侵入者と不運
僕の断末魔がこれでもかと響きわたったその頃。
僕の部屋のドアはめちゃくちゃにこじ開けられていた。
…こじ開けたというよりも木っ端微塵に破壊されたという方が正しいのであろうが。
破壊したドアの破片をぽいっと投げ捨てると、屈強そうな男は舌打ちをする。
「チッ…逃がしたか…。あのクソ女…ただじゃおかねぇ…。」
ドアを破壊すること自体はきっと人間にだって不可能ではないだろうが、その壊し方はこぶし一つでという、常人には中々出来もしない芸当である。
「まーまー落ち着いてよディスト〜てか、何、人んち壊してんだよ〜。姐さんに怒られても俺知らないからね〜?んでどう?いた?僕らの獲物。」
遅れて室内に入った男は、ディストと呼んだ男の後ろから顔を出し、室内を見回す。ブカブカな上着の袖口から手が出ることはなく、その状態で手をプラプラさせる。
「あっちゃ〜逃げられたかぁ〜。まぁ。多分窓から出てったってことでしょ〜だったら準備もまともにせずにいたんだろうねぇ…。なんたってご飯もまだまだホッカホカだもの〜。」
そう言って机の上のご飯を食べている男にディストは呆れ顔。
「アウラお前…何普通に飯食ってんだよ…人んちだぞ。」
「いや、それディストが言う??ドア破壊したの誰でしたっけ〜?」
「っるせぇ!俺は…!弁償すっからいいんだよ!!!」
「はーい言質取った〜、給料天引き〜ボスに報告〜。」
「なっ!?」
楽しそうに笑うアウラに、ディストは床に手をついて項垂れるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ★
自分の部屋でそんなやり取りが行われてるとはいざ知らず、14階から紐なしバンジーをした僕は絶賛気絶中だ。
きっとアホみたいに口を開けて白目を向いていた事だろう。
「…たく、一緒にいるとほんとに飽きないなぁ。真琴ちゃん。」
そう言いながら、睦月さんは笑った。
ゆさゆさ。
なんだろ、何故か揺れてる。
そして何かが乗ってるような…苦しい…。
「ちょっとーどっからさらってきたのこんな可愛い子〜。」
「ついさっき、家から???」
「え、何そういう関係!?彼女さん???睦月先輩、やるぅ〜!俺にくださいこの子!!」
「だーめ、私のお嫁さんだから♡あ、ていうかこの子男の子よ?」
「うげぇ!?俺男は勘弁っす…。あ、でもこの子可愛いからありかも…。」
何やらとても不愉快な会話が聞こえる気がする。
男の声と女の声?
片方には…すごく聞き覚えがあるような…。
ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと目を開けると、少しでも動けば口が、触れてしまいそうな距離に睦月さんの顔があって。
目を閉じて段々と迫る口が…。
「ってわぁぁぁぁっ!?」
一瞬で飛び退く。それと同時にベッドから転がり落ちた。
「あら。ざーんねん。起きちゃったぁ…。」
睦月さんはいたずらっ子の笑みを浮かべて舌をぺろりと覗かせる。
「なななはな!?」
「睦月先輩ーなにしてんすかー。俺だけじゃなくて他の人だって見てんすよー、如月ちゃんとか、顔真っ赤にしちゃったじゃないすかー。」
その声にハッとなって周りと見渡すと、僕を取り囲むかのように数人が立っている。そのうちの一人が目元を手で覆い、きゃーと騒いでいた。
なんだこれ、ドッキリか?
ドッキリにしては大掛かり過ぎやしないか?
紐なしバンジーとか…冗談じゃ…。
「睦月さん!?僕生きてますよね!?ここ天国だとかいわないですよね!?地獄!?地獄なんですか!!!?」
僕が睦月さんを掴み強く揺さぶる。
すると睦月さんは、ニヤリと嫌な笑い方をしたあと、
「そ、そんな激しくしないでよ真琴ちゃん…。」
と言った。
誤解を招く言い方はやめてほしい。
「誤解を招くような言い方はやめて下さい!説明してください。何がどうなって僕はこんなとこに居るんですか!!!」
「ぷっ…ふふふ…あははははっ!真琴ちゃんホントに面白いなぁ。とりあえずほら、君ここでは皆初めましてなんだから、挨拶しなさい?」
そう言われて、つい社会人の癖でポケットから名刺入れをだし、名刺を差し出す。
「あっ失礼しました…私、株式会社〇〇に務めております、白井真琴と申します!宜しくお願いします……って何やらせんじゃぁボケェ!!!」
思わず面子遊びをするときのように名刺を床にペシッと叩きつけてしまった。
僕を囲んでいた人達は、顔をそむけて震えている。
「はー…もうだめ…。く、…ふふふ…くるし……。」
睦月さんは目に涙を浮かべながら笑い転げている。
見れば震えている皆さんも笑い声が漏れているではないか。
いたたまれなくなって僕が俯くと睦月さんは笑いながらこう言った。
「ふふ…ふ…お、面白いでしょこの子…。こ、この子私のパートナーにしたいんだけど…ふっ…くくく…いいかしら???」
睦月さんがそう言うと、一人の男性が意義を唱える。
それは長身で難しそうな顔をした目つきの悪い男だった。
「そいつ。面白いやつだというのはわかった。だが、【ノアの箱舟】に芸人はいらない。」
ピシャリというと、周りも(笑いすぎて)涙ながらにうんうんと頷いている。
すると睦月さんは笑みを消し、冷めた表情でその男の方を見た。
感情を抜け落ちたようなその顔に僕を含めた全員の背筋をゾクリと何かが通り過ぎていった。
「あら?皐月。あなた…この私が、ただの無能をこの組織に入れるとでも思っていたの?」
「い、いや、決してそのような事は…。だが、睦月。俺はそいつをよく知らない。だから、入った時のメリット等は知りたいと思うのは当然だ…ろ?」
心なしか、皐月と呼ばれた男の体は小刻みに震えている。
頑張れー頑張ってくれー悪いが僕は面倒ごとは嫌いなんだ。もう一回刑務所なんて行きたくもない…。
その言葉を聞いた睦月はニコリと微笑む。
「この子はNoahプロジェクトの要であり、伝説級のハッカーとして名をはせた『harpist』よ。」
「「は、はぁー!?」」
一同の驚く声が聞こえる。
そりゃあそうですよねぇ、僕の小さい頃のいたずらのハンネなんて知るわけ…。
「あの、警察の極秘情報を盗んで汚職事件を明るみにした!?」
「そうよ。」
「銀行強盗事件二人の情報を警察に、流して逮捕させたっていう…?」
「そうね。」
僕の事はどうやら知っているらしい…。
「い。いやぁ〜馬鹿言っちゃいけねぇっすよ睦月先輩…。あれだって一番初めは10年も前の事件っすよ?この子当時何歳っすか。ありえねーっしょ。」
周りはコクコクと頷いている。
よし、これは僕はこんな組織とは関わらなくて済むかも!?
「ソ、ソウダヨー。僕ナニモシテナイヨー。」
恐ろしくカタコトになってしまった。
「11の時ね?真琴ちゃん今21だし。」
僕のプライバシーって…一体…。
ゲンナリしている僕とは違って睦月さんはなんだか誇らしげだ。
「どうだ見たか!我が嫁の力!!」などと言う幻聴が聞こえてきそう。
「そ。そんなまさかぁ…。何かの間違いっすよー睦月先輩ー。」
そう言って苦笑いを浮かべる男に、睦月はにこやかに言う。
「そんなに私の言葉が信用できないのかしら水無月???」
水無月と呼ばれた軽薄そうな男は、軽くひっと悲鳴を上げた。
可哀想に…。
「まぁ…いいわ。ここで見せてもらいましょうか。真琴ちゃんの力。」
「そんなのお断りしま…」
「きゃっ!?」
僕が断ろうとした瞬間。後ろの方で悲鳴が上がる。
そちらを見ると球体の中に如月と呼ばれていた少女が、閉じ込められているではないか。
「睦月何を!?」
皐月の焦った声。
睦月さんはポケットからリモコンのようなものを取り出すと、スイッチを押した。
それと同時に、彼女の閉じ込められている球体の中に徐々に水が溜まっていくではないか。
「さぁ…真琴ちゃん?ここのシステムに侵入して、この中の水を止め、彼女を救い出してみて!彼女の身長からして、おそらく10分が限界かしら?それ以上かけると彼女、溺れ死ぬわよ?」
そう言って、制御する為のリモコンを彼女は叩き折った。
中途半端なとこで終わっちゃってごめんなさい!
真琴君…なんかもう…いっそ女の子に生まれ変わってきて…。
それはさておき次回へ続きます。