8話
恐る恐る目を開けると、一体の鎧がまるでぼくを庇っているみたいに立っていた。
ズドンと鉄で出来た樽のような年季の入ったフルアーマーの鎧は、錆こそないが、あちこちボコボコとへこんでは不格好に歪んでいる。背中にはこれまたボロのロングソードだ。鎧は壊れかけのブリキの玩具みたいな軋んだ音を立てながら腕を上げ、スッポリ顔を覆う兜の下でブツブツとウサギの数を数えだした。それはくぐもった声だったが、
「うん、これだけあれば上等だな」
ぼくらを取り囲むウサギの数に満足したらしい声は、ドラム缶に手足が生えた野暮ったい鎧の印象とはまるで似合わない、凜とした女の声だった。
鎧の登場で動きを止めたウサギたちが、明らかに混乱している声を上げ始めた。女がロングソードを引き抜き、ウサギに向かって走り出すと、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。その場はウサギたちの阿鼻叫喚で満たされた地獄絵図となった。
女は一目散に逃げるウサギには目もくれず、混乱し一瞬の隙を作ってしまった憐れなウサギを狙い問答無用でロングソードを叩き込んでいく。ロングソードも鎧と大差ない代物のようで、斬るというより叩き潰す感じに近く、スッパリ首を落とすような攻撃ではなく、致命傷でありながら死ぬことすら叶わない、悲惨なウサギが量産される光景を見せつけられる。
ふわふわの毛をドス黒い血で濡らし、ピクピクとその手足を痙攣させ、黒いまん丸の目でこちらを見ているように感じるウサギに、数秒前まで食われそうになっていたのを忘れてしまうくらい、堪らない気持ちになった。助けて貰ったというのに、鎧の女に対する非難の気持ちすら芽生えそうになる。
あまりに辛く、それらから目を逸らすと、収獲を乱暴に引きずりながら、ぼくが目を逸らせたモノを掴みながら、鎧がこちらに近づいて来た。地面にウサギを落とすと、鎧はぼくに詰め寄り「すまない」といきなり謝り出した。
「怪我をしていたのだな。気付かなかった。すぐに手当をしてやる」
ドラム缶染みた胴体部分に手を突っ込むと、女は道具袋だろうか、布地の袋から水筒と一枚の湿布のような物を取り出す。促されるまま傷口を晒すと、女は容赦なく水をぶっかけ血を洗い流した。痛みに引き攣るような声を上げて悶えたが、その後に貼られた湿布のおかげか、すぐに痛みは消えてなくなった。
「こ、これは?」
腕に貼られた湿布は、どういう理屈か、腕と一体化するみたいにピッタリとくっついている。まるで自分の肌のような感覚に驚き声を上げると、
「傷を癒やす札だ。聖なる者の祈りが込められている。痛みはもう無いだろう」
ラスボス戦に必須の超高級回復薬だった。ナグリの護符が湿布だったとは驚いたが、それをこんな貧乏傭兵が持っていることも驚きだ。これを一枚買う金があるなら、装備を丸ごと……いや、それをまとめて一週間分くらいセットで揃えることが出来るはずだ。