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第五十四話 越後平野大干拓事業

「出羽の放棄か? まあ、よかろう」


「本当によろしいので?」


 伊達政宗の蝦夷追放により、津田家による東北平定はひと段落した。

 これより信長による国割が行われるのだが、一つ大きな問題がある。


 越中、能登、越後、出羽の一部を有する上杉謙信の存在だ。

 信長から見ても、今の謙信の存在は不気味そのものであった。


 津田家の関東平定に合わせて兵を出してくる事を予想したのに、彼は食料の購入を条件に関東への出兵を行わなかった。

 その間に、反抗的な揚北衆や佐渡の本間一族など、独立傾向が強かった越後豪族達を族滅して上杉家の力を増し、津田家の東北侵攻に合わせて酒田を落とした。


 今は、領地の開発に全力を傾けている。

 特に傾注しているのは、越後平野の干拓事業であった。


 光輝がいた世界と、この世界の歴史は微妙に違う。

 だが、共通項の方が多い。





『津田殿よ、越後を豊かにする方法はないのか?』


 謙信は突然フラりと江戸に現れ、今日子の健康指導を受けてから光輝に色々と尋ねる事が多くなった。

 暗殺の危険があるかもしれないのに、謙信はなんの前触れもなくわずかな護衛のみを連れて江戸に姿を見せる。

 国力差からいえば上杉家に勝つのは難しくないはずなのだが、光輝も信長も、なぜか謙信に苦手意識を持ってしまった。


 もし戦になると、何かとんでもない事をするのではないかと思ってしまうのだ。

 だから謙信が大人しい事に安堵して、手も出さずに放置している。

 戦端は一度も開かれていないが、正式な同盟関係でもない。

 織田家と上杉家の関係はそんな感じであり、津田家も通商条約を結んでいるにすぎなかった。


『越後平野の干拓で収量を増やすとか?』


『なるほど』


 データは、カナガワのデータベースに残っていた。

 光輝がいた時代でも、昔に越後平野を干拓して米所にした過去があったからだ。

 越後平野は東京都にも匹敵する面積を持つ。

 干拓に成功すれば、越後の農業生産量は劇的に増大するであろう。


『しかし、成功するであろうか?』


『それは、謙信殿が本気を出すかどうかですな』


 越後平野は水はけが悪く、田は泥沼のような湿田で、農作業のためには腰まで泥に浸からなければならない。

 河川が氾濫するとすぐに洪水となり、洪水になってもなかなか水が引かず、農民達は貧しい暮らしを強いられている。


『戦で兵を出すか、干拓で兵を出すかでしょう? 油断をすれば命を奪われるのも同じ、銭もかかるでしょう。勝利できれば大きな実りもあります』


『なるほど、確かに戦だ』


 光輝の言い分に納得した謙信は、以降領外への出兵を止めた。

 農閑期に、集めた兵や金で雇った農民達を指揮して、大規模に新潟平野の干拓を始めたのだ。

 鉱山の開発も促進し、金銀銅鉄などの鉱物を津田家に販売して食料不足を解消、津田家から新しい製塩技術も導入して生産量を上げた。

 越後で産出する燃える水も津田家で全部買い取っているので、今は生産量を上げている最中であった。


 その他の領地の開発も積極的に行い、上杉領の生産力は徐々に増大していく。


 そんな中で、遂に信長は謙信に通達を出した。

 織田家に従えと。

 既に正二位内府の官位を授かっている織田信長に従えと命じたのだ。


 信長からすれば一種の賭けであったが、謙信はこれを呑んだ。

 彼は上杉家の家督を景勝に譲ったが関東管領職は継がせず、自分は隠居を宣言したのだ。


 自分は頭を下げないが、義息子の景勝には頭を下げさせるというわけだ。

 急遽上杉家の当主となった景勝は建設中の石山城へと挨拶に向かい、上杉家の領地の確定作業に入る。

 越中、能登、越後の領地安堵で、出羽は没収という事になったが謙信はこれも呑んだ。


「意外そうな顔をしておるな。津田殿」


「ええ、正直呑むとは思いませんでした」


「俺は数の計算も出来ないアホではないのだ。織田家に勝てるわけがないとわかれば、従うしかあるまい」


「天下を欲していると思いました」


「信玄もそうだが、聞けばみなそう答えるだろうよ。家臣達の手前もあるからな」


 夢は大きく語るが、実現可能とは言っていない。

 勢力拡大を目指していると家臣達に思われ、それが実現すれば自分達の加増にも繋がる。

 そういう風に思われれば御の字という事らしい。

 忠義など建前で、家臣は利益がないとついてこないのだと、謙信は光輝が引くほどドライな発言をした。


「出羽は、信長の五男坊にくれてやるのであろう?」


「はい」


 出羽は、津田家が押さえている置賜郡を除き、すべてが信房に与えられる事となった。

 大領になったのは、やはり東北が僻地であるという点が大きい。

 しかも、在地勢力を滅ぼして平定したばかりで不安定な土地でもある。


 信房の義父になった光輝の補佐で、出羽統治を安定化させるのが信長の狙いであった。


「これよりは、景勝が信長の命で兵を出し、俺が越後で領地を治める。そういう役割分担になるわけだ」


「なるほど」


 こうして織田家の服属大名になる道を選んだ謙信であったが、信長はまだ健在な彼を怖れ、同時に気を使った。


「ミツ、謙信坊主が越後平野の大開拓をしていると聞いたが……」


「はい、その労力を戦ではなくて開発に向ける。素晴らしいではないですか」


「上手く誘導したようだな……」


「時間がかかりますからね」


 越後平野の干拓は、数年で終わるような事業ではない。

 謙信が死ぬまでにある程度の目途がつくかというレベルの大工事であった。


「ならば、余計な事を考えないようにしてやれ」


「ははっ」


 信長からの命令で、津田家からも技術者や工事を行う人足などを派遣している。

 彼らを統率するのは、上杉方と騒動になってもそれを治められる経験を持つ人物という事で、日根野弘就が団長に任じられていた。


 そしてその下に、二千人を率いる津田信輝の姿もあった。


「日根野の爺、越後は寒いな」


「若殿、私はまだ若いので爺は止めてください」


 人生五十年の時代に、弘就はもう六十を超えている。

 家督は嫡男の高吉に譲り、他三人の子供達も分家として独立させていたが、自分はまだ十分に働けると『隠居延長制度』を利用してまだ現役を貫いていた。


「お爺様、お爺様はもう十分に爺と呼ばれる年齢ですぞ」


「吉明、人を見かけで判断してはいけないのだ。私はまだ十分に若い」


 信輝の御付きとして同行していた嫡孫吉明の発言に、弘就はムキになって反論した。


「まあまあ、今は日根野様の年齢よりも越後平野の干拓ですよ」


「よくないわ! 私はまだ若い!」


 同じく信輝の御付きである本多正純の取り成しはあまり効果がなかったが、それでも今までの経験と教育に従って津田軍も作業に入る。

 開拓の計画、各種設計図や工程表などは、謙信からの要請で津田家側が提出していた。

 これに従って工事を行えば人災も少なく、最も効率よく干拓が進むというわけだ。


 津田軍も担当部署を教えてもらい、弘就が三千人を指揮して干拓工事の手伝いを始める。


「さすがだな」


「最古参に近いですからね」


 弘就は、武藤喜兵衛、島清興、佐竹義重のような派手さはなかったが、元は斎藤六宿老として斎藤家の政務を執っていたのは伊達ではない。

 何でも器用にこなせるので、各地の城代に、反乱鎮圧、徴税や開発の指揮にと活躍して光輝から重用されている。

 彼の四人の息子が全員独立した家を持っている事からして、弘就の有能さと重用ぶりがよくわかるというものだ。


 信輝の御付きとして孫が六人も指名されている点からしても、弘就が津田家では厚遇されている証拠であった。


 ただし、最近彼を年寄り扱いすると怒るので、それには注意が必要であった。


「若殿は、宿舎の建設をお願いします」


「任せてくれ」


 信輝は二千人を指揮して、津田軍五千人が暫く滞在する宿泊地の建設に入った。

 上杉家から許可をもらった土地に、輸送してきた組み立て式の建材でプレハブに似た家を建てるのだ。

 寝るのは防寒も考えて寝袋であったが、外で寝るのと建物の中で寝るのとではまったく違う。

 兵士達に温かい飯を作る調理場や、厠をちゃんと整備して伝染病などを防ぐ事も重要になる。

 戦にも通じる大切な仕事であり、信輝達は弘就に相談しながら作業を進めていた。


「津田家の次期当主殿、応援に感謝する」


 作業をしていると、そこに上杉謙信が姿を見せた。

 工事の総指揮を執っているのだが、春日山城での政務もあるので姿を見せる日は少なかったのだ。

 今日ここに来たのは、応援に来た信輝達に挨拶をするためであった。


「謙信公だ……」


「本当だ……本物だ」


 津田軍の将兵達は、今では伝説扱いにまでなっている越後の軍神上杉謙信を直に見られて感動している者も多かった。

 謙信は小柄で痩せ型、戦傷の影響で歩行時には左足を引きずり杖代わりに青竹を持っていたが、滲み出る迫力に歴戦の弘就ですら圧倒された。


 伊達に、あの武田信玄と互角に戦っていた人物ではないと。


「わざわざのお越しに恐縮の極みです。津田太郎信輝と申します」


「津田殿のご子息は、礼儀正しい若者であるな」


 信輝と謙信は話を始めるが、信輝には多くの御付きがいるのに対して、謙信は二名の護衛のみを連れて視察に来ていた。

 その度胸のよさにも、津田家の人間はみな感心している。


「信玄は途中で倒れ、氏政も滅ぼされた。たまたま生き残った私など、津田殿に比べれば大した事はない」


「父がですか?」


 信輝の知る光輝は、戦では本陣で『かかれ!』か『攻撃開始!』しか言わない。

 政務でも、家臣から報告を聞いても『いいんじゃない』くらいしか言わなかった。

 熱心なのは、主に食べ物関係の政策のみだ。

 

 普段はよく、光輝の弟でなかなか外に出ない、信輝からすると叔父の清輝とバカ騒ぎをしている。

 津田家は凄いのかもしれないが、信輝には我が父ながら光輝が謙信に怖れられるような人物には見えないのだ。


「普段はあんな感じなので、信輝殿の気持ちはわかる。俺は関東管領職を継いで何度も関東に出兵したが、遂に北条家は滅ぼせなかった。信玄とも決着がつかなかった。なのに、津田殿は両方を滅ぼしている。今回の越後平野開拓も、計画案はすべて津田殿が出した。上杉家では手も足も出ぬよ」


 工事の計画案の事もそうだが、謙信は越後平野の詳細な地形図を把握している津田家に恐怖した。

 もし攻め込まれでもしたら、簡単に防衛線を突破され、伏兵や奇襲を受けて上杉軍は敗退してしまうと。

 どんな策を立てても敵の方が越後の地理に詳しいのであれば、そもそも策など立てる意味がないのだから。


「種子島と大筒の火力でも勝負にならぬ。出羽の放棄くらいで済んだのだから御の字であろうな」


「はあ……」


「そなたの母御は怖いな。酒と塩分を控えろと怒られる。おかげで、最近はもっぱらコレだな」


 謙信は、信輝達に紅茶を淹れて出した。


「あとは、松永殿が勧めるこーひーであるか。もっとも、痛風なので砂糖を入れるのは今日子殿から禁止されておる。あの夫婦は、本当に怖い」


 紅茶を振る舞い話を終えると、謙信は春日山へと戻っていく。


「爺、父上は怖いのかな?」


「いまだによくわからぬ部分が多いですからな。それと、私は爺ではありません」


「(まあ、それはそうか……)」


 津田家の奥の院と呼ばれる様々な秘密技術や、江戸湾沖にあるカナガワという巨大な船舶。

 これの後継者でもある信輝は、キヨマロや清輝から極秘裏に特別な教育を受けていた。

 他にカナガワの事を知っているのは、もうすぐ元服する次郎と、清輝の息子である信清、信行の四名だけであった。


「さあて、作業を続けるぞ」


 津田軍は、雪深くなるまで越後平野干拓の手伝いを続けた。

 次の年以降も津田家は数千人規模の応援を送り続け、次第に津田家と上杉家は親密な仲になっていくのであった。

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