恋の話。
よろしくお願いいたします。
「外交官になる?」
夕食の他愛ない会話が切っ掛けだった。
娘メルサもそろそろ16歳になり、結婚に向けての話を進めようと切り出した答えがこれだった。
「はい、お母様。国のために働きたいのです」
国のため、よりも自分の力がどれ程のものか試したいと言うのが、正直なところなのだろう。娘の言葉を更に深読みし、ため息をつく。
12人産んだ子供達の中でも、末っ子のメルサは昔から他と少し違った。
頭が良く、お人形よりも本を好み、花よりも世界地図を愛でるような幼少期。
親としても、12人もいればこんな子も一人くらいはいるかと好きにさせてきたが、公爵家の令嬢が働くなど前例がない。
「外交官は、国の仕事の中でも就くのが大変だと聞きます。女の身で可能だと思っているのですか?」
単純に学園の中でも難しいとされる教科を、10以上合格しなければなれない外交官は、最難関と言っても良い。
「外交官必須科目は、既に7科目全て首席で合格しております。残りも今年中に合格できるかと……。大学に進もうかとも考えたのですが先に働いてみるのも面白いと思いまして」
そうだった。この子は学園の令息達を差し置いて、自ら難易度の高い授業を選択し、その殆どを首席で合格していたのだった。
「あなた、結婚はどうするのです?婚約者になんと言うのですか?」
3年前に学園入学と同時に娘は婚約していた。
学園で悪い虫が付く前にと、ごくごく普通に手順を踏んで相手方の釣り合いも充分な婚約だった。
「あの方は先日、自分よりも背の高い女は嫌だ。成績の良い女は嫌だと仰って婚約を破棄したいと申し出てこられました」
全く傷ついた様子もなくさらりと言い放つ娘を見て、また深いため息が溢れる。公爵家と釣り合いの取れる家柄故に、娘の婚約者はプライドが高い男だった。
確実に娘に惚れていると言うのに身長も成績も娘の方が上では立場がないので、思わず口走ってしまったのが真相だろう。
娘は恋を知らない。
婚約者の見栄やプライドは、私から見ればかわいいものだったが娘は言葉通りに受け取り、納得してしまうのだ。
「相手方からはまだ何も連絡は来ておりません。しかし、あなたの好きにすれば良いわ。それだけの力があなたにはあるのだから」
12人の子供の中で、一番優秀な娘は礼儀作法も成績も身長も容姿も人並み以上で、既に社会で戦う武器は身に付いている。自分よりも賢く、そして自分よりも新しい時代に生きる娘の邪魔はしたくなかった。かつての自分の母親の様にはなりたくない。
それでも……ねぇ……。
一度くらいは『恋』してみれば良いのにと母親のヒルダは三度目のため息をついた。
学園の昼休み。
食堂の中庭で一人、メルサは分厚い本を広げ読書に耽っていた。
運ぶだけでも重たい本だが、せっかく経済学の教師が貸してくれたので次の授業までに読んでおきたかった。
半分ほど読み進めた頃、辺りが俄に騒がしくなる。
「あのっこれっ刺繍の授業で作ったのですが……!」
「私はお菓子を焼いて来ましたの!」
「あっあの今度歌劇を見に行きませんか?」
きゃいきゃいと淡い色の服を纏った、メルサから見ても可愛い令嬢達が一人の令息を囲んでいる。
学園では数少ない、メルサより背の高い彼は、今年入学してから令嬢達の注目の的であった。
装飾品の少ないシンプルな服装。
色素の薄い金髪に神秘的な紫の瞳。
誰にでも優しく、丁寧に接する柔らかい性格。
何よりも綺麗に整った顔が笑うだけで、ぶわぁと背後に薔薇の幻影が現れる美しい人。
そんな彼が、押し寄せる令嬢達から救いを求めるように周囲を見渡し、私を見つける。令嬢達に丁寧に断りを入れてから、嬉しそうに此方へ近付いてくる。
「こんにちは!メルサ様。何を読んでいるのですか?」
彼の背中越しに見える令嬢達の目が恐ろしい。
可愛い令嬢の笑顔が一瞬で冷たい視線に変わるのは、何度見ても背筋が凍るような感覚を覚える。
「経済学の先生からお借りした、我が国の貿易に関する本です。……少し、著者の主観が入り過ぎているようにも思えるのですが、とても参考になります」
すっと本を閉じ、本の題名が見えるようにすると彼の表情が明るくなる。
「わかります!先日私も拝読しましたが、少々王国を持ち上げ過ぎなところが気になりました。私が知りたいのは貿易相手国の様子だったので物足りないと感じて……っ失礼」
先生に借りた手前参考になると言ったメルサの本を、貶したような発言をしたことに気付き、謝ってくる彼に苦笑する。
「いえ、私もまだまだ勉強不足ですので、良い本があればご紹介下さい」
今度、是非とも一緒に図書館へ参りましょうと約束を交わしているところに不機嫌な婚約者が現れた。
「婚約者のいる身で男と二人で図書館とは、呆れた行動だなメルサ」
彼と話をしていると必ずと言っても良い頻度で難癖をつけてくる。
盗み聞きは彼にとって呆れた行動には入らないらしい。
「オリヴァー?学生の本分は勉強です。学ぶことに男も女も無いでしょう?それに私、先日婚約破棄されませんでしたか?」
図書館で勉強や読書以外に何をするというのか……。毎度の事ながら婚約者であるオリヴァーの言葉は、理解できない。
「お前っまさか婚約破棄のこと、親に言ってないだろうな!」
焦った様にオリヴァーが聞いてくるが、今朝、話したところだ。
あの時の勢いなら、その日のうちに家に連絡があるかと待っていたがオリヴァーは何も言ってないのだろうか。お互いに破棄するならば、早い方が良いと思うのだが。
言っては駄目でしたか?と首を捻った私を見てオリヴァーは頭を抱えて座り込む。
「それで、こいつなのか?スチュワート家では家格が釣り合わんだろう!」
ぶつぶつと一人呟いたあとに立ち上がり、顔を真っ赤にして彼を指差す。
「しかし、私より身長が高く、成績も同じ授業をとっていないので上かはわかりませんが、優秀だとお聞きしております」
この話の脈絡で何故、スチュワート家の家格が出るのかわからないが、オリヴァーが言った婚約破棄の理由で比べれば彼は申し分ないはずなのだ。
サーっと真っ赤だったオリヴァーの顔が青くなり、別れの挨拶もなしに肩を落とし去っていく。なんだったのだろう?
「あの?メルサ様?婚約破棄とは?」
おろおろと彼にしてみれば珍しく慌てている。
「アーバン様は気にしなくても良いですよ。こちらの話ですので」
この時を境に、瞬く間に私の悪評が学園中を駆け巡った。
婚約者を捨て、見た目の良い男に食い付いたビッチだとか。成績が良いのを自慢して男を見下す巨女だとか……。
悪評は、私という人間をただ傷付けるためだけに広まり、名前も顔も知らない誰かが私に酷く傷つけられた被害者だと声高に叫ぶ。
ビッチなんて言葉、初めて聞いたのでうっかり辞書を引いてしまった。載って無かったけど。
この悪評に対して、アーバンはしきりに謝ってくれたが彼のせいでもない。
時が経つにつれ、事態は収束するどころかどんどん酷くなり、小さな嫌がらせや、蔑むような視線が増えた。
そのおかげもあってか、速やかにオリヴァーとの婚約破棄が認められた。
公爵令嬢が婚約者も無しに16歳を迎えると言うのに一枚の肖像画も届かず、夜会でも誰一人声を掛けて来ない。
アーバンが私を心配して色々と気遣ってくれてはいたが、彼が私と関わる度に、より酷い噂が流れることに気付いてからは話す頻度も減っていった。
学園中の人間に嫌われていても、私の成績は変わらなかった。
全ての教科で一番を取り、外交官といわず国の宰相にもなれるほどの成績を叩き出していた。
母も、もっと上手くやれば良かったものを……とは言うが相変わらず好きにさせてくれる。
母から教わった礼儀作法と常に首位の成績を盾にして、堂々と学園に通ってはいるが、いちいち流れくる私への悪評に傷付いていない訳では決して無かった。
たまたま勉強ができるからって何様なんだ?
デカくて、色気も魅力もない。
男好き。
性格ブス。
目付きが悪い。
勉強ができるのはそれなりの努力をしたからだ。
身長が高いのも自分ではどうも出来ない。
色気や魅力の出し方なんて教科書には載ってない。
男好き……?単に取っている授業が男しかいないだけなのでは?
性格は、悪いのかもしれない。
目付きが悪いのは…………。
毎日、毎日人から嫌われ、蔑んだ目で見られ、バカにしたように笑われる。
もう、疲れた。
私は、どこを間違った?
私が何をした?
悪評は、学園に留まらずに社交界の隅々まで行き渡り、『マナーの鬼』とまで呼ばれた母にすら私の素行について口を出す者まで出てきた。
人の悪意が重たくのしかかってくるようだった。
いつしか、楽しかった勉強すら楽しくなくなった。
それでも手を緩める事なく努力したのは、自分の価値は勉強しか残されていないという強迫観念に襲われていたからだ。
ああ、今年も教科の合格発表の日が来てしまう。
一年で一番、悪口を言われる日。
一年で一番、平気な振りをする日。
一年で一番、死にたくなる日。
私が貼り出された成績を見に行けば、それまで賑やかに騒いでいた人垣が、静まり返って割れる。
掲示板までに出来た私から一直線の道を、なけなしの根性で必死に平気な顔を作り歩く。
ひそひそと聞こえてくる悪口に気付かない振りをして。
ああ、今年も一番だ。
最難関の魔物学上級ですら、一発合格の首席合格だ。
入学したての頃、女は良いよなぁ簡単な授業だけ取っていれば卒業できる。と言われたものだった。
男は良いですね難しい授業を受けられる上に言い訳が沢山あって。
あの時はまだ、言い返せる強さがあった。
今では、そうやって面と向かって話かけてくる人間すらいなくなった。
いつもギリギリ聞こえる悪口がひそひそ囁かれるだけ。
ここにいないかの様に扱われるだけ。
もう誰も、私の名前など、呼んではくれないの…………。
「メルサ・サリヴァン公爵令嬢!」
人垣の中から、大きな声で名前を呼ばれる。
声の主と私の間の人垣が割れ、一直線の道ができる。
いつ以来かわからないくらい久しぶりに私を呼ぶ声に、人垣から悪口が消え、私よりも、アーバンよりももっと背の高い一人の令息が少し顔を赤くして、できたての道をずんずん進んでくる。
丁度私の前に立ち止まると彼を見上げる形となり、その背の高さに戸惑う。
自分がアーバンの周りを付きまとう、あの小さな華奢な令嬢達にでもなったかのような錯覚さえ覚える身長差。
……とうとう私の嫌われぶりは、実力行使に出るほどに達したのだろうか。
大きく、がっしりとした体格の彼に殴られでもすれば、流石に無傷ではいられないだろう。怪我をした私を見て、彼らは喜び笑うのだろうか。
意識的に彼が息を吸うのを見て、反射的に目をつむり身構える……が。
「俺と!結婚してください!!!」
彼から出た言葉は意外な一言だった。
がばぁっとそのまま土下座姿になる彼を、今度は見下ろすことになる。
「……?え?」
「俺の嫁さんになって下さい!!!」
土下座のまま、耳たぶまで真っ赤に染め上げた彼が、一際大きな声で叫ぶ。
それは、教科の合格発表に集まった全ての人に聞こえる程の声だった。
「な……んで?」
頭の回転の速さには自信があったが、この時だけは、全く回らずに口も上手く動かなかった。この学園中に嫌われている私に対して何を言っているんだろう。
「好きです!大っ好きです!一目見た時からずっと…………」
額に砂を付けたまま、真っ赤な顔で見つめる彼の瞳はアーバンと同じ紫色だった。
「れっレオナルドー!お前何やってんだよー!」
「俺ら言ったよな?告白はしても良いけど時と場合を選べって!」
「ちょっほらっ立てよ!メルサ嬢めっちゃ困ってんじゃんか」
わらわらと彼の友人らしき人達が彼の周りを囲む。
時折、私を見て謝る素振りをしながらレオナルドと呼ばれた彼を立たせている。
「にっ兄さん!?」
遅れてアーバンも現れ、彼の言葉でやっとこの大きな人物が誰なのか見当がつく。
「あ、あの?あの方は、アーバン様のお兄様ですか?」
助けを求めるようにアーバンに尋ねると友人達から、また、声が上がる。
「ほらー、メルサ嬢お前の事知らないじゃんか!」
「俺らとは違ってスゲー難しい授業しか受けてないんだからな?」
「まずは夜会で自己紹介からだって言っただろ?」
「もしくは知り合いに肖像画渡してお見合いセッティング頼むとかな!」
「「「それな!」」」
口々に遅すぎるアドバイスを言っては、少しジャンプして背の高い彼の頭を叩いている。
暫し黙って友人達の攻撃を受けていた彼が、意を決したようにまた、私の方へ一歩進み口を開く。
「スチュワート領、スチュワート伯爵家の長男、レオナルド・スチュワートと申します!結婚してください!!!」
目の前にいるのだからそんな大きな声で言わなくても……。
それに、結婚?……?
「だーかーらー!何で急に結婚申し込むんだよ!」
「まずは、お茶誘えって言ったじゃんかー」
バカにしているのではなく、友人達は友人達で必死で彼に突っ込みを入れている。
「いや、だから、前も言ったけど、俺が彼女としたいのは、お茶じゃなくてだな、結婚がしたいわけで……」
「物事には順序って言うもんがあるんだよ!」
「お前、靴の上から靴下はくのかよ!」
「?そんな訳無いだろう。靴下が先だ!」
「だからそういう事なんだよ!」
友人達の突っ込みは留まることを知らず鋭く繰り出され、彼は彼で絶妙な間でボケている。
何が何だか分からず隣のアーバンを見上げ、救いを求める。
「申し訳ありません、メルサ様。どうやら兄のレオナルドが貴方に一目惚れしたようです」
困ったように笑うアーバンの言葉で、ようやくレオナルドが嘘もからかいもなく私に告白をしてきたと理解する。アーバンは嘘をつかない。それはこれまでの付き合いでよくわかっている。
それにしても、未だに顔が赤いまま友人達に突っ込まれているレオナルドを見て思う。物好きも、いるものだな……と。
「とんだ物好きもいたものですわね!」
人垣の中から同じ意見が放たれる。
「こんな男好きのビッチに結婚を申し込むなんて!誰の子が生まれるかわかったものじゃないわ!」
見れば、アーバンを追いかけていた令嬢が意地の悪い顔で此方を見ている。
周りにいた令嬢も、令息も思い出したかの様にまた、私の悪口を言い始める。
勝手に視線が下がり俯いてしまう。アーバンが労るように背中をさすってくれるが、私の戦意はほとほと擦りきれていた。
令嬢の声に首を傾げながら、レオナルドがそちらへ向かう。
本日三本目の道が人垣を割ってできる。
「男好きのビッチって言うのは、婚約者がいるのにアーバンに刺繍やら、菓子やらを無理やり渡してる君たちのことじゃないの?」
バッと令嬢の顔に赤みが差し、泣き出す。
「なんて!なんて酷いことを!」
「ん?俺は事実を言っただけで、酷い嘘を彼女に言ったのは君たちだよね?」
泣き出す令嬢に、怖じ気付く事なくレオナルドが本当に理解できないといった表情で返す。
「そもそもあんな!背の高い女など何の魅力もない!」
令嬢を庇うようにして、隣にいた令息が私を指差して叫ぶ。
「……?いや、背は、お前がちっこいだけだろう?魅力ってあの掲示板見えないの?全教科一番。勉学が主である学生の中でも一番魅力的なのは彼女だよね?」
え?バカなの?とでも言うようにレオナルドが令息を見る。
「勉強が出来たって女として終わってるのよ!あの性格ブス!目付きが悪いし、色気もないじゃない!」
別の令嬢が声を時おり裏返しながら叫ぶ。
「めちゃくちゃ可愛いじゃん?あの真っ直ぐな金髪も薄い緑色の瞳も。性格だって君達にこんなに悪く言われても、彼女からは一言も悪口なんて聞いたことないし…………色気って…………はぁ、おっぱい出すだけが色気と思ってるなら品が無さすぎるよ?おっぱい出して、足出して?布の面積減らして見せびらかしても、ついてくるのはアホだけだからね?アーバンとか絶対そんなんじゃ無理だよ?色気っていうのは、メルサ嬢みたいにきっちりと品のあるドレスから覗くうなじとか、完璧な所作から漂う雰囲気とか、すっと下を向いた時の影のある横顔とか、夢中で本を読み終わったあとの満足そうなため息とか、風の悪戯で一瞬見える細い足首とか、君たちみたいにパンツまで見せちゃ駄目なんだよ!?大事なのはチラリズムであって…………」
「おーいレオナルドー帰ってこーい」
「エロの話だけ、具体的かつ長すぎるぞー」
「それくらいにしとかないと既にメルサ嬢ドン引きだぞー」
「だから、そんだけ観察する前にお茶誘えって言ったからなー俺は!」
友人達が遅めの突っ込みをしてレオナルドを正気に戻す。
はっと自分の発言にまずいところがあったと気付きレオナルドがギギギギギギと首をメルサの方へ向けると、真っ赤になったメルサが両手で顔を隠している。
…………何あれ?可愛すぎだろう!反則だ。強気な彼女から真っ赤に照れるあの仕草!あれだよ!あれ!なんで皆あの可愛さに気付かないんだ!?
「知ってるよ全部!!」
人垣から、メルサの元婚約者のオリヴァーが声を上げる。
「いつだって彼女は、努力していた!だから、俺も勉強したし、牛乳も飲んだ!」
牛乳?一瞬ざわっとしたが皆、オリヴァーの言葉に耳を傾ける。
「だけど、俺の努力なんて嘲笑うかの様に彼女は、メルサはぐんぐん俺との差を広げていくんだ!婚約者より、背が低くて成績の悪い俺の立場がわかるか!?」
メルサの目から見てもオリヴァーは頑張っていた。メルサには勝てなかったが、常に成績は二番手を守っていたし、学園の運営にも関わってそれなりに人望もあった。
それを、メルサが壊したのだ。
オリヴァーも頑張っているからと自分も努力し、勉強した。身長が高いのはコンプレックスだし、高いヒールの靴なんて履いたこともない。
そもそも自分より背が低くて何が悪い?オリヴァーはオリヴァーだ。最近では、文句しか言われて無かったが、本来は優しい人だった。
二人が頑張れば、頑張るほど皮肉なことに差は開き、オリヴァーだけが荒んでいった。
「うん。仕方ないなそれは」
オリヴァーのもとまで進み、レオナルドはポンと彼の肩に手を置く。
「君の器が小さすぎたんだよ。俺なら好きな女が俺よりデカくても、頭が良くても余裕で愛せる」
慰めるかと思いきや、親指を立ててグーと良い顔で笑う。メルサの元婚約者のオリヴァーに、レオナルドは追い討ちをかける。
「うおーい!レオナルドー!お前よりデカい女どころか男も、今のところ会ったことないぞー!」
「魔物学上級、一発首席合格の彼女と比べるなんておこがましくないかー?お前、二年連続で魔物学初級落ちてんぞー!」
またもや友人達の突っ込みが入る。
「え、!?嘘だろ!?魔物学初級落ちてんの!?親父に殺されてしまう!え、!?本当に?本当に?」
まさかの情報に掲示板まで走って帰ってくる。
落第者の欄に自分の名前があることを確認したレオナルドが頭を抱える。
魔物学の合格なくしては、領を継ぐこともできない。
卒業までに上級に合格しなくてはならないのに、初級で既に躓いている。
あまりのレオナルドの絶望した様子に、思わずメルサは声をかける。
「あ、あの?大丈夫……ですか?」
魔物学が合格できずに30歳を過ぎても学園に在籍している令息も少なくはない。魔物学は難しい。
こう言っては失礼だが、アーバンの兄と思えないくらい勉強が苦手そうに見える。
ぐわっとレオナルドはメルサの手を取り、懇願する。
「頼む!メルサ嬢!魔物学を俺に教えてくれ!領を継ぐ為には絶対に必要なんだ!このままじゃ縁切られてしまう!」
顔も声も切迫し、見捨てないでと必死の様相とは裏腹に、握られた手だけは壊れ物を扱うかのような優しい力加減であった。
「はっはい。私でよろしければ……」
勢いに負け、思わず返事をしてしまう。
こんな風に素直に助けてくれと言われたことなんて、なかったかもしれない。
レオナルドの後ろで友人達がお互いの顔を見合せ、にまーと唇の端を上げていく。
「っっっっっよく言ったレオナルド!それが正しい順序だ!」
「励め!レオナルド!魔物学上級が合格できたら告白だ!」
「千里の道も一歩からだレオナルド!合格出来ないと告白できないぞー!」
「っっは?なんっでそうなるんだよ!毎日好きって言えねーじゃん!!」
「「「「毎日好きって言うつもりだったのかよ!レオナルドー!」」」」
ここで初めて友人達の突っ込みが奇跡的に重なる。
勉強に満ちた『恋の話』がこれから始まる。
読んで下さり、ありがとうございました。