第三話 不自然なお茶会
「ええと、何処まで話した?」
「あ、だめだったよ、涼水。お兄さん、緊張しちゃってオレの話なーんも聞いてくんないの」
お手上げ、と言ったように手をひらひら振る水葱には悪いことをしたな、と思う。お茶を淹れてくれた永海にも。永海の方は無表情で感情を読むことは出来なかったけれども、自分が出したお茶に手をつけられない、というのはあまり嬉しいことではないだろう。とは言え、まったく時兎の喉は渇いていないのだけれども。あれだけの逃走劇を繰り広げたにも関わらず。
「じゃあ私が説明しましょう」
その方が良さそうですしね、と微笑まれてどきり、とする。
女性は大人びた雰囲気ではあったが、時兎よりも少しだけ上、というような印象だった。それなのに、と言うべきか、それともだからからか、と言うべきか。自然と背筋が伸びる。きゅっと緊張感が高まる。この人の言うことならばなんでも信じられてしまうかもしれない―――そんなことを思いながら、彼女が口を開くのを時兎は見つめていた。胸が、どきどきする。
「ええとですね、此処は―――」
がたんっ! と音がしたのは玄関の方だった。頭をさっと過ぎったのはさっきの少女。夢見心地だったのが一瞬で解ける。
「あっあのっ!」
「あ、いいですよ、座っててください」
大丈夫ですから、と微笑まれ座り直すしかなくなったのではあったが。
ばたばた! と音がしてぜえはあ、と息を切らした先ほどの少女がにゅっと顔を出した。手には何か紙が握られている。
「急いで取ってきたわよ…ッ執行権!」
「シッコウケン?」
「ああ、彼女たちにおける家宅捜索令状みたいなものです」
でも一声掛けてくれたらよかったのに、と彼女は言った。
「一応此処、私の家ですよ?」
「アンタの都合なんて知るものですか」
少女は挑むように女性に近付いて行く。女性は女性で、少女の格好にも剣幕にも何だかよく分からない書類にも慣れていそうだ。やたらとファンシーだがもしかしてやくざとかなのだろうか。時兎は気付かないうちに保証人とかになっていた、とかで。
「アタシの要件はただ一つ」
息を整えた少女はもう一度、握った紙を突き出した。
「そこの小僧、引き渡しなさい!」
「えー。逃げこんで来られちゃったらそういう訳にもいかないじゃないですか」
その紙を受け取ろうともせず、女性は微笑みの表情を崩さない。
「………此処の名前は良く知ってるわ。噂に上がるもの。絶対不可侵領域なんてあだ名までついてるでしょ」
「わ~お褒めにあずかり光栄です~」
「…アンタの手柄じゃないでしょうに」
「でもそれを保っているのは私の手柄でしょう?」
にこにこ、と増していく笑顔の圧力に、少女の表情はどんどん強張っていく。庇ってもらっている立場でなんだが、少し、少女に同情した。いや別に、女性が怖いとか、そういう訳ではないのだが、保健室の先生にサボりを諭されているような、そんな気分になる。
「ううん、こうして顔を突き合わせているのも、時間の無駄ですし…あ、お茶飲みますか」
「飲む訳ないでしょ」
受け取られなかった紙を下ろして少女は女性の方へと回る。あれだけ走っていたのに喉が渇いていないのだろうか。何か水分を取った方が良い気もするが。
「いらないんですか。永海が淹れてくれたお茶は美味しいのに…。さて、どうしましょうかね…。君、まだ此処にいたいですか?」
「ちょ、アンタ勝手に!」
「良いじゃないですか、丁度貴方も此処にいるんですし。条件ばっちりですよ」
「そうだけど! そうだけどそうじゃない!!」
「役者は揃っている、というやつです」
「待っ………」
「君、」
少女が女性の口を塞ごうと飛び付くも、女性はそれを華麗に避ける。
「この店で働いてみませんか?」
女性のその言葉に少女は頭を抱えて、水葱は腹を抱えて、永海だけがただいつものこと、と言わんばかりの表情でお茶のおかわりをしていた。