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flat/notes/nevar  作者: 鳴神夭花
第一章
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第四話 クーリングオフ制度適応中

 「はたら、く?」

「ええ。簡単に言ってしまえばバイトです。それっぽく言うと奉公人ですかね」

「待ちなさいよ、そもそもこいつ、一般人なのよ? それに此処での仕事が務まると思ってるの!?」

「あれ、優しいんですね。でも大丈夫ですよ。私も元々バイトからこの仕事に入りましたから。別にゆくゆくはこの店を~なんて壮大な話でもないですし」

「あのね、アンタの経歴は知らないけど、こいつはアンタほど浮世離れしてる訳じゃないと思うわよ!?」

「私、そんなに浮世離れしてますかね…? ああ、でも、彼が私と同じな訳ではないというのはそうですし、お試し期間って必要ですよね」

貴方にとっても、私にとっても、とその女性は笑う。だから何で勧誘で話が進んでるのよお! と騒ぐ少女のことは気にしないらしい。図太いというか、場馴れしている、というのか。

「あっ、自己紹介がまだでした」

ぱん、と本当に今思い出した、というように女性は手を叩く。

「私はこじますずみ。このお店の店長です。君は?」

 自分の、名前。

「しらゆき、ときとです」

「へえ、どんな字を? ちなみに私は狐の島に涼しい水と書きます」

「白い雪に、時間の兎です…。よく、男らしくないって言われます」

「そんなことないですよ。素敵な名前です」

お世辞で言っているのではなさそうな空気に、なんとなく気恥ずかしくなる。

「っていうかお兄さんって普通に名乗っちゃうんだな」

「普通に、って?」

「名前って大事なんだぜ? 名前さえ知っていれば呪いだってなんだって掛けられちゃうんだから」

「こら、水葱」

涼水と名乗った女性は拳を作って、そのままえい、と水葱の頭に振り下ろした。優しい動作である。二人の間に信頼関係があることがひと目で分かるような、そんなやりとりだった。

「この子はそういうことには関係ないでしょう」

「でも涼水、勧誘する気マンマンじゃん。それなら教えとくべきだと思うけど?」

「それはまあ、………追々」

「ぜってーめんどくさいだけじゃん!」

それで、と涼水は話を戻す。水葱との会話を誤魔化したように見えなくもないが。

「君、此処で働く気はありませんか?」

 働く、と時兎は改めて考えた。働く、ということはそれなりに責任が生じるものだ。自分に務まるのか、不安要素は勿論ある。それに、そもそも此処がどういった場所なのか、時兎はまったく分かっていない。

「それって、僕に何かメリットとか、ありますか」

「んーと…メリット・デメリットはこれから説明していくとして、とりあえずあの子から逃げ回る手間は省けますよ」

「…うまい話には裏がある、って言いますが」

「そうですね。裏っていうか、これから言うべきデメリットはたくさんあるかもしれません」

「それで、お試し期間」

「はい。そうです」

クーリングオフは大事でしょう? と言われてしまえばそれもそうだな、と思うしか出来ない。

 ちらり、と少女の方を見遣る。少女は少女でいらいらとしているのを隠しせないようだった。ここでもう少し余裕な顔をしてみせればまた違ったかもしれないのに、と自分を追い回していた少女に同情めいたものを感じるも、そんな反応をされたらされたで反抗しそうだな、とも思う。

「………じゃあ、お願いします。とりあえず、一週間」

「はあ!?」

「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」

頭を下げたら涼水も同じように頭を下げてくれた。その遣り取りに少女は少しばかり絶句して、それから悔しそうに舌打ちをする。

「………そういうことなら、仕方ないわね…。一週間後、また来るわ。上にも報告しないといけないし」

「ああ、お名前だけ伺っても良いですか?」

「なんでよ」

「これは貴方の案件でしょう? だから進展があった時は貴方を呼ばなくては」

「はあ!? こんな案件私の手に負える訳ないでしょ!? 馬鹿なの!? 見る目ないの!?」

「明らかに新人さんなのだと思いますが、それとこれとは別ですよ」

執行権をわざわざ取ってくるような生真面目な子は久しぶりに見ました、と涼水が言えば、少女の顔はみるみるうちに赤くなっていく。どうやら先程の書類はなくても突っ込んでくる人がいるらしいことは窺える。

「誰が名乗るものですか」

吐き捨てるように少女は言って、そうして部屋を出て行った。暫くしてから玄関の閉まる音がする。律儀ですね、と涼水は呟いた。

「何も玄関から出て行かなくても良いでしょうに」

「………良かったんですか? 彼女の名前、聞けませんでしたけど」

「ああ、別に上司の方に聞けば良いだけですから」

上司、ということはあの少女は何か会社的なものに所属しているのだろうか。あの可憐な見た目で羽根まで生やして、やっぱりヤクザでした、とかだったらどうしよう。あんなファンシーなヤクザに付きまとわれる謂れはないはずだ。ないはずだった。多分。保証人になった覚えもないし。

「さて」

思考を遮るように声がする。

 いつの間にか俯いていた顔を上げれば、涼水が時兎を覗き込んでいた。

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