第四十話 第二次河越野戦
河越城とその周辺で始まった新地改め津田光輝指揮する四万人の軍勢と、北条氏政が発起人となって集めた反津田連合軍八万人との決戦は、最初、単調な滑り出しとなった。
反津田連合軍は、元々敵対していた豪族も多く、連携など不可能に近い。
そこで、数の優位を生かして半包囲体勢で津田軍を攻撃し、津田軍を敗走させてから河越城を奪還する作戦となった。
先年、津田軍に大敗して弟氏邦以下多くの将兵を失った氏政が反対したのだが、彼は最大兵力保持者であって、反津田連合軍の総司令官ではない。
『津田などという成り上がり者など、何するものぞ!』と意気込む諸将に押し切られてしまった。
こういう部分が、四代目でお坊ちゃま気質が残っている氏政の欠点かもしれない。
関東諸侯も名門の出ばかりである。
津田光輝などという成り上がり者には負けないと、意気込んでいた。
「連合軍など、集めない方がよかったかもしれぬな」
「しかしながら、数では圧倒的に優位になりました。やはり、戦は数も重要ですので……」
重臣松田憲秀からそう言われ、氏政も迷いを捨てて全軍で津田軍に襲いかかった。
そして彼らは、自分達の不用心さを知る事となる。
「訓練どおりに順番に狙いをつけて撃ち続けろ!」
四万人の津田軍のほぼ全員から、種子島の発射音が連続して鳴り響く。
同時に、まだ落城後で修復が終わっておらず、ほぼ無人だと思われていた河越城からも、青銅大筒と巨大な大砲の発射音が鳴り響く。
多くの連合軍兵士がバタバタと倒れ、大砲の正確な着弾によってまた犠牲者が増える。
津田軍は、河越城にも大筒を偽装して配置していた。
「怯むな! これほどの砲撃、そうは続かぬわ!」
叱責しながら指揮を執る武将に銃弾が命中し、その命を奪った。
指揮のために前に出ている者は、種子島を撃っている者達からすれば恰好の的でしかない。
『指示された担当範囲内で、なるべくえらそうな人から狙撃してね』
今日子の指揮により、連合軍の先手部隊は多くの将を失って大混乱した。
残された兵達も、そのあとに続き次々と銃撃で命を奪われていく。
「まだ一刻も経っておらぬぞ! こんなバカな戦があるか!」
今までとはまったく違う戦いに、連合軍に所属するある武将は思わず叫んでしまう。
そして、叫んだ武将も額に銃撃を受けて即死した。
「奥方様、お見事」
「前線で目立つ指揮官なんて、格好の的なんだけどな」
その武将を遠距離から狙撃したのは、自分専用の銃を使う今日子であった。
「ここで逃げたとして、降伏を認められるのか?」
苦戦する関東諸侯達は、津田光輝が紀伊の高野山や根来寺を屈服させた経緯を知っていた。
逆らった者は、ことごとく討たれてしまった事もだ。
「もしここで逃げて籠城しても、滅ぼされるだけなのでは?」
その恐怖が、これほどの死者が出ても逃亡者を少なくしている。
代わりに、種子島の的になって倒れる者が続出した。
「兄上、こちらの手負い討ち死にばかりが激しく、津田軍はほとんど損害を受けておりませぬが……」
「だから降伏でもせよと言うのか? 氏照、お前からそんな弱気な発言を聞くとはな!」
氏政は、戦の最中に弱気を見せた弟氏照を怒鳴りつける。
普段は勇ましい事ばかりを言う氏照だからこそ、余計にその弱気な発言に腹が立ったのだ。
「兄上、ここは一時の恥を甘受しても降伏すべきでは?」
「曽祖父早雲公より続く北条家に降伏などない! ここが命の賭け時と心得よ!」
もう一人の弟氏規からの進言を却下し、氏政は全軍へ攻撃命令を下す。
だが、先手が大損害を受けている様子を見て、下っ端の兵達ほど動揺が大きかった。
「オラ達は、津田様の領民として生きていけばええだ」
「んだ。津田様は敵には容赦ないが、領民にはお優しいと聞くだ」
「税も安いし、生活はいいと聞くし、望まない者は兵に取らないと聞いただ」
「賦役も少なくて、飯や日当まで出ると聞くぞ」
「日当も、永楽通宝のみで支払ってくれると聞いただ」
兵達に噂を流したのは、風魔小太郎の命を受けた忍び達であった。
寄せ集めの連合軍で防諜が弱いという欠点をつき、彼らは津田家についた方がいいと思わせるため、末端の兵達を対象に噂を広げた。
最初は数の優位があるので逃げ出さなかったが、わずか数時間で数千人以上の犠牲者を見て肝が冷えたようだ。
兵達の間に、少しずつ離脱者が増えていく。
「バカ者! 逃げるな!」
兵達を連れてきた地侍が叫ぶが、彼らの逃亡は防げなかった。
一部の将が逃げ出そうとした兵を見せしめで斬り捨てたところ、逆上した兵達によって逆に斬られてしまう。
段々と各国人、地侍が指揮する軍勢の統制が乱れ、その乱れを突いて津田軍は連合軍の犠牲を増やしていく。
銃撃と砲撃で、味方の犠牲を抑えながら冷静に敵の戦力のみを削り取っていったのだ。
「勝ちに逸って無理をしないで。まだ敵の方が多い。冷静に敵戦力を削り取りなさい」
今日子の戦術どおりに、反津田連合軍は一方的に数を減らしていく。
そして止めは、この度初陣となった『鉄砲騎馬隊』の存在であった。
「狙うは、北条氏政の首!」
鉄砲騎馬隊の準備には時間がかかった。
大きめの馬を繁殖させて、去勢を行い、鉄砲の音に怯えないように訓練を繰り返す、使用する種子島も火打ち石を使用したフリントロック式のもので、これはまだ鉄砲騎馬隊と一部精鋭部隊にしか装備されていなかった。
津田家お抱えの鉄砲鍛冶師が生産を始めたが、まだ十分な数が仕上がっていなかったのだ。
指揮官は山内一豊で、彼が選ばれた理由は、新地家成立直後に仕官した古参で忠誠心が高く、若いので、新しい部隊の創設と指揮に向いていると今日子が判断したからだ。
士官学校で古典戦術論も習った今日子が、カナガワにあるデータを参考に部隊創設に力を貸し、一豊も知識だけでは補えない各種ノウハウを訓練などで得て形にした。
そして、その成果が今北条軍に対して披露される。
「邪魔する者は蹴散らせ!」
混乱により統制が脆くなっていた北条軍は、鉄砲騎馬隊の突撃によって預言者モーゼが海を割ったように切り裂かれて混乱を助長させた。
鉄砲騎馬は一丸となって北条軍本陣に向けて突進し、邪魔する者は鉄砲の騎射で薙ぎ払われ、馬に轢かれ、その勢いを恐れて逃げていく。
「いたぞ!」
一豊の前には、本陣内で狼狽える北条氏政以下、弟の氏照、氏規、松田憲秀、大道寺政繁などの重臣達の姿も見えた。
「無礼者が!」
刀を抜いた松田憲秀が馬上の一豊の前に立つが、すぐに銃撃によって倒れてしまう。
「武士が種子島で将を討つとは卑怯千万!」
続けて激怒した氏照も銃弾に貫かれ、わずかに斬りかかった近習と小姓達は鉄砲騎馬隊員に銃剣で貫かれて討たれた。
「氏政殿、『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』というわけです」
「朝倉宗滴公の御言葉か……」
「左様、御免!」
氏政の体を複数の銃弾が貫く。
これにより、北条軍は頭を失って纏まった指揮が不可能になった。
一部の将や兵達が逃げ始め、参加していた国人、地侍で生き残っている者も領地に向かって逃げ出そうとする。
「追撃だ!」
当然、追撃の手がかかる。
戦で犠牲が多いのは、むしろ追撃戦の時なのだ。
どんな強者でも、背中から撃たれればどうにもならない。
「将を狙え!」
兵の大半は、普段は農民でしかない。
光輝は、武具や馬が豪華な将を狙って狙撃するように命令する。
「殿、とことん追いますか」
「これからの事もある」
関東を経営するのに一番邪魔な、既得権益を有する地侍や豪族を多数討っておけば、彼らの力を殺げるからであった。
追撃は幾ルートかに分けて行われ、多くの豪族やその重臣、地侍などの兜首が多数津田軍によって獲られた。
「降伏しますだ」
「助けてくんろ」
逃げ切れないと悟って降伏する兵も多く、この決戦で津田軍の関東制覇は現実のものとなった。
後に、この戦いは『第二次河越野戦』と呼ばれるようになる。