表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

私はあなたを好きになりたい

作者: アキラ

「私はあなたを好きになりたい」


 とある午後のことだったように思う。


 その言葉は唐突に、ただ、真っ直ぐに僕に投げ掛けられた。


 サラサラと風に遊ばれる長髪は、艶があって美しく、美麗な眉と長い睫毛に飾られた瞳は、僕の心を見透かすように綺麗だった。白皙の肌は、彼女を幻想のように際立たせ、空色のワンピースが、彼女を妖精に仕立て上げた。

 肝心の言葉を紡いだ唇は、薄く紅の色があり、真一文字に結ばれる。


「……君は誰?」


 そんな美しい無表情の彼女との邂逅は、それが初めてのことだった。


「私は……」


 彼女が名乗ることはなかった。もう少し待てば、名乗ったのかもしれないけれど、僕が焦れてしまうほどには、彼女は名乗らなかった。

 でも、僕は名乗っておいた。彼女が僕の名前を呼ぶことはなかったけれど。


「好きになりたいって何?」


「言葉の通りよ。私はあなたを好きになりたいの」


 よくわからない話だ。


 ‘好きになりたい’


 つまり、好きじゃないし、ひどいと嫌いかもしれない。彼女は、笑みを浮かべないけど、そもそも表情筋が微動だにしないから、天然のポーカーフェイスだろうか。

 嫌われる理由もないし、今回は興味を持たれたということで良いのかな?


「僕の何が気になったの?」


「うーん……そうね、オーラ、かしら。雰囲気とか、波動とか、そんな感じの直感?みたいな」


 やはり、表情は動かないが、彼女は楽しげにそう言った。


 しかし、オーラか。僕の何を直感したんだろう?


「ねぇ、映画を観に行かない?」


 唐突に彼女が提案した。


 これに頷いた僕は、馬鹿だろうか。見ず知らずの彼女は、僕をからかってるだけかもしれなかったし、何か新手の詐欺だった可能性だってある。けれど、結果的に僕らの行動は、ただのデートだった。


 彼女のチョイスした映画は、コメディだった。それを彼女は表情を変えずに、観ていた。それがなんだかおかしくて、僕は映画よりも彼女の様子を観察した。

 手元にあったポップコーンは、二人とも手付かずで、飲み物だけがなくなった。その後、公園に行って、ポップコーンを食べた。


 なんのことはない、恋愛初心者のデートだった、と思う。


「ねぇ、おもしろかった?」


「うん、おもしろかったよ」


 彼女が聞いたのは、映画の感想だったと思う。僕がおもしろかったのは、彼女の観察だけど、映画に視線を注いでいた彼女は気づいていないはずだ。


「そう、よかった。……私はあなたを好きになりたい」


「……」


 繰り返された言葉に、僕の返す言葉は見当たらなかった。だけど、なんだか哀しげに見える彼女を抱きしめたくなった。出逢って、まだ、ほんの僅かだったから、そんなことはしなかったけど。


「ねぇ、あなたは私のこと好きになりたい?」


 無表情での問い掛けに、無理に浮かべた微笑が幻視させるのは、僕の願望なのだろうか。


「そうだね、僕も君を好きになりたい、かも?」


「何それ、自分のことがわからないの?」


 無表情に、けれど楽しげに、僕の答えは彼女のお気に召したらしい。


「そうだよ、わからない。でも、これは普通のことだよ。案外、人っていうのは、いまいち自分を理解できちゃいないんだ」


「そう、じゃあ、私はすでにあなたを好きになってる?」


「さぁ?」


 首を傾げる僕に、彼女は怒ったように背を向けた。その背は、哀しげだったけれど、僕が抱きしめるようなことはなかった。


「ワンワン!」


「きゃっ!?」


 しばらくそのままでいたのだけど、公園で遊んでいた犬に吠えられて、彼女が尻餅をついてしまった。


「大丈夫?」


 飼い主の元に走り去る犬を見送りながら、僕は彼女に声を掛けた。


「えぇ、大丈夫」


 そう言って、彼女は僕に顔を向ける。やっぱり、無表情だった。


 だから、僕はこう言った。


「立てる?」


 本来なら、手を差し伸ばすシーンだけれど、そんな気の利いたことができるわけもなく、彼女も頷きながら、普通に立ち上がった。


「ありがとう」


「いいよ」


「あなたは、優しすぎるわ」


「じゃあ、僕は君のことが好きなんだ」


 彼女の背後から日の光が差していた。


「ふふ、そうね。私もあなたが好きになった、いいえ、一目見たときから、好きだった。もう少し、早ければ、良かったのに」


「さようなら」


「えぇ、さようなら」


 彼女は笑みを浮かべたのだろうか。


 スッと消えてしまった。


 僕は綺麗な花を摘んで、彼女と出逢った電柱の下にそっと横たえた。

 そこは、僕の幼馴染みが、小さな頃に事故で亡くなったところだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ