にリンクさせたホラーが効いてブルブルです。 それに「身に覚えのない金は使うな」ならぬエコバック。 怖かったーー! ってかかまって…
[良い点] えっΣ(O O;) これ、すごく面白いですね。何気ない日常から導入し、最終的には取り返しのつかない怖さ。話の持って行き方がとても巧いです。 エコバックは毎日使う身近なものだし、それゆえに…
[一言] 話題にしなかったから犠牲者増え増え、壊滅エンドー!
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