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第四十九.五話 明石のタコとコナモノ

「津田殿、頼まれたとおりに明石のタコを持参しましたぞ」


「それはありがたい。明石といえばタコですからな」


「そうなのですか? 沢山獲れるようで、いいタコが手に入りましたが……」


 光輝は、たまに船で摂津などにも足を運んでいる。

 そんな中、播磨をほぼ制した秀吉と会って食事をする事になった。

 秀吉はいつもご馳走になってばかりで悪いと言うので、光輝は彼に明石からタコを買ってきてくれとお願いしている。

 

 秀吉は、網に入って海水に浸けられたままの、まだ生きているタコを大量に持参した。


「ところで、そちらの方は?」


「羽柴家による播磨平定で大活躍した黒田官兵衛です。半兵衛がせっかくの機会なので、津田殿に紹介してはどうかと、今回の同伴を代わったのですよ」


「お初にお目にかかります。黒田官兵衛孝高と申します。津田様のお噂はかねがね」


「官兵衛は、羽柴家に仕えてくれる事になりまして。半兵衛と合わせて、津田殿の本多正信、武藤喜兵衛に匹敵する双璧だと思っているのですわ」


 他の人が言うとおべんちゃらに聞こえる事も多いのであろうが、秀吉が言うと本当にそんな感じがしてしまう。

 官兵衛も主君からそう言われて、満更でもないようであった。


「半兵衛殿に、今回の機会を譲っていただけて恐縮です」


 とは言いつつも、官兵衛は津田光輝に興味があったので今日は秀吉についてこれてよかったと思っていた。


 光輝は単純に、竹中半兵衛みたいに頭がよさそうな人がきたと思っている。


「では、タコの鮮度が落ちないうちに調理をさせましょう」


 光輝は、料理人達にタコの調理を命令する。


「津田殿、タコは生きたままですから刺身でもいけますか?」


「藤吉郎殿、タコの刺身は生のままだと意外と美味しくないですよ」


 早速、津田家の料理人が調理を始めるが、タコの刺身は吸盤と皮を取り、その身を湯通ししてからスライスされて出てきた。

 吸盤も湯通しをされて一緒に出されている。

 

「湯通しをすると、タコの甘味が増して美味しいですな」


「それを利用して、こんな料理もあります」


 続けて、タコのしゃぶしゃぶが出てくる。

 お湯が入った鍋の中には昆布が敷かれ、大根や人参など他の野菜なども煮えていた。


「こうしてタコの身をお湯に泳がせてから、ポン酢かゴマダレにつけて食べるのです」


 昆布は蝦夷からの輸入品で、ポン酢とゴマダレは津田家で試作されているものであった。

 現在、味噌蔵と醤油蔵で量産の準備が始まっている。


「ほほう、これも素晴らしい味で。さっぱりしているので、いくらでも食べられそうですな」


 光輝達はタコ刺とタコシャブを楽しみつつ、他にもタコの唐揚げ、タコの甘煮、タコ飯などのタコ料理をお腹一杯楽しんだ。

 

「小一郎殿や半兵衛殿には、保存の利くこれをどうぞ」


 酢ダコ、タコ煎餅、オツマミ用に乾燥、燻製したタコなどを秀吉に渡す。

 特にお勧めなのは、タコの口トンビを加工した珍味であった。


「こんなに色々と沢山、本当に申し訳ないです。今度は私が播磨の名産をご馳走しますよ」


 播磨を平定したばかりの秀吉は忙しい身であり、食事を終えるとトンボ帰りで姫路城へと戻る事になった。


「秀吉殿は働き者ですな。俺は怠け者ですから」


「いやいや、それだけ配下の者達がしっかりしている証拠ではないですか」


「そうですかね? 世の中には一つくらい、当主が駄目な奴でも何とかなっている家があってもいいですか。幸いな事に、うちは奥さんと子供がしっかりしていますから」


「確かに、今日子殿はしっかりしておりますな。怒らせると、阿修羅を怒らせるよりも怖い。おっと、これは今日子殿には内緒ですぞ」


「今日子は怒らせると怖いから、俺は常に優等生な旦那をやっていますよ」


「本当ですか? 津田殿」


「勿論、冗談です」


 光輝と秀吉は二人は冗談を言い合いながら別れたが、その帰路で黒田官兵衛は神妙な面持ちで考え事をしていた。


「官兵衛、深刻な悩みでもあるのか? それよりも、料理は美味しかったであろう?」


「はあ……」


 料理は勿論美味しかったが、官兵衛は津田光輝という人物に衝撃を受けていた。

 見た目は、気のいい普通の大男にしか見えない。

 年齢よりも若く見え、その分威厳はまったくないように見える。

 初めて織田信長と顔を合せた時には官兵衛も大いに圧倒されたが、光輝にはそんな要素が皆無であった。

 それなのに光輝は、関東と東北の過半を制し、独自の技術を多数持ち、交易などで大量の銭を稼いでいるというのだから凄い。

 しかも、戦では敵対する者を容赦なく殺してもいる。


 その功績と見た目がまるで一致しない人物、それが津田光輝という男だと官兵衛は感じていた。

 今までに色々な人物を見てきたが、官兵衛は津田光輝ほど評価に悩む人物と出会った事がなかった。


「半兵衛もそうだが、難しく考えすぎじゃな」


「そうでしょうか?」


「おうよ。大殿が健在か、お亡くなりになっても織田家が上手く天下の采配を振るえれば、津田殿は治世の功臣。もし何かあれば津田殿につけばいい。こんなに簡単な選択はないではないか」


「……」


 官兵衛は、自分の主君がそこまで見抜いている事に驚いてしまう。

 確かに、秀吉の言うとおりであると官兵衛は思った。

 誰にでも思いつきそうな考え方であり、だがそれを確信している羽柴秀吉とは、やはり恐ろしい人物なのだと。


「(播磨の田舎侍なら、羽柴家の重臣くらいが野望の終着点なのかもしれないな……)」


 そう思った官兵衛は、土産にもらった乾燥タコの珍味を口にした。

 珍味は噛めば噛むほど味が出て、とても美味しかった。







「津田殿、大殿がいる石山には顔を出さないのですか?」


「今回は公式な任務で来ていませんし、大殿も忙しいでしょう。しかも、彼はまだ越前に戻っていませんよね?」


「権六殿ですか……あの人の津田殿嫌いは、ある意味凄いですからな」


 光輝の返答に、一益が納得したような表情を浮かべる。


「実際のところ、大殿はお忙しいのでしょう?」


「そうですね。一向宗の本拠地であった石山が陥落し、顕如以下の一族もすべて自害しました。畿内にはまだ侮れない規模の残存勢力も残っており、その対処で大殿は大忙しです」


「では、やめておきましょう」


 普段は光輝に美味しい物ばかり要求しているように見える信長であったが、起きている間は常にスケジュールが入っている状態なので、例え光輝でもアポなしで会えるはずがない。

 事前に側近衆に連絡を取って、空いている時間を押さえてもらう必要があったのだ。

 これは、長秀や一益、秀吉でも同じであった。


「というわけなので、我らだけで楽しみましょう」


「我々も、忙しい時間の合間を縫ってですしね」


 秀吉がタコを持参した翌日、今度は丹羽長秀と滝川一益が光輝を訪ねていた。

 だが、石山が陥落したばかりで、新しい城を建設している最中の訪問である。

 長秀達がここにいられる時間は短いので、今日は別の料理を料理人に作らせていた。

 昨日、秀吉からもらったタコはすべて湯通しされ、それを材料に明石焼きとタコ焼きが特製のタコ焼き器の上で焼かれていたのだ。

 

 タコ焼き用の鉄板は、光輝の発注で職人が丹精込めて製造した物であった。

 そしてもう一つ、明石焼きとタコ焼きに使う鉄板にはもう一つ大切な事があった。


「新品は駄目なんだよね……」


 何度も油を敷いてから焼き、使用後も水で洗ってはいけない。

 綺麗な紙や布でゴミを取り去ってから少量の油を塗り、冷暗所で保管しなければいけないのだ。

 鉄板を馴染ませるために光輝は大量の明石焼きを焼かせ、それらは家臣におやつとして配布された。


『この明石焼きは美味しいが、ここ数日おやつに同じ物ばかり出るな』


 鉄板が馴染むまで、泰晴達は同じものばかりおやつとして食べさせられる羽目になった。


「つまり、この変わった形の鉄板は使えば使うほど馴染んでいい明石焼きができるというわけですか」


「はい」


「なるほど、この明石焼きという丸い料理は卵とタコの甘さと出汁の味が絶妙で。タコの歯ごたえも最高ですな」


 一益と長秀は、料理人達が焼く焼き立ての明石焼きを心から楽しんだ。


「続けて、タコ焼きです」


 ソースとマヨネーズの製造には少し苦労したが、紅ショウガ、青のり、カツオブシなどの材料もすべて揃い、何度も練習をした料理人達は器用にタコ焼きを焼いていく。

 鉄板も明石焼きの物とは別で、これも鉄板を馴染ませるまで相当の数を焼いている。


『今度はタコ焼きという、明石焼きと似た形の物がおやつとして出てきたが、これも暫く続きそうだな』


 タコ焼き用の鉄板が馴染むまで、泰晴達はまたおやつにタコ焼きばかり食べさせられた。

 そのような苦労の果てに、津田家は使い込んだ鉄板を手に入れる事に成功したのだ。 

 他にも、大判焼き、鯛焼きなどでも泰晴達は同じ目に遭っている。

 

「こちらは、味が濃そうですな」


「明石焼きとは、味の系統が違うのですね」


 二人は、明石焼きの時とは違い恐る恐るタコ焼きを口に入れるが、その強烈な美味しさにすぐに虜になったようだ。

 勢いよくタコ焼きを食べ始める。


「この『そーす』と『まよねーず』の味が、タコの美味しさを引き立てますな」


「火傷しそうなほど熱いが、その熱さが癖になる美味しさです」


 タコ焼きも、長秀達は気に入ったようだ。


「食べ終わると口がヒリヒリしますが……」


 熱々のタコヤキの弊害であったが、それもタコヤキの醍醐味であったし、それを解決する手段は未来でも発見されていなかった。


「ご馳走様でした」


「本当に美味しかったです」


 長秀と一益は、光輝に明石焼きとタコ焼きをご馳走してもらったお礼を述べた。


「ところで、津田殿はいつまでここに?」


「あと二~三日ですかね。大殿に呼ばれての用事ではないですし、他所に用事が多いので石山は尋ねられないのです。そう大殿にお伝えください」


「わかり申した」


「では」


 長秀達は仕事に戻るために光輝の下を辞したが、その後、彼の摂津滞在を聞きつけ多くの客が訪れた。


「この『そーす』と『まよねーず』は、売れるのと違いますか?」


 任官でも世話になった津田宗及が光輝を訪ね、今日はタコが切れていたのでお好み焼きが料理人によって焼かれ、供されていた。

 

「こういう熱々の料理も、また乙なものですな」


 ブタ肉、イカ、エビ、もち、チーズ、牡蛎、コーン、青ネギ、牛すじ、鶏肉、きのこなどを材料にしたお好み焼きに、モダン焼き、ネギ焼き、キャベツ焼き、にくてんなどが順番に出されていく。


 一回では食べきれないので、宗及は三日間毎日律儀に顔を出していた。

 途中息子の宗薫に、今井宗久、田中与四郎、茶屋四郎次郎なども顔を出している。

 挨拶がてら、新しい商売のネタになるかもしれないと様子を見に来たようだ。


「中身の具や調味料で、色々な味が楽しめるのはいいですな」


「各地の産品を利用してお好み焼きを作ってもらい、共通の材料であるソース、マヨネーズ、カツオブシなどが売れたらいいかなと。量産体制を構築しないと駄目ですが」


「なるほど、それはいい手ですな」


「その際には、是非に天王寺屋をよろしくお願いします」


「我らにもお願いします」


 ソースとマヨネーズの販売網を確保できた光輝は目的を達したと安堵し、江戸に戻るまで客にお好み焼きを振る舞う行為を続けた。

 食べさせて味を覚えてもらう戦法である。


「大殿はお忙しいので、ここには来れないようです」


「利家殿はここに来ても大丈夫なのですか? 勝家殿の機嫌を損ねるのでは?」


「親父殿は大殿の傍から離れませんので。私は堺に所用があっての帰りです。ですから大丈夫ですよ」


 実は計数にも長けている利家は、石山攻めの一軍を率いながら柴田軍の物資管理や補給の任にも当たっており、今も信長の護衛のために駐屯している軍勢で必要な物資の補給のため、堺を訪ねたのだと光輝に説明した。

 

「それで、側近衆の堀秀政殿も同行したのですか?」


 利家は堀秀政を連れてきていて、彼を光輝に改めて紹介した。

 二人は何度か顔は合わせているのだが、実はあまり会話をした事がなかったのだ。


「側近衆は複数存在しており、序列も決まっております。大殿に細々とした命を受ける事もありまして、ずっと大殿の傍にいるというわけでもないのですよ」


 堀秀政は名人久太郎のあだ名どおりに、光輝から見てもいかにもできそうという風貌をしていた。

 未来なら、大企業で出世街道を驀進する超エリートサラリーマンといった感じだ。


「なるほど、そういう事ですか。時間はあまりないようですが、よければ軽食でもどうぞ」


「これはありがたい」


 利家と秀政もお好み焼きに満足し、ここでちょうど時間が来たので光輝は堺経由で江戸へと帰還した。


「さあて、ソースとマヨネーズの工場でも建ち上げるかな。ああ、養鶏も規模を拡大しないと駄目だな」


 無事に目的も達せられ光輝は満足しながらの帰還であったが、一人だけ機嫌が悪かった人物がいた。

 それは、石山から離れられない織田信長その人であった。

 まさか公的な理由もないのに勝家がいる石山の屋敷に光輝を呼び出すわけにもいかず、一益と長秀が美味しそうな物をご馳走になったのを知り羨ましそうにしていたのだ。


「(一益、五郎左、言わなければわからぬと思ったか? だがな、歯に青い物がついておるぞ。その青い物が美味しい物の秘密なのだな!)」


 続けて戻ってきた利家と秀政も同様であったが、やはり名人久太郎はひと味違った。


「大殿、津田殿より預かってまいりました」


 秀政は、熱した鉄板の上で器用にお好み焼きを作り始めた。

 材料は光輝からの提供であったが、調理技術は津田家の料理人が作るのを見ていただけだ。

 それなのに秀政は、彼らと差がないくらい上手にお好み焼きを焼いていく。

 

「凄いな……」


 利家は秀政の器用さに驚き、自分では真似ができないと感心してしまう。


「なるほど……熱々のお好み焼きは最高だな」


 信長は久々に光輝から贈られた料理を堪能し、名人久太郎にはもう一つの特技が加わったのであった。

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