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銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。(本編完結)(コミカライズ開始)  作者: Y.A


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第五十五.五話 鮭といえば……

「本当に禁酒をしているのですね?」


「今日子殿から死ぬと言われたからな。景勝はまだ若い。俺がもう少し後ろ盾にならないと上杉家は領地を保てまい。俺は生きねばならぬのだ」


 光輝の嫡男信輝が出征中、上杉謙信が江戸を訪ねていた。

 少し話をした後に一緒に食事を始めるが、彼は一滴も酒を飲まないでお茶を飲んでいる。

 禁酒するまでは酒を浴びるように飲んでいたと聞いていたので、光輝は謙信の意志の強さに感心していた。


 食べている料理も、謙信に合わせて健康に気を使ったものになっている。

 光輝と今日子もたまには健康に気を使うかと思い、謙信と同じ食事を取っていた。


 それでも今日子が考えた献立なので、そこまで質素というわけでもない。

 塩分を押さえる代わりに出汁や酸味などで味を増したり、野菜も美味しく調理されて、光輝もたまにはこういうメニューもいいなと思っていた。


 毎日だと大変かもしれないが。


「今日の締めは筋子茶漬けか……筋子って大丈夫なのか?」


「大丈夫よ」


 光輝は、痛風である謙信が魚卵を食べていいのかと疑問に思ったのだが、今日子は大丈夫だと太鼓判を押す。


「プリン体は、肉と魚の内臓に多く含まれるの。卵である筋子や数の子は大丈夫。量も少なくしてあるし」


「そうなんだ」


 光輝にはその手の知識がないので、普段の食生活も今日子に頼りきりであった。

 美味しい物を食べたいからこそ、津田家の人間は普段栄養のバランスを考えて食事を取っているのだ。


「(ぷりん体? 初めて聞くが、やはり今日子殿の医学に対する知識は凄いな)」


 謙信は、今日子の医学知識の豊富さに驚かされるばかりであった。


「今日の筋子は、どこが産地なのかな?」


「ええと、どこだったかな? 仙台の近くだと思う。義光さんが贈ってきたから」


「ああ、義光ね……」


 仙台城代になった義光は、もう一つ自ら志願してある事業の責任者となっていた。

 津田家の領地である関東北部や東北には、有名な鮭の産地が多い。

 だが、獲るばかりでは駄目だと、津田家では鮭の人工ふ化と放流事業を積極的に行っていた。

 鮭の減少を防ぎ、あわよくば収量を増やすためであった。


 この事業の責任者に、義光が志願したのだ。

 津田領内はおろか、蝦夷の一部でも行われている鮭の人工ふ化と放流事業の責任者となり、仙台城代として忙しい日々を送りつつも、時間が空くと各地を飛び回っている。


「鮭が好きみたいだな、義光は」


「みたいだな、俺もそれは知っていた」


「なぜ謙信殿が知っているのです?」


「それはだな……」


 上杉家が、織田家に臣従する前の事。

 謙信は戦が終わって手打ちになると、その大名に越後の名産である鮭を贈る事が多かった。

 以前に戦で破った最上義光にも贈ったのだが、その時に随分と丁寧なお礼状をもらったのだそうだ。


「越後の鮭は、地元の物とはまた一味違うそうだ」


 そこまで言えるのだから、確かに義光は鮭が大好きなのかもしれない。


「そういえば、越後も鮭の有名な産地ですよね。村上とか」


「そうだな、村上の鮭は有名だ。畿内へも販売しているぞ」


 津田家が蝦夷から輸入したり領内の生産量を増やしていたが、やはり鮭は高級品扱いであった。

 濃尾と畿内は織田家の統治で安定し、次第に銭の流通量も増えて経済が上向いている。

 庶民でもお祝いの時などには鮭を食べるようになり、いくら輸入しても足りないので、織田領内では相場が高止まりしている状態であった。


「津田殿は、他の鱒を養殖していると聞くが」


「はい」


 イワナ、ヤマメ、ビワマス、サクラマス、サツキマス、ヒメマス、クニマス、アマゴ、など。

 標高が高く水が冷たい湖や河川を利用して人工ふ化、放流、養殖を行い、これらも焼き干しや塩引き、荒巻鮭のように加工して畿内にも輸出していた。

 

 中禅寺湖、芦ノ湖、木崎湖などは、マス類の養殖や放流で有名な産地になりつつあった。

 他にも、多くの標高が高い湖で養殖事業の準備が始まっている。


「越後も、資源管理を徹底せねば漁獲量が減ってしまうか?」


「そうですね、将来的には乱獲で減るかもしれません。それを防ぐための人工ふ化と放流ですから」


 鮭類の海上での養殖も検討はしたのだが、まだ研究段階で時期尚早という結論に至っていた。

 やはり、蝦夷と樺太を領有化して生産量を増やした方がいいかもしれないと光輝は思っている。


「越中や能登でも鮭の漁獲を強化したい。となると、やはり人工ふ化と資源管理の技術は必要か……」


 謙信は暫く考え込んでいたが、さすがにその技術まで無料で渡すわけにはいかなかった。

 他の領地が乱獲で鮭、マス類を減らしてくれれば、その分津田領における鮭、マス関連の産業は安泰になるからだ。


「越前に漏れると面倒ですからね」


 越前には、光輝嫌いで有名な柴田勝家がいる。

 ここも鮭の産地としては有名で、越前も勝家の命令で鮭の漁獲を増やしていた。

 もっとも、養殖や人工ふ化などが行われている様子もなく、光輝が勝家に乱獲による鮭の減少を忠告してやる義理もない。

 放置して、越前の自滅を待っている状態であった。


 だが、上杉家に技術を教えてしまうと、柴田家に情報が漏れてしまう危険性を考慮して躊躇していたのだ。


「越前か……面倒な奴だな。勝家は」


 謙信も、勝家はあまり好きではないらしい。

 奴扱いなので、好感度はお察しというわけだ。


「偶発的衝突でも、一旦柴田軍と戦端が開かれれば信長が上杉家討伐を決心する危険性があった。それがわかっていたから、奴は嫌らしい挑発を繰り返していた。こちらは、家臣達を押さえるのにどれだけ苦労したか……」


 加賀と越中、能登との国境付近で、度々柴田軍は上杉軍を挑発しており、謙信は『柴田軍を討つべし!』と血気に逸る家臣達を押さえるのに苦労したのだと光輝に説明した。


「(あのおっさん、本当に戦が好きだよな……)」


 勿論そればかりでなく、勝家は信長が警戒している謙信に先に手を出させ、それを口実に上杉家を討とうとしたのであろう。

 勝家の策を見抜いた謙信は、逸る家臣達を押さえるのに苦労したというわけだ。 

「よって、柴田家に技術を漏らすなど絶対にない。技術を売ってくれないか?」


 謙信は、無料で技術を寄越せと言わなかった。

 さすがにそこまで図々しくはないようで、技術を売ってほしいと光輝に頼んだ。


「まあ、買っていただけるのなら……」


 とはいいつつも、やはり光輝は技術を売るつもりはなかった。

 そこで、到底出せないような金額を提示して、謙信が折れるように仕向ける。


「よかろう、金はあとで届けさせる」


 だが、謙信は一枚上手だった。

 よほどの大金持ちでも躊躇するような額を、謙信は一括で支払うというのだから。


「そんな大金、本当に大丈夫なのですか?」


「佐渡で金山が見つかってな、支払いは大丈夫だ」


 謙信は、領内の開発費用と食料の輸入のために鉱山の探索と採掘を強化していた。

 その過程で、本来は銀しか採れないと思われていた佐渡で金山を見つけたのだと光輝に説明する。


「よって、一括で支払おう。技術を持つ者の越後派遣を頼むぞ」


「はい……」


 まさか、今さら駄目とも言えないので、光輝は謙信に鮭、マス関連の技術を売る羽目になってしまった。


「金山も銀山も、いつかは掘り尽して廃鉱になる。その前に、越後平野の干拓と新しい産業を育てねばな」


 謙信はそう言いながら、光輝に対して『してやったり』という表情を浮かべた。


「今度、越後の鮭でも贈ろう。越後の鮭もこれでなかなかだぞ。様々な料理も研究されていて、氷頭なますや、めふんの塩辛、どんぴこ(心臓)や他の内臓も美味しいからな」


「謙信様、残念ながら塩辛は塩分過多、内臓類はプリン体過多で食べるのは禁止です」


「ううっ……」


 光輝よりは上手である謙信も、残念ながら今日子の健康指導の前には敗れ去ってしまう。

 目下のところ、謙信にとっての最大の敵は塩分とプリン体であった。






「兄貴、あのおっさん、本当に一括で払ったんだね」


 暫くしてから、謙信より技術料として大量の金が届いた。

 売ると言って代金をもらった以上は、光輝も上杉家に鮭、マス関連の技術を教えないといけない。

 早速清輝と共に、越後に派遣する人物の選定に入った。


「鮭といえば、最上義光でいいんじゃないの?」


 津田家において、鮭といえば義光だ。

 仙台城代として忙しいはずなのに、鮭、マス関連の事業にも精力的に参加して成果をあげている。

 津田家中でも、鮭と言えば義光を思い浮かべる人物が多く、本人もそれを誇りとしているところがあった。


『なるほど、山女魚や岩魚も鮭の類似種が陸封された仲間なのか』


 義光は、暇さえあれば鮭、マス関連の書籍を漁って知識を蓄えていた。

 鮭の養殖を目指して、実験を始める場所の選定にも力を入れている。


「でもさ、義光は仙台城代の仕事があるじゃないか。越後に派遣は辛くないかな? スケジュール的に考えて」


「確かにそうだな……となると……」


 光輝の脳裏には、もう一人鮭に詳しい人物が浮かんでいた。

 その人物は義光よりも地味であるし、鮭、マスの世界に入ってから日が浅かった。

 だが、彼は後発でもやる気がある。

 何しろ、苗字が鮭延なのだから。


「鮭延秀綱でよくないかな? 義光の次に詳しいけど」


 鮭延秀綱は、津田家との戦で死にかけた人物だ。

 津田軍との戦で行方不明になり、一時は討ち死にの判定を受けていたが、実は重傷ながらも生き残っていた。

 負傷による後遺症のせいでもう二度と戦場には立てなくなったが、秀綱は津田家に仕官して文官としての仕事をこなす傍ら、義光が仕切る鮭、マス関連の事業にも参加している。


 秀綱は元は最上家に属していた事もあり、忙しい義光の補佐で大活躍していた。


「そうだね、僕も秀綱がいいと思うよ」


「じゃあ、決まりだな」


 こうして、津田家から越後に派遣する技術者は鮭延秀綱に決まった。


「必ずや、やり遂げてみせます」


 津田領内での仕事もあるので、それから数年間、秀綱は津田領と上杉領を行ったり来たりしながら上杉家に鮭、マスの人工ふ化、放流、マス類の養殖技術などを教えた。

 後に、秀綱は謙信からその功績を称えられて感状と褒美が贈られ、後世まで越後に鮭、マス関連の技術を伝えた人物として名が残る事となった。


 そのような経験を経てから、秀綱は忙しい義光に代わり、津田家の鮭、マス関連の技術と事業を統括する責任者に任命されるのであった。


『クソっ! 忙しくなければ、私がその地位に就けたのに!』


 なお、この人事に唯一愚痴を溢したのは、他の仕事が忙しくて鮭、マス担当を外されてしまった義光であった。

 彼は、どこまでも鮭好きであった。

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