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柊木君と田部君と  作者: 葵卯一
1/1

未来から来た同級生。

楽しい夏休みも遥か彼方の記憶、気が付けば秋の風と共にやって来た試験の知らせ。

うんざり気味の気分を変えるべく、今日私はいつもと違う道で帰宅を試みる。

まっすぐ帰っても20分、少し遠回りしても30分。

受験生だってそのくらいの余裕は認めてくれるだろう。

「あ~~あ、失敗」天気は急変、今にも雨が降りそうな空、天気は受験生には厳しい判定を下すのか。

近くにコンビニで傘を買うしかないのかなぁ。

 彼とは雨が今にも降ろうとするような秋雲の下で出会った。

安いコンビニの傘を広げ、見通しの良い直線道路の脇で遠くに姿を見せた重厚なトラックを見つめ、過ぎ去るその背後を目で追っていた。

「たしか・・4組の」数学クラスだと思うけど、直接面識がある訳では無い。

 高速で走り去るトラックからようやく目を放したと思えば、曇った空を無表情で見あげ大きく息を吐く。

 一体何をしているのかと思うけど、近づき過ぎて関わり合いになりたく無い。

その時はトラックが好きなのだろうと、考えを放棄してそのまま通り過ぎる事にした。


 通学路とは少し離れているからこっちから行かないと関係無いんだけど・・・・

(何か気になる)

 それに今日は秋晴れ、彼の行動が大型トラックの観察なら多分今日はいる筈。

「さっむ」風がもう冬、マフラーはまだ必要無いけどコートは少し厚めの物を羽織る。

(確か・・この辺だよね)並木道とガードレールがその場所だけ空いて道路を横断する様に向こう側の道もある、そんな場所に彼は立っていた。

 木に持たれ掛かるように背を預け、遠くから来るトラックを見つめている。

なにがそんなに面白いのか、背中を伸ばしまだ遠くの車体を見つめ通り過ぎる姿を見送るのだ。 

男子のする事はよく解らない、私にはその感性きっと永遠に解らないだろうと思う。

私は彼に見付からない内に引き返す事にした。だって怖いじゃない。


「柊木?ああ一年の頃同じ組だったぜ、あんまり話した事は無ぇけど・・普通?だったか」

同じクラスの男子、野球部の田辺くんはボウズ頭で日焼けした体の大きな男子だ。

声も大きく、知らない子が見れば恐いくらいだけどクラスの行事や役員もする好青年である。

 彼の風貌や大凡のクラスを聞けば簡単に名前が解った、痩せて白い彼とは真逆とも思える田辺くんは彼の事を憶えていた。

「ん~~ん、普通も普通。まったくの普通のヤツだ、成績もそんなに良くなかったし孤立しているような感じもなかったな、同じような仲間と連んでた・・か?」

 つまり彼、柊木氏は自殺を考えるような事も無く、それなりの学生生活を送っているらしい。ならなんで、あんなひとけも少ない場所でトラックなんか見てたのだろうか。


「つまり・・告るとかそう言うのじゃないんだよな?おれそんな所に呼び出されても困るし。いやホントに柊木の事は顔見知り程度で知り合いって訳じゃないからな?」

 田辺くんの中で、顔見知りと知り合いの境界線はどこにあるのだろう?でももし柊木氏が何かに悩み自殺するつもりなら、止めるくらいの腕力は欲しい。

 そう田辺くんは腕力担当で、私がカウンセリング係り。

(だって、見ちゃった物は仕方無いでしょう?そのまま飛び出しとかされて死なれたら、私の精神衛生上よろしく無い)

 同じ学校の生徒がイジメで自殺なんて困る、ましてその現場や柊木氏の行動を知って放置していたなんて事になれば、人生の棘になる。

 直接関わりが無くても[見殺し]も同罪とされるのが世間目、逆上されて怪我をするのもイヤだしその辺は田辺くんになんとかしてもらいます。

(男なんだから、か弱い女子の盾になってくれるよね?)

「柊木が二年になって孤立してんなら話くらい聞いてやる、元同組よしみってやつで」

 正義感溢れる田辺くん、頼りにしてます。

っと「あそこ、ほら木の脇で立ってるでしょ?」

 あれから時々様子を見に来ると必ず柊木氏はそこにいた。それも、いつも遠くのトラックを見つめて。

 私が様子を見る為に隠れようとすると「じゃあ行くか」・・・んじゃない、

私にも心の準備があるんです!そのままスタスタと行かないで!

・・・・「よう、久し振り!なにしてんだこんな所で」

 寒そう?暇そうに腕を組んで立っていた柊木氏はさも驚いたような顔はせず、顔だけこちらを向く、そして丸顔の田辺くんを見て一言「久し振り」と答えた。

 視線を向けても遠くにもトラックの姿は無い、その事に満足してか柊木氏は不思議な笑い顔でもう一度「久し振り」と答えた。

「・・・柊木、なんか雰囲気変わったな?悩み事か?聞くだけなら聞くぜ?」

 これが男のコミュニケーションか、距離が本当に近い。

「相変わらず良い奴だな、キミは。・・でもキミは関わらないでくれ、出来ればオレ一人で解決したいんだ」背の高い田辺くんと同じ高さの目線で柊木くんは拒絶する、身長は明らかに柊木くんの方が低いのに、話方や気配が明らかに年上のような感じ。

「つまり柊木、なにかの問題事だろ?手伝わせろよ、同じ組だっただろ」

 グイグイ行く感じの田辺くんに対しても物怖じせずはぐらかす感じで遠くを見る、その顔は困った顔では無く、喜び微笑みの表情。

「例えば・・田辺クンの将来がこの事で全て失い、親親戚、有るべき・有った筈の幸せを全て失っても手を貸すと言う事かい?多分今のキミなら手を貸すと言う筈だが、僕には

それを奪う事の方が辛い、巻き込む・巻き込まないじゃなく[困る]んだ」

 ハァ?何を言ってるの?未来とか将来とか、そんな事言ってるから孤立するのよ?

言い方も気取って格好付けたつもり?

「・・ああ、常坂さん・・は久し振りで良かったのかな?それとも初対面だったか?」

「そう言うの中二って言うんでしょ?男子ってソレが格好いいって思ってるんでしょうけど正直変だから、あと初対面よ!」

「ハハハ、キツいなぁ・・それで常坂さんにお願いなんだけどもうここには近づかないで欲しいんだ、ワタ・・オレ?ボク・・ボク自身にはなにも問題は無いから、当然自殺なんて事も絶対無いから、約束する」

 なんで[自殺するつもり]と私が思ってたの知っているのよキモイ、言われなくても近づかないわよ。こんなのに構って時間の無駄だった。

「ならボクからのお礼だよ、常坂さん。キミのお母さんが無くした結婚指輪は風呂場の洗面台の所、シャンプーかトリートメントの下に有るから排水に落とさないようにね」

「キモ!、なに言っての!ストーカー?私の家を覗いたの!」

「常坂さん本人から聞いた、キミはお母さんに犯人呼ばわりされてかなり怒ってたからね、これでお小遣いが少し増えるから」

 知らない男子に家の場所どころか家の中まで知られてる気持ち悪さ、寒気と怖気で血液が下がる。もうこいつには近づかない、生命本能とか生存本能がこいつを拒絶する。

「私の家に近づいたら警察呼ぶから!もう話掛けるな!」

その後走って家まで帰り、厳重に鍵を掛けて部屋の窓からアイツの影を探して見えなくても安心出来ないからヘットフォンの音量を上げてベットに潜り込んだ。家族には不審者に注意してっていわなきゃ。


 今日も田辺くんに頼んで付いて来て貰った。柊木があの時言った言葉が、三日後に現実になったからその事を確かめる為に。

 相変わらず柊木は道路の端の木に持たれ掛かり、遠くのトラックを眺めているその表情は何を考えているのか変化がない。

「よお、またここにいるんだな。一体なにがあるんだここで?」

予定調和だが・・本当に「・・やぁ、田辺クン。そして常坂さん、調子はどうだい?」

「なんで解ったの、霊感ってやつ?それとも占い?盗聴機でも仕掛けてるなら警察ものよ」 気持ち悪い、確かに柊木のおかげで母さんの疑いも晴れたし、小遣いだって増えた。

危うく排水口に落ちそうになった指環も回収出来たし、きちんと謝罪もして貰った。

 それでも柊木がなぜ知り得たのか、それが解らないいじょう、気持ち悪くて仕方無い。「だから本人から・常坂さんから直接聞いたんだよ、アレさえなければ人生変わってたってずっと後悔してたからさ」

「指環一つで人生が変わる筈無いでしょ!それより答えになってない、なんで知ったの、私はなにもあん・貴方になにも話して無いわよ!」

 確かに母さんの怒り方も、大事な結婚指輪を私が玩具にしたような言い方も腹が立ったけど、ちゃんと話したら謝ってくれた。そんな事で後悔するようなら家族の絆なんて無い。「・・指環を無くした母親に疑われて完全に無実な常坂さんはそれ以降、母親との会話もなくなり、盗んで無くした上に反省もしないと愚痴を言う母親とずっと険悪になる。

 その内に成績も落ちて、目指す大学もランクの落ちた私立に入学。就職後家から飛び出したキミは中小企業に勤めるけど、家族にすら人間不信のキミの周りに良い人は少なく、結局は・・まぁ酔うぱらってボクに話してくれたのはそのくらい、信じないとは思うけど」

 そんな悲観的な予測信じられる訳が無い、大体お酒は二十歳から、高校生の私が飲む訳が無いし記憶も無い。

「前の未来でボクが聞いたんだ、1度目は排水口に落ちて指環が行方不明になったお陰で変化は無かったんだけど、それ以降はきちんと出来たはずだよ?大丈夫、キミは目指す大学も合格するし、戸建て住みの家族に囲まれて幸せな筈だから」

 まったくこいつの言ってる事が解らない、未来?予言?へんなネットの見過ぎ・・と片付けるのには、一瞬頭に浮かんだ母親との確執の未来も完全に否定する事が出来なかった。「・・よく解らないが・・柊木、お前が言いたいのは未来から来たって事だろ?それじゃ明日何が起るか言ってくれよ、それが真実ならオレも信じるし、常坂さんだって信じる。お前の忠告は素直に聞くさ」

 そう、柊木の言う事はただの偶然・・だと思う、それでも偶然が何度も続けば信じるしかない・・と思う。

「田辺くん、キミは頭がいいし、素直で良い奴だと思う。正直好感が持てるよ、でもね。ボクの頭にあるのは70近い男の記憶だよ、今日昨日の細かい記憶なんて思い出せる筈が無い、必要な事・重要な事、オレが知る・知った人生を変えうる基点の事以外は曖昧な物だよ」田辺くんは1月前の夕食や天気を憶えているかい?

?「柊木が未来から来たとして、なんで70なんだ?4っ日前とか一週間前とかじゃないのか?・・・オレと同じ歳だろ?多くても1・2年くらいしか変わって無い・・・様に見えるぞ?」

 そうだ、柊木くんは何となく老けてるけどお父さんより年上には絶対見えないよ。

「・・タイムスリップ・時間遡行・タイムリープ、すべてはSFの話だよね?だって人間も動物も機械や鉱物・星だって時間の流れには逆らえない、そうだよね?」

 だから数時間とか数日の予想・確率観測が現実的な未来予測だとネットで見たよ、柊木くんが家に盗聴とか監視カメラを仕掛けて無いかと思って問いただしに来たんだ。

「時間ってのは物理の中でも最も大きな力、流れなんだ。だからたとえ重力や光子を使っても物体は逆行どころか停止すら出来ない。なら時間に逆らい停止出来る物を使えば?」

「さっき停止も逆行も出来ないって言っただろ?勿体ぶるなよ」

「・・ストレートというか、素直だねぇ・・情報だよ・情報、データだけはいつ取り出しても同じ情報を取り出せる、たとえ10年前だろうと100年前だろうと、取り出す手段がその場所にあれば、同じ情報を何度も再生出来る。簡単だろ?」

「・・・でも、それは過去の情報を後で見返す録画再生だろ?なんで未来から過去へ情報が送れるんだよ?ソレこSFだろ」

 違う、田辺くんは気付いてない、確かに情報の過去移動は絶対無いとは言えないんだ。

 少なくとも物理・[物質]に当てはまらない情報なら可能生は有るんだ。

「脳波の同調、動物なら集団危機回避能力とも言える、脳の反応がある。周りの恐怖や幸福を同調する能力は、時に見えない聞こえ無い危機に対して、周囲の恐怖に同調して危険から逃げる本能だ。では同じ人間なら?例えば眠って居る間に整理される情報に昨日や去年の情報を介入させる事は可能だろうか?答えは「出来る」だ」

 なら、なんとかして未来の自分か、過去に今の情報を伝える事が出来たなら?

 光りは重力で捕らえられた時、早さを失う事象が上げられる。

 そして物質は光りの速度で進むと時間は遅れ、やがて時間は延長されるらしい。

「重さの無い情報を加速するのは難しかった。それも遠距離通信の技術、ようは同調振動の応用で、[同じ物体・同じ構成の物]であればある程度の情報共有が時間・空間を越えシンクロさせる同調作用で可能にした。

 昔の言葉で、虫の知らせとか・先祖の助けとか、まるで未来の自分が危険を教えたような感覚を術として確率したのが、同じ人物による時間遡行。

当然代償もあるけど、そんな物はどうでもいいんだ」

 代償は自分の脳が情報の転移に耐えきれず、記憶や感情を司る神経の切断・脳が死に再生は不可能だって事だ。

「未来の自分と、今の自分が重なるのはへんな感じだったよ、鮮明で辛い夢を見る感じ。 それが自身の未来だと理解できて・・意識と感覚が統合する時には今の自分も有りながら、未来の自分も確かに憶えているような感じ」

「夢のような朧気な記憶だから、毎日少しずつ忘れてしまうんだけど・・でもそれは未来が少しずつ変化した証拠だって思いたい」

 未来の柊木はすでに脳死して戻る事は無いと言う、そして未来の記憶すら失って現代の柊木だけがこの世界に残る。なら未来の彼は死を覚悟してこの時代に来た事になる。

「少し補足すれば、過去の特定された時間、確定された場所に必ず自分の脳がそこになければ脳の共振は起らない、ボクの場合は寝ている場所とかは解ってたから以外と簡単にできたと思うよ・・だから真似しないように」

 乾いた笑いと感情を殺した目、真実なのかは別として彼・柊木の中では本当の事なのだろうと解る。

「・・納得できるような出来ないような。じゃあさ、2008年でこれから起る重大事件とかならどうだ?それなら」

「そうだね、その通りだ。でも高校生のボクになんて関係の無い事ばかりだよ。まぁ知った所でどうしようも無いから・・・」

 彼の話す国の事件は後々になって真実だと解る、地震・経済・国会・津波・選挙、海外から飛ぶ飛翔体、メモしておけば何か出来たかも知れない事も私は聞き流してしまった。

「やっぱり信じられんけど、もし信じたとして柊木がここで立っている事と、未来から来た事には関係あるんだろ?それくらいは教えてくれよ・・・常坂さんとは別にオレも少し気になってきたからよ」

 柊木は私を見た後少し笑った「田辺くん、キミに頼みがあるんだ。それさえ聞いてくれたら少しは話すよ。それ以上は聞かないでくれ」でないとまた・・

 それ以上は話す事も無いのか、向こうから来るトラックを見つめて私にはもう顔も向ける事は無かった。



「常坂は帰ったぞ、それで頼みってなんだよ。聞ける限りは聞くけど、金を貸せとか言われても無理だからな?」

「『金を貸せば、その分敵を買う』田辺くんがよく言ってたよ、たしかユダヤ商人の名言だったかな?懐かしいよ、金の貸し借りに近いけど、高校生が持ってるお金なんて高々知れてるから・・お願いってのは、田辺くんのクラスにいる吉崎くんと話がしたいんだ、明日くらいに会わせてくれるかな、彼にとっても人生の重大転機になるから」

「吉崎?・・誰だ?・・・・ああ、あの一人で座ってるヤツか?オレもあんま話もしたことないんだが・・どうしても会わせる必要が有るんだよな?」

「頼むよ、彼じゃないと困る・・本当に困るんだ。吉崎くんと会わせるだけでいいんだ、後は彼が決める、多分良い方を選択すると思うけど・・良い方を選択してくれないとボクも困るんだけどね」

「解った、それだけか?正直腕っ節を頼られたと思ったけど違うのか?」

「・・田辺くん、ひとの腕力なんて微々たる物さ。キミの本当の魅力は人柄と性格だよ、いずれそっちの方が大事だって解るから」

 羨ましそうに目を細め、柊木は笑う。同じ歳のヤツには出来ない穏やかな表情、常坂といた時には見せなかった優しい顔だ。

「もし柊木が未来から来たってなら、甲子園に行けたかどうか聞きたかったけどな、

やめとくわ、どうせ言わない方がやる気も違うし。それにその言葉通りならプロにはなれないんだろ?」

 今年の夏は地区予選決勝でボロ負け、私立との違い・本気で野球ばっかやってる連中との違いを見せ付けられた。それでもあと一勝だったんだ、やっぱり希望はあると思いたい。

(・・先輩が引退して、次ぎは二年が頑張るしか無いんだ。先輩が辞めてもオレ達がちゃんとやってるって所見せないとな!)

「田辺くんの将来は言えないけど・・野球以外にも英語だけは真面目にやりなよ、キミの人柄も、言葉の通じる通じ無いではまったく違ってくるから」

!?「オヤジにも言われたぞ、それ。『野球で食って行くにしたって、英語ぐらいしないとなっ』てよ、はやってんのか?」

「無口じゃ、良い奴も悪い奴も解らないって話だよ。初対面の外人からしたら、顔だけで判断なんて出来ないし、人付き合いの全ては初対面の印象からだって事さ」

 そうかなぁ、少し話せば大体どんなヤツかって解るし、野球やればソイツがどんなやつかわかるとおもうぞ。全人類が野球をやれば平和になるんじゃないか?

「・・一応聞いとく・・ありがとよ」

 多分常坂はもう来ない方がいいのだろう・・・まぁ勿体ないけど常坂からの話は断るしかないか、本当に勿体ないけど。

(吉崎・・こっちもあんまり話した事もねぇんだけどなぁ、一応誘ってみるけど来なかったらそう伝えるか、力づくで連れてくるってのも悪いだろうし)

 そう思って次の日、帰ろうとする吉崎を捕まえ声をかけたら大人しく付いて来た。なんだか酷く怯えているような。


「それで、こっちが柊木だ。用事があるのは柊木の方でオレはただの連絡係だ」

 オレが何を聞かれても「知らん・解らん」としか答えられなかったから、ここに着いた頃には真っ青から真っ白になってた。

「始めまして、吉崎くん。紹介された通り、ボクが柊木です。柊木 慧、同じ学校の数学科に今はいるかな?まずは落ち着いて・・これでも飲みなよ、好きだろ?」

「ってお前、お汁粉は無いだろ?もっと他に」

「後はこっちのコーンスープかな?生憎おでん缶はないんだけど」

「ドクベ!ドクターペッパーはあるか・・ありますか?」

 吉崎はニヤリと笑う柊木の顔を向け手を伸ばす、ドクペ?ってなんだ?

「レッドブルが欲しいなら話の後で頼むよ、大事な話が有るんでね」

「では先にお汁粉をいただこう、熱熱かね?」「当然人肌だ!」

 心得てるね、そう言って受け取ったお汁粉を不味そうに飲み干し、柊木はコーンスープの缶を開け、少し凹ませる。

「オレにはないのかよ」思わずそう言うと、柊木の左ポケットから缶コーヒーが出て来た。

・・・

「先はゴメン、吉崎くん。ボクがキミの事を知っている事を先にあやまるよ、そしてキミの困り事を解決する為にもボクの話を聞いて欲しい」

・・・・「柊木くんは、ボクの話を誰から聞いたんだ?ツイッター?7チャンネル?それとも学校の裏アカウント?」

 少し楽しそうだった吉崎の顔が曇る、裏アカウントってなんだ?

「キミ自身から聞いた、って言っても信じないと思うけど、今は信じて欲しい。キミはこのまま行けば、卒業までには学校からいなくなる。それからは体と心を壊すまで働いて・」・・・・

 柊木の真っ直ぐな目は吉崎の目を捕らえ、明らかに吉崎の顔が強張り目線が泳ぐ。

「それを・・キミが・・柊木くんがなんとか出来るのか?出来ないなら口を」

「挟むな、か。出来るから・・正確には吉崎くんが出来るようにするから、将来ボクに1度だけ力を貸して欲しい。先ずキミの持つ全ての貯金を・・・」

「まって!まってよ、どう言う事?なんで?」

「こいつ、未来人なんだって。自称だが」

「キミの持つ貯金全てを株式投資して貰う、これでキミは家族に縛られず・社会や仕事・他人にすら縛られず、好きなように生きて行ける」

「ボクをからかってるのか?・・・」ゆらりと体を動かして、目だけはギラギラと柊木を睨み肩をふるわせた。何かやばい、これが追い詰められたヤツの吐く気配だろうか。

「そう思うなら、そのナイフで刺せばいい。ボクは怪我をするし、キミの人生はこのままさ。大丈夫、今のキミの貯金くらいならボクは二倍は持ってるから」

 こいつ、ナイフなんて持ってたのかよ!

「それも・・ボクから聞いたのか?・・本当に・・未来のボクから聞いたのか?」

「・・なら少し耳を近くに・・今のキミの押しキャラは・・」

・・何かごにょごにょと言い合い、吉崎が慌て、何かゴニョゴニョと言い返す。二人の間で何かあったのか解らないが、「この巨乳信徒め!」と言う言葉だけは聞こえた。

「最初は管理銘柄だ、二倍なったら即売り。その次ぎも管理だから二倍で即売り・・・・

それ以降は経済が停滞するから株は一時停止して引き上げ、5年の国債で凌ぎ、最期に・」「それ以降は?どうしたらいいの?投資先は?」

「安全投資で、その頃にはもうキミは十分な生活が出来るから・・あと出来るだけ早く親との縁を切れ、これは未来のキミがボクに伝えて欲しいといった言葉だよ」

 柊木の言葉を飲み込むように頷き、顔を上げた吉崎の目は何か覚悟を決めた光りを持っていた。野球をやるオレには解る、硬球の球に当たってでも前に出るヤツと同じ目だ。

「もし柊木くんが助けを求めた時、ボクが助けないと・・ボクは、ボクの人生は・・柊木くんの話も聞けないままになる、そういう事だよね?」

「・・・・?なぁ、一ついいか?」

「ん?・・ああ貯金のあるボクが、なんで自分で投資しないんだって事?」

 そうだよく『儲かる話には裏がある』っていうだろ?自分自身が金持ちになれば吉崎を頼る必要が無い。誰だって自分が贅沢したいし金持ちになりたい筈だ。

「・・ボク自身が投資して金持ちになる未来は無いんだ、そこに私の存在は無い・無かった・・世の中には資本家になる人間と、そうで無い人間がいる。当然確率の問題だけど」

「?・?言葉の切れが悪いな?なにを隠しているんだよ」

 吉崎の人生を左右する話なら、隠し事は無しだ。全部話した上で納得させるべきだろう。

「・・世の中は平等じゃない、資本主義でも共産主義でもそれは同じだ。

金持ちが一人産まれたら、どこかで何人もの貧しい人間が生まれる。とくに吉崎くんのように多少ズルして横入りしたら、当然彼の得た貯金や不動産、会社や債券には本来持つべき人間がいた事になる。つまり誰かが成功し、得るべきだった資本を横からかすみ取るんだよ・・・それでも吉崎くんは覚悟出来るだろ?」

 つまり自分の手を汚さず、吉崎の経済状態につけ込んで、自分の必要とする時だけ頼ろうと言う事なのか、それは・・あまりにも卑怯な選択だろ!

「吉崎くん、キミの手にある紙を宝くじにするか、紙くずにするのかは任せるよ。

 ボクにはキミの助けが必要になるし、キミにはボクの助けが必要だった。でもそんなに気を張る必要は無いよ、その時にはキミは資本主義に悩まされる事も無いくらいの資本を持つ事になる、そしてボクの願いは些細な協力さ、キミは驚いて笑ってしまうくらいのね」

 さあ早く、『時は金なり』だ。特にキミに取っては雪だるまを早く転がすほど持てる物は大きくなるんだから。柊木が背中を押すと、もう駆けだした吉崎は振り向かない。

「お前!お前は一体何がしたいんだ!未来から来たのが本当だとしても、他人の人生を持て遊ぶ為にわざわざ来たのかよ!」

 襟首を掴んでねじ上げ、薄ら笑う顔面に拳を振り上げた。なにも抵抗しない柊木の体は細く、野球部のオレが殴れば簡単に殴り倒せる。

「なんとか言えよ!本気で殴られたいのか?別に野球部に迷惑かけるつもりはないからな!お前がなんか言って来たら辞めれば済む話だ!」

 怒りはある、こいつに恐い所なんて無い。それでも何も言わずおれの目を見てくるこいつをオレは殴れないでいた。

「キミは、田辺くんは本当に良い奴だ」

「そんな言葉で欺されると思ってんのか?そんな御世辞でオレを誤魔化せると本気で思ってんのか?」

「誰かの為に本気で怒り、キズ付く事を恐れない。まったくヒーローだよ」

・・・

「そして私は本当に間抜けなヤツさ、だからいま、ここにいるんだ。

知ってるかい?この時代のオレには好きなヒトがいたんだよ、それも今から15年経った後で理解するんだけどね」

「ソイツを助けたくてこの時代に来たとか言うなよ、そんなんならオレだって吉崎だって常坂だって手伝わせて助けてやるさ、交通事故だろ?ここでお前が立っているんだから」 手段が遠回り過ぎる、オレがお前の言う[良い奴]なら少し相談すれば手を貸すだろ。なぜそれをしない「助けてくれ」と一言いえばいい話だろ。

「・・半分正解で・・半分間違いだよ。ここで事故が起るのは間違い無い、そしてそれは確定事項だ。そしてキミが手を貸せば、物事はより大きくなる。キミの人生も・そしてキミが言った吉崎くんも常坂さんも、不幸にしかならなかった。それでも田辺くんは、手を貸すかい?彼女達の人生を背負い、巻き込んだ自分を責めながら、ボクを憎しみ続けるかい?いいよ?ボクは怨まれるような事をしたんだから」

 常坂は母親との確執を持ったまま、一生残るキズを負うのだろう。吉崎も怪我をした上にどうしようもない家庭の事情に振り回され、巻き込んだオレと柊木を怨むのだろう。

(そしておれは、こんな正義を口にして、起る事故がどんな物か知らないが、その怪我で野球の道を閉ざされる事は間違いない。その時オレはこいつをどれ程怨むのだろう)

「解ってくれて嬉しいよ、だから私とキミが会うのは今日が最期さ、もう来ないでくれるよね?」乾いて寒い笑い、もうこいつとは会うことはないのだろう。

「・・待て、待ってくれ!お前!さっき好きなヤツとか十五年後とか!そんなんでお前!なんでそんなに覚悟出来るんだよ!」そんなの本当に好きかどうかすら解らないヤツだろ、そんなんでわざわざ未来から来るなんて、なんだよそれ。

ハハハ・・・「それもそうだよね・・でもさ、仕方無いんだよ、好きだって・・好きだったって解ったんだから、そして・・後悔して怨んで憎んで呆れて・・どうしようも無いくらい悲しくて辛くて・・許せなかったんだ。私の無能さに・・」

「オレはさぁ、彼女が笑ってる所しか知らなかったんだ。友達と笑いながら先を行く後姿とか、教室から走って出て行く所とか・・彼女が転校した時も彼女は笑ってたんだ!

[下半身不随]交通事故で受けた傷は脊椎を傷付け、彼女から足を奪った。事故の現場から逃げ出すように転校して行ったのは治療か、それとも精神的な物か。クラスの皆も泣きながら別れを言ってたよ、『またどこかで会おうね』とかな。おれもそのくらいだった。

 その後の話は彼女の母親から聞いた話だよ、何年もの間リハビリに耐えた彼女が選択したのは脊椎再生手術、幸いと言っていいのか、治療費はトラックの保険と運送会社が出してくれた。誰だって辛いリハビリの後でも、完全に回復しないって言われたら飛び付くさ。

 待っていたのは、術後の急変による完全麻痺。首から下の全身が麻痺してしまったんだ。

しかも手術は成功してたんだって、だからその後の生活資金を病院は出さなかった。

 彼女はそれでも8年生きた・・死ねない体で生かされたのかな?解らない。

私が知ったのは葬儀が終わって1月以上過ぎた時だ、ネットにマンガに遊び呆けてたんだよその時の私は、なにも知らずに。

 私の所に葉書が届いたのは、私が引っ越しもせず親元で寄生していたからだろうね。

する事もないし、親からの圧迫で何となく彼女の家に行ったんだ。まぁ昔の写真でも見られたら・・そんな気持ちだったか。

 疲れ切った母親に葉書を見せ、上がらせて貰った所は薄暗く狭く臭い所に遺灰と遺影。

ははは、その写真は高校の時の私の知る彼女だった、解るかい?30過ぎの彼女の遺影が高校の時の物だった事の理由が。

 彼女の最期の一年は正気じゃなかった、母親は彼女が横になっている間にして欲しい事が無いかを知る為にカメラとレコーダーを付けていた。ボクが見たのはたった1月分だ。

・・呪詛、呪い・憎しみ・憎悪・怒り、残る命を黒く燃やすような憤怒を口から吐き出し、動かない体を呪い、見舞いに来る事も無い昔の友達を呪い、家族を呪い、治療を失敗した医師を呪い、事故も世界も全て呪い、死ねない自分も・殺してくれない家族を呪う。

 直接魂を殴られたような痛みだ、呆けていたオレを突き刺して、切り刻むような悪意と悲しみだ。

 オレが知らない間に泣いてた事で、彼女の母親が少しだけほっとしたと言っていたな。

『全ての人生を彼女に使いました、残った人生は全て忘れて静かに暮らしたい』そう言ってた。父親も彼女の看護で仕事を変えたらしい、四十九日が終われば離婚して家も売ってそれぞれ別の人生を送ると言っていた。

「彼女の全てを忘れてだ!」なにも悪い事をしていない彼女は全てを呪い、

家族にすら忘れられ!この世界から消えて行ったんだ!

 なんでなにもしていない、出来なかった彼女が、両親にすら、死んでくれて良かったようやく死んでくれた、そんな事、言われて死ななきゃならなかったんだよ!

 許せる訳ないだろ?オレは何も知らず、のほほんと自堕落に生きている間、彼女は世界を呪い一人で死んで行ったんだ!

 娘が死んで親にホッとされるような人生ってなんだよ!

 誰が悪いとか、何が悪いとか、そう言うんじゃない。全部が悪いんだ、人間なんてたった一つ、一瞬の事で全てが最悪になっていいのかよ!

 だからおれは・・あらゆる手を使い、あらゆる事をして、何度間違えてもここに来るんだ。自分の間違いを正す為に・・・世界なんてどうでもいいんだよ本当は」


 確かにその誰かは不幸・・で片付けるには最悪な人生なのだろう、オレみたいな学生がこんな事を言うのは駄目なのだろう、けど、それは世界にはどこにでも転がって居る不幸な一人の人生。内戦中にある巻き込まれた町の子供、難病で希望のない子供、貧困・不幸な事故、そんなのはこの町の誰にだって起り得る不幸だろ?

「・・私はね、オタクだったんだよ、恥ずかしい事にね。そこにはヒーローがいて、救われる人々がいて、正すべき悪意があって、退けるべき不幸があった。社会に出れば人間は他人を蹴落とし、足を引っ張り、妬み嫉み、陰口を叩き、邪魔をする。

 子供の頃は、[正しさ]に憧れた人間が、今では悪人となっている。自分の事だけを考え自分の利益だけを考え、外見を繕い、虚栄心と猜疑心で他人と話し見下す。そんなヤツらばっかりさ、だから引き籠もったとは言わないけどね。

 でも、私が世の中に恐れ・怯えている間、彼女は戦い・破れキズ付き、世界を呪い続けていたんだ!ははは、オレは・・馬鹿だろ?」

「それにもう私は未来に戻れない、向こうの私はもう脳の中がグチャグチャになっているからね。ハハハッ一方通行なんだよ時間旅行ってのはね」

 失敗した柊木は数日後には全てを忘れて同じ道を辿るらしい、その時の状況から推測し利用すべき人物を選択し、彼等やオレから話を聞き出し、推理し考察し今ここにいる。

 自分の寿命が尽きる事も覚悟の上で、何度も死に続けたんだろう。

「失敗した事をどこかに残せないのか?何か残せたら」もっといい方法だってあるだろう。「この時代に来て、毎日自分の記憶が消えて行くのがわかる。世界は変化し続け、私の介入を防ぐ為だろうね。元々私は夢枕のような存在なんだ、何か残しても[ボク]はそれを忘れてしまう。何度かしている筈だよ、出来るなら。それでも無理だったんだよ、多分ね」 自分の記憶が薄れる中、目的を果たせなかった時には精神ショックで未来の自分は消える、今の自分は交通事故を目撃する事で数日寝込んだ事になるらしい。

「だから、私はいつ来るか解らないその時を待ち続けているんだ、無意識でも体だけは動かせるように、それだけを考えて」

 夢である自分の執念、何度も怒りと慟哭を蘇らせ、自分が消されないように精神を焼き続けている。その狂気が柊木の持つ不気味さ、正体の解らない威圧感だった。

「・・これで田辺くんとは最期さ・・だから・・話に付き合ってくれたお礼だ。

爪が痛んだら、投げるのは止めろ。爪が血で染まったら何が有っても、誰に何を言われても投げるな、絶対に。

 赤いリボンの女は止めろ、近づいて来ても話すな、優しくするな。

東洋フィナンシャルは止めて置け、入社4年後に倒産する、巻き込まれる。SCA化学は中小のベンチャーだが、私の知る限り一番安定して成長する企業だった、一部上場企業も入社7年目にする。田辺くんが一番まともで楽しそうに笑ってた企業だ」

・・・

「最後に、自分の子供を信じろ。田辺くんの息子だ、悪い奴じゃない。良く話を聞いて、理解してやれ」頭が痛そうに眉を顰めてそれだけを言うと、何を話掛てもオレを見る事は無かった。


 許せない事・・か、部活の仲間は悪いヤツじゃない、クラスのやつだって同じだ。

 それでも少しは気になる所がない訳じゃない。誰かの陰口や、積極的でない無視に荷担しているヤツだっている。片付け無い・大声で話し、道を塞いで歩く、電車の入り口で集まる事もある。

 誰だってするようなつまらない悪意、知らずにしてしまうような下らない行為、

誰にだって起り得る不幸をどうしても許せないヤツが居る。

 もし自分のした事、している事が、他人の人生を大きく歪めるのであれば、過去に戻ってやり直したいと思う人間もいるだろう。

 柊木の背負った罪の意識は、その人に対する無関心だろうか。離れてしまったヒトを、勝手に[幸せになっている]と思い込んでいた事が許せないのだろうか。

 それは本当に罪なのか、自分を許せなくなるような物なのだろうか。

 つまらない正義感で拳を振り上げたオレと、他人には理解出来ない罪悪感で時を超えた柊木、本当に正しいのはどちらなのだろう。

 おれは解らないまま、数日の間ヤツの姿を追った。多分だが、オレが干渉する事でオレ自身も大怪我・少なくとも高校の野球は諦めるしかない状態になるのだろう。

 そしてそれは、オレの未来に置いて良い方向にはならないのだろう。だが、柊木はどうなるんだ?アイツが誰かを救う事で自分も救われるのだろうか。

(今日も・・何も無さそうだな)空は高く、遠くに浮かぶのは白い雲。涼しさが色の付いた葉を落とし、地面に広がる落ち葉がパラパラと音を立てていた。

 いつも通りトラックに反応する柊木とオレの脇を走り抜けたスポーツ自転車、かなり早い速度で通り抜け、ソイツの背中が男だと解って脱力して背中を向けた。

 鋭いブレーキ音と地面を打って転がる鞄の音に振り向いたオレは、柊木が飛び出す背中を見た。交差点で自転車を避けた女は体勢を崩して倒れ、背後を振り向いた自転車は少し先を走って止る所だった。

 トラックは歩道に吸い込まれるように進み、柊木は車道から走り込み、女を抱え上げて突き飛ばす。真っ直ぐだ、真っ直ぐ突き進むトラックはそのまま柊木を轢き飛ばし、壁に挟むようにして止る事が出来た・・・・・・・

 誰も声を上げない、自転車も女もトラックの運転手も時間が止ったように停止していた。

「救急車だ!早く救急車を呼べ!早く!」

 振るえるオレの指から携帯は毀れ、地面で音を立てた。なんとか広い上げた時、自分の腰が抜けている事に気が付く。

 3人の内誰でもいい、とにかく誰か早く電話してくれ。

 その後の事はよく憶えていない、何か聞かれたような気もするし、壁から地面に流れた液体に嘔吐したような記憶もある。



「・・んあ?・・えっと、誰だった?」

 包帯の痛々しい柊木は頭と手足、胸もグルグル巻きにされてチューブを何本も繋ぎながらオレの方を向いた。

「あ・・ああ、田辺だよ。忘れたのか?」

 麻酔でボンヤリした目でオレを見つめ、「田辺くん?誰だ?」と解らない顔をしている。

「忘れたのか?お・・オレだよ」「ゴメン・・解らない・・ゴメン・・」

 そしてまた深い眠りに落ちていった、ICU・集中治療室の外で柊木の両親に感謝され、連絡が遅れていたら出血性ショックで死んでいたかも知れなかったと言われた。

命の恩人だと。

 柊木の助けた彼女は膝の擦り傷くらいで、無事だった。自転車の男は警察から多少注意で顔を出す事も無い。実際柊木の事故に直接的な関わりが無いから仕方無いだろう。

 数日後、柊木の意識が戻ったと連絡があり、オレは命の恩人として呼び出された。

「・・ああ、キミが田辺くんか、キミのお陰で命拾いしたよ。ありがとう」

 オレの事を完全に忘れた柊木がいた、一年の頃同じクラスのヤツ、そんな薄い知り合いを見る目だ。

「あっあの、柊木くん、えっと・・助けてくれて・ありがとう!」

 立花、特に部活で有名と言う訳でも無いから解らないが、確かに可愛くはあるかも知れない。立花は重傷の柊木を見て振るえながら涙を流し、ゴメンなさいと謝った。

「ハハハ・・別にいいんだ、一番の恩人の田辺くんが困ってるのに、立花さんが謝ったらもっと困るだけだよ。みんな無事、それでいいじゃない」

 それで良い訳無ぇだろ!お前、これじゃぁまた失敗じゃないのかよ!

 好きなヤツを助けられた、それは未来の柊木が願った結果だ、でもお前がそんなんじゃ。

「・・田辺くん?すまないけど、立花さんを帰してくれるかな?ボクの両親が彼女と会ったら大変な事になると思うから」

「いい・・のか?もっと」話したい事とかあるだろ?好きなヤツなんだろ?

 オレはこいつらがうまく行くと良いと思っている、時間を遡るほど好きな相手に心配される、命を救った相手に惚れる、まぁ良いんじゃ無いかと思う。第一、柊木は多分良い奴だ、時を超えて体を張って立花を守った男だ、きっと幸せになれるだろう。

 オレは泣いて頭を下げ続ける立花の肩を引っ張り、病室から外に出した。

「大丈夫だ、柊木は丈夫だから直ぐに退院するだろ、その時には笑って話せるよ」

 オレは知っている、もし柊木が彼女の怪我を引き受けたなら、その足は・・

「うん、ありがと。でも・・またお見舞いに来ますって柊木くんに伝えて、お願いします」 立花は肩を落とし、そのまま背を向けた。

 病室の扉を開けたら柊木は意識を無くし、寝息を立てていた、まったくこいつは。

「失礼・・ああ、キミが田辺くんか。柊木の父親です、この度は本当にありがとう」

病室の外で柊木の父親から聞かされたのは、やはり柊木の足の事。腰から下の神経がキズ付き、歩行困難になるだろうと事。

「あの馬鹿、急に外室し始めたと思ったら事故なんか巻き込まれやがって、それに人助けだ?似合わん事をするからこんな・・」

「あ・あの、馬鹿ってのは」違うだろ、助けたかったから、それだけで毎日毎日あの場所で立ち続けてたんだから。

「ああ・悪いね、キミが助けたヤツを馬鹿にはされたくない事は解るよ。だがね」

 ある日急に訳の分からない事を言い始め、毎日外で時間を潰す、そんな奇行に走って結果が事故に巻き込まれて一生立てなくなる。馬鹿な事だとしか言えん。

「キミは、野球をやるらしいね。リハビリとか良い方法があったら・・いやキミにこれ以上頼るのは間違いだね、出来れば同じ歳の同級生として仲良くしてくれ」

 頭を下げた柊木の父親は顔を上げ、オレの顔を見つめてから「どうだい、これからご飯くらいは奢らせてはくれないだろうか」

「止めときます、食事制限もアスリートの基本っすから」ははは。

「それじゃぁ・・別の機会にさせて貰う事にするよ、私は少しアイツの顔を見てから仕事に戻る事にするよ」今日はありがとう、そう言って立ち去っていった。

 部活帰りに時々顔を出し、話すような仲になっていた。

「それにしてもなぁ・・お前、クラスのプリントとか課題とか・・それ以外で見舞いに来るヤツ居ないのかよ」

ハハハ・・「キツいなぁ、いいんだよ。怪我人の相手をするよりネットでゲームしてる方が時間は有意義に使える事を知っているからね、ボクなら見舞いなんて絶対しないさ」

「ならオレはなんなんだよ?暇人って訳か?」

 オレ以外にはほぼ毎日顔を出す立花と、時々会う柊木の母親くらいしか見ない。

「部活でもやれよ、こんな時には助けになるからよ」

「・・・ハハッ、ボクは体育系じゃないからね、きっとボクと同じように見舞いに来ないヤツばかりのクラブだよ・・おっともう時間だよ」

 柊木はしょっちゅう来るオレに気を使い、時間を区切り帰そうとする。そんな事を気にしなくてもと思うのだが、患者の言う事だから従うしかない。

 ようやく包帯が取れ始め、まだ体のあちこちにボルトが入ってままと言う柊木は笑いながら「ようやくリハビリだよ、まったくオンボロの体め!」と。

 リハビリのある時間を外す為を考えると、次ぎに会えたのは一週間以上過ぎた夕方だ。

平行棒にしがみつき前を睨むヤツは、両腕で体を持ち上げ足を無理矢理地面に立たせ、引き摺るように前を目指していた。

 歯を食いしばり、額も背中も汗に濡れ、振るえる腕と肩を持ち上げる。もう何十分としているのだろう、指には真新しい包帯が汗で濡れている。

「そろそろ止めてはどうですか柊木さん・・休憩も体には必要ですよ」

ああ?「あっもう時間ですか、八木さんお疲れ様です。」

「お疲れ様ではないですよ、無理してまた指とか怪我を増やさない程度に頑張りましょうと言っているんです」

 足の動かない柊木が怪我をすれば、それこそ大変な事になる。手を怪我すれば車椅子の使用が困難になるし、足がキズ付けばその治療は通常の治療とは行かなくなる。

「ははは・・あと少ししたら動くかなぁ~~って思ったりして」

 車椅子に座らされ、ようやく顔を出せるようになったオレは「よう?なんだよ汗濁だな」車椅子を押して病室にまで運ぶ、着替えを済ませ濡れた頭をドライシャンプーで揉む。

「見てたなら声くらい掛けてよ、恥ずかしい」

 男は努力を隠す癖がある、当然オレもだ。だから顔を出さないし顔にも出さない。

「柊木の必死感を邪魔する高校球児は居ないぜ?ほんとお前、野球でもやれば良かったのに」・・やれば、そう言った瞬間思考が止った。

「オレは体育系じゃ無いっての、チームとか球技とか無理難題だよ」

「そうか?やりゃぁ出来るだろ」柊木はこう言うヤツだ、空気を読んで直ぐに話を変えてくる、怪我人の癖に気を使い過ぎるだろ。

「また花が・・そう・だ、立花さんとはどうなんだ?毎日顔を合わせるんだろ?」

・・・「そこは・・田辺くんには・・ちょっと」突っ込まないでくれと雰囲気が変わる。確かに二人の間の話だ、その内付き合う事になったとか聞かされるのだろう。

(そうなれば、おれは顔を出さない方がいいのか?)二人がイチャイチャしてる所に邪魔するのは悪いよな。


 次の日も少し時間が取れたので、顔を出す事にした。時間は昨日より少し早いが、もうリハビリを見られている事がバレたので大丈夫だろう。

「こっちだったよな」アクリルの向こうがリハビリルーム、丁度その先で柊木と立花が。

「もう来ないでくれって言っただろ!なんで来るんだ、下手な謝罪で自分の罪悪感を拭いたいのは解ったから、もう十分謝っただろ?自己満足しただろ?ならもう来るなよ!」

 車椅子で睨むように見あげ、静かに威圧し拒絶する。

「何度も同じ事を言わせるなよ、他にも人は居るんだ、空気が悪くなるからオレだって怒りたくないんだ、こんなもん大した怪我でもないんだよ、だからそんな陰気臭い顔を毎日見させられるこっちの気分も解れよ、もう来るな、リハビリの邪魔だ」

 涙目の立花は1歩下がり、周囲の目に気付き走って来た。一体どうしたってんだよ。

「・・・女を泣かすなんてお前、偉くなったんだな?」・・・

「なぁ!なんとか言えよ」お前の惚れた相手じゃないのか?別のヤツだったとか?どっちにしても自分を心配する相手に言う台詞じゃないだろ!

「少し、場所を変える・・付いて来てくれ」オレの顔を見ず、車椅子がキュルリとなった。

 紅葉は全て落ち、地面に残った葉は前日の雨で茶色く濡れていた。

「で?なんでこうなった?なにがどうなったら、あんな話になるんだ?」

「ハハッ、田辺くんは優しいなぁ、そんな所、オレ、嫌いだったんだ。命の恩人だから話を合わせてたけど、もう面倒だよ。キミももう来ないでいいから、高校野球?だっけソレに打込みなよ、オレになんかに時間を使う必要なんてないんだ」

・・・なんだ?こいつ、振るえながらなに言ってんだ?

「邪魔なんだよ、君らは、毎日毎日哀れみ見下して馬鹿にしやがって。親の手前恩人相手に下手な事言えないから黙ってたけど、面倒なんだ。オレは一生この体で生きていかなきゃ行けないんだ、健常者の哀れみで生きる惨めさなんて解らないだろ?高校球児?」

・・「涙を溜めて、なに言ってんだよ。お前は・・オレが哀れみとかそんなんで顔を出してるとか思ってたのか?」

「なら、惨めなオレを見て・・」片手で口を掴み、柊木を黙らせる。お前はそんなヤツじゃない事をオレは知っている。だから「本音で喋れ」

「・・惨めなのはホントさ、哀れみでひとを縛るなんてカッコ悪すぎる」

「それで」あんな事を言ったのか?

「足も動かない、賢くも金持ちでもない、顔だって・・不細工ではないと思うよ?」

 ようやく少し笑った柊木は、少し遠い目をして笑う。

「毎日オレを見て済まなそうにして無理に笑うんだ、両親に会った時は顔を伏せてそのまま立ち去って、オレが知っている笑い顔じゃない、あんなのは駄目だ。あんな顔をして欲しくて怪我をした訳じゃない筈だ」

「他にも言い方があっただろ?おまえは頭が良すぎるんだ、もっと向かい有って話合えよ」

「いまさらだよ、知ってるかい?オレの両親、治療費でもめてるんだ」

「そんなのは・・・・トラックの保険でなんとかするんだろ?」そう聞いたぞ?

「オレが車道側を走ったから、[自分から突っ込んだ]事も考慮されるってね。だから全額は負担してくれないのさ。それにオレの歳で生命保険を掛けているヤツってそうは居ないだろ?つまりはとっとと退院しないと金だけがかかる金喰い虫って訳だ」

・・・

「医者は足の完治は諦めた方がいいって、希望はないんだ。そんなオレに立花さんはね」

『付き合って下さい、一生貴方を支えます』って言ったんだ、「そんなのは絶対お断りだ」 オレは支えて欲しい訳じゃない、「そんな言葉が欲しかった訳じゃないんだ」

「なぁ田辺くん、オレにどうしろって言うんだよ?オレはどうしたらよかったんだよ」

「お」おれがなんとかしてやる、そう言えたら良かった、怪我なんてなんとでもなる、そう言えたらどれ程よかっただろう。

「・・でもオレは諦める訳じゃないんだ、田辺くん。おれはキミが甲子園に出場するまでには一人で歩いて見せる、その時には「支えなくてもいい、オレはもう大丈夫だ」って」「おいおい!春の選抜か夏か、どっちにしても甲子園なんて簡単には行けないんだ、無茶言ってくれるなよ」

「何となくだけど、田辺くんは甲子園の土を踏む気がするんだ。

『ボクを甲子園に連れてって』だね、ああ、そっちの趣味は無いからな」

???「取り敢えず、オレがガンバりゃぁお前も頑張る。それで立花とお前は対等で仲直りって訳だな?それじゃぁオレも負けられねぇな」

 柊木はガキのように笑い、オレも負けないくらい笑った。そうだ、こいつが頑張ってるのは知ってる、オレが頑張れない訳が無いだろ。


 秋空から冬空に変わる頃が一番空が澄んでいるのだと、後になって解る。オレはオレでランニング・投球・バッティング・筋トレに汗を流し、疲れた体を休ませる時には英会話と単語に囓り付く。

 おかげで数学とか化学とかは全然だが、それ以外の所とは平均以上を安定させている。国語とか古典とかは本を読めば大体だ、社会・歴史とかは丸暗記。ランニング中にしつこく聞いて居れば大体うろ覚えできる、なんせ日本語だからな。

・・数学・・代数幾何?微分積分?あれは日本語じゃないだろ?何語だよ。

 化学なんてのは・・アレなんなんだ?ヘンテコ記号と謎の6ッ角形、放物線や曲線、ベクトルはなんとか解るとしても、化学なんて大嫌いだ。

「わかるか?こんなもんやって将来なんの役に立つんだよ」

「それ言う奴始めて見たよ、まったく同意見だけど、

オレに取って、テストの点は将来絶対必要。今できる事で一番重要なのは勉強だからさ」 柊木は、リハビリの時間以外は全て勉強に回している。ネットに参考書、後はオレの持って来るノートのコピーに目を通し、赤本相手に指を噛む。

(ノートは立花が取ってくれている、多分柊木も知っていると思うがお互い口に出さない) 立花のノートを真似ていたおかげで、オレのノートも多少読みやすく、字もマシになったと思う。いい加減二人で話せとは思ったりもするけど、今は、な。

「そう言えばチームの方はどうなんだい、期待していいんだろ?」

「おかげさまでな、なんか本気で目指してるって感じが全員に伝わってよ、なんだか行けそうな・・違うな、甲子園出場は通過点、決勝まで行ける感じだ」

 オレがロードワークで走り出すと、付いてくる後輩やチームの仲間。バッティングに付き合ってピチャーを名乗り出るヤツ、遅くまで筋トレし、その間写る他校の練習風景や試合の様子、野球部が野球しているって感じだ。

「無理はすんなよ、怪我以上にイヤな事は無い事は十分知ってるからな」 

 ああ、知ってるさ。「じゃあそろそろ帰るわ、またな」

 またな、振り返らずとも解る。柊木は軽く手を振って参考書とノートのコピーに向かうのだろう、無理をするな、はこっちの台詞だっての。

筋肉に針を入れ、電極まで使って足を動かすようなリハビリが辛くない訳がない。

転んでも立ち上がり、壁に捕まり悔しそうに足を睨む顔を見て何も思わない方がおかしい。お前が時々足を抓って、悔しさで顔を隠して泣いている姿を知っている。走った分だけ早く長く走れるようなオレとは違う、どれだけ努力しても足踏み状態の柊木の悔しさの数十分の一くらいは解るつもりだ。

 多分どれだけ努力しても届かない物は存在するのだろう、凡人の努力を日々の練習の結果を簡単に凌駕する天才がいるのだろう。

 それでも柊木が、友人が頑張っているのを見て、凡人のオレが努力しないで甲子園なんて行ける筈が無い。努力は裏切らないなんて嘘だ、天才や成功者が持て囃され口にする

「努力が必ず実になる訳では無いが、成功者は必ず努力をしている」なんてのはまやかし、 本当に本気で、死ぬ思いをしながら這い蹲って生きている人間だって努力はしている。それ程の努力を成功者や天才はしていないだろう。

 運が悪い・要領が悪い・才能が無い、それでも努力するのは悔しいからだ、理不尽・不条理・逆境に負け、諦めたく無いからだ。

「オレ達は甲子園に行くぞ、だからお前も諦めるな」

 未来から、時を超えてもやり直したかったんだろ?歩くくらい時間を渡るより簡単だろ。「クッソ熱いなぁ、春じゃ無ぇだろ」

 こんな暑さだと知っててアイツ「地区予選準決勝おめでとう」とか言いやがったのかよ。それにバンドバンドで粘りやがって。

 一体何球投げたのか、後ツーアウトで8回が終わるってのにねちねちと。

8回裏得点は2ー3、一点リードしているが二塁に一人。正直ここで打たれて逆転出来る可能生は低い。私立野球部の本気がひしひしと相手のベンチから感じる程だ、

 それにさっきから指が痛い、コールドスプレーで誤魔化し誤魔化し痛みを散らして投げてるけど、爪先が剥がれているのか投げる度にジンジンする。

(チッ、交代するにしても一年しかいないから、この場で交代して打たれたら・・・)

オレなら野球を止めるかも知れない、こんな状況で交代したオレを怨んでな。

(最低でも後一人)渾身の力を込めてボールを放る。チッ!指先から肘、肩に火が走るように痛みが上がり、指を放すタイミングがズレる。

「ファーボー!」主審が高らかに声を上げ、一塁が埋る。

 指先が真っ赤に染まり、爪の半分がめくれていた。(これか・・)爪が真っ赤に染まる、最悪になる前にアイツが教えてくれていたのを思い出す。

(・・・絶対投げるな・・か、悪いな)



「本当に悪かったな、こんな事になって」

 オレの肘から腕は三角巾で固定され、手首も指先もグルグル巻きで固定されていた。

お?打った、これで9回裏0対5。オレ達の野球部は甲子園出場の権利を得た訳だ。

「・・約束は守って貰えたって事でいいじゃ無いか、それとも自分が完封しないと気がすまないのか?エースのプライドとしては」

 予選から登板して投げ続けたオレとしては、なんだか複雑だ。あの後監督やチーム、相棒であるキャッチャーの言葉にも逆らって降板し、続く一年のピッチャー乗田が三振を奪いそのまま無失点で試合を決めた。

「先輩のピッチングと気迫を見て負けられないって、なんだかそう思ったら思いっ切り投げてました」と、お陰でオレは監督に少し睨まれ、チームに軽い無視状態だった。

 その後こいつのいる病院で見て貰った結果、軽い肉離れと脱臼を起こす所だったらしい。「キミね、肉離れって言葉、軽そうに見えるけど、[筋断裂]って言えば重症に聞こえるだろ?まったく、高校球児の気持ちは解らないでも無いけど、人生は80年有るんだ、

そのたった二年で肩を壊し、一生腕が上がらなくなる事だって有るんだ」

 ギリギリだった、あれ以上投げていれば腕の筋は伸び、棒球を打たれ負けていた可能生だってあった。病院で貰った診断書のお陰で、監督やチームからも誤解は解け、逆に『負担を押し付けてスマン』とか『キャッチャーのオレが気付かずに・本当にゴメン』ってな。「それでも全治一ヶ月だ、治ったとしても乗田のピッチングには勝てない、二年で控え投手に格下げ・・てなぁ」才能ってのは有るヤツにはある、そしてオレには乗田ほどの才能が無かったって事なんだろうな。

「田辺くん、馬鹿な事言うなよ?田辺くんが予選から投げ続けたお陰で一年が温存出来たんだ、気迫の投球を見てチームが全力を出せたんだ、田辺くんがギリギリまで投げたお陰で相手のチームは乗田の球に適応出来無かったんだ、全部が全部乗田の力じゃない、それくらい信用してたから、降板した時にチームのヤツとか監督が『勝手に下がりやがって』って怒ったんだ、オレらの学年じゃぁ田辺くんはヒーローだよ」

 一年は乗田がヒーローだけどな・・まあこいつがそう言ってくれるのならくすぐったいがそう言う事にしておこう、それよりも。

「離れておいた方がいいよな・・・がんばれよ」

 応援席から離れ、オレは一人トイレかアクエリでも買いに行く。入れ替わるように立花の姿を確認した、柊木はまだ試合が終わった後のグランドを見つめている。



「・・ああ、座らなくてもいいよ。直ぐに用は済むから」

よい・・しょ・・ふぅ、両腕の力で体を持ち上げ膝の骨に体重を乗せる。腹筋と背筋でなんとかバランスを取るような形だけど、仕方無い。

「どんなもんだい?オレはキミに支えて貰う必要なんて無いんだ」今度は横腹の筋肉で太股を持ち上げ、ゆっくりでは有るが足を刷り上げ、半歩にも満たないけど歩いて見せる。「つまらない交通事故なんて、この国じゃ毎日起ってるんだ。オレがなにも気にする事は無いって言ってるんだから、もう何も気にする必要はないんだ」

 さよなら・多分好きだった人、「オレは一人で立って歩いて生きて行く、キミは何も気にせず自分の前だけを向いて生きてくれ」

 膝も足も腰も腹も、全身の筋肉を硬直させているから少ししんどい、それでも後少し、だけ持ってくれ、こんな所で倒れてたまるか!

「放っておいても一年くらいで完治するはず、受験もあるのに付き合う事なんて出来る筈ないからさ、お互い全部忘れて受験に集中しようぜ・・だからこんな・・こんな茶番はもう終り、学校で会ってもまぁ、お互いその辺の知り合い程度でな?」

「それじゃ、話はもう終りだから、帰っていいよ。オレは田辺と帰るから、そっちはそっちで友達と帰ってよ、あとノートは本当に助かったよそれじゃぁ・・バイバイ」

 一方的に話し、一方的に会話を終えた。そんなに涙目で見ないでくれよ、オレはオレでやりたいようにしただけなんだ、助けたら好きになって貰えるなんて下心もあったけど、そんなのは卑怯だし、汚いだけだ。やりたい事やって、事故って立花さんに同情されて付き合ってなんて・・オレがオレ自身を許せないんだ。

 だから早く・早く帰ってよ、体が限界なんだ・・・しょうがない、プランB。

「って?どうなってるんだ?なんだ?」

「ああ、グランドも空になったら帰ろうかなって、ね?」

 田辺くんが現れたお陰で立花さんは走っていった・・・・

「お前!立てるようになったら告白するんじゃなかったのかよ!」

「ゥゥゥゥ・・ギリギリまでは・・そうだったさ、酷い事を言ったのに、感謝してもしきれないほどだったのに・・好きだって言いたかったのに・・」

 涙と嗚咽で言葉が出ない、言いたい思いが溢れているのに言葉が出ない。

「じゃあ付き合っちまえば良かったんだよ!なんでそんな!」

「違うんだ!・・これは違うんだ!」オレの努力じゃない、彼女に好かれる為の努力じゃないんだ。こんなので好きだって言っても違うんだ!

 こんなのは間違ってる、絶対違う、オレじゃなくても誰だって間違ってるって言うだろ。「付き合って欲しいから助けたんじゃない、好きになって欲しいから怪我したんじゃない、傍にいて欲しいから努力したんじゃない、最初から間違ってたんだ!」

 それで泣いてるお前は、本当に・・本物の、

「今直ぐ追い掛けろ!謝ってほんとの気持ちを言って来い!」田辺くんは力強くボクを引き剥がし手を放す、ギリギリで立たせていた膝が簡単に崩れた。

見あげるように見えた田辺くん、何をそんな目で見てるんだ、そんな悲しそうな・・

「立てるようになったんじゃないのかよ!歩けるようになったんじゃないのかよ!」

「完治は絶望的なんだって、ははは」絶望ってのは希望すら無いって事だ、もう普通の生活、元の生活には戻れないんだ。だから、なんで泣いてるんだよ田辺くん。

「こんな姿のボクを見て負い目を感じ続けて、事故の責任を背負わせて好きだなんて、本当に好きなひとには言えない」幸せになって欲しい人には言え無いんだ。

「馬鹿が!・・お前はほんとに・馬鹿だよ柊木」

「・・ありがとう、キミは本当に良い奴だよ・・田辺くん」ボクの代わりに泣いてくれているんだろ?・・・本当にありがとう。

 抱き付いて泣く田辺くんがようやく落ち着いたころ、「柊木、お前は馬鹿だからオレがダチになってやる。田辺でいい、オレは柊木って呼ぶから」

 ボクに友達が出来た、学年の英雄で・皆の人気物で良い人の友人が。

「ああ・・うん、ありがとう田辺くん、これからも宜しく」

差し出す手にまだ振えがある、その手を熱い手がガッシリ掴み、「田辺だ、・・まあ今はいいか、宜しくな柊木!」

 ボクの手は力強い腕に引かれ、なんとか立ち上がる。渡された松葉杖を掴み、反対側は田辺くんの肩がボクを支えた。

「流石は野球部のエースだね、筋肉が違う」

「運動やってる奴はみんなこんなもんだろ?送ってくか?」

「一人で帰れるさ、さぁもう1本の方も貸してくれ、一人で歩くくらいやって見せるさ」

お荷物じゃないさ、ゆっくりなら一人でも歩けるよ。

 階段を降りるオレを心配そうに見る田辺、笑って反すオレ。

 いつまでも誰かを頼って生きて行くようじゃオレの人生じゃない、オレが選んだ事に後悔はしたくない。だからこれでいいんだ。

「今は腹と背中で足を引っ張り上げてるって感じさ、なんていうか・・重い二つの塊かな、そのくせ痒みとか痺れる感じはあるんだ。でも・・今は無理でも、ギリギリの可能生は」あるらしい、物凄く高価で危険かも知れない治療があるって話だ。

「[脊椎細胞再生治療]ってやつなら止めて置け!絶対するな、約束しろ」

「なんで田辺くんは知ってるんだ?って止めろって、どう言う事?」

 治療費も高いし、成功率もまだまだの医療技術だけど、歩けなくなった人には画期的な技術らしい、どこかの馬鹿が『歩けない人間が異世界なら歩けるようになるから、現在の世界を捨てて異世界に残るのはおかしい』とか言うが、歩けない・見えない・聞こえ無い、だから僅かな希望を求めて手を伸ばす、そんな当たり前の気持ちが解らないからそんな事が言えるんだって、今はわかる。

「頼む、その手術だけは止めてくれ」その真剣な眼差しは多分、

「失敗するって事か?オレは」そうなれば治療費と共に今より体が悪くなる可能生だってあると聞く、田辺のそれは一流のアスリートが持つ直感か。

「・・確かに今の成功率は20~30%だって聞くし、解ったよ。友達の直感を信じて別の方法を探すさ。温泉治療とか電気治療でも、時間が掛かるけどそれなりの効果があるって言うし」それに友達の直感を信じずに失敗したら後悔しか残らないから。

 まったく我が儘な友人を持ったもんだ、でもありがとう。

 一応悩んでいたことが吹っ切れたよ、なんとするさおれの体だもの。


 野球部は甲子園の抽選を終えて、第一試合が決った。肩からはまだテーピングの固定が取れないが指もまぁまぁ痛み無く動く。コキコキと関節が成るのは突き指とか脱臼の名残だろう。ランニングと腹筋・ハンドグリップでの筋トレは怠らず、チームの練習を眺めては余り時間を勉強に回す。

(3年になってようやく甲子園が決ったってのにな)おれは受験勉強だ。全治一ヶ月って事だから夏も可能生はある。それでもむしゃくしゃを筋トレに費やすくらいしか今のオレには気晴らしがない。(っと、無茶をすればまた別の所を痛めるよな)

 腰とかアキレス腱を痛めたら夏の出場すら叶わないからな、折角の忠告が無意味になる。部室に戻って教科書を開き、勉強勉強。

・・・・・・・・

 さすが全国、オレ達が戦っているのは本当に同じ高校生か?

「アレで一年かよ、なんて足だ」早い、それにバンドの正確性も。ピッチャーの投げる球も速くて伸びている見たいだ。なにより打線が厚い、1番から8番まで全員が打ちにきて守備の穴を突いてくる。

6回表、点差は0ー5乗田の疲労が顔に出てる。

「監督、オレに最後を投げさせてくれ」乗田はまだ二年だ、このまま負けたら折れる。

そのてんオレなら怪我も理由に出来るし、引退すればチームの纏まりにも影響しない。

「いいのか?」「それは怪我の事っすか?まぁ大丈夫でしょ」

アレから2週間、指の包帯は取れている。肩だって熱は取れた、後は軽く投球練習して負け投手として押さえれば、オレにも甲子園の経験が積める。

一球目、軽く放った球が飛ぶ、何だか別人の肩みたいに軽い。二球目、少し力を込めて投げミットからボールが球一つ外れる、三球目・・

「よっしゃ乗田!良くがんばった、休んでろ!」そう顔を下げるもんじゃ無ぇぞ、お前には、今日勝てなくても来年があるんだ。

(さぁお前ら、おれのダチがTVで見ているんだ、格好良く三振して行け!) 

 結局その後も3点取られるも、2点取り返してチームは負けた。勢いは付いたんだけどまぁ惜しかったって事で。

「それで再治療か、田辺は無理するから」おれの前で赤本を解く柊木はヤレヤレ顔で笑う。

「今度は前より重傷だってよ、医者から学校に連絡が行ってさ」今はチーム練習にも参加不可、『教育者として、怪我人をマウンドに立たせるのは如何なものか』と。

 校長から直々のお達しで監督も顰顔だ、チームや部活の皆からは『負けたけど、お前の投球で気合いが出た、やっぱエースはお前だよ』とかあと乗田には涙顔で感謝され、今でも気合いの投球練習をしているだろう。「肩を壊すなよ」とは言ってあるが、オレの事も有って監督も3人ピッチャー制を導入しようとしているらしい、オレを入れたら4人か?

先発・中継ぎ・押さえ、それらを投球数で交代させていけば選手に無理なく試合が出来るだろうとの配慮だそうだ。

 その夏は地元の高校からも注目され、相手になる高校も一切手抜きなく、他校の見学者も見に来てた。地元の私立高も一回から一軍のレギュラーがスタメン入りしてきた。

(結局油断だったんたよな~~運良く油断してた相手をギリギリ勝って、運良く甲子園の土が踏めた・・・)「実力じゃなかったんだよな、きっと」

「声に出てるぞ、多分部活の事だと思うけど」

「ああ、春は運が良かっただけだったんだって思ったら、急に力が抜けちまってさ」

 結局運と油断がかみ合って、立てた舞台だったんだ。役不足ってやつだったんだ。

「運も実力の内さ。勝てる時に、勝つ実力が無いヤツには踏めない甲子園の土なんだろ?なら田辺達野球部にはその時実力があった。そうじゃ無いのか?あと役不足じゃなくて荷が重すぎるだろ?」

 こいつ、なんで心の愚痴にまで突っ込むんだ?

「そう言ってくれると助かるわ、勝てる時に勝つ実力か、それが毎回出せたらなぁ」

「次ぎは油断も無く、完全に勝ちに来る相手高に打ち勝つ実力を付ければ良いだけだろ?あとは後輩に任せて受験に集中だ、高卒無職のダチを持ちたく無いからな?」

 きっついなぁ・・そう言えば、

「お前・・推薦が決ったんだろ?たしか有名な私立の」

 ならこうして勉強する必要性がない、それとも推薦を蹴ったのか?

「ああ、推薦は受けたし、多分そこの大学には進むだろう。なんせ特待生で授業料免除、補助金まで付けてくれるんだからな、大助かりだ」

 怪我をして以来、猛勉強して成績を伸ばし、全国模試でも50位に入るようになっていた。それでもまだ勢いを落とさず参考書に囓りつき、追われるように問題を解き続け一体どこへ向かっているのだろう。

「足の動かないオレを受け入れる事で、大学にもこんなバリアフリーの良い大学だとアピールしたいんだろ。でもオレはな、こんな『オレ見たいなヤツでも受け入れてやった』 って言う大学をいつか、『このオレが入学してやったんだ』って言ってやりたいんだよ」「大学なんて通過点だ。それに、もし東大を受けて、受かってたら推薦も蹴ってやるよ。

東大の方が生きるのに有利だろ?」

 って、推薦枠を蹴り空けるとか、他の受験生に謝れって思う。羨ましい限りだ。

「そっちだって推薦の話くらいは有るんだろ?野球部関係で」

「ああ、有るんだけどな」そっちは大学野球をする事が前提の話、全国で実力の差を見せ付けられたからな、これからは野球は趣味程度にしておこうと思ってる。

「・・なにか考えがあるのか、なら勉強しかないな解らない所はあるか?」

「だからこうやって男同士顔付き合わせてるんだ、精々オレの成績向上に役に立ってくれよ、相棒」

「友達から相棒の格上げか格下げかは知らないが、精々オレの時間を無駄にさせるなよ?友人」フフフフ・・

 気の置けない友人は図書室で静かに笑う、こう言うときの成績の良い友人はまったく悪い顔をして笑うんだよなぁ。

 こうしてオレは、そのときの自分の成績より少し上の大学に進学し、柊木は結局東大には行かなかった。落ちたかどうかは聞かなかったが、受験票を見せてニヤリと笑ったのは多分どうゆう事なんだ?



 それからおれは大学で地雷付きの病デレ女子を躱し、今も付き合っている彼女に告白した。常坂はなんと乗田と結婚するらしい、乗田はあの後大学野球に進み今ではTVで見るようなプロの世界に入った。『毎日彼女が応援してくれたからがんばれた』だと。高校の先輩の話なんて出ないもんだよ。

 それで友人の柊木は携帯端末の開発とプログラムに携わっているらしい。ああ吉崎は今では知らなヤツがいないくらいの企業家になっている。

 総資本180億を持っているとか、規模で言えば年商6000億とかの企業の幾つかを大株主として名を連ねている。『口出さない株主』ってなんなんだろうな。

 ああ、就職も柊木の話通りだった。こそっと吉崎の資本が入っているが、会社の経営は順調、部署も海外部で部長職に就かせて貰っている。

 英語・・な、柊木の言葉通り毎日忙しい限りだよ。なぁおれは幸せなんだろう?

 そのオレが今から友人・・恩人に話さなければいけない。

「なぁ、どうしたらいい?」

 カチカチと膝のバネと固定器具を鳴らし、松葉杖片手に笑顔を見せる。あの時と同じ笑い顔と少し老けた髪の色、柊木。

「なんだよ幸せ者、子供の相談か?オレにするなよ?」嫁としろ、ヤレヤレとニヤニヤの混ざった顔だ。

「子育ては順調だよ、アイツも高校球児になっちまって、誰の血だろうなプロを目指すとか言いやがって。お陰で私立受験とか無駄だったじゃねぇか」

「良かったな、DNA検査がいらねぇじゃねぇか」こいつには結婚したあと、海外で仕事するオレの相談で嫁の浮気を疑った事がある、結局こいつの推理で解決したんだが、それ以来嫁の相談も受けているらしい。

「最近の悩み事だろ?いつでも聞いてやるよ、ダチだろ?」

・・・あれから何年、オレが会社を選ぶ時も、そのまま黙っていた事も、全てオレの責任なのだろう。そして今までも、これからも変わらないオレの友人。

「なんだよ?オレにすら話せない事か?まさか浮気でもして子供でも出来たか?」

 それなら、それくらいなら、土下座して認知してなんとかするくらいの器量はある、と思う。それ以上におれは、言わなければならない事をオレは黙っている。そしてそれはもう時間が無い、有余が・時間の有余がない。

「・・オレは、おれはお前に言わなければいけない事がある・・聞いてくれるか、聞いてもオレをまだ友人としてくれるのか」

「懺悔や告解は神にしろ、聞かなくても友人は続けられるし、知らなくても友人を軽蔑はしない。それでも聞いて欲しいなら聞くのがダチじゃないのか?」

 多分こいつはこれからの言葉を信じるだろう、たとえ荒唐無稽な事だとしても、そしてそれが自分を追い詰めるとしても。

「オレは、・・おれは高校の時、お前に・・未来のお前に会ったんだ」

 それがオレの最初の言葉だった、未来のお前がした事、そして語った事、お前が事故に遭わ無ければいけなかった事、そして・・

「・・なんだ、そんな事で悩んでいたのかよ。悪かったな、お前に重みを持たしてしまって・・多分そんな事もあるかとは思ってたんだ」すまないな、そう言って柊木は財布を開く、そこには古びて萎れたノートに簡単に書かれた言葉があった。

【誰かを救うには、誰かが犠牲になる】ただ一言。

「多分オレの足は、立花さんの身代わりになったんだろ?」

コクンッ、言葉無く頷くオレに柊木は続けた。

「知ってたさ・・違うか、そうじゃ無いかとは思った・・事が何度かある。まさかこんな遠くでキミに教えられるとは、とんだ答えあわせだ」ハハハハ・・・

乾いた笑い、足の怪我を乗り越え、今では一人者として卒業した大学にだって講義に出る[努力の天才]そうオレ達の同窓生は言う、オレの友人。

「・・オレは、あと数年で過去に行かなきゃ行けないんだよな?そうしないと世界が」

変わるだろう、どんな世界になるか想像出来ないが、多分今とは違う世界だろう。

「ハハハ、このメモを誰が書いたのか、そしてその意味がようやくわかったよ・・親友、ありがとうな。もう良いんだ、お前の重みは全てオレが持つ、きっと未来でオレは立花さんを救い、お前にも安心出来る、このままの未来をプレゼントするよ」

 なんで笑う、なんでそんな顔が出来るんだ!それにオレの未来なんてどうでもいいだろ。「大事な親友の未来、お前と同じ目をして甲子園を目指す壮一くん、今では良い奥さんをやっている旧姓立花さん、乗田くんや常坂さん、吉崎くんも、皆の今が失われるんだ、

どうでもいいって切り捨てるなんて出来ないさ」

「お前!なんで、なんでそんな顔で笑う事が出来るんだ、いつだって、どんな時だって

笑ってたってわかるよ、何年ダチやってると思うんだよオレ達は!」

「・・バレたか、良い親友を持てて、オレは幸せなんだよな。だから皆には内緒にしてくれよ?墓まで持って行ってくれよ?」

 辛い時、痛い時、苦しい時、寂しい時、悲しい時、柊木は笑うのだと言う。

辛さ・痛み・苦しみ・寂しさ・悲しみに負けないように笑うのだと。

「だって悔しいだろ?なんか負けた見たいで、カッコ悪いだろ、負けて泣くなんて・・・でも今の顔は嬉しい顔だ、キミと言う親友がいてくれて、代わりに泣いてくれるなんて」

 そう言うと背中を見せて、歩いて、立ち止まる。「親友、元気でな!」

片手を横に親指を立て、「さらば」と。

 追えるものか、その背中には覚悟と悲しみと決意があった、オレの親友、人生を変えた英雄、お前はオレの友達だ。


「それからは、知っているだろう。柊木は会社を辞め、一人自宅に籠り、有る理論を完成させた。柊木が吉崎に借りたのは20億という大金だ、家族も子供もいない柊木に返せる当てはない、つまりは融資・・投資か。おれが柊木の頭に付いていた機械を外し、壊したのは悪かった、でも折角変えた未来を、今をみんな変えたくは無いだろ?」

 永遠に70歳で死に続け、未来でも過去でもオレを救った親友。おれはようやく85歳だ、お前よりも長く生きたよ。またオレの過去でも親友をしている・してくれているのだろうか。「バカヤロウ、オレより先に死にやがって、多分あの世にもいないんだろ、もう会えないじゃないか!60年前に死んだ親友、お前のお陰でオレは孫にも恵まれ、孫ともキャッチボールをしているよ・・・バカヤロウ」

 頭をおかしくした狂人、努力の天才は晩年狂って頭をレンジした男になっていた。老人の一人暮らしとか。オレの言葉なんてだれも信じない、吉崎は黙ってる。

 でもおれは、ここに残す、オレの親友で恩人で英雄のした事を。誰にも理解されなくてもいい、今の世界が、一人の・・オレの親友に守られた事を、

 辛くても笑って永遠に死に続けるバカヤロウを真似て、オレも笑って死んでやる、

アイツの代わりに幸せの笑いでな。

例えば今ある不幸や幸せが誰かの介入によって変化した状態だったら、誰かの幸せを願った

だれかの犠牲の上で存在するとしたら。

その誰かは私の幸せを喜んでくれているだろうか。

私の不幸を退け、私の知らないところで犠牲になってくれているとしたら。

そんな話と、未来に自分が犠牲になることで今の笑顔が守られると知ったら、

自分はどんな顔で生きればいいか。そしてその時、笑っていけるのか、

怯え震えダダをこね、それでも最後には泣きながら最後のスイッチを押すのだろうか。

そんな彼を知る少年は、どんな気分で彼に事実を伝え、見守るのだろうか。

私にはわからない、でも彼らはきっと答えをどこかで出してくれるのだろう。

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