透明XXX
以前書いた『恋の告白、無性の独白』『恋慕と狂信』を混ぜてリメイクしたような作品です。
相変わらず妙に生々しいので注意してください。
恋をしている。
きっと、許されない恋ではない。しかし、叶う恋でもない。
そう、絶対に叶わない。寧ろ、叶わないからこそ好きなのだ。決して手に入らないからこそ惹かれるのだ。
私は幼馴染に恋をしている。
幼馴染も、私も、同性である。
私がしたいのは、私達の性別がどうだとか云う話ではない。
恋愛対象の性別だとか、性的指向がどうこうなんて、今や大した問題でもなくなりつつあるからだ。
性自認・性的指向──そういった面での多様性の尊重、というのは日夜声高に叫ばれ続けており、最早同性愛は「許されない恋」なんて大袈裟なものでもなくなった。
勿論差別もあるだろうが、そんな事を公の場でしたのならば、少なくとも表面上は発言者の人格が疑われ、大顰蹙を買うだろう。
だから、別にいい。私は、そこに問題があるようには思わない。
ただ、この恋は叶わない。
そしてそれは、同性愛だからではない。
さて、それでは少し、我が幼馴染の話をしようと思う。
私の幼馴染は、可愛らしい、一見ごく普通の女子高生だ。格好にも、特に浮いたところはない。
艶のある長い黒髪で、前髪は今風にぱっつんと切られている。それから、色が白く、人形のように端正な顔立ちをしていて、よく赤いリップを塗っている。
身長は正に平均、といった感じで、どちらかといえば華奢な身体つきをしている。
細身の身体には、過剰な筋肉も余分な脂肪もなく、それは男女の境界線上に立った、ある種完成された造形美を醸している。
そう、長い間一緒に過ごしていて気付いた事だが、幼馴染の姿には、性別を表す記号が殆どない。
もっと明け透けに言うならば、彼女は所謂幼児体型に属し、更に本人曰く、月経が来た事がないらしい。
"女性"に見えるのは、そのような格好をし、そのように振る舞っているからだろう。
かと言って男性的な見た目かと言うと、そうでもない。
彼女は、恰も第二の誕生を迎えないまま完成されてしまったかのように、不思議な幼さを残す、中性的で美しい容姿をしている。
性別の記号がないというのは、何も容姿に限った話ではなく、彼女の内面、例えば性愛に関する経験においてもそうだった。
幼馴染は以前、誰かを恋愛的な意味で好きになった事がない、と言った。
はっきりと憶えている。
夏も終わりの誰そ彼れ時、何時も彼女と別れる駅前にて。
学校帰りの私達は、別れ難くそこで立ち止まって駄弁っていた。会話の流れで、クラスメイトのSNSを覗く。やがて、クラスのカップルの写真に行き着く。そして、私は、自然な流れで「好きな人とかいるの?」と彼女に訊ねた。その時の話である。
「ううん、私、誰も好きになった事ないんだよね」
あの答えを聞いた時、すとん、と腑に落ちる感じがあった。
恋愛至上主義の青年社会で、それがおかしな事だとは、全く思わなかった。
私は、彼女がそう答えるのを知っていたんだ、と思えた程である。
魚は水中を自由自在に遊び泳ぐ、という事実と同じように、それは至極当たり前の事だと思った。
その位自然に、彼女の返答は私の心に浸透していったのだ。
そして、幼馴染は性に関しては何色にも染まっていないのだと確信した。
「透明だな」
そんな感想が、ふと私の心に浮かんだ。
それが彼女への好意に繋がった。
自分の色に染めたいだとか、そういう訳ではなく、ただ透明な、上手く言えない、"透明"で満ちた彼女の器の中を漂いたいと思ったのだ。少し、変だけれど。
叶わないからこそ惹かれる、と言ったのは正にこの事で。
私が惹かれているのは紛れもない、幼馴染の無性なところなのだ。同性なところではない。
だから、叶わないで欲しい。私に靡く彼女の姿は見たくない。
どうしようもない恋だと思う。
そもそもこれは、恋と呼んでいい代物なのだろうか?
下心が無い事が前提にある恋。
恋というものは、そもそも子孫を残すための感情だ。つまり、下心と恋は切っても切り離せない関係の筈である。
しかし、だからと言ってこれは、愛と呼ぶには余りに身勝手だ。他人に押し付けるものでもない。
結局のところ、私が愛する彼女は、私の瞳に映った虚構でしかないのかも知れない。寧ろ、愛だの恋だのといったものから解放されたくて堪らない、私自身とも言えるのだろうか。
「あーあ」
「フィルターかかっちゃってるわ」
だって、幼馴染は少女だ。
どんなに本人の身体そのものが透明に近くとも、彼女は髪の毛を伸ばして、赤いリップを塗っている。美しく装った幼馴染は、紛れもなく彼"女"だ。
そう、恋愛に関して言えば透明でも、その内面全てが透明な訳ではないのだ。それこそが幼馴染、そして人間本来の魅力なのだろう。
それでも否定したい。
きっと、透明な人間ばかりになってしまったら、その世界はディストピアなのだと思う。魚も住めない程清らかで、画一的で、不寛容な世界。
そんな世界は嫌な筈なのに、それでも今の人間が持つ魅力を否定したいのだ。
そしてディストピアに夢を見てしまう。虚像の幼馴染に恋をし続けてしまう。きっと、本当の彼女との乖離に耐えられなくなる時が来るのに。
私は間違いなく、完全に透明ではないから。だから、綺麗なものに憧れるのだ。
下心はなくとも、それ以上に私の目線は歪んでいる。
性的に透明で、透明なのに有毒な視線。
この視線の事を何と呼ぶのだろう。
私は知っている。嗚呼そうだ。
「透明XXX」
そう呼ぶのが相応しいんだ。
後半は、正直自分でも何を書いているのか分かりませんでした。
それでも「アイ」だけは沢山詰めたつもりです。
拙作を読んで頂き有り難う御座いました。