第五十.五話 内輪の夕食会とおでん
「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」
石山での宴会が終わってから、光輝と今日子は親しい人達を呼んで夕食を共にしていた。
メニューは寒い時期なのと、昼の宴会で散々にご馳走を食べたので、おでんのみとなっている。
おでんには関東風とか関西風とか色々と流儀があるようであったが、今日は昆布とカツオブシを出汁にした関東風と、愛知風の味噌おでん、洋風おでんの三種類を準備した。
関東風は、大根、ゆで卵、昆布、こんにゃく、しらたき、ちくわ、厚揚げ、がんもどき、餅入りの巾着、ちくわぶ、すじ肉、つぶ貝、サトイモ、ジャガイモ、ギンナン、タコ、さつま揚げ、つみれ、つくね、ハンペン、コロ、さえずり、各種揚げ物など。
東北地方の漁港を押さえたので、練り物などはそこの製品であった。
こんにゃくは、上野での生産を増やしている。
味噌おでんは、豚バラ、こんにゃく、焼き豆腐、ゆで卵、大根など。
洋風おでんは、大根、白菜、ニンジン、ロールキャベツ、ソーセージ、餃子、焼売などとなっている。
各々が好きな具材を取って食べ、飲み物は日本酒、焼酎、ビール、ブドウ酒、コーヒー、紅茶、緑茶、麦茶、ジュースなどを自由に選べるようにしてあった。
ブドウ酒は秀吉からの提供で、コーヒーと紅茶は久秀が準備したものだ。
石山へは妻子を連れてきた者も多く、彼女達も夕食の宴会に参加している。
女性と子供はノンアルコールで、おでんを楽しみながら話をしていた。
今日子はねねやまつと久しぶりに会ったので、色々な話に花が咲いているようであった。
それに一益、長秀、貞勝の妻達も加わり、男達とは別で楽しんでいた。
光輝達は、熱燗で一杯やりながらおでんを食べている。
「年を取ると、こんにゃくや大根のような具材の方が美味しいですね。練りカラシを少しだけつけて食べると美味しい」
「そうですな、津田殿も我らの仲間入りですか」
貞勝も、若者や子供達とは違って、関東風おでんの鍋からあっさりとした具材を好んで食べていた。
一益も、長秀も、秀吉も、利家も似たようなものだ。
光輝が織田家に仕官してからもう二十年近い。
十年ひと昔というからとんでもなく長い歳月で、みんな相応に年を取ったというわけだ。
「津田殿は若く見えるのでいいですな」
「本当に羨ましい限りだ」
既に五十を超えている一益は、年齢よりも若く見える光輝を羨ましがっていた。
貞勝など既に六十を超えているので、余計にそう思えてしまう。
「若く見えるというのもいい事ばかりでもないですよ。軽く見られますから」
「なるほど、そういう欠点もありますか」
利家が、光輝の言い分に納得したような表情を浮かべる。
「一益殿、年の事ばかり考えると老けてしまいますぞ」
コーヒーと紅茶を淹れながら、久秀は自分なりの若さの秘訣を話し始める。
「久秀殿は、いつも元気そうで羨ましい限りですな」
「趣味を持って夢中になると、年齢の事など忘れてしまいますからな」
みんなでそんな話をしながら酒を飲みおでんを食べていると、そこに明智光秀が姿を見せた。
彼は信長から何か頼まれていたようで、少し遅れての登場であった。
「遅れてすみません。これは妻の煕子です」
光秀は、連れてきた自分の妻を光輝達に紹介した。
彼はこの時代には珍しく側室がおらず、しかも三男四女と子沢山であった。
利家の妻まつには勝てないが、なかなかのものであると光輝は思ってしまう。
「煕子殿、妻達は女同士で仲良くやっていますので、そちらに行かれたらいかがですか?」
「お気遣いありがとうございます、津田様」
「いえ、親戚同士になるのですから」
昼間の石山での宴会の前に、信長は家臣の子供達の縁談をある程度纏めていた。
家臣同士で縁戚となり、織田家を協力して支えるようにとの意図である。
光輝の場合は、お市が産んだ長女茶々が秀吉の嫡男、今は元服して長吉に、次郎の正妻として光秀の四女を迎える事になっていた。
他は、光輝が渋ったので信長も無理は言わなかった。
信長自身にも似たようなところがあって、あまり人の事が言えなかったからだ。
「大殿は、津田殿が権六殿と仲良くしてほしいと、彼の養子である柴田勝政殿と津田殿の娘を婚約させようとしたのですが……」
光輝が娘が苛められるから嫌だと露骨に反対し、光秀がそれを信長に取り成す羽目になってしまったのだ。
彼が遅れたのには、そんな理由もあった。
「すみませぬ、迷惑をかけてしまって」
「いえ、大殿の説得はさほどの苦労でもなかったです。余計に拗れますと言ったら、『やはりそうか……』と肩を落とされまして」
信長の悩みの一つに、光輝と勝家を筆頭とする譜代衆との仲の悪さがあった。
例外は、丹羽長秀、前田利家、村井貞勝くらいであろうか?
貞勝も実は近江の出身で、純粋な尾張衆ではない。
「他にもかなりの数の縁談が決められましたが、まあ今日はそんな事は忘れて楽しみましょう」
「愛姫の婿殿が決まってよかったですな」
「ええ……ですが、どのような方なのでしょうか? 俺はよく知らないのですよ」
結局、愛姫の婿は信長の五男坊丸、元服して信房に決まった。
三歳ほど愛姫の方が年上であったが、上の三人の子供は既に正妻がいたので駄目だったのだ。
光輝の長女を側室にしたら大問題になるのは、わざわざ指摘するまでもない事であった。
「まだお若いので、これからの方ですな」
光秀の言い方は、かなり慎重であった。
織田家の子供達の出来について話をすると、優秀な嫡男信忠、なかなかに優れていると言われている三男信孝はともかく、必ず出来が悪いと噂されている次男信雄の話が出てしまうからだ。
いくらバカでも、主君の御曹司をバカ呼ばわりはできない。
迷惑をかけない神輿でいるのなら構わないと、普段は距離を置いている織田家家臣は多かった。
「さて、おでんを食べるかな。光秀殿も遠慮なくどうぞ。お酒は……苦手でしたね。久秀殿が新しい飲み物を準備していますよ」
「これはありがたい。私は酒は苦手なので、こういう席ではいつも困るのですよ」
光秀もおでんを美味しそうに食べ、久秀が淹れたコーヒーを美味しそうに飲んで楽しい時間をすごす。
「これは心が落ち着く飲み物ですな」
「さすがは光秀殿、わかりますか? こーひーを淹れるコツとは……」
ただ、久秀にコーヒー仲間扱いされて、その後長時間に渡ってコーヒー談義を聞かされる羽目になってしまう。
現在久秀は、自分の仲間を増やそうと懸命であった。
「津田殿、ご招待に与り感謝いたします」
そして最後に、堀秀政も姿を見せた。
彼も側近衆として忙しいはずなのだが、名人久太郎のあだ名に相応しく、上手くスケジュールを空けるスキルも名人なのだろうと光輝は思った。
「『おでん』ですか。これは興味深い料理ですな」
「色々な具材からいい出汁が出て、美味しさが相乗されるのがいい。味噌おでんも、この濃厚な味噌の味が具材を美味しくして……洋風というのも、変わった具材ばかりですが、これもなかなか。洋風というのは、南蛮風という解釈でよろしいのですか?」
名人久太郎は、料理の品評も名人であった。
しかも、何気に物凄い食欲で、光輝達にその若さを羨ましがられていた。
「ところで、食後のお菓子は何でしょうか?」
秀政は食後のデザートも楽しみらしく、光輝にそのメニューを聞いた。
「シュークリームですけど……」
「しゅーくりーむですか。南蛮には色々なお菓子があるのですね」
秀政は、たまにご機嫌伺いにくる宣教師の連中からは聞いた事がないお菓子だと思った。
最初は優れた南蛮の品を信長に献上するためにちょくちょく来ていたのだが、『何だ、津田領の物よりも質が落ちるな』と信長に言われてから、彼らはあまり来なくなった。
市井でキリスト教とやらの布教活動をしていて、最初は入信する信者も多かったようだが、今では布教活動に苦戦しているようであった。
信長から布教の許可が出ていないというのが大きいかもしれない。
許可を出していないだけで布教を禁止にしてはいないのだが、入信する利点という点でキリスト教には魅力が薄かったのだ。
「このしゅーくりーむの中に入っている、かすたーどくりーむと生くりーむが美味しいですな」
秀政はおでんとシュークリームを堪能し、夜も遅くなったので夕食の会はこれで解散となった。
「中国、四国、九州が終われば、我らにももう少し時間ができるでしょう。そうなったら、またみんなで集まれるといいですな」
秀吉の言葉を皆が肯定し、それぞれに別れて領地へと戻っていくのであった。
「……」
そして翌日、信長は一人大量の書状に目を通していた。
だが、その心は晴れない。
なぜなら、昨晩に光輝達が内輪で楽しそうな宴会を開いたのだが、それに自分が招待されなかったからだ。
「(おでんとは、どのような料理なのだ?)」
信長も、同僚同士の内輪の会に主君である自分が招待されなくても仕方がないと理解はしていたが、やはり呼ばれないとショックであった。
そこで出たという、おでんという料理も非常に気になる。
是非とも、一度食べてみたいと思ったのだ。
などと考えていたら、時間がお昼になった。
今日はどんな献立なのかなと信長が思っていると、段々といい匂いがしてくる。
匂いの方向を見ると、そこには熱い鍋を持った秀政の姿があった。
「久太郎、それは?」
「津田殿から材料を預かって参りましたので」
「おでんか!」
「はい、おでんです」
「よくやったぞ! 久太郎。ミツも、材料を置いていってくれたのだな」
食べたいと思っていた料理が実際に出たので、信長は大喜びであった。
秀政と光輝を褒めてから、美味しそうにおでんを食べ始める。
「これは熱々で美味い。なるほど色々な具材から出た出汁が具材に沁みて最高の味になるのだな……揚げ物の材料は奥州か……こんにゃくとしらたきは上野だな……卵も美味い……クジラと牛の肉も入っているのか。牛の肉は薬だと聞くが、これも美味いものだな」
信長は、次々とおでんのネタを食べていく。
「ところで、なぜ大根は角が取ってあるのだ?」
「煮くずれを防ぐためです」
「なるほどな。色々と考えるものだな」
秀政はおでんの材料を提供してくれた光輝に感謝したが、予定の都合で今日子や津田家の料理人は貸してもらえなかった。
そこで秀政が、今日子からおでんの作り方を習って信長のために作ったのだ。
丁寧に出汁を取り、大根を鍋の底に入れ、他の具材と共に煮込んでいく。
おでんは一見単純な料理に見えるが、単純だからこそ奥が深いのだと秀政は気がついた。
大根の角を包丁で取ったのも秀政で、包丁捌きも天才的な速さで覚えている。
その習得の速さに、秀政は今日子から天才シェフ扱いされていた。
『みっちゃん、久太郎様は天才料理人だね』
できれば戦や政務で褒めてほしいと秀政は思ってしまったが、実は結構気分がよかったのは内緒である。
「(料理は結構楽しいからいいのだが、これは側近衆の仕事なのだろうか?)」
先日のお好み焼きといい、側近衆として必要とは思えない技術ばかり身についているような気もするが、空いている時間に自分で調理して食べられる点は大きな利点であった。
信長も喜んでいるので、特に問題はないと秀政は思う事にした。
「(将来、ある程度の規模の領地を与えられた時に、領地開発で役に立つかもしれないからな)」
特産品開発などで役に立つかもしれない。
それに、料理のおかげで秀政はますます信長から気に入られていた。
まさに、結果オーライというやつである。
「(今日子殿が『芸は身を助ける』と仰っていたからな。できないよりはいいか)」
「寒い時期のおでんは最高だな! 久太郎よ!」
信長が美味しそうにおでんを食べるのを見ながら、秀政はおでんのお替りの準備を始めるのであった。




