9話
「どうだ? まだ痛むか?」
心配してくれているのか、やたらと聞いてくるので、痛みは消えて違和感もないことを伝える。野生の動物に噛まれたとあっては、化膿や感染症の危険性がありそうだが、ナグリの護符はマジックアイテム、その心配はないように思えた。現に囓られ抉れた傷跡ですら、護符の下で既に跡形もなくなているのだから。
傷跡を確かめるみたいに何度も護符を摩っていると、女は「じゃあ、ちょっと手伝ってくれ」と人の返事も聞かずにぼくを無理矢理立ち上がらせた。重量も半端ないだろうフルアーマーを軽々と装備している女は、力の加減を知らないのか、ゴリラのような腕力でぼくの腕を掴む。
「て、手伝うって、何を、させるつもりですか?」
ナグリの護符の代金を支払えと言われても、ぼくの所持金の金貨では全く足らない。働いて返せとでも言いたいのか、女は頼みを断られることなど全く考えていない強引さで、ぼくの手にまだ温かいビットラビットの死体を握らせてきた。
「ひぃっ! ななな、な、なんなんだよ! これ、ここ、これ! どうするつもり!?」
「せっかく手に入ったんだ。ちゃんと処理しようと思ってな。二人いれば、わざわざ木に吊さなくても作業できるだろう」
女はぼくに手を上げ、丁度いい高さに吊しといてくれと言うと、鎧の中に手を入れ今度はナイフを取り出した。嫌な予感がする、そう頭で考えた時にはそれが的中してしまった。
ロングソードとは比べものにならない鋭利な刃をしたナイフは、ビットラビットの首の辺りを真一文字に引き裂いた。首が皮一枚で繋がった状態のソレは、ボタボタと血を吹きだし、ぼくのボロボロの靴に滴る。真っ赤に染まった靴の中が生温かくて気持ち悪い。吐き気すら追いついて来ない嫌悪感に、高く掲げた手が自然と落ちてきたのだが、その度「こうだ! こう!」と叱咤するように血塗れの手で触れてくるので、手までドロドロになった。
女はとても手慣れているようには見えない不器用な手つきで、仕留めた獲物を解体し、足下は引きずり出された臓物が山と積まれている。ぼくの嫌悪感は口から出るのは諦めたらしく、目と鼻から止めどなく流れ続けていた。
「なぜ泣いているんだ?」
怪訝そうな声で聞いてくる女をぼくは睨み付けた。フルフェイスの兜はまるで動じることなく受け止め、訳が分からんと言いたげにフルフルと左右に小さく揺れた。
「気持ちが悪い……血を洗い流したい」
無言の抗議などゴリラ女には無駄だと悟り、なんとかしろと率直に口にすると、
「近くに小さな川がある、手を洗いに行こう」
自分のドス黒く染まった手を見て、納得したように笑った。