354.『契約』
「しっかし、いいわね『契約』ー。いっつも私の話を無視してるやつらを懲らしめるのに使えそう」
『契約』の仕組みをシスさんは正しく理解しているようで、別の場所で真似をしてやろうと意気込む。僕は開発者として、注意点を伝えておく。
「シスさんならわかってると思いますが、『契約』は両者の合意が必要ですよ。一方的には成立しませんからね、これ」
「ふふんっ。わかってるわよ! 向こうに「はい」って頷かせればいいのよね!」
「シスさんが思っているよりも、ずっと難しいと思いますどね……」
重ねて忠告するが、もうシスさんは聞いちゃいない。
誰に『契約』を持ちかけてやろうかと、独り言で名前をあげていっている(中には仲間であるはずのディプラクラさんの名前もあった)。
それを僕は近くで見守っていると、ずっとニヤニヤしていたシスさんが唐突にこちらを向き――
「――カナミは、やっぱり特別ね。少しだけ、褒めてあげてもいいわ」
彼女には珍しく、しおらしく――そして、恥ずかしそうに話していく。
「私の話を聞いて、変な顔をしないし、最後まで真剣に聞いてくれる。次の日には、ちゃんと答えを用意して待っててくれるし、人としての義務にも凄く真面目……」
その言葉からシスさんが、この城でどのような扱いを受けているかを少し察することが出来る。
「ねえ、カナミ。なぜ? なぜ、渦波は私と真剣に向き合ってくれるの?」
じっと僕を見つめるシスさん相手に、すぐに適切な言葉は浮かんでこなかった。
「なんでって……。それは、たぶん……。友達だからだと思います」
しかし、迷った末に出した答えは、決して間違っていないと思えた。
「友達……? 友達って、あの友達?」
「はい。相談し合ったり、一緒に遊んだりする仲間のことです」
「むっ……! 相談はしてるかもしれないけれど、遊んでた覚えはないわよ。ずっと私は大真面目に使命を全うしてるもの。ディプラクラやレガシィと違って、勤勉が売りよ!」
「シスさんはそうかもしれませんが……僕はちょっと違います。シスさんと話していると、とても楽しいです」
僕のような人間にとって、シスさんのような純粋な人は見ているだけで痛快で仕方ない。何も隠すことなく、ありのままの気持ちを純粋に伝えてくれる。それだけで、彼女との会話は楽しい。本当に。
「楽しい……? 私も楽しい……のかしら? いえ、もし楽しかったとしても……絶対に遊んでるなんて認めないわよ。私は私の使命を死んでも忘れないって決めてるんだから」
「知ってます。でも、時々は気を抜いて、使命とか忘れませんか? いつも肩肘張ってると、疲れちゃいますよ」
「ハッ! この私が使徒の使命を忘れる!? それだけは一生ないわね! だって、私は正義の使徒だから! せ・い・ぎ・のね!!」
僕なりに気を遣った助言だったが、シスさんは豪快に放り投げ捨てた。
それを前に、僕は「んー」と困った顔を作る。すると、彼女は少し迷った末に譲歩して、一部分だけは受け入れてくれる。
「――けど、まあ……。私は遊びはしないけど……友達ってところだけは認めてあげてもいいわ。渦波は特別に許してあげる」
シスさんは居丈高にだが、最も僕が欲していた言葉を笑いながら返してくれた。
彼女は人の感性から外れていて、傍若無人で、自分勝手な女性だが――決して悪い人でないとわかる笑顔だった。僕はちょっとした感動と共に、彼女の名前を呼ぶ。
「シスさん……」
「渦波、もう敬語は要らないわ。……というか、渦波ってときどき敬語抜けてたわよ。私より日本語下手なんだから」
「……ありがとう。正直、シスと話すのに、敬語を使うのは何か変だって思ってたんだ」
「特別の特別だからね。渦波は『異邦人』で普通の人じゃないから、使徒の私と対等でもいいってことよ」
「僕は特別……? それはちょっと残念かな……」
シスにとって、僕は普通の人ではないからセーフらしい。
「残念? どうして……?」
「シスにも、いつか普通の人の友達ができて、普通に笑えるときが来て欲しいって……。そう思ってるから……」
「……えぇ? 残念だけど、そのときは絶対の絶対に来ないわよ。だって、私は『使徒』。人の上に立つことを定められて作られた存在! 人と対等になんてなれないわ!」
けれど、僕を友達と認めたことを切っ掛けに少しずつ変わっていって欲しい。
まだ生まれたばかりと聞いたせいか、大きな妹を見るような気持ちで、そう僕は思っていた。大きなお世話かもしれないが、僕は話し続ける。
「いや、いますぐじゃなくてもいいんだよ……。いつか、シスが全ての使命を果たして、何もかも終わったあとにでも……」
「私が使命を果たしたあと……? それは考えたことなかったわ……」
シスの価値観を変えるには、使徒でない自分を想像させるのが一番かもしれない。
子供を騙すようで気が引けるけれど、彼女の思考を誘導してやろうとしたとき――こそこそと遠巻きで話す二人を見つけてしまう。
「見ましたか、ティアラ。あれが兄さんのいつもの手口です。ちょっとちょろそうな女性な見つけると、すぐ口説くんです。もうシスは、初日から口説かれっ放しです。……今朝も、城のメイドを落とそうとしていました。あれの妹をやっている私の気持ち、わかってくれますか?」
「え? 私はいい話だと思ったけど? 師匠は使徒様たちに、生まれ持った使命以外の楽しみを持って欲しいって願ってるんだよね?」
「いいえ、ティアラ。騙されてはいけません。それは建前で、本当のところは金髪美女とイチャイチャしたいだけなのです。あの兄さんは」
「へー……。あ、私それ、本で知ってるよ。女誑しってやつだね。師匠は女誑しなんだねー」
「正解です! ……はあ。流石、ティアラ。賢くて可愛いですねー」
陽滝がティアラに、とても心外なことを吹き込んでいた。仕方なく僕はシスさんから離れて、陽滝を止めに動こうとして――
「おい、陽滝……。ティアラに変なこと教え――「シスよ!! ここにいるか!?」
言い切る前に、乱暴に広間の入り口の扉が開かれる音が響き、遮られてしまった。
「ディプラクラ? どうしたの? そんなに慌てて」
シスさんは自分と同じ入室の仕方をした同僚を見て、疑問を返す。
僕も同じ気持ちだったので、陽滝に話しかけるのを止めて、二人の様子を見守る。いつも冷静なディプラクラさんが、こうも取り乱しているのは珍しい。
「――やつがきた。防衛に出ねばならんゆえ、おぬしも手伝え」
余り穏やかな内容ではなかった。
その意味を僕は理解しきることは出来なかったが、シスさんは違ったようで同じく慌てだす。
「あいつが、もう……!? あれの身体が、もう治ったの……!?」
「ああ、以前より早い。日に日に生命力が増しておる」
察するに、以前に使徒たちと戦った人物が現れるので慌てているようだ。
それは使徒たちと協力関係にある僕とも無関係ではないはずだ。
「すみません、ディプラクラさん。僕たちにも説明をくれますか?」
「む、渦波か……。丁度いい。やつについて、説明しよう」
僕たちがいることに、いま気付くほど焦っていたようだ。
ディプラクラさんは深呼吸をしたあと、事情を知らない僕たち三人にも詳しい話をしてくれる。
「魔人セルドラという男が、強引に世界の『最深部』にいる主のところへ侵入しようとしておる。それにわしらは迎撃に出る必要がある。なにせ、主は弱りに弱っておるからな。接触を許せば、何が起こるかわからん」
世界の『最深部』への侵入者。
その一言で、僕は事の危険性を理解した。
使徒の主については、この数日である程度の説明は受けている。
名前はノイ・エル・リーベルール。不老の存在で、ずっとこの異世界を見守ってきた神様のような存在らしい。その神様こそが弱ってきたので、星の『循環能力』が落ち、いま世界はこのような状態になっているのだ。もし、いま主ノイが何かの事故で命を失えば、それで世界は終わり――だったはずだ。
「そのセルドラって人は、強いんですか?」
「強いぞ、竜の魔人じゃからな。その上、やつは竜の魔人の中でも特別。おそらく、いま現在、世界で『最強』の男じゃ」
世界最強の男。
慎重に言葉を選ぶディプラクラさんに、そう断言させるということは、よっぽどの人物なのだろう。
ただ、僕が冷や汗を垂らすよりも先に、ディプラクラさんは更なる説明を続ける。
「だが、そこまで心配は要らん。その『最強』の魔人セルドラより、わしら使徒のほうが強い。世界樹の根を辿られても、『最深部』へ辿りつく前に必ず撃退できる。はっきり言って、生物としての格が違う」
あっさりと不安は解消された。
驚くことに、ここにいるシスも含めて、使徒たちは世界最強の男を軽くひねれる存在らしい。
シスの膂力は異常だとわかっていたが、まさかそこまで強いとは知らなかった。伊達に神様から遣わされた代行者ではないようだ。
と、僕が楽観し始めたのを見て、ディプラクラさんは釘を刺す。
「ただ、それは現段階の話。すでに完成しているわしらと違って、あやつは成長途中。いつか使徒三人でも抑えきれぬときがやって来るかもしれん。それをわしは危惧しておる」
流石は冷静で慎重なディプラクラさんだ。
シスと違って油断することなく、遠い未来を見据えている。
「陽滝は少しずつじゃが、動けるようになってきた……。渦波も呪術使いとして、急成長しておる……。今回の襲撃は問題ないが、もし万が一、将来……。先を考えると、ここは――」
ディプラクラさんは視線を落とし、眉を顰めて思案を始めた。
ただ迎撃に出るだけでも構わない状況でも、より良い選択を模索しているのだろう。その姿勢を僕は見習いながら、使徒たちの会話を見守る。
「シスよ。三手に分かれるぞ」
「え? 三手って、どこに行く気?」
「おぬしはレガシィと共に、急ぎ世界樹へ向かえ。魔人セルドラを成長させない程度の力で、上手くあしらえ」
「それは構わないけれど、ディプラクラは?」
「わしは、このフーズヤーズ国から離れん。ここを留守にして、帰ってきたときにフーズヤーズ国が消えていては困るからな。このデリケートな時期に、拠点と陽滝を失っては計画が大幅に遅れてしまう。――わしは陽滝と二人で残る」
「気にしすぎだと思うけど……まあ、理解したわ。それで最後の一つは……?」
「渦波を秘密裏に、北東のファニアへ向かわせる。そして、『闇の理を盗むもの』と『火の理を盗むもの』を、ここまでこっそりと連れて来て貰う」
最後の最後に僕の名前が出て、思わず「え?」と声を漏らしてしまう。
シスも同じ反応で、その意味を強く問う。
「ディプラクラ、ここで渦波を動かすの? それも一人で? 鍛錬が必要だと言ったのは、あなたよ?」
「この数日で、渦波はわしらを上回る呪術使いとなった。身体能力も、わしらに迫る。モンスターの蔓延る道中の移動にも耐えられるじゃろう。……いま渦波を一人で向かわせる理由は、おぬしが一番わかっておるはずじゃ。この任務は渦波にしかできぬ」
「…………。それは、そうかもしれないけれど……」
しかし、あっさりとシスは折れてしまう。
仕方なく不満を抱える僕自身が、強く問い直していく。
「ディプラクラさん。どうして、僕一人なんですか……? もし行くとしても、使徒から誰か一人くらい、ついてきて欲しいんですが……」
「わしら使徒は『理を盗むもの』たちに酷く恨まれておる。以前接触したとき、人の感情の機微を全く理解しておらんかったのでな。怒らせてしまった。おそらく、わしらが同行すると、会っただけで殺し合いとなるじゃろう」
「お、怒らせたって……。もしかして……」
「上から目線で、選ばれたことを光栄に思えといった感じで……。少しな」
ディプラクラさんは珍しく言葉を濁して、目を逸らした。
その様子から、かつては彼もシスと同じ態度を取っていたことがわかる。
前の話によれば、『理を盗むもの』たちは選ばれたゆえに、それぞれ大切なものを奪われている。その状態で、そんなことを言ってしまえば、どれほど恨まれているか……想像に容易い。
「それで誰もついてきてくれないんですね……」
「どうか、わしらの代わりに伝えて欲しい。わしらが謝罪していること。そして、深く反省していること。この二つだけでよい。もちろん、可能ならば、仲間に引き入れて、ここまで連れて来てもらいたいが……」
過去に学んで、ディプラクラさんは強制しようとしない。けれど、『理を盗むもの』たちと合流し、協力し合うことを強く望んでいることは間違いない。
僕は顔を顰めて、熟考する。
「その人たちは、僕や陽滝と同じ『理を盗むもの』なんですよね……? この世界の『魔の毒』を力に変えられる存在で……」
「うむ。最悪、伝令に努めるだけでもよい。いつでも迎え入れる準備がフーズヤーズ国にあると知って貰うのが、今回の目的じゃ」
「……僕が必ず連れて来ます。ここで仲間が増えるのは、僕にとってもプラスです」
打算の末、勧誘を決意する。
正直、この数日で呪術開発に手詰まりを感じていたところだった。
いまの僕の知識で考えられる呪術は全て試した。この城の資料もほとんど読み尽くし、新たなアイディアを得られることもない。使徒たちは頭が固すぎて、既存の技術を使うのは得意でも、開発には全く向いていない。
ちらりと目を、近くにいる陽滝に向ける。
顔色はいい。たまに咳き込んではいるが、運動や大規模の呪術さえ行わなければ呼吸困難に陥ることはない。
だが、依然として『魔の毒』を吸引する体質は治っていない。対症療法は見つかったが、『魔の毒』が身体を蝕むのを止められている訳ではない。いつ状態が悪化して、命の危機に陥っても不思議ではない状態だ。
――急ぎ、呪術開発を次の段階に移す必要がある。
聞けば、他の『理を盗むもの』たちは、使徒でもわからない独自の力を扱っているらしい。新しい情報やアイディアを得るには、格好の人物だ。それに単純に考えて、『素質』の高い仲間が二人増えるということは、呪術の開発速度が二倍になるということでもある。
陽滝とは離れたくないが、妹の治療を最優先に考えるならば、ここに留まり続ける理由はない。リスクを負ってでも、別の『理を盗むもの』たちと接触する価値はある。
そう結論が出たところで、ディプラクラさんは少しだけ勘違いをした返答をする。
「…………。……留守の間、わしは陽滝の治療に集中しよう。その上で、必ず守るとも約束しよう。セルドラの迎撃より陽滝の安全を優先していることで、それを信じて欲しい」
「いえ、そこは信頼していますよ。開発は僕のほうが長けていましたけど、それ以外はディプラクラさんに敵いません。安定感が違います」
ディプラクラさんは外見に似合う――熟練の老医師のような落ち着きがある。
ちょっと陽滝が苦しい表情を見せると必ず動揺する僕と違って、ミスのない治療をしてくれるだろう。
「それで、ディプラクラさん。僕が迎えに行く『闇の理を盗むもの』さんと『火の理を盗むもの』さんはどんな方なのですか?」
「……渦波と似ておる。きっと、会えばすぐに、互いが同類である認識するじゃろう。言い方は悪いが、同じ弱者であると気を許してくれるはずじゃ」
「同類……? 同じ、弱者……」
『理を盗むもの』たちは心が弱く、人に不相応な力を得ている。
確かに、いまの僕と似ていると言えなくもない。ならば――
「それなら、僕でも仲良くなれる気がします……。だから、ディプラクラさんは僕に行かせようと、初めから決めていたんですね」
「そうじゃ。最初から、それをおぬしに期待しておった……。元々わしらは、渦波は他者の弱さを理解することに長けていると陽滝から聞いて、おぬしの召喚に踏み切ったのじゃからな」
思わぬ名前が出て、僕は目線を動かす。
そこには微笑を保ったまま、強く頷く陽滝がいた。
ディプラクラさんだけでなく、妹の期待も背負っていることを理解し、僕は――
「約束します。僕が必ず二人を連れてきます。ディプラクラさんと陽滝は、ここで歓迎会の準備でもしててください」
「よし! 話は決まりじゃな……。すぐにでも出発の準備をするぞ。これからわしは、フーズヤーズの王にも話を通してくる」
時間を惜しんで、ディプラクラさんは動き出す。
だが、その一歩目のところで、目線の先の陽滝が手と声をあげた。
「――待ってください。最後に一つだけ。私からいいですか?」
ディプラクラさんは立ち止まる。
僕だけでなく、シスさんとティアラも、視線を陽滝に向ける。
そして、その提案を聞く。
「ティアラ、あなたも兄さんについていってくれませんか? 私はこんな状態で、旅に耐えられる身体ではありません。私の代わりに、兄さんを助けてやってください」
それは話にはあがらなかったティアラの所在についてだった。
基本的に使徒たちは『異邦人』以外の人間が眼中にない。その補完を妹が行っていく。
「え、陽滝姉……? いいの? 一緒に行きたいけど、あえて黙ってたんだけど……」
あらゆる意味で、よくはない。
その理由を僕は口にする。
「い、いや! 危ないから、僕一人でいい……! 忘れてるかもしれないけど、ティアラはお姫様だぞ……! そんなこと、ここの人たちが許すはずがない!」
おいそれと王族が同行していいものではないと主張していく。
「師匠、それは大丈夫だと思うよ。お父様たちは使徒様たちに心酔しているし、『異邦人』二人が救世主だって本気で信じてる。師匠の補佐が必要って言ったら、絶対許可はくれるよ……。元々、私っていない子にされてたし、むしろ喜ぶかも」
だが、余り知りたくなかった情報と共に、フーズヤーズという国が僕を全力でバックアップする態勢であることを知る。
さらに、ディプラクラも少しの思案のあとだが、陽滝の意見に同意していく。
「……悪くない話じゃと思うぞ。『理を盗むもの』たちがティアラを警戒するということはないじゃろうし、現地人のガイドがあれば色々と早く済む。なにより、ティアラは《レベルアップ》によって、常人の何倍もの身体能力を得ておる。渦波の盾には打ってつけじゃ」
そのぽろりと漏れたっぽい本音を聞き、僕は顔をより顰めていく。
「た、盾って……。ディプラクラさん……」
「あ、ああ。すまぬ。護衛……いや、旅の相棒として打ってつけじゃな!」
まだ昔の価値観が抜け切らない様子のディプラクラさんを睨んでいると、陽滝が会話の続きを拾っていく。
「ティアラ、兄さんの盾になるのは嫌ですか?」
「ううん。私は私を救ってくれた師匠の為なら何でもするって誓ってる」
そうティアラが即答するとわかっているからこそ、僕は彼女を連れて行きたくないのだ。それを陽滝に伝えようとして、その前に――
「それで、兄さんはティアラの盾になれますか?」
それもまた、僕にとっては必ず即答するしかない質問だった。
「もし……。もしティアラがついてくるなら、絶対に僕が守るよ。何があっても、もう二度と僕は――」
誰も死なせたくない。という言葉までは口にしなかったが、その想いは陽滝に伝わったようで、にっこりと笑ってから話を締めていく。
「では、お互いに助け合い、守り合い、旅を乗り越えてください。……というか、兄さん一人で送り出すのが心配だってこともわかって欲しいです。いわば、ティアラは監視役みたいなものですよ。兄さんが馬鹿をしないかの監視役」
どうやら、陽滝は僕よりも、この小さな女の子ティアラを信用しているようだった。
その意味を理解し、僕は本人に確認をしていく。
「……ティアラ、本当にいいのか?」
色々と問題点がある。数え切れないほどある。
それを僕は厳しい目で、ティアラに伝える。
それでも、ついてきたいのかと確認をして――
「……私は、冒険がしたい」
吐き出すように、ティアラは答えた。
「冒険?」
「うん。私はずっと退屈だったんだ……。生まれてからずっと籠の中。ただ、病に苛まされて、生を失い終わるのを待つだけの牢獄。私が知っているのは、本で知ったことだけ。英雄譚、冒険譚、それに登場する人たちが妬ましかった。自分の意志で、失ったり、手に入れたりする人生が羨ましかった。――羨ましくて仕方がなかったんだよ」
ぽつぽつと、ティアラは本音を口にしていく。
そして、顔をあげて、見つめ返し、いまにも顔と顔がくっつきそうなほど前のめりになって言う。
「あの籠から出て、いま私はとっても楽しい。すっごく楽しい。でも、私は欲張りだから……本当は師匠の冒険に交ぜて欲しいって思ってる。本当はもっともっと楽しみたいって思ってる。だから――!」
その果て、かつての僕と違って、ティアラは自分の我侭な願いを口にする。
「私は師匠と一緒に行きたい……! どこまでも……!!」
それを口にしたとき、陽滝は微笑み、ディプラクラさんは深く頷いた。
――決まった。
こうなったとき、僕は自分の意見を押し通すようなことはできない。ここにいるみんなの期待と少女の願いを叶える為、全力を尽くすしかできない。
いつも通り僕は、言いたいことを飲み込んで、返答を口にする。
「……わかった。じゃあ一緒に行こうか、ティアラ。僕と二人で、世界を救うための旅に出よう」
「……っ! やった! ありがとう、師匠!!」
ティアラは花開くかのような笑顔になって、僕に抱きついた。
胸元にいる少女を見下ろす僕は、決して表情を笑顔から崩さない。その僕たち二人を見守る陽滝も同じく笑顔。使徒ディプラクラは満足そうに頷き、使徒シスは少し不満げに口を尖らせている。
微笑ましい一幕だ……。
今日まで不遇だった少女ティアラの新たな門出。
祝福すべきワンシーンで、決して表情を苦渋に染める場面ではない。
希望に満ち溢れた物語の出だし。
一つの節目の終わり――
――これが、僕とティアラが一度目の旅に出るまでの経緯。
千年前、こんな偶然のようで必然の旅立ちがあった。
このとき、五人は笑顔で、確かに仲間だった。
ただ、もうわかっていることだが、ここから少しずつ協力関係は崩れていく。
千年後、ここにいる五人は全員――バラバラとなる。
五人が五人とも、全く別の目標を抱き、各々孤独に戦い続けることになる。
それを知っているからこそ、このワンシーンを視る僕の表情は歪む。
結局、人と人は分かり合えないってことが証明されて。
『みんな一緒に』なんて言葉は、幻想でしかなかったと突きつけられて。
僕の顔は苦渋に染まっていって――
魔力切れを感じると共に、一旦戻っていく。
この旅の果てに待つ千年後の未来。
世界の結末まで――