第五十二話 東北諸侯連合軍
「伯父上、いよいよ東北諸侯一同の力をもってして、津田家から勝利を得る時です」
最上義光は、自分の目の前で得意気に必勝策とやらを話す甥の伊達政宗に溜息が出る思いであった。
本拠地の米沢を含め、すべての領地を津田家に奪われた伊達家の新当主政宗は、小野田家や戸沢家を義光の援助を得て滅ぼし、新しい領地を得ていた。
他にも、浅利家、由利十二党、安東家と服属させ、南部家や大浦家にも積極的な外交を展開、ほぼすべての北奥州諸侯が参加する連合軍の結成に成功する。
そのような難事を、わずか十三歳の政宗が行う。
義光は自分の甥の力量に驚くばかりであったが、同時に迷惑でもあった。
寒河江、天童、白鳥、鮭延の各豪族をようやく従えたのに、自分も対津田戦に参加しなければいけない雰囲気になってしまったからだ。
「(このガキ、何をしてくれる!)」
義光からすれば、政宗の行動は迷惑そのものであった。
津田家、上杉家と、勢力圏を接している強力な仮想敵がいてどう領地を守ろうか悩んでいるのに、こちらから津田家に攻め込むなど狂気の沙汰であったからだ。
「津田家の国力と戦力をどう考えるのだ?」
「はい、伯父上。戦線は二つを想定しております。南部、大浦、九戸、和賀、稗貫は旧葛西、大崎領を目指す予定です」
「(この野郎……)」
義光には、政宗の魂胆が見えた。
南部軍などに津田家の主力を引き寄せ、その間に伊達、最上連合軍は米沢を奪還、講和で津田軍を退かせようと考えているのだと。
南部家らも政宗の意図くらいは見抜いているであろうが、彼らは津田家の戦力を正確には把握していない可能性がある。
それでも葛西家、大崎家の滅亡を見て危機感は抱いているから、今までは内輪もめで忙しかったのに連合軍を組んだのであろう。
政宗がその点を上手く突いたのは認めてやっていいと思う。
だが、それで勝てるなどという認識が甘いと義光は思うのだ。
共同防衛に関する同盟ならともかく、今津田家に攻め込んでどうするのかと。
「全軍で津田軍に当たらないと勝てまい」
「伯父上、それは不可能ですよ」
確かに、不可能……いや物凄く難しい。
常に小競り合いばかりして争っているので、下手に連合軍を組むと連携が上手くいかない可能性があった。
軍勢を分けて二か所で戦線を構築するのは、実は悪い手ではないのだ。
離れていれば、戦場での裏切りも気にしないで済むのだし。
義光はすぐにそういう考えに至る自分が嫌になるが、残念ながらこれが今の奥州の現実であった。
「もう少し力を蓄えてからの方がよくないか?」
「いえ、それだと間に合いません」
義光は、それは理解していたのかと思った。
政宗は米沢において地侍衆の一揆を計画していたのだが、あまり人が集まらなかった現実があった。
伊達家の威光よりも、津田家が与える豊かな暮らしが彼らの動きを封じたのだ。
米沢失陥の時に大規模に蜂起したみたいだが、それこそ津田家の罠であった。
多くが討たれ、降り、今では蜂起させても数が少な過ぎてどうにもならない状態になっていた。
もしこのまま米沢の津田家支配が続くと、取り戻しても今度は反伊達一揆が起こりかねない。
津田家支配が浸透する前にというのは、正しい認識ではあった。
それが可能な戦力なのかどうかは、また別の問題であったが。
「勿論、伯父上にも参加していただきます。これは、東北諸侯全員の総意なのです。まさか、参加せぬとは仰いませぬな?」
「……兵を出そう」
参加しなければ、裏切り者として津田家の前に最上家が滅ぼされてしまうかもしれない。
そう考えた義光は渋々兵を出す事を了承したが、同時にどう生き残ろうかと裏で色々ともがき始める事になる。
「殿、別働隊の指揮はお任せを」
「南部や大浦の連中によろしくな。多分、俺は顔を見る事もないけど」
秋の収穫後、津田軍は十万人の大軍を編成して二方向から敵領へと侵攻した。
津田軍はよほどの事がない限りは、先に自分から敵領に攻め込む。
せっかく開発をしている領地が荒らされるのが嫌だからだ。
別働隊を指揮する島清興、武藤喜兵衛などは一気に和賀領を攻撃、和賀家は南部家や大浦家の援軍が来る前に滅亡した。
続けて、稗貫領を攻めている時に南部家、大浦家、九戸家連合軍と全面戦闘になる。
別働隊は五万人で、その内鉄砲は四万丁、移動に便利な青銅製小型大筒なども三百門装備されており、それに清興の猛攻を食らったのだ。
連合軍は二万人以上の犠牲を出して撤退し、あとは津軽半島まで一か月ほどで蹂躙された。
南部晴政、晴継、信直、北信愛、大浦為信、九戸政実、和賀義忠などが討ち死にし、ほぼすべての諸侯が滅ぶ事となる。
「攻撃開始!」
米沢奪還を狙った伊達、最上以下諸侯連合軍も、光輝が率いる本軍によって先制攻撃を受けていた。
「楯岡満茂殿、銃撃を食らい討ち死にしました!」
「志村光安殿、砲撃を食らって討ち死に!」
「鮭延秀綱殿の行方がわからなくなりました! おそらくは討ち死にしたものと」
次々と最上家の家臣達が討ち死にしたという報告が入り、兵達も銃撃でバタバタと倒れていく。
ようやく接近しても、津田軍は斬り合いでも弱くなかった。
統一された見事な武具を一兵卒までもが装備し、綺麗で頑丈そうな槍や刀で襲いかかってくる。
義光は、津田兵は金で雇われているので乱戦になれば逃げる者が多いかもしれないと淡い期待をしたが、残念ながら彼らは士気も高かった。
毎日厳しい訓練を受けていたのと、末端の兵士は世襲制ではなかったが、実は討ち死にや引退をすると、自分の血縁や知人を優先的に推薦できるシステムが存在していたからだ。
討ち死にや、軍務を続行不可能な負傷をすると纏まった額の見舞い金も出るし、残された家族へ職の斡旋もある。
敵前逃亡と認定されるとその権利を失ってしまうので兵達は必死に戦い、義光の目論みは見事に外れてしまった。
「大筒か!」
どうやら、連合軍が容易に津田軍本陣に接近できたのは、後方にも大筒を撃ち込むためのようだ。
義光の傍でも大筒の着弾により地面が掘り返され、砲弾の直撃を受けた兵がバラバラになるのを見てしまう。
「政宗め!」
義光はこの事態を招いた甥政宗に激怒したが、今はそれどころではない。
急ぎ撤退の準備を始めるが、既に政宗は手勢を率いて逃げ出していた。
「あのクソガキ!」
義光は、人目も憚らずに政宗への悪態をついた。
最上軍には伊達軍の指揮権などないので逃げても問題はないのだが、連合軍の発起人が我先にと逃げ出した事に腹の虫が治まらなかったのだ。
「降伏だ! 政宗につき合えるか!」
もうどうにもならないと思った義光は、観念して津田軍に降伏した。
義光はすぐに津田軍によって武装解除され、生き残った家臣達と共に寺に軟禁される。
最上領のすべての城が落ちて家族も軟禁されたが、最後まで戦って一族ごと滅んでしまった地侍なども多い。
そして、逃げ出した政宗であったが……。
「ふんっ! 首を討ちたければ討つがいい!」
津軽地方を制した別働隊と挟み撃ちにされ、呆気なく降伏していた。
光輝の前に引き出された政宗は、命乞いもせずに吠えている。
「少し戦力算定が甘かったのでは?」
光輝は、嫡男信輝よりも若い政宗に気をつかって声をかけてみた。
いざ実際に顔を会わせてみると本当に子供なので、すぐに打ち首とは言い難かった面もあったからだ。
「上手く行くと思ったのだ」
「そうか」
「次の機会があれば、津田軍など必ず討てるわ!」
光輝に対し堂々と言い放つ政宗に、義光は眩暈を感じてしまう。
ここで強気に出てどうするのだと思ったからだ。
捲土重来のために少しは謙れよと、義光は心の声で政宗に忠告した。
「ほう、次は勝てるのか」
「ああ、必ず勝てるさ!」
「では、次の機会に期待しようか。とはいえ、蝦夷で頑張らぬと駄目だが」
「蝦夷だろうが、必ず再起してやる!」
政宗の大言壮語が光輝に認められ、伊達軍は解放される事となった。
ただし、すぐに津田水軍の船で蝦夷に送り込まれる。
ある程度の武具や食料などは与えるが、あとは自分で何とかしなければいけないという条件だ。
「ふんっ! 蠣崎を攻めればいいのだ!」
それでも、やはり伊達家は名門であった。
家臣やその家族、滅ぼされた東北大名の一族や家臣も合流し、一万人近い集団で蝦夷に上陸したのだから。
「伯父上、蝦夷で一旗挙げぬのか?」
「いや、私は遠慮しておく……」
義光は、政宗からの誘いを断った。
あんな未開で極寒の地に行くのなら、津田家に降伏して仕えた方がマシだと思ったからだ。
「蝦夷やその北を平らげて、津田家と雌雄を決せん!」
政宗はまるで悪びれる事もなく、将来の津田光輝打倒を目指して蝦夷へと旅立っていくのであった。




