強要
なんとしなきゃと思い、僕はなんの気なしにパソコンを立ち上げてみた。
すると立ち上がったパソコンのデスクトップに、『愛し子ちゃんへ♡』なんていう動画ファイルが貼られていた。
「何だこれ?」
いや、誰に聞くまでもなく、わかっている。
こんなことをするのは決まって一人しかいない。
まず、間違いなく、睦月さんだ。
「何してんですかあの人は…。」
残念美女にも程がある。
なんであんなに綺麗なのに中身がこんだけ残念なのか。
そして、僕をここに縛っておく意味は果たしてあるのか。
いろいろと疑問が残るのだが、とりあえずファイルを開いてみた。
『あ。やっと来たわねー?遅いよ師走ちゃん!』
まさかのライブ中継とは思わなかった。
「…睦月さん。早くこれ外してください。何してくれるんですか?ただの誘拐ですよこれ!!」
僕が叫ぶと、睦月さんはケラケラと笑ってこういった。
『嫌よ!…っていうか、これただの録画だから、話しかけられてもなにも答えられないんだけどね?』
ならなんで絶妙なタイミングで返事ができるのかとかっていう疑問は放置することに決めた。
あの変人に常識を求めるだけ無駄だ。
『あー…それでねー師走ちゃん。お願いがあるんだけど…。ちょーっと侵入の手助けをして欲しいのよね。私実は、今菅原邸に来てるのよー。そこから情報盗んで来いって言われちゃってさー?だからお願い〜。侵入経路確保して?』
そう言って、おねだりのポーズをとる睦月さん。
憎たらしいことにとても可愛らしいのだが、監禁しておいてなぜおねだりを聞いてもらえると思うのだろうか。
ちなみに菅原邸というのは、大手株式会社の社長がこのn区に持っている別荘のことで、なぜもっと安全な場所に別荘を持たなかったのかと僕は不思議でならなかった。
それにこの【ノアの方舟】とかいう怪しい組織が関わっているなら僕は関わりたいと思えない。
嫌ですよ、僕はもうハッキングやらなんやらはしませんって。
そう心の中で反論すると、睦月さんはやっぱり僕の行動を見透かしていたようで、二ヘラっと笑った。
『このお願い、聞いてくれなかったらその金色の腕輪から毒針刺してあげるから。まぁ、安心して?ただの麻痺毒だからさ♡』
「はぁ!?」
思わず声を上げて睦月さんを睨むが、動画に怒ったところでどうしようもない。
『じゃあ宜しくね〜♪』
そう言って、彼女はカメラに近づくと手を伸ばした。
そして画面は真っ暗になる。
それをしばらく呆然と見ていると最後に一瞬だけかすかに音を拾う。
『逃げて』
そう言う切実な睦月さんの声を。
映像はそこで終わった。
逃げろ?ってどういうこと?
元々僕をここに連れてきたのは睦月さんじゃないか。
そして、僕は自分の腕をみた。
鎖に繋がれた腕輪は、間違いなく金色なんかじゃない。
銀色だった。
金色の腕輪なんてどこにもない。
なんだかすごく嫌な予感がする。
そういえば。彼女は僕を『真琴ちゃん』とは呼ばなかった。
ここで教えられたコードネーム?の方で呼んでた。
ここに連れてきた時は真琴ちゃんって普通に呼んでたのに?
呼んだ本人が逃げてなんて言うのはどう考えてもおかしい。
パソコンを調べてみる。
パソコンのカメラ越しに監視する程度の罠は仕掛けられているようだ。
(いや、ここじゃ大して珍しくもないけど…。
閲覧履歴だけはダミー情報流そう。)
流石に、全部筒抜けというのもアレだし。
よし。
「ったく。今回だけですからね!睦月さん!」
今回は本当に困ってるみたいだから、助けたらさっさと帰って会社行かないと。
「早く終わらせて、これ外してくださいよ。」
僕は、セキュリティシステムにハッキングを仕掛け始めた。