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そのなな


 ……さて。

 記憶は取り戻した。現状は把握した。その上で言おう。これ、詰んでない? すでに色々と詰みじゃない?


「ねえ、ソラ。ここ食料ないよね? そして電気……は、ああそうだ太陽光と地熱とあの時にやたら詰め込んだ燃料……。電気だけはどうにかなるんだ。ああもう、電気よりも優先することあるだろ私は馬鹿か」


 記憶が正しいとすると、このシェルターには人間の生命維持が可能なほどの物資なんて残っていない。だから、私はソラを機械として作ったんだ。これから先、ずっと、私が死んでも残すために。

 そこでこの私。完全に肉体が人間のこの私。どうしろって言うんだ死ぬつもりがなくても普通に死ぬわ。

 お腹はまだ空いていないけれど、身体が重いし。


「ソラ、ねえソラ……。どうして私は肉体が人間なの?」


 何やら手元の機会を弄りながら、ソラは首を軽く傾げた。


「原材料がそれしかなかったからですが」

「それはそうだよね!!」


 そりゃそうだ。残っていた部品はソラを作るために使ったんだから、後は私の死体でどうにかするしかない。つまり、私は私を原料として作られ――これもうよく分かんないな?


「……って、君は何をやってるの?」

「声が出ないと不便だったので、声帯機能を修理しているところです」

「ふーん?」


 画面を覗き込む。うん、なるほど。よく分かんないな。

 おかしい。私は一応、一時期は天才と持て囃されたほどの科学者だったはずだ。死者の蘇生とかやり始めたから皆そっと離れていったけれども。それでも、このシェルターを作ったのは間違いなく私。だから、つまり、えっと。

 ……理解できないことが、おかしい。


「……ソラは賢いなぁ」


 内心に浮かんだ疑問を切り捨て、近くにあった頭を撫でる。あの子のことを思い出した今、ソラのことが最初よりもずっと愛しく思えるようになってきたのだ。可愛い。

 美空と比べるとまあ……あの子の方に軍配は上がるというか最早比べること自体があの子への冒涜みたいなところがあるけれど。それはさておき、可愛いなぁ。


「そういえば、どうして喋れなかったの?」

「あなたが、不快だと言ったんですよ。だから、とりあえず壊しておきました」


 あ、それは私が知らない私の話ですね。作られてすぐに自害した四桁人いる方は、私の記憶には一切残っていない。最初の……ドクターと呼ばれていた存在の記憶しかない。しかも、さっき気がついたところによると、それさえ虫抜けみたいだ。

 まあいいか。どうせ、今更足掻いても何も変わらない。あの子を取り戻すことを諦めた、と言えば嘘になるけれど。でも、もう何も出来ないから。原料はない。人間はいない。どっかの機械を壊せば原料になるかもしれないけど、それはもう最終手段だ。それに、そこまでの情熱さえもない。


 ソラをバラせばいいのかもしれないが。それはしたくない。それだけはしない。


「それは私じゃない」


 しかし。

 私の知らない私のことを話されるのは、少しばかり……不快だな。彼の声は耳に心地良い。そう思う私のことを、否定されているようで。彼が『私じゃない私』の話をするのは、不快だ。だって、ソラは。


「はい。存じてます」


 機械とは思えないほどに、優しく笑うのだ。

 私よりもずっと人間らしく、穏やかに、笑う。そんなソラがきっと、私は。


「……私は好きだよ」


 彼が目を瞠った。それを見て、私はまた笑う。頭を撫でていた手を下ろして、私とはまったく違う冷たい温度を溶かすようにただその頬に触れた。


「君の声も、君の冷たい手も、君の笑顔も。多分、……初めて見たものに対する、刷り込みなんだろうけどね。好きだな、って思うんだ」


 世界は終わる。

 この今に、未来も、明日もない。


 でも、君の隣にいられてよかったと、この私がそう思える私でよかったと。それだけを、思った。


「――本当に?」


 ソラは口を開いて、声帯を震わせるように、機械音声とは少しだけ趣きの違う音を零す。彼の声だ。初めて聞いたはずなのに、得体の知れない懐かしさに胸が軋む。


「こんな嘘、吐かないよ」


 安心させるように囁いた。ああ、まただ。頭がひどく、重い。

 涙なんて流せない身体で、彼は泣きそうに顔を歪めた。絶対に叶わないはずだった夢に手が届いたような表情だった。


 だけど、視界が霞む。指先から、感覚が遠のいていく。彼のその顔をよく見たいのに。声を聞きたいのに。私からも、話がしたいのに。


 何もかもが、遠い。


「――っ、ドクター!?」


 ああ、そうだ。当たり前のことを思い出して、目を閉じる。いつだって、何度だって、あの男は言っていた。

 死んだ人間が、生き返るはずない。と。


 じゃあ、私は? どうだろうか。




(世界が終わる音がする。このシェルターは地下にあるから聞こえないはずなのに、耳元でその音が鳴り響いているような気がしてうずくまった。ああ、神なんていないのだ。君が信じた神も。人々が信じた希望も。何もない。何もない。だから。本当に無意味だった、君の犠牲を、なかったことにしたかった。そうして、二人で静かに、ここで眠りたかった。それだけの願いだよ)


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