第五十七.五話 沿海王伊達政宗
「見よ! この広大な大地を! この地をすべて征服し、今度こそあの津田光輝を討ち取るのだ!」
光輝に負けて蝦夷と樺太を追われた伊達政宗は、同じく追放された一族、家臣、兵士の他、蝦夷と樺太の津田家支配を拒むアイヌ達も従えてシベリアの地に上陸した。
場所は、後の世に沿海州と呼ばれる場所である。
「大きな河川もある事だし、最初はここを拠点にしよう」
別の世界ではアムール河とウスリー江と呼ばれている河川があり、政宗達が上陸した場所は港としての条件も満たしていた。
これも別の世界では、ウラジオストクと呼ばれる場所である。
「小十郎、まずは急ぎ港を整備し、この近辺の現地民達を従えるのだ!」
「ははっ!」
なぜ港を急ぎ整備するのかというと、日本の商人との取引のためである。
日本というか津田家の息がかかった商人との取引であったが、それを政宗の代で伊達家の重臣となった片倉小十郎が口にする事はない。
不足する食料が手に入ればいいのであって、無意味に主君の機嫌を損ねる事はなかったからだ。
そのくらいの配慮ができなければ、伊達家の重臣は務まらない。
「順調に人数は増えているが、となると余計に食料は必要となる。食料を購入するには代価が必要となる。時間がない、急ぐのだ!」
政宗は、家臣団の再編成を急いだ。
伊達家が何度敗北してもついてきてくれる忠誠心に厚い譜代、津田家に破れ、その支配を嫌って逃げてきた関東、東北諸侯や家臣の生き残りとその従者や家族達、彼らは準譜代という扱いになった。
これに、蝦夷と樺太のアイヌで政宗についてきた者もいる。
彼らを婚姻などで伊達家の支配体制に取り込みつつ、強力な軍団を編成、急ぎ沿海州の制圧作戦に取りかかった。
「何か売れる物を急ぎ探さないとな」
五千人ほどで編成された新生伊達軍は、沿海州を破竹の勢いで侵攻し……とは言っても人口密度などたかが知れていたので、寒くなる前に沿海州の過半を占領した。
現地には、ウィルタ族、ニブヒ族、オロチョン族などの各部族がいたが、伊達軍が持つ千丁にも及ぶ鉄砲の威嚇射撃により、呆気なく降伏してその支配下に入っている。
「空砲でも効果があるのだな」
政宗は蝦夷と樺太での失敗を教訓に、現地住民を徐々に同化させる統治方法に切り替えていた。
人数が少ないので、彼らを上手く取り込まなければいけないという事情もある。
空砲ながら千丁にも及ぶ鉄砲の一斉射撃に、彼らは戦わずに降伏してしまった。
後には、大筒の試射すら彼らに見せて、伊達家の方が上なのだと彼らに知らしめもしている。
人口を増やさなければいけないので、逆らわなければ上手く用いていくというのが政宗の方針であった。
「(まあ、その鉄砲と大筒は、津田家からなのだが……)」
小十郎は心の中でそう思っても、政宗には決してそれを言わなかった。
言っても無意味だし、今は伊達家の勢力圏を広げる方が先だ。
「交易の品としては、鉱物は銅と金。海産物も豊富ですので、これは長持ちするように加工できれば。一番手っ取り早いのは、貂などの毛皮ですか」
「もっと武器や食料が必要だ。急ぎ交易品を獲得するのだ」
こうして、沿海州から津田家に金、銅、毛皮などが輸出され、それらは加工されてから日本国内中に販売されて津田家の利益となる。
伊達家は食料と武器を手に入れ、銅銭も大量に保有するようになった。
「これを、各部族の有力者に褒美として渡すのだ」
政宗は、支配下にある部族の有力者達に銅銭を褒美として与えた。
最初は銅銭の価値がよくわからないでいた彼らであったが、次第にこれで日本から輸入された米、酒、調味料、生活用品、陶器、磁器、紙、木綿、絹、青苧などが買える事を知ると、褒美として一番人気がある品になっていく。
有力者達も、配下への褒美に銭を渡すようになり、その配下も使用人に報酬や褒美として銭を渡すと、次第に沿海州でも銭が使われるようになっていった。
「(伊達家は、実質津田家の経済的な支配下にあるような……)」
その結果を見て、聡い小十郎はある事実に気がついてしまうが、彼にはそれを主君に言わないだけの分別があった。
こうして、伊達家の沿海州支配は順調に進んでいく。
「敵だと?」
「はい、この地の奪還が目的であろうと、部族の長が申しております」
短期間でアムール河とウスリー江以東の沿海州をほぼ従えた伊達であったが、そんな彼らを最初の試練が襲う。
この沿海州は、元々中国東北部に勢力を誇る女真族の支配下にあった。
現在の女真族には統一した国家がなく、明の支配下で各部族が離合集散を繰り返しているが、自分達の財布に手を突っ込まれて手をこまねいているはずがない。
侵略者である伊達家を海に叩き落とすべく、女真族は沿海州奪還の兵をあげた。
「女真族とやらの兵は、思ったよりも少ないな」
「先鋒なのでしょうか?」
迎撃準備を整える政宗と小十郎は首を傾げたが、正解は女真族同士による抗争が酷く、全部族揃っての沿海州奪還の軍をあげられなかったからだ。
交易などの利権を直接害された沿海州に接している部族を中心に、数千人の兵を送り出すにとどめた。
彼らは精強な騎馬部隊を抱えており、この数でも日の本で戦に敗れて逃げてきた敗残兵の集団には負けないと思っていたのだ。
「小十郎、こちらはそう簡単に兵力の補充が利かない。加えて、少しでも伊達家が弱さを見せれば、今は従っている部族の連中が動揺する」
「畏まりました。殲滅します」
伊達軍は敗北続きではあったが、その敗北の中で多くの事を学んでいた。
それに、元から伊達軍は弱くはない。
津田軍が常識外れに強すぎただけの事であり、対女真族との戦闘は一方的な結果となった。
「撃てい!」
「放て!」
なぜか、津田家との交易で所有数が増えていた鉄砲を伊達軍が集団で運用し。
「連中の度肝を抜いてやれ!」
同じくなぜか所有数が増えていた小型の青銅製大筒に、移動は大変だが大型の大筒も五門配備され、これも女真族に対し火を噴いた。
初めて見るわけではないが、これら兵器の威力と大音量に、女真族の主力である騎馬隊は馬が暴れて戦どころではなくなってしまう。
「殲滅せよ!」
止めで、少数であったが伊達軍でも整備されていた鉄砲騎馬隊も混乱する女真族の部隊を縦横無尽に打ち破り、女真族の軍勢はその半数以上を失って敗走した。
「勝鬨をあげよ!」
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
伊達家の命令で兵を出していた各部族は、伊達軍の圧倒的な強さを目の当たりにして驚きを隠せなかった。
と同時に、伊達家には逆らうまいと決意するが。これは政宗の思惑どおりであった。
「上手くいったが、また女真族の連中が攻めてくるやもしれぬな」
「となれば、あの手しかありませぬが……」
「今は雌伏の時だ。明に頭を下げるくらいは仕方があるまい」
政宗は、明に対して朝貢の使者を送った。
毛皮、砂金、スルメ、棒タラなどを貢物とし、自分は沿海州の主となったと報告したのだ。
「伊達政宗を沿海王に任じる。毎年朝貢の使者を送るように、代わりに、明との交易を許可する」
明は、政宗を沿海王に任じて金印を渡した。
「明とは大国よな。太っ腹ではないか」
「明は、この地に領土的野心はないようですな」
明の冊封下に入った伊達家であったが、その利益は計り知れなかった。
同じくその支配下にある女真族に対し、明から『今後、沿海王の領地に攻め入る事はまかりならん!』という命令が下されたからだ。
「大義名分にはなりますか」
「明が攻めては駄目だと言っているのに、女真族が攻めてきた。こちらは防衛せねばなるまいし、打ち破ってから追撃が長引いて女真族の領地に入り込む事もあるやもしれぬ。それは偶然としてだ」
「偶然ですか」
「そうだ、偶発的な不幸とも言うな。勿論、女真族にとってだが」
乱世の世に生きる政宗なので、これで女真族が攻めて来ないとは思っていない。
だが、もし攻めてきた時に逆に領地を広げる機会だと思っていたのだ。
「明は、女真族を押さえるのに苦労しているようだな」
明はいまだに大国であったが、衰退の時期に入りつつあるのも事実だ。
女真族を部族ごとに争わせているのも、彼らが一致団結して明に攻め込んでこないようにという政策の一環であった。
明が最盛期であったら、一国に纏めて管理した方が楽だと考えるのが普通であろうからだ。
だが、自分達で仕組んだ部族同士の抗争ですら、明はその対応に苦慮していた。
政宗があっけなく沿海王に任じられたのも、明にとっては沿海州などどうでもよく、政宗が女真族の牽制役になればいいと考えている節がある。
自分の政策に自分で躓いている。
政宗から見ても、明の斜陽は始まっているように思えた。
「だが、まだその国力は侮りがたし。上手く利用して、伊達家の勢力を広げるか……」
まずは、沿海州を完全に纏める必要がある。
幸いにして、伊達軍の強さと種子島と大筒を見て、各部族は伊達家に従順である。
次は、彼らの心からの支持を得るべく、政宗は内政を指示する。
本拠地である港町を新米沢と命名し、もっと効率よく交易ができるように大規模な工事を行わなければならない。
領内各地に入植しつつ、現地の部族と婚姻政策で混血をおこない、彼らとの交流と交易を増やすために街道の整備も必要であろう。
狩猟と漁業にほぼ生活のすべてを頼っている彼らに対し、寒冷地に強い作物の栽培、極寒の冬に備えて防寒技術の普及なども行う予定だ。
沿海州は、夏には農業が可能なほどに温暖になる。
夏の間に小麦、蕎麦、大豆、各種野菜を作らせ、それらを漬物やザワークラウトにし、室内でもやしやスプラウト栽培させ冬の野菜不足を補う。
娯楽としての本なども与え 伊達家から便利な技術や物品を得て生活をよくするためには、日本の言葉や文字を覚えた方がいいと彼らに思わせるようにしたのだ。
伊達家側も、通訳や語学教育をおこなえる人材の育成に力を入れ始めた。
「そして、この手法で領地を広げるのだ! 津田光輝め! 今に見ていろ!」
今のところは順調なので、政宗はご機嫌であった。
家臣達は、政宗が日課にしている津田光輝への罵りを聞いて安心し、それぞれの仕事に戻っていく。
「(まあ、これら政策や産品は、すべて津田家からだがな……)」
片倉小十郎は、伊達家の現実を理解して心の中で溜息をついた。
それを政宗に言ったところで意味がないし、今は力を蓄える時期である。
それは十分に理解しているのだが、伊達家が一の利益を得ると、津田家が三……もしくは五くらい利益を得ているのではないかと思ってしまうのだ。
「(かと言って、この方法しかないわけだが……)」
小十郎は心の声を死ぬまで胸にしまいつつ、その後も伊達家の重臣として勢力拡大に貢献し続けるのであった。




