第三十二話 東美濃救援戦
「新地殿、ご一緒とは嬉しいですな」
「丹波は明智殿の担当ですか?」
「明智殿は坂本と合わせて丹波を拝領したようですが、その下にいる赤井直正は反抗的ですからな。苦労すると思いますぞ」
東美濃への援軍は、新地軍と羽柴軍の担当となった。
他の諸将は、信長が率いる本軍と共に石山包囲を続ける予定だ。
今回も石山を陥落させるのは難しく、朝廷に献金をして講和を結ぶ予定らしい。
石山は前回よりも犠牲が多く、有力な坊官である下間家から多くの戦死者を出している。
体制を立て直すため、前回よりも簡単に講和に応じるであろうとの信長の予想であった。
「滝川殿は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思いますが、急ぎましょう」
新地・羽柴連合軍は、急ぎ東美濃へと向かう。
行軍を速めて岩村城の近くに到着するが、秋山軍の猛攻で岩村城は大苦戦に陥ってた。
このままでは、じきに落城してしまうであろう。
「一益殿が籠城戦を指揮してこの苦戦とは……」
「武田軍は精強ですからね」
「急ぎ、武田軍にかかれ!」
「滝川軍を救え!」
光輝と秀吉が、全軍に武田軍への攻撃命令を出す。
だが、横合いから襲い掛かったつもりなのに、さすがは武田軍とでも言うべきか、すぐに対応して新地・羽柴軍に攻撃をしかけてきた。
「撃て!」
新地軍の先鋒が慌てて射撃を開始するも、武田軍はそれを見越したように竹束を持った兵が前に出で銃弾を防ぎ始めた。
全部ではないが弾かれてしまい、武田軍にはあまり犠牲が出ない。
「斬り込め!」
新地軍の諸将に、羽柴軍も羽柴四天王と呼び声が高い宮田光次、神子田正治、尾藤知宣、戸田勝隆に、若手期待の仙石秀久などが小勢を率いて武田軍に斬り込む。
双方で激しい戦闘が続いた。
新地軍一万八千人、羽柴軍三千人の合計二万一千人なのに対し、秋山軍は五千人ほど。
数の上では圧倒的に有利なのに、全軍を一度に展開できないせいで双方にほぼ同数の犠牲が発生し始める。
「デタラメな強さだな」
武田軍兵士の強さに、光輝は驚く。
斬り込んだ部隊に死傷者が続出したので、定期的に斬り込む部隊を交代させて消耗を抑えても、損害比に差が出ないので困ってしまった。
「今孔明殿」
「その呼び方は止めて欲しいのですが……ご安心めされよ」
秀吉の寄騎にして半ば家臣のように振る舞っている竹中半兵衛に、光輝は打開策を聞く。
世間から『今孔明の如し』とその評価を聞いていたので、光輝も頼ってみる事にしたのだ。
「今孔明、評価の証だと思うのですが」
光輝は清輝のように厨二病ではないが、それだけみんなから評価されている証拠だと思っていた。
「そんな古の偉人と比べないでいただきたい。毛利勝信殿と山内一豊殿の手勢が、もうすぐ迂回して攻撃を開始しますから」
いくら武田軍が精鋭でも、四倍の敵を相手にいつまでも互角に戦えない。
半兵衛は、羽柴軍の古参毛利勝信と新地軍の若手山内一豊の部隊を迂回させ、別方向から攻撃させる策を立てた。
暫く、双方牙が折れるかと思う死闘が続いたが、突然武田軍の後背から種子島の発射音が鳴り響く。
一豊が指揮する鉄砲隊が、武田軍兵士達の背中を容赦なく撃ったのだ。
「やはり、地理に詳しくないという弱点が出たな」
「地元の人間にしかわからない迂回路もありやすので」
簡単に武田軍の背中を取れた事に驚く一豊であったが、それは半兵衛が手配した地元猟師のおかげであった。
一豊は、『さすがは、今孔明だ』と感心してしまう。
それを本人が聞けば、物凄く嫌がるのであろうが。
「とにかく撃ち続けろ!」
一豊の部隊が種子島を撃ち続け、それが終わると毛利勝信隊が武田軍に斬り込み始める。
二方向からの攻撃に、さすがの名将秋山信友も動揺した。
「これはいかん! 一旦退いて、体勢を立て直すぞ!」
「逃がすか!」
光輝も無策だったわけではない。
後背からの攻撃で武田軍の攻勢が弱まった瞬間、前線に荷台に載せた青銅製大筒を出し、一斉に射撃を開始する。
水平方向への発射で効率は悪いが、竹束で防げるような攻撃ではない。
砲弾が竹束ごと兵士達を砕き、武田軍前衛に穴が空く。
「撃ち込め!」
更にそこを鉄砲隊が狙って射撃を行い、今まで銃弾に晒されていなかった武田軍兵士達をなぎ倒す。
さすがの武田軍も、この攻撃で士気が崩壊した。
「生き延びよ!」
苦渋の表情で信友が撤退を決断するが、続けて彼らを不幸が襲う。
「遅れて済まぬな」
半兵衛の策はもう一つあった。
籠城戦をしていた滝川一益に、また別方向から軍勢を迂回させて攻撃して欲しいと伝令を送ったのだ。
戦術指揮官としても有能で、元は忍者出身とも言われている一益は、領有後に把握した東美濃の地形を生かし、武田軍が思いもよらぬ方向から逆落としに襲いかかる。
これまでの苦戦で人数は少なかったが、人員は精鋭ばかりを選んでいた。
三方から攻撃された武田軍は、これで進退窮まった。
容赦なく撃たれ、斬られて数を減らしていく。
「おや、そこを行くは秋山信友殿か?」
何とか近習を連れて逃げ出そうとした信友に、滝川家に仕える前田利益が立ち塞がる。
彼は利家の義理の甥にして、滝川一族でもある。
利久の出奔に同行し、今は一益の下で働いていた。
「よもや、逃げるとは思わぬが……」
「端武者か……一軍を率いる者、時に逃げる事も厭わず」
「それは正しくはあるが、果たして逃げられるかな?」
主君を逃がそうと信友の近習が利益に襲いかかるが、彼らは次々と利益によって討たれていく。
その強さは今までに見た事がないほどで、武田家にいる信友ですら驚きを隠せなかった。
「だが、多勢に無勢!」
「果たしてそうかな?」
利益を助けるように、もう一人の武将が前に出て信友の近習を討ち取っていく。
「さすがだな、助右ヱ門」
「慶次ほどではないさ」
利益の隣には、同じく利久出奔に合わせて浪人となった奥村永福が、客将扱いで参加していた。
一益は利家と相談し、永福が適当に手柄を立てたら前田家に帰参させる事にしていたのだ。
「さて慶次、これは競争だな。どちらが信友殿の首を頂くか」
「その勝負、乗った!」
利益と永福から首を狙われた信友は、慌てて敗走を開始する。
その他の将兵も、半兵衛指揮の元で徹底した追撃を受け、南信濃に逃げ込めたのは五千人中二千人にも届かなかった。
そして、その中に秋山信友の名はない。
「慶次にしてやられてしまったな」
「拗ねるなよ、助右ヱ門。あとで酒を奢ってやる。新地産のいい清酒が手に入ったんだ」
「それはいいな。だが、そんなツテがあったのか?」
慶次と助右ヱ門に、直接新地光輝との関係はない。
利家は夫婦で親しくてよく季節の贈り物をもらっているそうだが、助右ヱ門は慶次にその恩恵があるとは思えなかったのだ。
「まあ、これは俺の独自のツテでな。銭もそうだが、酒も天下の回り物なのさ」
「やったな、慶次」
「助右ヱ門は正道を行く。俺は生来のひねくれ者ゆえに邪道を好む。知らんふりして奢られておけ」
「今の俺は客将だからな。素直にそうしておくか」
「少数で武田軍に斬り込んだ勇士達よ! 滝川の殿が、何とあの新地産の最高級清酒を我らにくださったぞ!」
「「「「「おおーーーっ!」」」」」
信友の首を獲った慶次と助右ヱ門は、共に武田軍への攻撃に参加した仲間達と新地産の最高級清酒を堪能するのであった。
「殿! 殿が大切にしていた最高級清酒がありません!」
「何だと! もしかして慶次か?」
「よくわかりましたね……」
「そんな事をするのは、あいつしかおらぬわ!」
危機を脱した岩村城内において、一益は光輝から贈ってもらった秘蔵の酒を慶次に盗まれてしまったとの報告を受け、大激怒していた。
だが、その酒が武田軍への攻撃に参加した部隊全員に振る舞われた事実を知り、慶次を怒るわけにもいかず、一人悶々とする羽目になる。
 




