人生が辛くなっても命綱は離すな
「一緒にって…いいの?僕はマモノツカイだよ?」
時雨は涙が出る目をこすりながら言った。
「しょうがないじゃない。私まだ死にたく無いし…まだ『八寒地獄』巡りなんて1人でする自信無いし…」
この世界の神話の中に古き時代の神々が作り上げた監獄の逸話がある。
神々は罪を犯した罪人に地面の底の底の監獄で罰を与えたと言う。
その監獄は各地方に数多く点在するが、その監獄を人は畏怖と畏敬の念を込めて『地獄』と呼んだ。
「地獄からの脱出の為にお互い戦力が欲しい。幸いにも互いに実力を知る相手が目の前にいる。じゃあ仕方ないじゃない。」
『地獄』の跡地である遺跡は遺跡潜りにとっても特別な存在である。
何せ命を懸けて遺跡に潜る血気盛んな遺跡潜り達が口を揃えて言うのだ「地獄巡りだけは絶対にするな。それが自分の為だ。」と
「でも…僕1人じゃ戦えない…。」
弱気から出た言葉では無い。
マモノツカイは皆そうなのだ。
マモノと契約し、共生する力と引き換えに自分の力で戦う力を失う。
それがマモノツカイと言う生き物である。
「スキルでサポートぐらいは出来るでしょう?」
「ある程度のコツは掴んだけど…奥義は契約相手が居ないと出来ない。」
「え?『湖裏水脈』に潜る様な新人が奥義?才能溢れ過ぎじゃない?」
女が驚いたのも無理は無い。
この世界における奥義は一定以上の技を修めた上級者の証。
『天職』が何であろうと奥義を習得した者は一人前であると認められるのだ。
初心者向けの遺跡に潜っていた時雨が奥義を修めていると言うのは結構すごいことなのだ。
「データ的には…こんな感じ。」
止まりかけの涙を拭いて時雨は懐から水晶版を取り出して操作し、女に向けて差し出した。
奥義
『七ツ芸人』
回避・能力上昇・能力下降・必中・食い縛り・回復・火傷の7つの内から効果を1つ選び発動する。
契約済みのマモノが戦闘に参加している場合の使用可1戦闘3回
「あくまごろし躱し続けたのこれのせいか…確かに強いわ奥義の名前は伊達じゃ無いわね。」
「でもペル居ないから使えない…ペェルゥ…ひっぐ…どこぉ〜?えっぐ…」
時雨はペルの不在を改めて認識してまた泣き出してしまった。
「だから泣かないでよ〜!私が契約するから〜!」
女の叫びに時雨が反応し、不思議そうに言った。
「契約?」
「そう契約!契約相手が居れば使えるんでしょ?!だったら契約するわよ!ほら呪いの印!私本当はマモノなの!」
女は鎧の右腕部分の籠手を外した。
そこにはやはり痣があった。ゲッケイジュの花の形の痣が
「でも…。」
「何?他に案でも「嫌なんじゃ無いの?」…は?」
時雨は女の言葉に被せて言った。
「だから…嫌なんじゃ無いの?マモノに…邪神に連なる相手は嫌いなんじゃ…。」
時雨は恐る恐ると言った風に言った。
ペルの居ない今、時雨は心細くて仕方がない。
その上目の前に居るのはついさっきまで殺し合った相手である。しかしそれでも時雨は女を気遣った。
時雨と言う個人の本質から来る優しさであり、甘さであった。
「別にいいわよ…地獄を歩くのに1人は無理だし…いっとくけど、地獄から出るまでだけよ!」
その優しさに何も思わないほど女は愚かでなかった。
少なくとも多少は心を動かされたのだろう。
女は薄っすらと頬を染めていた。
「私は『種族 ニュンペー』…の変種よ。名前は…好きに呼びなさい。」
「時雨と」
「ニュンペーの」
「「楽しい雑学」」
「ねぇ?これ何?私は何の為に呼ばれたのよ?」
「楽しい雑学だよ」
「だから楽しみ雑学って何よ」
「楽しい雑学は楽しい雑学」
「聞くべきじゃなかったわ」
「今回のテーマはニュンペーについて!」
「下級女神とか妖精とか呼ばれてるわ…ギリシャ神話ではゼウスとテミスの間の子らしいわ…吐き気がするけど」
「父親があのゼウスだものね…女の子は複雑だよね。」
「わかってくれて嬉しいわ…」




