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第五十八話 天下統一と朝鮮出兵

 津田軍が蝦夷と樺太を平定している頃、織田家の九州侵攻軍は順調に進撃していた。

 門司から上陸した織田軍の大軍により、大友宗麟は降伏して豊後一国を、龍造寺隆信、政家親子は討ち死にし、竜造寺家の家宰である鍋島直茂が信長に気に入られ、彼が代わりに肥前一国を安堵された。


 早々と信長に貢物を渡して降伏した松浦鎮信も、肥前の所領を安堵されている。


 ところが運がよかった九州諸大名はそこまでで、秋月家などを始めとする多くの国人衆が織田家の大軍の前に滅ぼされていく。


 二手に分かれた九州制圧軍は肥後と日向から侵攻し、島津家に組していた伊東氏と相良氏を滅ぼし、迎撃した島津軍にも大打撃を与える。

 本領である薩摩侵攻を防ごうと島津側も奮戦して織田軍にも多くの犠牲が出たが、島津軍の犠牲はそれ以上であった。


 結局島津家は肥後と日向から叩き出され、大隅侵攻も防げず、遂には薩摩一国安堵の条件で降伏する事となる。

 それでも滅ぼされないで済んだのは、これ以上の犠牲は看過できないと考える信長の意向からであった。


 島津家の当主義久は、家督を弟義弘に譲って隠居する。

 

 九州への仕置きも信長から発表され、噂どおりに滝川一益は筑前、筑後を賜って九州探題に任命された。

 豊前国は信長の四男於次丸信勝に与えられ、肥後は佐々成政が、日向には信長の女婿である蒲生賦秀が、大隅は織田家の直轄地となっている。


 蒲生賦秀は、信長が上洛時に降した六角家の重臣蒲生賢秀の三男であった。

 蒲生一族は日野城に籠って信長に抵抗を続けたが、主君である六角親子打ち首の報を知り、その命令を下した足利義昭からの命令により降伏、開城している。


 その際に、賦秀は三男であったので信長に人質として出されたが、その才覚を信長に気に入られて娘婿となり蒲生家の嫡男になっていた。


 前田利家と同じく、信長のお気に入りだから跡継ぎにされたというわけだ。

 そのせいで、兄氏信、氏春に不満が溜まりつつあり、賦秀の弟重郷は己の武勇に自信があり、賦秀など何するものぞと対抗心を燃やしている。

 賦秀に従順な兄弟は五男貞秀くらいで、賦秀の才能で誤魔化してはいるが、実は蒲生家は水面下で御家騒動が勃発中であった。


 ならば他の家に仕官させるという手もあるのだが、その最有力候補である津田家と蒲生家には確執があった。

 津田家が賢秀の義弟である神戸具盛を討ち死にさせ、その後の伊勢平定の過程で、具盛の妻である賢秀の妹が自害するのを防げなかったからだ。


『津田家に対し恨みごとは言わぬし、仇を取ろうなどとは思いません。ですが、我が子達を津田家に仕官させるのはお断りです』


 普段は律儀者として評判が高い賢秀からこう言われてしまっては、信長も何も言えなかった。

 そこで信長は、賢秀、賦秀親子に一国を与えて領地を増やし、兄弟の不満を押さえようとしたのだ。

 もう一つ目的があったが、これはもう少し後の話であった。


「終わったぞ。ようやく天下を統一したのだ」


 九州の仕置きを終えた信長は、一人感慨に耽っていた。

 あの一か八かの桶狭間から二十三年、ようやく日の本を統一して天下を取ったのだと。


「あとは織田政権の安定化と共に、いよいよ国外へと打って出られる」


 信長は、南蛮人の商人などから積極的に国外の情報を集めていた。

 自分も日の本を束ねて、海外へと勇躍する。

 その夢をかなえるために、また兵を出さなければならない。


 信長の決意は固く、もう暫くはこの国に安寧が訪れそうになかった。





 

 天正十二年になり、日の本の天下は一応定まった。

 政治体制をどうするのかという課題もあったが、信長は短期間に朝廷での官位を歴任して最終的には太政大臣に就任、嫡男信忠が征夷大将軍に任じられた。


 織田家は平氏を自称しているので、征夷大将軍にはなれない。

 だがその問題は、信忠が全国が統一され、使い道がなくなった足利義昭の養子に入る事で解決した。


 義昭は、相変わらず信長の討伐と足利幕府復興をかけて手紙を送り続けたが、遂に細川藤孝以下の家臣達にも見捨てられてしまい、観念して出家し寺に籠った。

 信長からは捨扶持を与えられ、生活には困らないが寂しい結末となってしまう。


 織田幕府は石山を本拠地とし、信忠は石山に、信長は官位を受けたので山城で義昭が使っていた烏丸中御門第を二条城として改築、そこで政務を執る事になる。


 信長は信忠に織田家の家督を譲っても実権を手放したわけではなく、一種の二元政治が行われる事となったのだ。

 信長は家臣達にも官位を与え、光輝は従三位左近衛大将と奥州探題の官職を授かっている。

 光輝からすると、これに何の意味があるのか最初は不明であったが、朝廷の権威とは凄いものだ。

 津田家の支配に反抗していた旧国人衆が、こぞって津田家に仕官してきたのだから。


 九州などでは国人衆による激しい一揆が発生していたが、信長は容赦なく鎮圧した。

 一方で、戦乱で荒れた土地の復興と新たな土地の開発なども行い、経済を発展安定化させるために撰銭も実行し、統治体制の強化にも入る。


「国内は信忠に任せ、まずは朝鮮だ」


 そして信長は、遂に海外への派兵を決断するのであった。





「総大将は信孝で合計十八万人、朝鮮を一気に踏み潰して、明に攻め入るべし」


 信長は、以前から朝鮮、明、天竺などを統べて子供達に与えると明言しており、まずは橋頭保である朝鮮攻略を命じた。

 これには多くの将が参加している。


 海外への派兵に不安はあったが、新たな領地が得られると気合を入れて兵を用意した者も多かった。


「総大将が三七殿ですか。大丈夫なのでしょうか?」


 江戸城において、これに参加していない男達がお茶を飲みながら話をしていた。

 光輝、松永久秀、上杉謙信の三名である。


「苦いな……」


「その苦さがいいのです」


「俺は紅茶の方がいい」


「それはご自由に」


 久秀はコーヒーを、謙信は紅茶を飲んでいる。

 好みに差があり共に隠居した年寄りなので、自分が好きなものしか飲まなかった。

 久秀はどちらも大好きだが今日はコーヒーを、謙信は最近では完全に紅茶党であり、光輝は自分で急須にほうじ茶を淹れて飲んでいる。


「総大将が、信雄様ではないのは救いですな。まあ、あのお方は……」


 与えられた伊予で発生した一揆に翻弄され、丹羽長秀に助けられてようやく平定した。

 その後も、伊予の統治では色々と不手際があるという噂が流れている。

 信長の息子でなければとっくに追放されているはずだが、信長も我が子が可愛い普通の親というわけだ。

 

 と世間でそのように噂されているほど、信雄は不出来な息子として有名になりつつあった。


「いくら名目上の総大将でも、信雄では問題なのであろう」


 謙信は、自分が織田家に服従したわけではないというスタンスを崩さなかった。

 だから石山に挨拶にも行かないで、領地の開発や軍勢の訓練に没頭している。


 信長だろうが、信雄だろうが、常に呼び捨てなのだ。

 なぜか、光輝の事は津田殿と呼ぶのだが。


「副将である柴田勝家と羽柴秀吉こそが重要なのでしょうな」


 共に有能で、戦も上手である。

 両者の仲が悪いのが欠点だが、まさか外地で自滅してまで争いはしないであろうと久秀も考えていた。


「しかし、成功するものなのか?」


「さあ? 津田殿はどう思う?」


 謙信に成功の目を聞かれた久秀は、確信が持てないので光輝に聞いてみる。


「なぜ、一番若い私に聞くのです?」


「若いからだ。我らも相当に戦歴は多いが、外地に出兵した経験などないからな」


 久秀の言い分に、謙信も賛同して首を縦にふった。

 いくら戦のベテランでも、わからない事はわからないというわけだ。


「あくまでも予想ですが……」


 朝鮮に関するデータは存在していたので光輝がそれから推察すると、気候は寒冷であり、土地は荒地ばかりで鉱山なども少なく、戦には勝てると思うが、統治は難しいだろうと予想した。


「戦には勝てる?」


「はい」


 朝鮮を統治している李氏朝鮮の内情も調べてあるので、この国が揃えている戦力を討ち破るのにはそう苦労しないはずだ。

 だが、勝利後に朝鮮を統治するのは難しいと光輝は考えていた。


「言葉も文化も違いますし、かの国は日の本の人間など格下に見ているのです。格下に支配されるなんて、彼らの矜持が許さないのでは?」


「格下? この国がか?」


「はい」


 朝鮮半島の歴代王朝は、中国の歴代王朝に従って生きてきた。

 そんな中で、自分達は日の本よりも上で兄、日の本は弟なのだという考え方を持っているのだと。

 光輝は、その辺の事情を二人に説明する。 


「朝鮮と交易をしている宗氏は、名目上は李氏朝鮮の臣下になっています。なぜそうなのかと言いますと、明は海禁政策を実施しており、朝貢貿易でないと認めていないからです。完全に守られているわけではありませんが……」


「だから密貿易ばかりなのだな」


 久秀は三好政権の中枢にいたので、明の実情にも詳しかった。


「当然、李氏朝鮮も明の政策に従っているわけです。宗氏が朝鮮との交易を認められていたのは、倭寇への対策が後手に回り、それを宗氏に助けてもらったからというのもありますが、朝貢をしていない相手との交易は認められない。宗氏は実を取って、李氏朝鮮に朝貢をしている形にして交易をしているわけです。朝貢のお礼を渡すという口実で」


 交易を潤滑に進めるため、形式上ではあるが、そうしないと李氏朝鮮としては日本と交易をしないというわけだ。

 明の冊封体制に入っているので海禁策に従わなければならず、挨拶に来た臣下に下賜するという名目で交易を行っていた。


「何とも、回りくどい話だな」


「そういう回りくどい国が相手なのですよ」


 それに加えて、もう一つ問題があった。


「よって、朝鮮が明の意向を無視して降伏とかはあり得ないのです。明も援軍を寄越すでしょう」


「救いのない話だな。景勝には注意するように言っておこう」


「久通にもだな」


「まだあります」


 いくら戦に勝ってもそこは敵地だし、補給には苦労するはずだと。

 交渉して購入するにも言葉の壁があるし、朝鮮にはそこまで余剰食料がない。

 日本みたいに、そう簡単に乱捕りに頼っては飢え死にの危機に陥ってしまう。


 無理に朝鮮の民衆から奪えば、今度は民衆すべてが敵に回ってしまう。

 もしそうなれば、朝鮮派遣軍は現地で屍を曝す事になるであろうと。

 光輝の説明に、久秀と謙信は顔を強張らせた。


「津田殿は、出兵しないですんでよかったな」


 その代わりに蝦夷と樺太の開発も加わったが、確かに何の益もなさそうな朝鮮出兵よりはマシかもしれない。


「蝦夷と樺太は今は利益など出ていませんし、これ以上津田家が戦功をあげても領地が増やせない事情もあるのでしょう」


 蝦夷と樺太は、利益が出るまでに相当資金と労力を注ぎ込まないといけない。

 東北の更に北なので、欲しいと思う者が少なかったという理由もあった。

 勿論帳簿は二重会計で、津田家は十分に利益を出していたのだが。


 朝鮮の方は、それでも人が住んでいる。

 戦に勝てれば、朝鮮を領地として利益が上がる。

 信長も参加諸侯達も、朝鮮出兵は必ず成功して利益が出ると思っているのだ。


「そう甘くはないはずですよ」


 光輝の予想は当たり、織田軍は思わぬ苦戦を強いられる事となる。

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