4話
「そんな近づかんでも聞こえとるわい」
老人は呆れた声音で呟くと、ぼくを軽く押しのけ家の中へと入ってしまった。ゲームと違う反応に、ぼくはどうしていいか分からなくなって、その場で直立不動のまま老人を見送ったのだが、暖簾から手首だけをのぞかせて、付いてこいと言いたげにチョイチョイと手招きされたので、おっかなびっくり家の中へとお邪魔する。
ゲームではこの村の建物に入れなかったので、初めて見る内装に物珍しさを感じ、まじまじと部屋の中を眺めた。
日本と違って土足の生活ならしく、床板は外から入る埃っぽい砂で汚れており、一歩踏む度にギシッと軋む音が鳴った。薄い板の壁で仕切られた二間からなる間取りで、開け放たれた奥の部屋には寝台が二つ並んでいる。
「そこに掛けなさい。今お茶を淹れてこよう」
二人で食事を取るのに丁度良い大きさのテーブルも外にある椅子と同じで非常に簡素だ。けれど、飾り気がまるでないそれらも、きっと丁寧に何年も使い込んでいるせいか、木目に妙な光沢が生まれていた。テーブルだけでなく、火が熾った暖炉も、生活に用いる水を溜めてある水瓶も、食器や道具が仕舞われた棚も、どれも外から見るみすぼらしい印象とは違った温かみが滲んでいる。
「無理をして体を壊しては意味がなかろう。辛い時はゆっくり休んだらいい」
棚から取り出した茶瓶に、暖炉にかけていた鍋から湯を掬い注ぐと、ふわっと甘い匂いが部屋中に広がった。まるで魔法でもかけるみたいに、手のひらで茶瓶を撫でるような素振りを見せた後、飲み口が欠けた湯飲みのような持ち手のないカップに中身を注ぐ。ほんの少しだけ紅茶のような色合いの何かが、湯気を立ててぼくの目の前に置かれる。
「腹痛に効く薬草を煎じてある。ゆっくり飲みなさい」
そう言うと、老人はまたぼくに背中を向けて、部屋にある戸棚に向かい、中から干からびてパリパリになった草の束と布巾のような布きれ一枚、それから小さな巾着を取り出した。ぼくの向かいに座り、一瞬こちらに視線を向けて「飲め」とだけ伝えると、老人は布巾を広げその上で粉々にするようにパリパリの草を何度も扱いた。
ぼくは恐る恐る出された湯飲みに口をつけた。匂いは甘いが、砂糖のたっぷり入ったジュースの味を思い出した舌は、それを甘いとは感じず、苦みも酸味もない、普通のお茶の味だけがした。
「ぁ、あの……ここは、その、なんという名前の村……なんでしゅか」
久し振りな相手のいる会話に語尾が乱れてしまった。どんどん自分のテンションと一緒に肩が内側に落ちてくる。筋肉で覆われた硬い今の体とは不釣り合いな、見事な猫背を披露する。
「ここはツゲ村、ごらんの通り何もない所じゃよ」
曲がった背中がピンと伸びる。ぼくは思わず立ち上がって老人に詰め寄るみたいに机に乗り出し、本当ですかとまだ戻らない語尾で問い詰めた。今更何を言っとるんだ? と言いたげな怪訝な表情だったが、老人は頷きぼくの感じた既視感を肯定してくれる。