05 救援
万事休すかと思われたエンゲだったが・・・
(まだ、生きてる?)
どうやら、土壁が衝撃を吸収してくれたらしい・・・と、エンゲは見てとった。
(強運と言うべきか、不運と言うべきか・・・)
意識は、はっきりしている。
身体も、わずかにかすり傷を負ったくらいのようだ。
幸い、崩れた土壁の陰になって、ゴーレムはこちらを見失っているらしい。
とは言え、ほぼ魔力を使い切ったエンゲには、もはや戦う余力はなかった。
(ニナは、逃げ出せたろうか?)
ゴーレムの気配は、動いていない。
ニナの気配もまた、動きを止めていた。
(なぜ、逃げなかった?)
あろうことか、ニナの気配がより強くなっている。
つまり、魔力を集中しているということだ。
(意図は分かるが、僕らの魔力程度では・・・)
無駄な努力と思いつつ、仕方がないかなという諦めもある。
(我が力及ばず、この地に果てるか・・・)
惜しむらくは、もっとニナと懇ろになっておくべきだったと思う。
(ドワーフは、房事には存外に淡白と言う話だったが・・・)
そういう視点でドワーフを見たことがないエンゲだったが、少なくとも、ニナの温もりは悪いものではなかった。
毛深いけども柔らかい、ニナの温かい肌の感触を思い出しているエンゲの周囲が、不意に陰った。
(なんだ?)
見上げた先に、あったもの。
(まさか・・・)
エルフよりも、さらに古き時代より生けるもの、即ちドラゴン。
(なんなんだよ、もう・・・)
もはや、一介のエルフ如きにできることはない。
ゴーレムの足留めのために魔法を放った時には、あるいは万が一という可能性も考えなくもなかったが、ドラゴンが相手では、可能性は皆無だ。
頭の中が真っ白になり、文字通り凍りついた態のエンゲの目前に、ズンと、音をたてて何かが落ちてきた。
それがヒト族の青年であることに気がつくまでに、数瞬。
「おケガはありませんか?」
エルフよりも背が高く、ドワーフよりも厚みのある偉丈夫が、人当たりの良い、柔らかな笑みを浮かべている。
「えっ?
いや、大丈夫です、全然。」
「それは良かった。
それじゃ、すぐにここを離れましょう。」
「いや、でも、僕は・・・」
腰が抜けて立てないとは、さすがに恥ずかしくて言い出せなかった。
するとその青年は、
「これは申し訳ない。
それじゃ、背中に乗ってください。」
そう言って青年は、背中の盾を手に持つと、エンゲに背を向けてしゃがみ込む。
躊躇しているエンゲに、
「さすがにゆっくりとはしていられないので、少し手荒くさせていただきますよ!」
そう言うなり、青年はエンゲの腰に手を廻し、抱え上げざま走り出す。
「うわっ!えっ?えっ?」
エンゲの体重などまったく苦にすることもなく、決して平坦とは言えない草原を駆ける青年。
「そう言えば、名乗るのを忘れてました。
僕はギルガです。」
相当な速さで走っているにも関わらず、その口調には揺らぎがない。
「ボクは、エンゲ、です。」
抱えられているエンゲの方が、声を出すのもようやくという体たらくだ。
「もう一人、ドワーフの女性が、近くにいたはずなんですが・・・」
「ドワーフですか?」
走りながら周囲を見渡すギルガは、すぐに走る方向を転じ、
「よいしょっと。」
走りながら肩に抱えているエンゲの身体の位置を微調整すると、立ち尽くすドワーフを、背後から胸の中に抱きとめる。
「・・・えっ?」
何が起こったのか分からないまま、ギルガの厚い胸板に顔を埋めることになったニナに、
「僕はギルガです。
貴女は?」
「ニナ・・・です。」
「無事でよかった。」
ギルガの右手がエンゲを抱え、左手はニナの臀部を下から支える。
ギルガの無骨な顔を、ニナはすぐ近くから見上げる格好になった。
ニナの心臓が、ドクンと一つ、大きく鳴った。
残念エルフのエンゲ「あれ?実はボクって、ヒロイン枠?」
主役をさらうギルガ「人には、誰しも担うべき役割があるものですよ。」
男前ドワーフのニナ「ヒロイン枠ってのは、否定しないんだ。」