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そのおわり


 これは、わたしの後悔だ。


「……あーあ、馬鹿だなぁ、わたしってば!」


 眠る顔を眺めながら一人呟く。いつもは取り繕うのが上手な彼女も、眠っている時だけはあどけない顔をするものだ。可愛いとか、綺麗とか、そういうものとは違うけれど。ただ、愛しくて胸がぎゅうっと詰まった。


「運が悪い妹で、ごめんね」


 時期に世界は終わる。一足先に、わたしが終わる。それだけの話がこんなにも苦しいのは、きっと、彼女が泣くからだろう。滅多に泣かない彼女が、取り乱して泣きわめいたからだ。

 そんな顔を見て満たされた気分になるのだから、このわたしは本当に救えない人間なのかもしれない。


「本当は、ね。あなたを手を引いて、一緒に連れて行ってしまおうかと思ったんだけど」


 そうしたらきっと、あなたは笑ってくれる。笑って、一緒に行ってくれる。なんて素晴らしい未来だろう。なんて美しい結末だろう。

 でも。


「そうしたら、お姉ちゃんは最期までわたしのお姉ちゃんでしかない」


 酷い人になりたかった。

 残酷な人間でありたかった。

 あなたを殺せる強さが欲しかった。

 あなたを壊せるだけの感情の質量があればよかった。

 わたしがもっと残酷なら、あなたがもっと傲慢なら。なんて、イフの物語に意味はないよね。


「……ごめんね」


 あなたの疵になりたかった。ようやく、わたしはあなたの中の私を殺すことができる。

 歪んだ歓喜は、きっと、あなたを傷つけるだけの感情なんだろう。それでもいい。どうせ世界が終わるなら、最後に我儘を言わせてほしい。


「本当の、本当は、……本当はね。あなたの優しさが、ずっと痛かった。あなたのことを愛していたけれど、同じくらい憎んでいた」


 わたしだけを愛してくれる人。わたしだけにしか価値を見いだせない人。どうか、こんな醜いわたしでも願うことが許されるならば。


「だから、わたしのことを憎んでね」


 それがいい。そんな未来がいい。わたしにはあなたを殺せないから、あなたが私を殺してくれたならいい。世界のためなんかじゃなくて! 名前も顔も知らない誰かのためではなくて!!

 あなたのエゴで、どうか、その手で。


「うそつきで、ごめんね?」


 選ばれたのが本当はあなただったことを、言わなくてごめんね。

 笑って呟いた。吐息がくすぐったかったのか、あなたは小さく身じろいだ。ああ。


 嘘を吐いた。山ほどの嘘を、吐き続けた。世界は死ぬ。世界なんて死んでしまえ。あなたもわたしも世界も皆皆みんな!! ――間違え続けた世界なんて滅べばいい。

 だけれども、どうか。愛しいあなたの結末にだけは、祝福を。





「……あなたは、幽霊って信じますか?」


 首を小さく横に振った。彼は小さく笑い、ですよねとだけ返す。返答が想像できる質問をするとは、実にナンセンスだ。


「でも、僕は、信じてみてもいいかと思ったんです」

「なんで」

「僕はいっそ致命的なまでにそういう神秘とは程遠い存在ですが、だからこそ、残る何かがあってもいいと……思考しました」

「理由」


 私は声を出すのが辛いので、単語のみの返答となっている。だというのに気にせずに話しかけてくるとはどういうことだろうか。そんなに喋りたいことがたくさんあったのか? もう死ぬのに。

 会話の流れが滞るのと同時に、彼は立ち止まった。この場所が本当に静寂に満ちていることを、ふと実感する。私と彼しかいない、何もかもが死に絶えたここは、どうしてこうも。


「そうじゃないと、僕の知っているわたしが救われませんから」


 ……そういえば。

 アイツは、どうなったんだろう。

 唐突に思い出したのは、我が幼馴染である一人の男のことだった。いや、どうせ死んでるだろうし、気にしてもしょうがないのだが。もし幽霊というものが実在しているのなら、私を呪い殺すのは彼だろうと言い切れるほどの人間がもうどこにもいないのは、少し寂しいかもしれない。やっぱり嘘だ。寂しくは、ない。寂しくはないが。


「……わかる、きは、するよ」

「あなたは、否定すると思っていました」

「いま、ならね。なんとなく。……ここにいる私、は、本当の私とは、ちがうから」


 顔を上げる。頑丈な、大きな、無骨な扉が目に入った。出入り口だ、と。ぼんやりとした記憶が伝えてくる。


「しんだら、さ。星になるらしいよ」

「……そう、ですね。あなたはそう言いました」

「それはきっと、死んで本当に終わり、ではないと。ほん、とうは……しんじたかったから」


 肩を押し、降りたいという意志を伝える。一瞬だけ躊躇った彼は、少ししてからそっとしゃがんでくれた。


「しんだひと、は、いきかえらないけれど」


 ほとんど力の入らない足で、それでも、ちゃんと扉の前に立った。手も足も震えているけれど、それが恐怖のせいなのか単純に体が限界なだけなのかは分からない。


「何もかもが、消えてしまうのは、きっと……痛いんだ」


 倒れ込むように扉を押す。鍵も何もかかっていなかったそれはゆっくりと開き、そのまま――


「……、……っふふ。……あは、ははは!」


 ――想像よりもずっと柔らかな感覚に抱きとめられた。


 視界には、真っ白な花畑が広がっている。滲んで歪んでほとんど見えていない視界でも認識できるほどの、広い花畑だ。仰向けになると、降り注ぐ星が煌めく夜空が見えた。そう認識、した。堪えられない笑いを盛大に撒き散らしながら、私は叫ぶ。


「ざまぁみろ!!」


 形だけで分かる、拙い墓標の横に寝転がる。自分が笑っているのか泣いているのか怒っているのかも分からない。でも、愉快な気がした。愉快だと思えた。

 なあ、私。私の記憶にない君。あなたは、外に出たのか。外に、彼を埋葬したのか! ああ、結局情はあったんだな。畜生。畜生。くそ。


「……ああ」


 だから君は自殺したのか。


「楽園、みたいな、光景ですね」


 感嘆のような、しかし、それ以上に深い何かを滲ませて、彼は呟いた。首肯する。そう。楽園だ。この景色を、この花畑を、私はあの子に捧げたかった。


「どうしますか」

「しぬよ。君もころすよ。それでいい」

「でも、あなたの」

「私の君は、君だ」


 花畑の中心に、クレーターがある。

 クレーターの中心に、扉の壊れた小さな『船』がある。


「だから、ありがとう」


 君がいた。


「短い……うん、本当に、短かったけ……れど、ね、たのしかったよ」

「……僕も」


 君が、眠っている。


「楽しかった、です」


 バサ、と音がして、彼が私の横に寝転がった。あの子によく似たその形を抱き締めるように腕を回し、体を引き寄せる。

 世界よどうか嗤ってくれ。私達の結末を蔑めばいい。


「さようなら、ソラ」


 深く、深く息をする。匂いを感じることはできないけれど、きっとここも、もう、終わった場所のはずだから。

 目を閉じる。私の腕の中で動かなくなった彼と同じように。


「……さようなら、美空」


 白い骨になったあの子と、同じように。



(七十億の棺の上に、死に損ないと出来損ないが一つずつ、互いの終わりを祝福していた。それを見ていたのは星だけだ。一番綺麗な星が、君ならば。あなたはそう言った。ならば、その通りでありますように)

終わりでグルグルする話でした。書いてて私は楽しかったんですけど、多分これは真面目に読めば読むほど分からなくなるので雰囲気で読んでください。

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