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第四十五.五話 甘エビとカニと上杉家臣団

「ええいっ! 柴田勝家め!」


 この日の光輝は、珍しく荒れていた。

 彼はあまり人前で他人を非難するような事はしないのだが、今日は露骨に柴田勝家を罵倒している。

 その様子に、今日子と清輝が心配になって声をかけた。


「みっちゃん、急にどうしたの? あの戦バカの勝家のジジイが気に入らないのは今さらとして」


「そうそう、あの加齢臭漂うジイさんがクソなのは、今に始まった事じゃないじゃない」


 二人ともえらい言いようであったが、勝家は光輝も嫌いなら津田家の人々も嫌いであった。


 『女の癖に出しゃばる毒婦』、『武士の癖に戦にも出た事がない卑怯者』。

 このように非難されて、その人物に好意を持つなど二人にはできないというわけだ。


「あの野郎が……」


「うん、あの野郎が?」


「越前の産物を独り占めしている点が気に入らない!」


「あーーー、そっちね……」


 今日子は、そんな事だろうなとは思っていたが、密かにその意見に賛成だとも思っていた。






「やはり、ズワイガニだな。あとは甘エビ」


「他の海産物は蝦夷や東北でも手に入るから、問題はそれね」


 光輝はひと通り勝家を罵り終えてから、今日子や清輝と共に問題の解決へと突き進む事にする。

 勝家を罵っても一銭の得にもならないので、他に労力を使う事にしたのだ。


「カニなら、蝦夷経由で手に入るでしょう?」


「清輝、蝦夷で手に入るのは、毛ガニとタラバガニじゃないか。俺がほしいのは、ズワイガニだ」


「そういえば、カニの種類が違ったね」


 日本における松葉ガニの漁場は日本海であり、入手するとなれば勝家経由で手に入れなければならない。

 太平洋側でもカナダの近くまで行けばあるが、それでは距離が問題になってしまう。

 せっかく規模を拡大した津田水軍を、カニのためだけに消耗させられない。

 だが、あの勝家が素直にズワイガニを売ってくれるであろうか?


 いや、それはないと光輝は思っていた。


「それじゃあ、謙信殿に頼んだら?」


「いや、清輝。それはどうよ?」


 能登と越後もズワイガニの格好の漁場であったが、問題は上杉家がいまだ仮想敵であった事だ。

 いくら何でも、いきなり津田家の人間が越後入りするのはどうかと思う。

 謙信が何ら害意を抱いていなくても、家臣達はどうなのかわからないのだから。


「輸送時間を考えると、鮮度の問題も出てくるからな」


「でもさ、それを言うと越前もじゃない? むしろ越後の方が近いんだよ」


 とはいえ、越後へ行くには山を越えないといけない。

 『ズワイガニと甘エビの鮮度に問題が出るのでは?』と光輝は思った。 


「そうね、陸路だと時間がかかるし、海路でも相当な回り道よね」


「越後に缶詰工場を作るわけにもいかないしね」


「終わった……カニが……ズワイガニか……」


 上杉家や柴田家の領地に車両や冷蔵庫を持ち込むのは危険なので、光輝達は暫くは蝦夷産のカニ缶で我慢する事にした。

 もう少し関係改善をしてからでないと、新鮮な日本海の幸は楽しめないというわけだ。


「でも、柴田家よりも上杉家の方が仲良くなれそうな気がするな」


「兄貴、一応柴田家は味方だけど……」


「実質、敵みたいなものだろうが。はあ……浜茹でのカニを食べたいな」


 光輝は、前に惑星ネオニイガタの新寺泊港にて、浜茹でのズワイガニを食べた時の事を思い出していた。

 あれは、至福の時であったと。


「仕方がない、今は諦めるか……」


 ここで一旦、越後のズワイガニを手に入れる計画はとん挫したのだが、それから数日、やはり光輝と清輝は甘エビとズワイガニが気になって仕方がなくなっていた。

 気になると、どうしても食べたくなるのが人間の性である。


「浜茹でのズワイガニ……甘エビの刺身……」


「兄貴、僕も食べたい」


 光輝と清輝はどうしようかと悩むのだが、ここで一つの妙案を思いついた。

 妙案というほどでもないが、清輝の言うとおりに駄目元で謙信に頼んでみる事にしたのだ。


「とはいえ、ズワイガニも甘エビも鮮度が命だ」


「よって、時には出張も辞さないわけだね」


 それから数日後、光輝と清輝は一益の領地である上野三国山近くの屋敷にいた。

 名目は、滝川家の留守居役である家臣との交易交渉という事にしてある。

 だが、屋敷の中では料理人達が調理の準備に追われていて、交易交渉などは微塵も行われていなかった。


「兄貴、僕の考えた『ズワイガニ、甘エビの鮮度保っちゃうぞ作戦』はこうだ」


「おっおう……」


 清輝が考えたネーミングにはセンスの欠片もなかったが、案自体は悪くなかった。

 三国街道より、津田家の馬車と人員が柏崎まで甘エビとズワイガニを買いにいく。

 当然、事前に謙信の許可を得ており、護衛も十分なので無事に戻ってくるはずだ。


 馬車には、ズワイガニを生かしたまま運ぶ水槽と、甘エビを保存する冷蔵庫を積んである。

 甘エビは生きているとあの甘さが出ないので、冷蔵庫で鮮度を保ちながら移動中に甘さを引き出す作戦だ。


「以上、完璧すぎて僕は自分の才能が怖いね」


 清輝は自分が立てた作戦に酔っている。

 彼も謙信と同じで、三十半ばにして厨二病が治っていなかった。


「ズワイガニと甘エビのためだけに、外に出る弟の凄さにも圧倒された」


「そのくらい、ズワイガニと甘エビの業は深い」


 光輝のみならず、他の家臣や調理人達も、初めて遠方まで外出する清輝を見て驚いたほどなのだから。


「それはどうでもいいじゃない。ズワイガニと甘エビが来ないかなぁ?」


「調理も準備万端」


 ズワイガニは、茹で、天ぷら、鍋で。

 甘エビは、刺身、寿司、から揚げ、天ぷらなどにするため、料理人達がスタンバイしている最中であった。

 あとは材料が届けば、豪華な甘エビ、ズワイガニ料理が楽しめるという寸法だ。


「殿! 清輝様!」


「おおっ! 来たか!」


「やったね!」


 外を見張っていた家臣の知らせを受け、二人が屋敷の外に出て三国街道の先を見ると、越後側の山道から数台の馬車が姿を見せた。

 どうやら一台も欠けることなく、無事に甘エビとズワイガニを積んで到着したようだ。


「やったね」


「清輝、カニを一杯食べるぞ」


「そうだね!」


 光輝と清輝が喜んでいると、予想外の出来事が起こる。

 馬車の後に、馬に乗った武士の集団がついてきたのだ。

 しかも、先頭の馬には光輝が見覚えがある人物が乗っていた。


「謙信殿?」


「えっ? 何で?」


 清輝が不思議に思うのも無理はない。

 確かに、甘エビとズワイガニの購入で便宜を図ってもらったが、だからと言ってこちらに来るとは一言も聞いていなかったからだ。


「我らにとって、エビとはそのまま煮る具足煮くらいしか知らなくてな。是非に、津田殿に調理方法を教わろうと思った次第なのだ。ついでに、ご馳走にもなるが」


「「……」」


 謙信の言いように、光輝も清輝も度肝を抜いた。

 誰も招待していないのに、二人が苦労して購入した甘エビとズワイガニをご馳走になるというのだから。

 これは、主君信長に匹敵するブラックさ加減だと。

 謙信は、光輝と清輝の主君ではなかったが……。


「皆の者、津田殿がカニ料理とエビ料理をご馳走してくれるそうだ」


「(兄貴! せっかくの甘エビとズワイガニが上杉軍団に食われるぞ!)」


「(まさかこんな不条理な事が!)」


 そして、謙信が連れてきた家臣や護衛達の分までタカるつもりである事を知り、光輝と清輝は『天才って、唯我独尊だよな……』と改めて思うのであった。





「……」


「……」


「……」


 人間とは、カニを食べると無言になる生き物である。

 屋敷にあがった上杉家主従は、甘えびとズワイガニ料理を無言で食べ続けていた。

 負けじと、光輝と清輝も甘エビとズワイガニを食べる。


 上杉家臣団は、まだ可愛らしい若者から、歴戦の勇士でヤクザよりも怖そうな人まで混じっていた。

 普通に戦えば二人は瞬殺であろうが、今は甘エビとズワイガニをいかに多く食らうかである。

 負けていられるかと、光輝も清輝も食べるスピードをあげた。


「(こいつら、遠慮という言葉すら知らねえ!)」


 光輝は、謙信達の食いっぷりに危機感を覚えた。

 費用は津田家が出した以上、なるべく食べて元を取らないと駄目なのだが、何しろ上杉家側は人数が多い。


 謙信を筆頭に、後継者の上杉景勝、樋口兼続、山浦景国、斎藤朝信、水原親憲、小島弥太郎、河田長親、黒川清実、竹俣慶綱、山本寺景長、中条景泰、安田顕元など。

 上杉家を支えるそうそうたるメンバーであったが、光輝と清輝はそれどころではなかった。


 そう、今は彼らの素性よりも、甘エビとズワイガニを沢山食べないといけないのだから。

 これは、光輝と清輝だけの戦いでもあった。


「(畜生、人数差で圧倒的に不利だ)」


「(兄貴、食うしかないよ! 腹がはち切れるまで食べるんだ。あとの事は考えない。人間、あとで一食くらい抜いても死なないし)」


「(そうだな、食うか!)」


 苦労して手に入れた甘エビとズワイガニがすべて上杉軍団に食べられてしまうと、二人は無言で甘エビとズワイガニを食べ続けた。

 謙信も無言で、その体からは想像もできないほどよく食べる。

 上杉家の家臣達は、ご馳走は食える時に食わないとという感じで、これも物凄い勢いで食べていた。


 上杉家では普段は質素にすごし、戦が近づくと謙信自ら大量のご馳走を振る舞うらしい。

 そういう生活なので、無料飯ならば遠慮しないで食べる習慣が身についているのであろうと光輝は思った。


「(兄貴、やっぱりこの人数には勝てなかったよ)」


「(お腹一杯食えたんだ。よしとしよう)」


 購入した甘エビとズワイガニはすべて調理されて全員の腹に収まり、カニ鍋の残り汁で作られた雑炊、甘エビの頭で作られた味噌汁もすべてなくなった。

 津田家の料理人達は、無言で甘エビとズワイガニを食べ続ける謙信とその家臣達に驚きを隠せないでいたが、それでも仕事だとすぐに片付けを始めていた。


「いや、参考になった。越後の海の幸を食べる新しい調理法か。参考になった」


「はあ……」


 そんなものは、あとでいくらでも手紙に書いて送ってやるのにと光輝は思った。

 要するに、ただ甘エビとズワイガニを食いに来ただけなのであろう。

 しかも、家臣達まで連れて。


 家臣達は、甘エビとズワイガニを食べ終わってから謙信によって紹介され、今日の食事についてお礼を言われたが、光輝達はどこか釈然としない。

 勿論、それを表立って言うと怖そうなので、光輝も清輝も何も言わなかったが。


「(兄貴、一応僕達に家臣を紹介した?)」


「(だと思う事にしよう)」


 二人は、そう思う事で今日の食事会の理不尽さを忘れる事にする。

 そうしないと、謎が深まるばかりだからだ。


「ご馳走になった。お礼にお土産を持参した」


 購入した甘エビとズワイガニを全部食べられてしまったが、謙信は食事に招待された時にお土産を持って来るくらいの常識はあるようだ。


「上杉家では、戦の時にこれを食べるのだ。他にもお祝いの席などでも食べるかな。ご馳走の扱いだな」


 謙信からのお土産は、笹団子とちまきであった。

 甘エビとズワイガニに釣り合っていないような気もしたが、謙信なりに気を使って高価なお土産を持参したのだと光輝は思う事にする。

 

「これはご丁寧に、ありがとうございます」


 こうして、思わぬ乱入者が参加した甘エビとズワイガニを食らう会は終了したが、光輝と清輝は、どうにかして日本海側とのアクセスを便利にしなければいけないなと再確認するのであった。


「甘い物は別腹。笹団子美味い」


「チマキも、キナコをつけて食べると美味しいな」


 江戸に帰りながら、二人はデザートとして謙信からもらった笹団子とちまきを堪能するのであった。







「見たか、津田の兄弟を」


 光輝達と別れた謙信は、馬上で家臣達に質問をするように話しかける。


「あまり凄そうには見えませんでしたな」


 老臣である斎藤朝信が、光輝と清輝の風貌を見て二人を侮るような発言をする。


「信玄も、氏政も、多くの関東と南奥州諸侯も、そう思って戦で滅亡したのだがな」


 謙信の発言に、全員が『はっ!』とした表情を浮かべる。


「今の津田家に勝つなど不可能に近い。負けないようにするのも難しいだろうな。よって、これより上杉家は外との戦を禁じなければなるまい。領地境などは特に注意するように。偶発的な小競り合いが、上杉家の滅亡を誘うかもしれないのでな」


 謙信の訓示に近い発言に、家臣達は一斉に首を縦に振るのであった。

 





 謙信によって実像以上に評価されていた二人であったが、そんな事もつゆ知らず、二人揃って江戸城にて今日子から怒られていた。


「ズワイガニぃ! 甘えびぃ! 自分達だけで食べて!」


「違うって! 謙信のおっさんもいたから、これはお仕事!」


「そうそう、兄貴の言うとおりだって」


「今度は、私も連れてけぇーーー!」


 残念ながら、謙信が恐れた光輝と清輝も、その嫁兼義姉にはまったく頭が上がらなかった。

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