02 地面の下で
負傷したニナを助けるため、奮闘するエンゲだが・・・
「対魔術式、構築・・・固定。」
空中に描いた円陣が霧散、二人の周囲に、目には見えない結界が張られていることを、エンゲは皮膚感覚で捉えていた。
エルフは森の住人であり、体力、魔力ともにヒト族より優れているが、特に魔物に対するいくつもの魔法に達者である。
もっとも、エンゲの場合、こと、魔法の行使については、同じ年頃の仲間の中では特段優れているというわけでもなく、良くて中庸というところだった。
「土壁、生成・・・」
次いでエンゲは、周囲に土の壁を構築してゆく。
「組成変異、硬化・・・」
土壁の材質を変異させ、硬質化する。
事前に準備していたわけでもないので、気休め程度の効果しかないものの、そもそもの目的は目くらましだ。
先刻現れたモルン程度の腕力があれば、突破は容易い。
「輝精、召喚・・・」
その言葉とともに現れたのは、光の妖精だ。
ヒト族と比較すれば、闇に強いエルフとは言えども、灯火は心を落ち着けさせてくれる。
「さて、申し訳ないけど、服を切らせてもらいますね。」
そう言って、エンゲはニナを横向きに寝かせ、服の裂け目を広げてゆく。
当面、命に別状はないとは思うが、意外に傷が深く、なかなか出血が止まらない。
「切創滅菌・・・組織結合・・・」
消毒から傷の接合までを、魔法で一気に進めてゆく。
じっとりと、エンゲの額に汗が滲んだ。
「表皮、再生・・・」
皮膚の欠損部は、組織の再生能力を促進させて補ってゆく。
「古い、傷なのか。」
出血がおさまったせいで、魔法ではもはや直す事はできない、無数の古傷が目に付いた。
先刻見た戦闘スタイルから言って、負傷しやすいのだろうとは思うものの、それにしても数が多い。
一体、彼女は今までどういう人生を歩んできたのだろうかと思う。
とりあえず作業が一段落ついたところで、エンゲは軽鎧を脱ぎ、ニナの身体にかけてやる。
衝撃吸収のために内側に綿が縫い込めてあるものの、保温性能は気休め程度だ。
狭い空間の中で、エンゲの吐息と、ニナの呼気とが混ざってゆく。
決して心地良いというわけではないが、不思議と、イヤな感じはしていない。
かつて仲間だった同胞たちは、ドワーフのみならず、他種族に対しては常に排他的だった。
そんな中で育ったエンゲだが、正直言って、どうしてエルフがそこまで他種族を忌諱するのか、未だに理解できない。
もっとも、実際のところ、エルフ族の者たちも、良く分かっていないような気がする。
古来より続いた習慣のまま、他者を排斥する。
いつ頃からそこに住み続けているのか、もはや誰も知らない、エルフの里。
エルフ達はそこに入り込む異物を除去しようとするが、エンゲにしてみれば、自分たちで作り上げた牢獄に、自ら望んで閉じこもっているだけにしか思えなかった。
せっかくの長命も、優れた身体能力や各種魔法も、閉鎖的な世界に引きこもっているだけでは、まったく意味はない。
代わり映えしない、長久の日々を重ねてゆくその先は、緩慢で確実な死が待ち受けているだけだ。
種々の事情で、止むを得ず、外の世界に飛び出したエンゲだけれども、正直、覚悟が足りなかったとは思っている。
人族以外の者が多く暮らすリンゴールの街では、エンゲを物珍しげに見る者は、ほとんどいない。
冒険者組合でも同様で、自分が浮いた存在であるという感覚はなかった。
もっとも、受付の女性たちは、違う意味でエンゲに興味を覚えたようだったが。
持ち出してきたわずかな資金も尽きかけ、仕方なく冒険者登録をし、初めての依頼遂行でこんな目に遭うとは、夢にも思わなかった。
たとえ自身の命を存えるためであっても、できれば殺生は避けたいと思い、討伐ではなく、調査を目的とした依頼を受けたエンゲだった。
それが、まさか、こんなことに・・・
ニナは、自分を助けてくれた。
魔物の盾となって、守ってもくれた。
そんなニナが倒れたのなら、自分ができることをやるしかない。
相手がドワーフだから、どうこうということはない。
それに・・・
エンゲは、ニナの隣で横になった。
ニナの呼気は落ち着いていて、順調に回復しているようだ。
結果的に、出血量は大したことはなかったらしい。
彼女の背中の傷をかばうように、背後に張り付く。
ニナの体温が、仄かに伝わってくる。
(こうしてると、落ち着く感じがする。)
ニナの治療で魔力を使い果たしたのだろう、ふわりと浮遊してゆく心地がする。
エンゲの意識が、ゆるやかにまどろみに落ちてゆく。
男前ドワーフのニナ「種々の事情って、なんだろうね?ニヤニヤ」
残念エルフのエンゲ「えっと、それについては後日、改めて・・・アセアセ」