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第四十二話 名門の自負

「今こそ絶好の機会なのです。津田光輝は関東の統治と開発に全力を傾けていて隙がある。甲斐の羽柴秀吉、上野の滝川一益、三河の徳川信康らも石山に遠征していておりません。今、我ら関東諸侯連合軍が兵を挙げれば、関東管領上杉謙信殿も兵を挙げるでしょう」


 天正三年の春、駿河駿府城において、城代佐竹義重は妙な客の来訪を受けていた。

 その人物は、下野那須家の一族の者らしい。

 二年前に行われた津田家による関東統一戦において、那須家は宇都宮家などと共に第二次河越野戦で当主と多くの家臣を失い、一族は流浪するか、津田家の家臣となったはずだ。

 

 かくいう義重も、同じであった。

 義重は、自分は運がいいと思っている。

 合戦の最初に銃撃により負傷してしまい、その後戦場に取り残されてしまったので捕虜となってしまった。

 津田軍の治療によって傷は完治したが、その後は領地没収で大名としての佐竹家は滅んだ。


 だが、今は津田家の重臣として駿河を預かっている。

 津田家は家臣に領地を配分せずに家格による家禄と、職責による職禄を出して家臣を雇う。

 銭侍と世間では言うらしいが、だから義重は駿河の代官ではあるが、駿河の領主ではない。

 変わった統治方法だが、慣れれば特に違和感もない。

 大変に効率がいい統治方法だ。


 今、駿河は、鉱山開発の促進、新田開発、港拡張、河川の治水工事、産業振興などありとあらゆる政策が行われている。

 例えば治水工事だが、その河川の流域に幾人もの豪族や地侍が勢力を持っていると大抵工事が止まる。

 難癖付けて自分だけ利益を得ようとか、そういう事を考える輩がいるからだ。

 それだけならいいが、そういうお山の大将は大抵領民を扇動したり、兵を率いて邪魔をする。


 利害関係の調整で難航し、いつまでも工事が始まらない事などいくらでもあった。


 津田家は、関東内の大規模開発を領民達にも発表している。

 これが実現すれば彼らの利益になると宣伝をし、邪魔をした国人やその地に根を張る寺社、豪農などの存在も容赦なく知らせた。


 津田家が彼らを処罰したと報告すると、領民達は自分勝手な行動をした彼らを古い特権にしがみ付いた嫌な奴らだから自業自得だと認識する。


 この方法で、段々と津田家に逆らう者は減った。

 実際に物凄い速さで開発が進み、生活が楽になって治安もよくなったので、大半の人が津田家統治を受け入れている。


 先祖代々の土地を諦めた連中はこぞって仕官した。

 禄は銭だが、領地を持っていた時よりも実入りが増えた者が多く、彼らは津田家に不満を持たなくなった。

 家柄に関係なく能力で抜擢される者も多く、出世を目指して頑張る者も増えた。


 佐竹家は家柄がいいので少し特別扱いの面もあるが、義重は今この地位を得られたのは、自分の能力のおかげだと思う自負もある。


 だからといって、津田家に逆らう気持ちはない。

 早くから種子島に注目して部隊を揃えてきた佐竹家であったが、津田家が所有する三万丁を超える種子島の数には驚かされた。

 そして、訓練でも遠慮なく撃てる玉薬の保有量に関してもだ。


 津田家の管理下にある巨大な火薬工房は秘密が多いが、ここで生産された大量の火薬は織田家にも提供されている。

 他にも、青銅製の大筒は戦場の移動にも便利なものであり、移動は大変だが威力はすさまじい大砲もある。


 いつの間にか新しい鉱山を発見し、既存の物と合わせてその生産量を大幅に上げている。

 常陸の鉱山も同じで、他にも黒い燃える石を使って製鉄などを始めたようだ。

 建築や港、街道工事に使う特殊な漆喰の生産工房も完成して、それだけを見ても佐竹家に勝ち目があるわけがない。


 新しい主君となった津田光輝は、自分の次女伊織姫と義重の嫡男徳寿丸との婚約も決めてくれた。

 ならば、津田家準一門衆としてこのまま重用された方が何倍も賢いというわけだ。


 それなのに、この目の前のバカは何を言っているのであろうか?

 義重は不思議でならない。


「一族を殺され、領地を奪われて不満があるのはわかるが、そんな無茶は止めて津田家に仕官してから努力して出世した方が、この後の人生を幸せに生きられるぞ」


 義重は、自分は運がいいと思っている。

 自分は負傷後に捕虜で済んだが、大半の大名と豪族は討ち死にをしていたからだ。

 だから、義重の発言には親切心も混じっていた。

 せっかく生き残ったのだから、その幸運をもっと別の事に使うべきだと。


「名門佐竹家の当主とは思えぬ発言ですな! 貴殿は先祖に申し訳がないと思わないのですか?」


「いや、それとこれとは話が別ではないか?」


 天下を狙う野心があるのならともかく、一国の太守格で扱ってくれている津田家に逆らって何の得があるというのであろうか?

 隙があればそう思わないでもないが、今の津田家に隙などない。

 勝算のない野心など、己の寿命を縮めるだけだ。

 義重は、目の前の男の言いたい事がよく理解できなかった。


「那須家も、津田家に仕官すればよかろう。何なら紹介して……」


 義重は咄嗟に殺気を感じ、半ば本能で脇差を抜くと目の前の男の喉元を斬りつけた。

 那須家の一族を名乗る男は、懐から短刀を抜いて義重を刺し殺そうとしていたのだ。

 義重に喉を切られた那須家の一族を名乗る男は、血を噴き出しながら倒れてしまう。


「やれやれ、気が短い事だ」


「義重様!」


「片づけておいてくれ。俺は殿に報告を送る」


「血で汚れておりますれば」


「人の話も碌に聞かず、迷惑な男だったな……」


 那須家は下野の大名であった。

 そんな彼が津田家から領地を奪って再独立する際に、どこを頼りとするか?

 義重の頭の中には、名門蘆名家しか思い浮かばなかった。





「那須家、宇都宮家などの残党が、蘆名家の援助で下野を回復させるつもりのようです」


 佐竹義重が、建設中の江戸城に先日の事件の報告に向かう。

 江戸城を見たのは数か月ぶりだが、その工事の進み具合の早さに驚いてしまう。


 湿地や海の埋め立ても恐ろしい勢いで進んでおり、巨大な城下町の割り振りも終わっていて、かなりの工房や施設が既に稼働していた。

 光輝について尾張、伊勢志摩、伊賀、紀伊、畿内から移住してきた人々も多く、彼らが住む町の建設も急ピッチで進んでいる。


 その光景を見て義重は、『津田家には逆らわないでおこう』と決意する。

 江戸城にいる光輝に報告すると、彼は溜息をついた。


「名門ってのは厄介だなぁ」


「人の事は言えませんが、名門という存在には自負の感情が常について回ります」


「このまま蘆名家で養ってくれればいいのに」


「居候では居心地が悪いでしょう」


「それもそうか」

 

 義重の発言に納得した光輝が呼び鈴を鳴らすと、そこに巨大な男が入ってくる。

 田中一郎などというふざけた偽名を使っているが、津田家の諜報を一手に引き受ける重臣風魔小太郎その人であった。


「蘆名が下野侵攻を企んでいる。情報どおりだったな」


「動員数は、約三万五千人を予定しております。他の関東から逃げ込んできた豪族やその一族達も兵を出すそうで」


「失敗できないな」


「はい、蘆名盛氏の総力をかけた戦です」


 蘆名家が下野に勢力を拡大するチャンスとばかりに、蘆名軍は大軍で攻め込んでくる予定であった。

 もう一つ、盛氏は一向宗からの依頼も受けていて、一石二鳥で兵を出す事を決めたようだ。


「岩瀬の二階堂盛義、白河の結城義親、田村清顕、二本松義国、大内義綱、伊達実元も援軍を出すとか……」


「こいつら、仲が悪くていがみ合っているのでは?」


「時に戦い、時にくっ付き、とやっている連中ですので……」


 光輝の命令で東北の情報収集を強化した小太郎も、東北地方の混乱ぶりには呆れ返っていた。


「まあいい。兵を出すぞ」


「どこで迎え撃ちますか?」


「侵攻するに決まっている。せっかく開発したのに荒らされて堪るか!」


 領地を接していない伊達家までもが兵を出す理由は簡単だ。

 下野で乱捕りや略奪をする予定なのであろう。


「開発が遅れる。速攻で片をつけるぞ」


 兵員も開発に従事させているので、そのスピードが落ちるからで、あとはやはり上杉謙信の動きが気になってしまうからだ。

 

 いくら貿易で食料を販売していても、正式な同盟がない以上はいつ関東に侵攻してくるかわからないからだ。


「上杉軍でしたら、出羽国羽前に出兵の予定です」


「あのおっさん、本当に戦が好きだな……」


 信長からも懐柔しておけと言われたので、去年の夏にまた会っていたのだが、酒ばかり飲んで言葉数も少ない。

 話せば戦の話で、前回は新発田氏、本庄氏など定期的に反乱を起こしていた揚北衆を根こそぎ滅ぼした話だった。


 戦など全然上手くない光輝はどういうわけか謙信に気に入られていて、自分も戦の話をする事になった。


『津田殿は強いな。どういう采配を執るのだ?』


『そんなに難しい事は……全軍の采配は堀尾茂助と島清興に、補給などの軍政は堀尾方泰に、精鋭の鉄砲騎馬隊は山内一豊に、前線の指揮は渡辺守綱、本多重信、蜂屋貞次以下の各将に。あとはうちの嫁さんも指揮を執る事もありますし、戦術は武藤喜兵衛が組み立てます。忙しいと日根野弘就にも手伝ってもらいますね。彼はどちらも得意なので』


『そなたは何をしている?』


『ああ、立っているだけですね。号令を出すだけです』


『そうか、戦術の基本は?』


『遠距離戦主体ですね。大砲、鉄砲、弓矢などで相手の数を減らす。勝てても損害が多いと、意味がないですから』


『ある意味、戦の真理だな』


 光輝の説明に、謙信は納得したような表情を浮かべたのを光輝は思い出していた。


「加賀に攻め込まないだけマシか……」


 自らを毘沙門天の化身だと公言して憚らない四十過ぎの厨二病は、越中の一向宗に苦労し、最終的には柴田勝家に負けない規模で根切りにした過去があるので、石山本願寺から誘いの手紙も来なかったようだ。


「畿内も混沌としているので、いつ援軍という話が来ないとも限らない。速攻で決めるぞ」


 信長の対石山戦は過酷を極めていた。

 石山は海路から毛利水軍の補給を受けていて、これを阻止しようとした九鬼嘉隆が率いる水軍と決戦になったのだが、これは痛み分けに終わっていた。

 西洋式軍船の運用や、大砲を装備した船も準備していたのだが、向こうも対策を立てていないわけではない。

 

 夜襲を受けたり、接舷して斬り込まれたりなどの戦法に、小舟に火薬や可燃物を載せ、火をつけて敵船に突入させるという手なども使われて、織田水軍は大きな損害を受けた。

 織田水軍再建には時間がかかると言われていて、毛利水軍は夜陰に数少ない船で細く補給を続けるなどして、海からの補給路を絶つに至っていない。


 明智、浅井連合軍は赤井、山名、一色、別所、赤松、小寺連合軍との死闘を繰り広げている。

 織田家家中でも戦が上手いこの二人と互角に戦える理由は、小寺政職の家臣小寺官兵衛の献策によるものらしい。

 摂津から播磨方面へ秀吉の軍勢が侵入して戦況は有利に傾きつつあるが、予断は許されない状態であった。


 そして、信長本軍は河内の三好義継と松永久秀の謀反で苦戦している。

 再び四国から三好長治と篠原長房が上陸し、戦況は予断を許さない状態にあった。


「松永のじいさん、元主君に引きずられたか?」


 光輝は、松永久秀の謀反に驚いた記憶があった。

 

「急ぎ軍勢を出すぞ」


 江戸から進発した軍勢は、ある程度完成した街道を通って下野に到着する。

 一旦休養と補給を行ってから、いまだ会津辺りで軍勢を招集している蘆名盛氏よりも先に敵の領土に侵入した。


「虱潰しにしろ!」


 二度と侵攻など考えないようにと、津田軍は次々と領地を占領し、城を落とし、立ち塞がる各豪族の軍勢や一揆衆などを殲滅していく。

 降伏した者は全て後方に移送し、津田軍はジワジワと北上を続けた。


「殿、蘆名盛氏以下の連合軍は、摺上原に集結しているそうです」


 風魔小太郎の報告を聞き、光輝は全軍を摺上原に向けた。

 

「ならば、ここで決着をつけよう」


 両軍が揃い戦闘になるのだが、東北勢には重大な弱点があった。

 あまり鉄砲を装備しておらず、ゆえに鉄砲の怖さもよくわかっていなかった点である。


 二万丁を超える鉄砲の連射で、多くの将と兵が倒れていく。

 後方にも大砲による砲撃が飛び込んできて、これも犠牲者をわずかな時間で量産していった。


「何なのだ、この連中は……」


 多くの将が、津田軍のデタラメな戦力に驚愕する。

 そして、それに対処する方法を模索する前に彼らは倒れて行った。


「ワシは、虎の尾を踏んだというのか……」


 蘆名盛氏は本拠地黒川城への脱出に失敗し、大勢の蘆名軍と共にその屍を摺上原に晒した。

 その他の豪族達も、伊達家からの援軍を率いた伊達実元も討ち死にし、陸奥国岩代、磐城の伊達領以外の大半を占領されてしまった。


「うぬぬっ! 成り上がり者が調子に乗りおって!」


 隠居していた伊達晴宗と現当主伊達輝宗は、一族の実元が討ち死にしたという報告に激怒し、軍勢を集めて津田軍との戦闘を開始する。


 だが、蘆名連合軍よりも少ない兵数で津田軍に勝てるはずもない。

 鉄砲の連射で蹴散らされ、米沢へと逃げ帰る羽目になった。


 猪苗代城、西山城、白石城、相馬中村城などを次々に落とされ、田村氏、相馬氏、二本松氏、猪苗代氏などが大名としては滅んだ。


 津田軍も、これ以上進軍して領地を得ても管理が難しいという理由で一旦講和条約を結び、両家の間で領地の境を確定した。

 条件は伊達家にとっては屈辱的なものとなったが、このまま滅ぶよりはと受け入れるしかなかった。


「ようやく終わったか」


「いえ、殿。新しく得た領地の開発計画などが必要です」


「だったよな……」


 東北は関東以上に地侍などの勢力が多く、光輝は南陸奥国の安定化に多大な労力を割く事となる。


「凄まじきかな、津田光輝」

 

 そして、別口で出羽国羽前に出兵していた上杉謙信は、大宝寺氏を降してちゃっかりと酒田港などを得ていた。

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