第二話 主人公は部外者
状況を説明しよう。さっきまで時兎は裏路地にいた。其処には変わった様子などなかったはずだ。ただ元々誰かの家の裏口だったのか朽ちかけた向こうの見える木戸があり、時兎は少女の悲鳴を背中にそれを開けた。飛び越えるという選択肢がなかったのはその一瞬前に見事なほどのバウンドを披露したからである。主に多分少女の所為で。
それが、どうしてか、家の中にいた。
知らない家だ。結構玄関が広い。
はて、時兎の開けたのは朽ちかけの木戸であったはずで誰かの家の玄関ではなかったはずなのだが。
「お客さん」
「そうだな!!」
おんなじ顔だ、と思ってから、あ、男女だ、と思う。物静かそうな少女とチャラそうな少年。おんなじ顔で此処まで差異が出るというのもすごいな、とぼんやり思った。
「何なに、お兄さん、どうしたの? めっちゃ疲れてるみたいだけど」
「え、なんか…知らない人に追いかけられてて…」
「うっわナニソレ事件? 事件? その途中で此処に転がり込んで来ちゃったってワケ?」
きゃっきゃと楽しそうな少年に説明する中で時兎ははっと飛び起きる。その時初めて時兎は自分がすっ転がっていたことに気付いた。だからおんなじ顔に覗き込まれていたのだ。でも今はそれどころじゃない。
「じ、事件かも!?」
「あはっ。お兄さん落ち着いて落ち着いてどうどう」
「っていうか、僕はなんで此処に入ったんだ…!? いつの間に!? 人に迷惑をかけるのは流石にまずいよね!? だって向こうはなんかヤバいよ、コスプレだよ」
「おうおう、お兄さんの置かれてる立場はなんとなーく分かったぞ」
先ほどから言葉を発するのは少年の方だった。少女の方は時兎に興味がないようで、くるりと踵を返して家の奥へと戻っていく。不審者を追い払うのにはこの、おんなじ顔をした少年だけで充分、とういうことだろうか。そりゃあ時兎はお世辞にも悪漢とは言えない顔をしているだろうし、少年にも拳と拳で負けそうだし、そもそもすぐ出て行くつもりだったから別に良いのだけれど。
もっと警戒心を持った方が良いのになあ、と思いながら服についた土を払う。
「じゃ。すみません、お邪魔しました」
「え?」
出ていこうとした時兎に、少年はきょとんとした顔をした。いや、その顔をしたいのは時兎の方だ。そりゃあこれ以上ないほどに助けて欲しいような状態だけれども、よくわからないコスプレ少女に追いかけ回されているこの状況に人を巻き込む訳にはいかない。
「何出てこうとしてんのお兄さん。大変なんでしょ?」
「大変だけど…ッ大変だからこそ出てくんだろ!? 見ず知らずの人に迷惑かけらんないだろ!」
「いやいやうち子供110番のシール張ってるし大丈夫っしょ」
「そういう問題!? っていうか僕子供!?」
「見たところお兄さん高校生とかそんくらいでしょ? それとも中学生?」
「高校生だよ! 十七歳! よく見えないって言われるけど!」
「まあお兄さんちっさいのに老け顔だもんなー」
「気にしてること言わないでくんない!?」
ははは、と笑う少年に悪気は見えなかった。指し示される玄関の奥。先ほど少女が消えていった方向。
「まあ中に入んなよ。オレはナギ。水の葱で水葱。さっきの真面目そうなのがナミ。永遠の海で永海。かっこいいだろ」
「あ、僕は…」
「あーいいよいいよ。どうせお兄さんは必要なら自己紹介の機会与えられるから。さっきのオレのはちょっとしたサービス、って感じ?」
「………なにそれ?」
靴は揃えてね、との言葉を残してさっさと中に入っていった水葱に時兎の選択肢はなくなったようなものだった。
言われた通り靴を揃えて水葱の背中を追っていく。開けっ放しになっているのは客間だろうか、広い空間にローテーブルとソファが置いてある。そのソファの上で。
「………」
人が寝ていた。
先に来ていた永海がその横に立って何やら話しかけているようだが反応があるようには思えない。
「涼水、お客さん」
「涼水、起きてる?」
困っていたのだろうか、水葱が後ろから声をかけると永海は息を吐いた。
んん、と水葱に反応するように声があがる。
「………起きてるよー」
「寝てたよね」
「薬飲んで」
「くすり…? ああ、イザヨイさんの。何、そういうお客さん?」
「そう。もうそこまで来てもらってるけど居間入れて良い?」
「うん、大丈夫。飲んでくるからお茶でも淹れて待ってて」
水葱と女性の遣り取りを聞き遂げた永海が、ぱたぱたとまた奥に走っていく。台所でもあるのだろう。女性がごそごそと起き上がるのを見つめるのも何だと思って視線を彷徨わせていると、水葱が心を読んだかのように席を勧めてきた。
何なんだろう、と思う。
なんでこんなことになってるんだろう、と。
女性が出ていき永海がお茶を淹れてきて、でも折角出してもらったというのに飲む気分にもなれなくて。水葱な緊張を解そうとしてくれているのか、喋る言葉にああ、だのうん、だの適当な相槌を打って。
ぱたん、と扉が開く音がする。
「あらあら、可愛いお客さんですね」
黒髪の綺麗な、ポニーテールの女性が其処に立っていた。