01 エンゲ、ニナと出会う
意識を取り戻したエルフの青年を助けたのは・・・
やわらかなものに包まれて、目を覚ました。
身動きがとれず、周囲を見ようとするが、頭もうまく動かせない。
光は、ほとんどない。
何か、鼻を突く匂いがする。
動物のような・・・いや、もっと馴染みのものだ。
「おや?
目が覚めたかい?」
その声は、すぐ近くから聞こえた。
「誰?」
誰何の言葉を放つのと同時に、自分の置かれた状況に気がついた。
頭を左右から挟みつけているのは、太ももだ。
額の上に乗っているのは、豊かな乳房。
その向こうに、笑顔の女の顔がある。
いや、女?
産毛と言うには、はっきり過ぎる程に存在感のある口髭に覆われた口元は、しかし、確かに女性のものだ。
女の顔が近づき、
「あたしゃ、ニナ。
お前さんの名は?」
「ボクは、エンゲです。」
エンゲの返答に、ニナは、ウンと頷く仕草を見せると、
「痛むところはないかい?」
「え?
いえ、全然、大丈夫です。」
「そりゃあ、良かった。」
言われて初めて、匂いの元に気がついた。
木の皮をなめして編んだ自身の軽鎧から、鼻を突く血の匂いが立ち昇っている。
だが、その下の身体には、痛むところはない。
「ボクは、いったい・・・」
「地割れに呑みこまれたのさ。
ちょっと無理して、横にあった洞窟に引きずり込んだんで、傷だらけになっちまった。
お前さんの装備は、ほとんど埋まっちまったようだよ、こいつを除いてね」
ニナの手に握られていたのは、エンゲの長弓だ。
世間一般の評価としては、特段優れたものではないのだが、エルフにとって、自分自身の手で設えた弓は、身体の一部と言っても良い程、大切な道具だ。
「あ、ありがとう。」
無造作に手渡された自分の分身を、涙を浮かべながら受け取るエンゲ。
「で、でも、どうしてドワーフの君が、エルフのボクに、こんなに良くしてくれるんだい?」
火や鉄を嫌悪するエルフと、火や鉄を生きる糧とするドワーフの諍いは、遥か神話の昔から現代まで、古いしきたりのように連綿と維持されているものだ。
そんなエンゲの言いように、ニナは心から面白そうな笑みを浮かべつつ、
「その言いようじゃあ、あんた、エルフの里では、さぞかし居心地が良かったろうね?」
「ど、どうして、そんなことが言い切れるんだい?」
するとニナは、不意に真顔になって、
「そりゃ、分かるさ。
だって、あたしもおんなじだもの。」
「えっ?」
それは、どういう・・・と、続くはずの言葉は断ち切られた。
なぜなら・・・
「ちッ!
勘付かれちまったかい。」
吐き捨てるようなニナの言いように、
「ゴーレム?
いや、違う?」
「地中の魔物、モルンだッ!」
ニナの言葉をかき消すように、どうッと土の壁が崩れ、そいつは姿を現した。
黒い毛皮に覆われ、人族より一回り大きい体躯に、巨大な前足。
動物のモグラとの一番の違いは、巨大な牙を持っていること。
「あんな化け物、どうやって?」
「何とかするさッ!」
応えるニナの両手に装着されている手甲が、紅い光を帯びつつあることに、エンゲは気がついた。
「ぐぅふッ!」
長大な爪を具えた腕を掻い潜り、地面に顎を付ける程に沈んだニナの放つ拳一閃、
「がああああッ!」
鼻面を叩かれたモルンが、泣き喚きながら穴の奥に戻ってゆく。
「助かった?」
「今のところはね。」
返事半ばで、ニナの膝が落ちた。
慌てて抱きとめ、背中に廻したエンゲの手の平に、べっとりとイヤな感触が・・・
「怪我をしてるじゃないかッ!」
「なに、この程度、かすり傷さ・・・」
それだけ言って、ニナの身体から力が抜けた。
「おい!
しっかりしてくれよ!」
慌ててニナの胸に耳を付けると、鼓動は力強く、不安はなさげだった。
「いったい、どうすりゃいいんだい、ボクは・・・」
ほとんど光のない空間に、応えてくれる者は、誰もいなかった。
残念エルフのエンゲ「残念ってなんですか、残念って!」
男前ドワーフのニナ「黙ってりゃ、それなりにいい男なんだがねぇ。」