12話
「これは携帯食として品種を改良した実なんだ。野生の物は見た目同じでも、ほとんど汁気がなくて、もう少し苦い。まあ、食えなくはないがな」
機嫌をよくしたカタリナのうんちくを右から左に聞き流しつつ、ぼくはどうしたものかと悩む。咄嗟に本当のことを言ってしまったが、ここは誤魔化しておく方が無難だろう。「ゲームで一度ならず何十回何百回とお前を倒してやったぜ」などと決して言うべきではない。
「ふむ、それで、お前は私のことをどこまで……いや、どこから知っているのだ?」
言い回しに少し悩みながら、カタリナはそう切り出してきた。何もかもお見通しだ! と言ったようなものだったが、カタリナのことをぼくは何も知らないと、やっと気が付いた。
ゲームを進めていくと、アリーシャが王位を継ぐため試練の旅に出るのだが、その先々でレジスタンスを名乗る一団が敵対し、邪魔をしてくる。最初はコメディちっくな敵なのだが、聖剣を解放する中盤で幹部連中が姿を現し、シリアスな展開が幕を開け、その時にようやくカタリナは登場する……漆黒の魔剣士として。
そう漆黒の魔剣士なのだ。こんなベコベコのドラム缶を装備した貧乏傭兵ではない。
「ぼくの知っている『カタリナ』とお前が同一人物かどうか分からない……だから、特に話せることはないんじゃないかなーと思う、の、だけど」
「ならば、先に私が自分のことを話そう。それがお前の知る『カタリナ』と同じならば、お前の知る全部を教えろ」
誤魔化して逃げるというコマンドは、いくら探しても見つけられなかった。目の前に陣取り、真っ直ぐにこちらを見つめてくるカタリナ相手に、十年以上ロクに会話をしたことのないニートが主導権を握って対話など出来るはずがないと、ぼくは早々に諦め黙って頷いた。頷くのをしっかりと見届けると、カタリナは突然立ち上がった。
「私は誰も存在を知らぬ、ハルシェシアの第一王女として生を受けた。お前の言った『カタリナ・ハルシェシア』という名を名乗ったことはない。今まで一度たりとも、そしてこれからもだ」
濡れた髪から涙のような滴がポタポタ地面に落ちる。泣いているのかと思ったが、カタリナの表情はどこか晴れやかで、どうしてもゲーム内の復讐に燃えるカタリナ像とは重ならなかった。
「国を背負う名は、私には与えられなかった」
カタリナは再び道具袋を手に取り、大切な物のように抱きしめて見せた。
「数日前、初めて父である国王が、私の所にやってきた。この旅支度を私の腕に押しつけ「逃げよ」と仰った。故に今は流浪の身だ」