3話
村の入り口から一番近い場所に建てられた家の軒先に、まるで訪問者を出迎えるようなポジションで立っている老人がいる。横に置かれた簡素な椅子、家の入り口にかかった日の丸のような模様の暖簾。さっき整理した(きっと前世だろう)記憶から、答えが飛び出してくる。
「この景色、ゲームと同じだ」
ぐるりと入り口から村を見回すと、さっきあった違和感が全て消えていた。疑問は多々あれど、ゲームの世界を現実に再現したような、偶然では片付けられない既視感で胸が熱くなった。
ここは『セイルーンクロス』のスタート地点である、はじまりの村だ。正式な名前はツゲ村と言い、この村の先にある洞窟でしか咲かない花をアリーシャに送るため摘みに行く所からゲームは始まる。
この初期イベント以外で、ここを利用する必要がないせいか、道具や防具を扱う店はないし、宿屋すらない。それを補ってくれるのが、村の入り口に陣取るあの老人なのだ。
最初のセリフ『ここはツゲ村、ごらんの通り何もない所じゃよ』を見た後(モブキャラどころかメインキャラもボイスがない使用のゲームなのだ)もう一度、話しかけると体力を回復してくれた上、薬草をくれる。フィールドに一度出て、もう一度村に入れば、同じように薬草をくれるので、ここで何度か粘り、回復薬を溜めてからイベントを進めると、比較的早く強力な武器を購入する資金を貯めることができるのだ。注意が必要なのは、無料で薬草を配布してくれるのは、洞窟に行くまで限定なので、イベントを進めてからここに戻って来ても、この恩恵は受けられない。
ぼくは迷うことなく、老人に向かって一直線に歩いた。本当にここがゲームの世界なのか確かめるチャンスでもある。ぼくは老人の目の前に立ち止まった。
「………………」
腰の曲がった老人は、禿頭をぼくに見せつけジッと地面に視線を落とし、根比べするみたいに沈黙を続けた。おかしいなと思い、一歩下がってから、もう一度老人に近づくが、不安を煽る沈黙しか返ってこなかった。
ぼくはちょっとしたパニックに陥った。ゲームでは、対象の前でボタンを押せば、勝手にセリフをしゃべってくれた訳だが、今のぼくの手の中にはコントローラーがないのだ。いや、もしかしたら、ないと思っているだけで、頭の中でコントローラーを思い浮かべれば、ゲームの操作性を再現出来るのかもしれない。そうに違いない! 縋るように目を瞑って、必死にその可能性を探る……が、無駄に鼻息が荒くなるばかりで、老人はピクリとも反応してはくれなかった。仕方無く、ぼくは最後の手段に打って出た。
「あ、ぁ……あ、あぁぁ、あのぉおう!」
本当に何年か振りに人に話しかけたので、無駄に声が震えて、裏声を交えつつ妙なイントネーションになってしまった。変な汗がいっぱい出て、喉もカラカラに渇いて、思わず老人の後頭部に向かって盛大に咳き込んでしまう。慌てて自分の手で口を塞いだけれど、盛大にツバをまき散らしてしまったようで、ゆっくりと伸ばされた老人の手は汚れを拭うよう頭を撫でた。