鎖
睦月さんが手を振っている。
満面の笑みで、防犯カメラに。
侵入というのは証拠を残さないようにコソコソとやるものではないのか。どこぞの大怪盗の孫でもあるまいし。
(それなのになんで堂々と手を振っているんだろう…。)
あの人の生体が謎すぎる。
というか、侵入経路を確保しろと言う話だったんじゃなかったんだろうか?
それとも、僕が寝ている間に侵入を済ませていて、セキュリティのもっと、厳重なところへ…?
「なにしてるんですかぁ〜?」
「ぅあっ!?」
突然耳元で囁くように聞こえた少女の声に驚く。
ジャラジャラと鎖が擦れる音が部屋に響く。
驚いた拍子に僕はパソコンが置かれたミニテーブルに膝を思いっきりぶつけた。
「ッぅ…。」
「えぇ〜?そんなお化けみた、みたいな反応は酷いですよぉ〜、師走君。」
クスクスと笑った少女、如月さんがそこには立っていた。
「あ、それぇ菅原邸の防犯カメラですよねぇ〜?睦月すごぉい、もう侵入したんですねぇ〜!流石我らがナンバーワン、パパの右腕ってな感じですぅ〜。それも愛のなせる技なんですかねぇ〜?」
如月さんはからかいの色を瞳に宿してこちらをのぞき込んだ。
「な、何をしにここに来たんですか…?」
少し言葉を突っ返させながらそう問うと、如月さんはあっけらかんと言い放つ。
「パパに頼まれた監視ですよ監視ぃ。まぁ私としてはぁ?一応の恩人なのでぇ、睦月の手伝いをせずに師走君が逃げようと放っといてあげるつもりだったんですけどぉ〜。睦月が失敗して捕まったり殺されてもぉ〜どうせパパの事やここの事をバラしたりしないでしょうしぃ?」
“捕まったり殺されても"と彼女はいとも簡単に口にする。
その声に、人の死に対する一切の感情が伝わってこない。まるでそれが取るに足らないどうでもいいことのような口ぶりで。
ただの変わらない日常を語るような口調で。
何故、そんな簡単に割り切れる?
「仲間じゃ…なかったんですか?」
声が震える。
「なんで、そんなに簡単に死んだらとか、捕まったらとか…言えるんですか…?」
本当なら、感情に任せて言葉を発するべきではない。なぜなら僕は今、監禁されていて。
ここにいる人達がいわゆる一般人ではないであろうことが、わかっているから。
加えて、僕はそう深く睦月さんと関わってきたわけではない。行き倒れていたから助けただけの迷惑な居候…ただ、それだけだ。
けれどなぜか、口をついて出たその言葉は自分でも驚くほど感情的なものだった。
それを聞いた如月さんは、何を考えているのかよくわからない一見人畜無害そうな笑顔を浮かべた。
「ってかぁ、ずっとこっちに手振ってる睦月の事、放っといていいんですかぁ?部屋のロック解除して欲しいみたいですけどぉ〜。」
「…。そう、ですね。」
これ以上の言及はせず、おとなしく引き下がって睦月さんのいる部屋の奥の電子ロックを解除した。
すると睦月さんともう一人がその奥へと入っていったのが映る。
なんだか踏み込んではいけない領域に来てしまったようなこの感覚は久しぶりだった。
「脱出自体は多分大丈夫なのでぇ、もう私帰っちゃいますねぇ〜?バイバイ、師走君!」
そう言って如月は来たときと同じく気がつくといなくなっていた。
「あっ!またこの鎖の…!?」
事を頼むのを忘れた。
言いかけて、僕は鎖のある床の方を見下ろす。
「あれ…?」
するとその鎖は途中で途切れていた。
僕は晴れて自由の身になったのだった。