第三十九話 関東乱入
「やれやれ、大殿は渋いな」
武田家討伐に対しての、信長からの褒美は渋かった。
刀剣、陣羽織、金粒が入った袋の他は、津田姓を与えるというものだけだ。
津田は織田家分家の姓で、これを名乗っている織田家の者もいる。
その分家筆頭に命じるという名誉を褒美に、新地家への褒美を節約したとも言える。
「信濃と甲斐は貧しいですから」
試験登用の後に、正信と同じく秘書官に任じられた武藤喜兵衛が自分の考えを述べる。
「武田家を多額の戦費を使って滅亡させた殿ですが、それで織田家の実入りは増えませぬ」
「喜兵衛殿の言うとおりですな」
同じ秘書官である正信も、喜兵衛と同意見のようだ。
この二人の役割は、政略関連は正信、軍事関連は喜兵衛という区分に分かれている。
正信は、超過密スケジュールが解消されて喜兵衛を歓迎していた。
喜兵衛も出来る男なので正信を先輩として立てていて、二人の間に反発はなかった。
「信濃と甲斐は、すべて家臣に与えてしまいましたからな。織田家はいらぬという事なのでしょう」
武田家の滅亡により、活躍した諸将に領地が分け与えられた。
北信濃と西上野には東美濃から転封となった滝川一益が、甲斐には羽柴秀吉が、南信濃は河尻秀隆、蜂屋頼隆に、これと同時に飛騨への出兵も行われて、これは金森長近と毛利良勝に与えられている。
「我らは軍を引きあげ新領地の開発を行っていますが、羽柴殿の甲斐は辛いでしょうな」
甲斐は、信玄が善政を敷いたので武田家の人気が高い。
その分信濃などが搾取されていた証拠なのだが、そんな事情を甲斐の住民が知るよしもない。
山地ばかりで交通の便もよくなく、信玄による農地開拓や治水工事で米の収穫効率はよかったが、元々平地は少ない場所だ。
近年は、小氷河期の影響で不作ばかり続ている。
だから彼らは出兵して、よそから略奪して食料を確保していた。
そのせいで武田家は嫌われていたので、甲斐以外の領地の統治は思ったよりも楽であった。
少なくとも、武田家の統治よりはマシだという希望が見えていたからだ。
だが、その中で秀吉だけが割を食っている。
信長としては、元百姓である秀吉が周囲から嫉妬による攻撃を受けないように気を使ったのであろう。
一国の主ではあるが、統治が困難な甲斐を与えて勝家達の嫉妬から守ったというわけだ。
「この地をどう治めたものかと」
一国の主となったのはいいが、問題だらけの甲斐に秀吉は頭を悩ませていた。
挨拶と称して、駿河の光輝を訪ねている。
甲斐には住血吸虫症という難事もあり、その対策で協力してくれる光輝と今日子へのお礼も兼ねてであった。
「ありきたりな意見で済みませんが……」
何でも稲作という考えを捨てる。
桑を植えて絹の増産を図る。
ブドウや桃などの果実を増産する。
金山の積極的な開発。
実際、光輝にもこのくらいしか浮かばないのが事実だ。
「米の生産を減らすのですか?」
「まったくとは言いませんよ。明らかに労力に見合っていない場所は、作物の転換を図るわけです。米は、絹、果実、金を売って手に入れる。飢饉に備えて蕎麦や稗などの困窮作物の栽培を奨励し、決められた分を備蓄して飢饉の際に放出する仕組みを作るとか」
「金山があるのが救いですな。新地殿、金を買ってくだされ」
「金はいいですね。あるだけ買い取りましょう」
「ありがたい」
秀吉の救いは、武田家が大量に保有していた甲州碁金と、豊富な産出量を誇る金山であった。
光輝は金の代価に、伊勢と紀伊で生産したり、各地で銭を使って密かに買い集めた食料を充てる事にする。
実は、駿河と伊豆にも金山はある。
梅ヶ島金山、瓜生野金山、土肥金山、縄地金山が有名であろう。
今の時点では知られていない鉱山も多い。
光輝達がいた世界とこの世界の歴史には差があって、歴史知識は役に立たない事が多いのだが、鉱山の位置などはほぼ同じようだ。
開発すれば利益が見込まれるのだが、今は知られている鉱山の生産量を上げる事を優先した。
掘削技術と製錬技術では、光輝達が持ってる知識と知恵に勝てるはずがないのだから。
光輝は銅、金、銀を全国から集め、それを永楽通宝、重さと純度を統一した金貨、銀貨などに鋳造し直して莫大な利益をあげていた。
粗銅には多くの金と銀が含まれていて、明と南蛮の商人はこれを日本から安く買い取って製錬し直し莫大な利益をあげていた。
ここに参入して彼らをほぼ駆逐し、莫大な利益をあげている。
他にも、海底鉱床からの貴金属と宝石の引き揚げ、新地水軍の護衛を受けながら船団で行う私貿易なども大きな収益源となっている。
「私もそうですが、新地殿はまた転封があるのでは?」
「あるそうです」
現在の信長の天下構想は、尾張、美濃、伊勢、畿内を織田家の縄張りとし、功臣を地方の大領に配置する計画であった。
『ミツ、関東だ』
武田家滅亡後に岐阜にいた信長に挨拶に行くと、彼は新地家改め津田家を関東に配置する予定らしい。
『関東管領殿がいますけど……』
関東管領とは、上杉輝虎の事である。
最近は謙信と名乗っているらしいが、この時代の武士は出家して法名を名乗れば天国に行けると思っているのかと光輝は首を傾げた。
『今は関東におらぬな。越中に出兵しておるわ』
上杉軍は、武田軍に匹敵する精強な軍勢である。
戦えば強いが、それは越後が甲斐と同じく貧しいからである。
直江津を中心とする北陸水運と、青苧座の横領、保有する銀山のせいで金は持っているが、湿地帯と冷害が多くて食糧不足に陥りやすかった。
越後は気候的に二毛作が出来ない土地なので、秋に出兵して春に戻るというサイクルを繰り返している。
兵士達の食い扶持を、外との戦で稼いでいる感覚だ。
『謙信坊主の関東管領職など、勢力拡大の方便であろう。信玄坊主もそうだったし、大名などみんなそうだ。ミツは、大分他の武士とは違うようだがな』
信長に、光輝は危険なので排除しろと言う者は多い。
だから、彼らの勢いを弱めるために新領地の代わりに尾張の一部と紀伊の没収を命じたが、光輝は特に異論もなく受け入れた。
このまま関東攻略が進めば伊勢も織田家が没収する予定であるが、信長は光輝が異論を述べるとは思わなかった。
むしろ、それを見越して準備を行っているようにも見える。
『悪いが、伊勢をいただくぞ』
光輝が新地を名乗り始めた頃から開発され、反抗的な勢力も寺社まで粗方平定されてこんなに美味しい領地はない。
それを織田家に文句も言わずに差し出すのだから、信長には光輝を排除する理由がなかった。
妹のお市とも仲良くやっているし、戦は命令だからしている事で、商売や領地の開発の方が好きにも見える。
戦好きの荒々しい武士とは違って、戦乱が終わって平和になっても何をしたいのかがよくわかる光輝に、信長はつい警戒心が薄くなってしまう。
『ミツ、関東以東をやる。自分で切り取れ』
信長は、光輝に関東以東の切り取り自由の書状を与えた。
こうしておけば、今は戦端を開いていないが上杉謙信の動きも掣肘できるし、信長は石山と西に集中できる。
『一益は残すが、サルは対毛利に使いたいのでな』
信長の構想では、播磨方面から秀吉、丹波路から光秀、丹後から浅井長政と、三人で中国地方制圧を。
自分と松永久秀、丹羽長秀、池田恒興、三好義継などを石山の担当に。
柴田勝家とその寄騎は越前と加賀に、そして上杉謙信のけん制役としても期待していた。
『関東は開発し甲斐がありますね』
『田舎だが、ミツがやれば少しはマシになろう』
そんな話があり、遠江、駿河の開発は基本だけで、今は軍勢の強化を優先していた。
「駿府もまたすぐに移転ですか。相模侵攻の大義はあるのですか?」
喜兵衛はそんなものは強ければ必要ないと思っているが、信玄の宿敵であったあの上杉謙信ですら『義』を常に唱えているので、飾りくらいには必要だと思っていた。
だから、自分の主君がどう答えるか楽しみにしていたのだ。
「民を安んじ、関東を畿内に負けないように発展させる」
「それは、意外と説得力がありますな」
新地家の財力と、領地の富裕さは全国でも有名であった。
その豊かさが自分達のものになるのであれば、上杉家だろうと北条家だろうと民とは簡単に裏切ってしまうであろう。
喜兵衛は、そのように考えていた。
「あとは、古河公方足利義氏の件もある」
将軍義昭は、北条氏康の娘を妻にして北条家の傀儡となっている足利義氏を認めていなかった。
これは上杉謙信も同じであり、関東出兵の大義名分となっている。
正式な古河公方になる予定だった足利藤氏を北条家が暗殺していた件もあって、義昭は北条家の討伐を命じていた。
光輝には大した大義に感じられなかったが、世間的にはそれなりに納得される理由というわけだ。
「何にでも首を突っ込みたがりますね。あの方は」
会った事もない遠い親戚の敵討ちに熱心な事だと、正信は思った。
もっとも、義昭は命令するだけで自分は動かないのだが。
「みんな、大作戦の準備で張り切っていますよ」
「あまり頑張りすぎて過労死しないようにな」
光輝は、関東侵略のための準備を始める。
軍勢を増やし、他にも多くの人間を集めている。
この時代、戦に巻き込まれて捕えられ、奴隷として売り飛ばされる者が多かった。
九州では、外国に奴隷を売り飛ばす事さえ盛んであったのだ。
これらの奴隷を大量に購入し、他にも大量にいる孤児を引き取って育児と教育も始めている。
新地の転封を知り、駿河に引っ越してきた者も多い。
これら銭で集めた大集団の群れは、軍勢を先頭に関東に移住する計画であった。
光輝が知る歴史、江戸を開拓して関東を関西よりも栄えた地域にした人物にあやかってのものであった。
「みっちゃん、別働隊は私が指揮を執るよ」
旧今川家や武田家の家臣も大量に登用したが、信用できる幹部クラスとなると少ない。
作戦では、光輝が指揮する本体と別働隊も必要となるので、これに子育てをしながら軍の調練を指揮していた今日子が志願した。
「一騎打ちとかしないでよ」
「そんな時代錯誤な……」
今日子は元エリート軍人なので、そんな無茶はしない。
新地軍の大火力構想を形にしたのは、実は彼女だったからだ。
味方の犠牲を減らし、大戦果をあげるために遠距離戦に特化する事を躊躇うはずがなかった。
「奥方様が別働隊の指揮ですか」
「不満か?」
「いえ、奥方様から可愛がられている連中が反対するわけありません」
武芸があまり得意ではなく、逆立ちしても今日子に勝てるとは思っていない正信は反対しなかった。
いまだに新入りが今日子を女だと侮って戦いを挑み、コテンパンにのされてしまう新入りの姿は、新地軍の恒例行事となっていた。
そして、それを新地家の家臣達が『やっぱり』と確認しながら見学する事もだ。
種子島の腕前も超一流であり、刀や槍は使わないが、自分の身長ほどの金属製の細い棒を使って、まるで鬼神のように戦うと評判になっていた。
軍勢の指揮も得意で、家臣達に今までに聞いた事もない軍事に関する知識も教育してくれる。
おかげで家臣達の大半は、今日子こそが津田家の陰の支配者だと思っているほどだ。
『だからさ、俺は離縁されると没落確定なのよ』
光輝もまったく否定せず、みんなもなぜか納得してる。
「準備は順調ですが、上手く行くでしょうか?」
「喜兵衛殿、それは心配ない」
関東制圧作戦とその後の開発方針を検討する会議で、喜兵衛は自分が思った疑問を口にした。
今まで仕えていた武田家では考えられないほど、大規模な軍事作戦であったからだ。
「喜兵衛の疑問はよくわかる。こういう作戦で必要なのは正確な情報だな。それが足りないと言うんだろう?」
「はい」
実は、関東の詳細な地図については清輝が無人偵察機を使って詳細なものを作製している。
小さな山の道から、田舎の地侍が持つ隠し田まで、彼らは手の内をすべて津田家に握られていて、最初から大きなハンデを背負って戦う事になる。
「詳細な地図ですな……ですが、北条家や他家の家中の事などは?」
「喜兵衛殿、諜報関連の仕事は私が受け持っているのですが、実は新しい者が津田家に仕える事になりました。田中殿」
「田中殿?」
正信に促されて入ってきたのは、身長が二メートルを超える異様な風貌の男であった。
「北条家で諜報などを担当していた。田中一郎殿です」
勿論、田中一郎は偽名である。
本名は、風魔小太郎という。
いや。これも、本名ではないかと正信と光輝は思った。
「さて、田中一郎。これからこの会議に参加して津田家重臣として働くか、北条家に最後まで義理を貫き通すかだが」
「聞かれるまでもありませぬな、殿」
風魔小太郎は、正信の隣に用意された席に座る。
彼は北条家で忍びを束ねる立場にあった人物だが、この時代の忍びの身分は低い。
家畜や奴隷よりもマシ程度の存在だ。
そこで、今日子が好待遇で引き抜こうと光輝に進言したのだ。
『表向きは、津田家の窓際家臣田中一郎、その正体は……』
今日子が昔に見たスパイ映画の設定のようであったが、風魔小太郎は津田家重臣田中一郎として籍を置く。
配下の上忍、中忍、下忍も同じだ。
津田家の家臣名簿では、目立たない兵、下級・中級指揮官となっている。
身分も正式な武士であった。
そして、忍びとして活動する時には、前からの名前で活動する事になった。
『津田家は関東を制圧し、その大規模開発に入る。全国各地への情報網の整備と、潜り込むであろう敵方の間諜や破壊工作を行う者達への対処もあるわ。諜報組織は広げないと駄目だし、新入りや後継者への教育もあるから忙しいわよ。情報は何よりも大切なもの。それを扱う者には、それに見合う待遇を約束する』
風魔小太郎は、情報の使い方や価値をよく知り、自分も知らないような知識や技術を知っている今日子に大きな衝撃を受けた。
津田家には自分の知らない多くの事と、北条家では成しえない多くの夢が待っているのだと気がついてしまう。
『これが条件よ』
自分に渡される家禄の額を見て、小太郎は驚愕した。
本当に、津田家の上位重臣と差がなかったからだ。
『(一番下の下忍まで武士扱いするのか。これは断れないな)』
もしここで小太郎が北条家への義理を優先して断っても、自分以外はみんな津田家に寝返ってしまう可能性があった。
つまり、ここに顔を出した時点で自分はもうこの目の前の女とその夫に負けているのだ。
小太郎は、北条家からの寝返りを決めた。
「では、この会議に出られる全員が揃ったわけだが……」
会議の席でも、光輝は小太郎に多くの意見を求めた。
北条家の軍備や、家臣の情報など、これは無人偵察機では得られないものばかりだからだ。
「第一目標である小田原城を、いかに早く落とすかだ」
ここは、言わずと知れた北条家の本拠地である。
上杉謙信や武田信玄でも落とせなかった要害だが、小田原城の詳細な様子は小太郎経由で手に入った。
あとは落とす方法であろう。
「一郎、勲功第一位を目指して引き受けるか?」
「つまり、内側から内応して殿を引き入れると?」
「そうだ」
作戦開始まで、小太郎は北条家の忍びだと偽る事になっていた。
なので、小田原城の内側から門扉を開ける作戦も行えるのだ。
「新入りの身で、これほどの待遇に与りました。先輩方からの納得を受けるように、ここは殿に小田原城を献上いたしましょう」
津田家は侵攻作戦の準備を進め、天正元年の春、関東出兵を行っていた上杉家が越後に戻るのと同時に、津田軍四万人は怒涛の勢いで相模に傾れ込み、別働隊が足柄城を落とし、本軍は小田原城を一気に囲んだ。
上杉家との戦いで上野に出兵していた北条軍は、少ない兵力で籠城を開始する。
「新地軍は、城下を焼かないのか」
「関東発展と安寧のためなので、民の財産を焼くのをよしとしないそうです」
留守居役の北条幻庵は、新地軍が小田原の町を焼かないのを見てまるで未知の生き物を見ているかのようであった。
戦において焼き討ち、略奪などは普通で、それをしないと軍勢を養えなくなってしまうからだ。
「新地家……今は津田家か……金持ちなのは本当のようじゃな」
どのみち、籠城して上野で戦っていた氏政達の帰還を待つしかない。
そう考えた幻庵は、風魔小太郎に敵の夜襲に気をつけるようにと命令する。
夜番を綿密に決めてから幻庵は布団に入るが、夜中に大勢の人間が走り回る音で目が醒める。
「どうした? 小太郎は何をしておるか!」
「それが、その風魔小太郎が裏切りました」
「何だと!」
それでは、この小田原城の詳細が敵に知られてしまったではないか。
最悪の事態に幻庵が考え込んでいると、小田原城に津田軍が乱入して、幻庵は家族のために降伏する事となった。
自分の家族だけならともかく、氏政以下多くの一族の家族がここにはいるのだから。
「北条幻庵殿ですか?」
「降伏もやむなし。だが、城内の一族や女子供の無事は確約してほしい」
小田原城は、内部からの内応で陥落した。
幻庵は正式に降伏し、光輝の前で北条一族の家族の安全を確約してほしいと頼み込む。
「監視はしますが、逃げ出したり再び逆らったりしなければ大丈夫です」
条件は光輝によって認められ、幻庵は一族と共に小田原城内で軟禁される事となった。
「津田軍の主力が東に向かった隙に再び蜂起すれば、小田原城は取り戻せる!」
軟禁された北条一族の中で若い者達が声を荒らげるが、幻庵は彼らを諌めてからそれを止めた。
「皆殺しでも文句は言えぬところを、津田殿に助命を受け入れてもらえたのだ。こちらが約束を破ってどうする」
「しかし、幻庵様!」
「それに、向こうは我らが反抗するのを織り込んでおるわ。もしそうなれば、我らを全員始末してもどこからも非難は出ぬ。逆に、我らの分別のなさが世間に知られるだけだな」
「……」
幻庵の意見に、全員が黙り込んでしまう。
「上野から主力が戻って決戦に勝利できれば、我らは講和条件の一環で解放されるであろう。それまで大人しく待っている事だな」
という幻庵の発言も空しく、津田軍はわずか一週間で相模一国を平定して武蔵に侵入。
江戸城以下、南武蔵の諸城を破竹の勢いで攻め落とした。
「殿、北条軍が南下を始めました」
本拠地小田原城陥落の報を聞いた氏政は一秒でも急ぎ戻りたかったのを、後の決戦で勝利できなければ意味がないと、降した元上杉方の豪族の軍勢まで自軍に組み込んでいく。
他にも、常陸の佐竹氏、真壁氏、小田氏、上総と安房の里見氏、正木氏、下総の千葉氏、簗田氏、下野の宇都宮氏、佐野氏、上野の北条氏、赤井氏など。
他にもあげればキリがないほど、ほぼ大半の関東豪族が氏政の軍勢に参加した。
彼らは時には上杉方、北条方と所属を頻繁に変え、独自の動きも見せて関東の戦乱を彩っていた豪族達であった。
そんな彼らから見ても、津田光輝というのは未知の存在で、津田軍というのは恐怖の存在であった。
ここは一時の対立を捨てて津田軍撃滅に合力しようという『反津田同盟』が、北条氏政が発起人となって短期間で結ばれる事となったのだ。
北条家の傀儡とはいえ古河公方足利義持も参加して、『反津田同盟』にはお飾りでも権威のある看板ができた。
これを知った将軍義昭は、元々義持を認めていないので光輝に追討命令を発布している。
「殿、義昭公からの追討命令ですが……」
「その辺に置いておいて。あとで火付けにでも使えるかもしれないし」
「はあ……」
義昭からの手紙の扱いは相変わらずとして、関東諸勢力の数は合計で八万人ほど。
彼らと津田軍は、武蔵河越城付近で決戦となる。
「河越夜戦の再現ですか」
「正信殿、今は昼間ですし、河越城は落とせましたが落としたばかりで防衛には難があり過ぎます」
「いや喜兵衛殿、河越夜戦の勝利で城を持っていた北条氏は勇躍した。今、河越城の主は殿で、北条方が敗者の上杉憲政と上杉朝定のようだなと思ったわけでして」
「なるほど、しかし我が軍は半分しかいません。油断は禁物では?」
「確かに油断は禁物です。ですが、殿が言うには今までに命じた事が出来ていれば勝てると」
河越城に兵を置き、その周囲にも陣を張る津田軍四万人に対し、反津田同盟軍は八万人。
これより、関東の覇権をかけた決戦が始まる。